鬼海弘雄さんを偲んで4

 思い返せば、鬼海弘雄さんとのお付き合いは、わずか3年にすぎない。

 私のこのブログで最初に鬼海さんが登場するのは4年前、2016年4月のことだった。

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 そこでは鬼海さんの写真よりむしろ文章のすばらしさについて書き、続いて鬼海さんの動画を観て、「インタビューでの鬼海氏のシャイな話しぶりに、友達になりたいと思った」と書いている。

 その動画はスペインが作った鬼海さん紹介だった。たしかにちょっと恥ずかしがって話している感じがする。

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 前回の中国が作った紹介動画とはかなり雰囲気が違っていておもしろい。

 で、「友達になりたい」ので、お近づきになろうと、1年後の2017年5月、鬼海さんの写真展「India 1979-2016」の土日のギャラリートークを聞きに行った。
 写真展になどめったに行かないのだが、当時はすでに私の会社の売り上げが相当落ちていて、時間に余裕があったのだろう。

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 そのトークが心にしみた。もう一度聞きたい。
 そこで翌日も会場へ。前列に陣取ってスマホで録音した。

 《不思議なことに、山の澄んだ湖は、汚れた土壌をゆっくりゆっくり通ってきて、きれいなものになっていく。
 もしかして、民主主義という方式が成立するとしたら、頭のいい人が考えるロゴスの濾紙じゃなくて、そういう人たちの時代を経た濾紙でないと本物じゃないんじゃないか。
 それが、私が写真は誰でも撮ることができるということの本質的な意味だと思っています》

 うーん・・・録音を何度聞いても分からない。
 こんなトークが山形なまりで続いていく。よく理解できないのだが、何か深いことを言っていることだけはわかる。独特の雰囲気に強くひきつけられた。

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「六本木のおねえさんと飲めるような写真家になりたかったけどねー」と山形なまりで訥々と話す鬼海さん

 2日目の日曜は、鬼海さんの恩師(鬼海さんは「グル」と言っている)で哲学者の福田定良先生の奥さまが見えた。

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鬼海さんの左に福田先生の奥様。一昨年亡くなるまで、鬼海さんはご恩に報いようとしていた

 「私はバカでしたから、先生にすっかりだまされちゃって、こんなヤクザな道に進んでしまいました」と鬼海さん。
 奥さまも会場も笑顔になって、ああ、いい瞬間に立ち会えたなと幸運を喜んだ。

 そのあと、購入した写真集にサインをもらい、「懐かしい未来」とはどういう意味ですか、などと議論を吹っかけたりして、すっかり「追っかけ」の気分になって帰った。まるで好きな女の子にアプローチしているみたいである。

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 写真展からしばらくして、鬼海さんから連絡があり、「水族館劇場」と写真展をコラボでやるから見に来ないかとお誘いがあった。なんで私に、と思ったら、このブログで鬼海さんのことを何度か書いたのを読んだのだという。
 「水族館劇場」は鬼海さんが応援している劇団だった。横浜の寿町に観に行き、私もすっかりファンになった。 

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鬼海さんの写真パネルが張り巡らされているなか、劇が進行する

 親しくお付き合いするようになったのはここからだった。

 私は鬼海さんのトークがあれば出かけていくようになる。
 「毎回毎回、おんなじ話しかしていないよ」と鬼海さんは言うが、古典落語みたいなもので、鬼海さんの話は何度聞いても味わい深くおもしろい。

 鬼海さんのオフィシャルサイトに、去年9月に入江泰吉記念奈良市写真美術館で開催された、百々俊二氏とのトークショーYoutube映像がある。
 おそらく、トークショーとしては最後のものだろう。一部私が書き起こしたので、映像とともに味わっていただければと思う。

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 オープニングは

 こんにちは。
 半年前からがんになりまして、頭もこうなっております。(帽子をとって髪のない頭を見せる)
 歳が歳なんで、「がんですよ」と言われても驚かないんですよね。
 いま、3冊くらいの本を出すのがリーチかかってて、なんでこんなにぴったし時間通りにいい病気が来たんだろうという感じで・・。

 トークでは冗談を連発して笑わせてくれたあと、最後を、こう締めくくった。

 時代をまたぐようなものを撮りたい。100年先の人たちが見ても、同じような人間の悲しみとか・・。悲しみを持ってない人は人間になれませんから。
 そういう意味で、報われないけど、それに騙されて撮ってます。

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 悲しみを持ってない人は人間になれませんから・・
 真顔で断言したことばが印象に残っている。

 100年後の人類と文明を見据えて写真を撮ってきた鬼海さん。こんなに長い射程で仕事をしている人がどれだけいるだろうか。
 ほんとうに大きな人を失ったと、喪失感が押し寄せている。

 
 ごく個人的な思い出話をお読みいただき、ありがとうございました。
 いったん追悼はここで一区切りにしますが、今後は折に触れ、鬼海さんの写真を評してみたいと思います。