中学1年生、13歳の時に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんが、生きていれば、5日に60歳の誕生日を迎える。
これに先立って、母親の横田早紀江さんが記者会見し「自分も何年生きられるか分かりませんし、向こうで待つ被害者たちの命も分かりません」などと述べ、政府に対し一刻も早くすべての被害者を取り返してほしいと強く求めた。
2002年の日朝首脳会談で5人の拉致被害者が帰還して以来、拉致問題はもう22年も進展していない。安否がはっきりしない拉致被害者は政府認定だけで12人(北朝鮮が「死亡」とする8人と「未入境」とする4人)の健在な親は、88歳の横田早紀江さんと有本恵子さんの父親で96歳の明弘さんの2人だけになっている。
いつも同じような嘆きを被害者の家族から聞くのはつらい。何とかしたいが、今の政府と「救う会」、「家族会」の「全拉致被害者の即時一括帰国」路線では、残念ながら、今後も動かないだろう。
とりあえずの突破口は、2014年の「ストックホルム合意」の際に北朝鮮が生存を伝えてきた田中実さん、金田龍光さんに日本政府がアプローチすることだろう。すでに10年が経つ。遅すぎたが、まずはすぐにも動かなくては。
先日案内したテレビ朝日「サンデーステーション」でこの2人に関する特集特集「見捨てられた拉致被害者」が放送されたが、これは現在取材可能な材料をほぼ網羅した番組だった。
興味深いのは、元拉致問題担当大臣の古屋圭司氏や複数の政府与党の関係者が、2014年に、二人の生存情報を告げられても北朝鮮の報告書を受け取らず非公表としたことをあけすけに語っていることだ。
政府関係者A「総理ら政権首脳はずいぶん考えたと思う。でも結局これじゃあ受け取れない。世論が納得しないということで再調査を求めることになった」
政府関係者B「この2人では、政府として世論を説得できないという議論になった」
政府関係者C「二人は(一時的に)日本に帰っても、また北朝鮮に戻っていく。同時に北朝鮮は(一時帰国の)見返りも要求した。それで世論は納得するのかという話になった」
北朝鮮が報告を伝えてきたのは古屋氏が拉致担当大臣を辞めた後だったというが、その後古屋氏は自民党の拉致問題対策本部長を務めている。
古屋圭司氏へのインタビュー
Q:生きてるという情報を政府は受け取らなかったのですか?
古屋「えー、家族会も拉致被害者の全員帰国なんですね。ごくごく一部で手を打たれるということがあってはならない。安倍総理はそういうふうに考えたと思いますね」
「あれだけをポッと最初に認めてしまうと、これで終わりだよねというリスクもあるわけじゃないですか。そこはやっぱり安倍総理がしっかり判断したんじゃないかなと思います」
Q:総理は2人が報告に入っていたことは知っていた?
古屋「それは側聞しています」
Q:その事実は国民に知らせるべきだったのではないですか?
古屋「いや、私はそうは思いません。やっぱりこういうものは極秘の交渉の中で、国家が出て来た時にはつまびらかにしてやる必要があると思いますけれども、全部ほとんどが水面下の交渉なんですよ。水面下の交渉が水上に出てきたら、もはや水面下じゃないんですよ。それがもし水面上に出てきてしまったら、あの国は、彼らはみんな粛清されますよ」
(もう水上に出てしまったから、みんな粛清されている? 自分でここまでしゃべっておいて「極秘」とはいかに?)
Q:直接本人の意思を確認することはできなかったんですか?
「拉致対策本部、それから警察・内調を含めてあらゆることはやってるはずです。その上で、総理に報告をして、総理が決断しているということです。」
Q:当時の行動はしょうがなかったということですか?
「やむを得ない。やむを得なかったと思います」
二人の人間の命にかかわる話である。北朝鮮から生存していると知らされて10年間、政府が何のアクションもとっていにことをドヤ顔で語っていることに驚いた。
調査報告では「8人死亡」はそのままで代わりに田中さんと金田さんの生存を明らかにし、二人は北で幸せに暮らしており、帰国の意思はないとも伝えてきたという。
支援団体の間でも意見が割れている。「救う会」、「家族会」は安倍政権の報告書受け取り拒否、二人の生存情報無視の方針を支持。
一方、特定失踪者問題調査会の荒木和博代表は、「全部取り返すというのはスローガンとしてはいいんだけれども、現実にどういうふうにしていくかということになると、とにかく取り返せるところから一人でも二人でもやってそれを取っ掛かりにして次に行くと、もうそれしかないと思いますね」と語る。
特定失踪者問題調査会で長く活動してきた岡田和典さんは、田中さん、金田さんと同じ神戸出身で、二人の救出運動を続けている。岡田さんは、政府の仕打ちに激しい怒りを見せる。
「政府は2人の情報を拒否したわけですね。はっきり言やあ、切り捨てたんですよ。見捨てたんですよ。こんなバカなことが許されて良いわけないじゃないですか」
Q:なんで見捨てたんだと思いますか?
岡田「二人のご家族が表に出ないからです」
二人は神戸市の児童養護施設で育った。幼い頃に両親が離婚して施設に預けられた田中実さんと3歳年下の在日韓国人の金田龍光さんとはとくに仲が良かったという。同じラーメン店で働いていたが、1978年、田中さんはオーストリアのウィーンに出国した後、行方が分からなくなり、金田さんは翌年、田中さんに会うため東京に行くと言い残して消息が途絶えた。
元北朝鮮工作員の張龍雲(チャンヨンウン)氏は田中さんはラーメン店の店主の甘い言葉に騙されて海外に連れ出されたと証言する。
田中さんは身寄りがなく、店主とは親や兄のように思って親しくしていた。北朝鮮で田中さんは日本人の女性と結婚して子どもが一人いる。結婚してからは落ちついているから安心してくれと連絡があったという。
1日には石破茂首相が就任した。石破首相は総裁選で拉致問題の解決に向け、東京と平壌の連絡事務所設置を政策として掲げた。
一方で被害者家族らは北朝鮮の時間稼ぎの材料になるとして強く反対している。早紀江さんも改めて懸念を示し、「日朝のトップ同士が目を見て話すことが一番だ」と日朝首脳会談の早期実現を求めた。
北朝鮮に騙される、策略に陥るとして選択の幅を狭め、「全拉致被害者の即時一括帰国」路線に固執すればするほど、日本の外交は身動きが取れなくなる。被害者家族のみなさんには心から同情するけれども、拉致問題を少しでも前に進めるためにオールオアナッシングのような強硬路線から解放されることを望む。