横田めぐみさん還暦の誕生日によせて

 中学1年生、13歳の時に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんが、生きていれば、5日に60歳の誕生日を迎える。

 これに先立って、母親の横田早紀江さんが記者会見し「自分も何年生きられるか分かりませんし、向こうで待つ被害者たちの命も分かりません」などと述べ、政府に対し一刻も早くすべての被害者を取り返してほしいと強く求めた。

60歳なんて姿は想像がつかないとも・・日テレのニュースより

 2002年の日朝首脳会談で5人の拉致被害者が帰還して以来、拉致問題はもう22年も進展していない。安否がはっきりしない拉致被害者は政府認定だけで12人北朝鮮が「死亡」とする8人と「未入境」とする4人)の健在な親は、88歳の横田早紀江さん有本恵子さんの父親で96歳の明弘さんの2人だけになっている。

 いつも同じような嘆きを被害者の家族から聞くのはつらい。何とかしたいが、今の政府と「救う会」、「家族会」の「全拉致被害者の即時一括帰国」路線では、残念ながら、今後も動かないだろう。

 とりあえずの突破口は、2014年の「ストックホルム合意」の際に北朝鮮が生存を伝えてきた田中実さん、金田龍光さんに日本政府がアプローチすることだろう。すでに10年が経つ。遅すぎたが、まずはすぐにも動かなくては。

 先日案内したテレビ朝日サンデーステーションでこの2人に関する特集特集「見捨てられた拉致被害者が放送されたが、これは現在取材可能な材料をほぼ網羅した番組だった。

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 興味深いのは、拉致問題担当大臣古屋圭司や複数の政府与党の関係者が、2014年に、二人の生存情報を告げられても北朝鮮の報告書を受け取らず非公表としたことをあけすけに語っていることだ。


政府関係者A「総理ら政権首脳はずいぶん考えたと思う。でも結局これじゃあ受け取れない。世論が納得しないということで再調査を求めることになった」

政府関係者B「この2人では、政府として世論を説得できないという議論になった」

政府関係者C「二人は(一時的に)日本に帰っても、また北朝鮮に戻っていく。同時に北朝鮮は(一時帰国の)見返りも要求した。それで世論は納得するのかという話になった」

 北朝鮮が報告を伝えてきたのは古屋氏が拉致担当大臣を辞めた後だったというが、その後古屋氏は自民党拉致問題対策本部長を務めている

 古屋圭司へのインタビュー

Q:生きてるという情報を政府は受け取らなかったのですか?

古屋「えー、家族会も拉致被害者の全員帰国なんですね。ごくごく一部で手を打たれるということがあってはならない。安倍総理はそういうふうに考えたと思いますね」

「あれだけをポッと最初に認めてしまうと、これで終わりだよねというリスクもあるわけじゃないですか。そこはやっぱり安倍総理がしっかり判断したんじゃないかなと思います」

Q:総理は2人が報告に入っていたことは知っていた?

古屋「それは側聞しています」

政府はいつも同じ答弁。事実上認めているのだが、「言えない」というばかり。二人の生存を10年秘匿してきた。

Q:その事実は国民に知らせるべきだったのではないですか?

古屋「いや、私はそうは思いません。やっぱりこういうものは極秘の交渉の中で、国家が出て来た時にはつまびらかにしてやる必要があると思いますけれども、全部ほとんどが水面下の交渉なんですよ。水面下の交渉が水上に出てきたら、もはや水面下じゃないんですよ。それがもし水面上に出てきてしまったら、あの国は、彼らはみんな粛清されますよ」

(もう水上に出てしまったから、みんな粛清されている? 自分でここまでしゃべっておいて「極秘」とはいかに?)

Q:直接本人の意思を確認することはできなかったんですか?

「拉致対策本部、それから警察・内調を含めてあらゆることはやってるはずです。その上で、総理に報告をして、総理が決断しているということです。」

Q:当時の行動はしょうがなかったということですか?

「やむを得ない。やむを得なかったと思います」

古屋元拉致問題相(サンステより)

 二人の人間の命にかかわる話である。北朝鮮から生存していると知らされて10年間、政府が何のアクションもとっていにことをドヤ顔で語っていることに驚いた。

 調査報告では「8人死亡」はそのままで代わりに田中さんと金田さんの生存を明らかにし、二人は北で幸せに暮らしており、帰国の意思はないとも伝えてきたという。

 支援団体の間でも意見が割れている。「救う会」、「家族会」は安倍政権の報告書受け取り拒否、二人の生存情報無視の方針を支持。

 一方、特定失踪者問題調査会の荒木和博代表は、「全部取り返すというのはスローガンとしてはいいんだけれども、現実にどういうふうにしていくかということになると、とにかく取り返せるところから一人でも二人でもやってそれを取っ掛かりにして次に行くと、もうそれしかないと思いますね」と語る。

一人でも二人でもとやっていくしかないと荒木代表

 特定失踪者問題調査会で長く活動してきた岡田和典さんは、田中さん、金田さんと同じ神戸出身で、二人の救出運動を続けている。岡田さんは、政府の仕打ちに激しい怒りを見せる。

「政府は2人の情報を拒否したわけですね。はっきり言やあ、切り捨てたんですよ。見捨てたんですよ。こんなバカなことが許されて良いわけないじゃないですか」

Q:なんで見捨てたんだと思いますか?

岡田「二人のご家族が表に出ないからです」

 二人は神戸市の児童養護施設で育った。幼い頃に両親が離婚して施設に預けられた田中実さんと3歳年下の在日韓国人の金田龍光さんとはとくに仲が良かったという。同じラーメン店で働いていたが、1978年、田中さんはオーストリアのウィーンに出国した後、行方が分からなくなり、金田さんは翌年、田中さんに会うため東京に行くと言い残して消息が途絶えた。

 北朝鮮工作員の張龍雲(チャンヨンウン)氏田中さんはラーメン店の店主の甘い言葉に騙されて海外に連れ出されたと証言する。

 田中さんは身寄りがなく、店主とは親や兄のように思って親しくしていた。北朝鮮で田中さんは日本人の女性と結婚して子どもが一人いる。結婚してからは落ちついているから安心してくれと連絡があったという。

このインタビューは私が取材したかもしれない。当時張さんには複数回取材した。

 1日には石破茂首相が就任した。石破首相は総裁選で拉致問題の解決に向け、東京と平壌の連絡事務所設置を政策として掲げた。

 一方で被害者家族らは北朝鮮の時間稼ぎの材料になるとして強く反対している。早紀江さんも改めて懸念を示し、「日朝のトップ同士が目を見て話すことが一番だ」と日朝首脳会談の早期実現を求めた。

「全拉致被害者の即時一括帰国」では外交の手を縛ってしまう(サンステ)

 北朝鮮に騙される、策略に陥るとして選択の幅を狭め、「全拉致被害者の即時一括帰国」路線に固執すればするほど、日本の外交は身動きが取れなくなる。被害者家族のみなさんには心から同情するけれども、拉致問題を少しでも前に進めるためにオールオアナッシングのような強硬路線から解放されることを望む。

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最近のニュースより―イスラエルのレバノン攻撃など

晩年に宿題は無し草の花 (京田辺市 加藤草児)

 15日の朝日俳壇の入選句だが、為すべきことを済ませて、悠々自適の晩年か。うらやましい。私なぞ、夏休みが終わろうとしているのに山のような宿題が残ってじたばたしている子どもの心境。「草の花」は秋の季語だそうだ。

 このブログが「長すぎて読めない」、「時事ネタが余計だ」などのお叱りを受けていて、時事ネタは時々きょうのようにまとめて書こうと思う。

 まずはイスラエルレバノン攻撃

 17日と18日、レバノンで、ポケベルなど通信機器を一斉に爆発させるサイバー攻撃があり、37人が死亡、約3000人がけがをした。爆発したポケベルは、ヒズボラが、スマホは通信内容が漏れるからと導入したものだが、イスラエル諜報機関が、その一つひとつに爆薬と起爆プログラムを組み込んだとみられる。

 ヒズボラは政党でもあり社会団体でもあって、戦闘員だけでなく政治家や介護スタッフ、教師もいる。「パパ、鳴ってるよ」とポケベルを手にした子どもや家族、友人も巻き添えにする、人道に反する攻撃だ。

 23日イスラエル軍レバノンの首都ベイルートを含む各地の1600箇所を空爆した。空爆は24日も続き、二日間で558人(女性94人、子ども50人)もが死亡し、多くの市民が避難を余儀なくされていて、混乱が広がっている。イスラエルの地上軍による侵攻もありうる状況だ。もうかっこ(「」)をつけずに侵略戦争と言っていい。

 イスラエルのガラント国防相は24日、「ヒズボラは、指揮系統、戦闘員、戦闘手段において一連の打撃を受けた。我々はさらなる攻撃を準備している」と語っているが、たしかにヒズボラの被った損害は大きい。軍事的には大幹部を含む多くの戦闘員を失い、通信をつなげない状態で軍事組織としての機能は大きく減退している。ヒズボラの内部情報が漏れていることがはっきりした以上、市民からも忌避され、ヒズボラメンバーには近づかないようになるだろう。イスラエルは弱ったヒズボラに追い打ちをかけるように一気に攻勢に出たのか。

 イスラエルでは演出された「国難」のなか軍事攻撃への支持率が上がり、ガザへの関心が相対的に低下するとすれば、ネタニヤフの思うつぼだろう。国際的には、アメリカを巻き込もうと事態をエスカレートさせるイスラエルと、大統領選を控えて沈静化に必死のアメリカ。どちらがイニシアチブを取っているかは明らかだ。こうなると、パレスチナでの戦闘中止に向けて、イスラエルの言い分が強くなり、和平は遠のきそうだ。

 無力感に苛まれるが、あきらめずにイスラエルへの批判を日本政府に働きかけなくては。
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 自民党総裁が大詰めで、マスコミは競馬の予想のように報じているが、どこの調査でも、まともな政策論議ができない小泉が失速し、かわりに統一協会が応援する高市が急上昇していることで見方は一致している。

 ただ、誰が総裁になっても、統一協会自民党との関係について再調査はせず、イスラエルレバノン攻撃も批判できないだろう。

TBSのスタジオに勢ぞろいした総裁候補に、「統一協会との関係を再調査しようと思う人は」と問われ、誰も手を上げなかった。

 また、アベノミクスからの脱却が急務と思われるのに、安倍氏の亡霊に遠慮してか、多くの候補者は沈黙したまま。10月から最低賃金が上がり、近年にない上げ幅だと報じられているが、それでも世界からは立ち遅れている。最低賃金でも、韓国が日本より高いのは知っていたが、先日、それを実感する出来事があった。

 韓国人の旧友と久しぶりに電話で話した。彼は熱心なボランティアで、親にネグレクトされた子どもたちが寝泊まりしながら学ぶ教会の施設を切り盛りしている。給料はないので、自分の生活費を稼ぐために、週日の夜、地下鉄の電車を掃除するバイトをしている。

 大変だね、で、いくらもらってるの?と聞いた。

 「そんなにきつくない仕事で、日本円で30万円くらいです」と彼。

 え、それは日本よりいいね、私もやりたいくらいだ、と言うと。

 「そうですよ。いま韓国は日本より給料はいいです」と、ごく当然という感じで答えた。

 これじゃ、ベトナムなど東南アジアからの労働者が、日本より韓国に行くのを選ぶのは当たり前だ。

 実質賃金が大幅に低下して低賃金の世帯が増えた一方で、アベノミクスは金持ちを急増させた。

 野村総研によると、純金融資産保有額5億円以上の「超富裕層」は2011年の5万世帯から21年の9万世帯へと10年で1.8倍に。1億円以上5億円未満の「富裕層」は75万世帯から139.5万世帯へと、これも1.8倍に増えている。

野村総研HP

安倍政権下で富裕層が急増している(野村総研より)

 これはまず、法人税率をガーンと下げる一方で賃金を押さえて企業利益を積み上げさせたこと、そして異様な金融緩和で株価を政策的に引き上げたことが大きい。

 まさに強きをたすけて弱きをくじく戦後でもまれな悪政。総選挙で審判を!
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 憤懣やるかたない日本の政治から気分転換して、南米から楽しいニュース。

 山形大学が、2千年前に描かれたペルーの「ナスカの地上絵」を新たに303点も見つけたという

 地上絵はこれまで430点が見つかっていて、実はこのうち318点を2004年から研究を始めた山形大学が発見していたのだという。

 従来は人工衛星画面などから特定していたが、新たにIBM研究所とAI(人工知能)を活用した共同研究を進め、22年9月~23年2月のわずか半年の現地調査で303点の地上絵を確認したという。

新たに発見された1点(山形大学より)

上の地上絵。実に不思議な、この世のものとは思えない図柄だ

 そうすると、描かれた地上絵は膨大な数になる。当時の人々(私の祖先でもある)は、地上絵を何のために、どんな気持ちで見ていたのかと想像するのは楽しい。

きのう夕方の空。もう秋の雲だ。

 

 

大震災で中村哲医師の父が殺されかかった話

 1923年(大正12年)9月の関東大震災後に起きた朝鮮人虐殺

 この追悼式に東京都の小池百合子知事は今年も追悼文を送らなかったが、埼玉、千葉の県知事は追悼文を寄せたとニュースになっていた。埼玉、千葉では、式を主催する市民団体が初めて追悼文を依頼し、両県知事が応じたのだという。

調査報告書「かくされていた歴史-関東大震災と埼玉の朝鮮人虐殺事件」によると、確認された犠牲者は熊谷57人、本庄88人、神保原上里町)42人で、埼玉県内では他の地域を合わせて193人。証言が確認できなかった犠牲者も加えると、県内で223人~240人とされる。(東京新聞より、写真は熊谷市の追悼式典)

20日付の朝日新聞記事より

 埼玉県で大震災後の混乱時に殺害された朝鮮人青年、姜大興(カンデフ)さんの追悼式の実行委は、去年8月の松野博一官房長官の「事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」発言に危機感を持ち、大野元裕知事に追悼文を依頼したら、4日の追悼会に「震災で犠牲になられた全ての方々の御霊に、衷心より哀悼の意を捧げます」との追悼文が届いたという。

 埼玉県内では、過去に県も関わり虐殺の大規模調査が行われた。さいたま市長は昨年に続いて追悼文を送付。犠牲者の多かった熊谷市本庄市上里町では市町長自らが地元の追悼行事に出席して追悼の言葉を述べた。

 千葉県の熊谷俊人知事も、実行委の依頼に応じ、1日の追悼式典に初めて追悼文を送った。同じ式典に、船橋、八千代、習志野、市川、鎌ヶ谷の5市長も追悼文を寄せた
明白な史実を否定する近年の動きに危機感を募らせた市民らが、各地で首長にメッセージを出させる動きを作っている。(朝日新聞20日の記事より)

19日付の朝日新聞記事より

 当時は、新聞が流言飛語を垂れ流して虐殺を後押しする形になったとされている。

 ところが、震災翌年の『東京朝日新聞』に、虐殺を反省する投稿が掲載されていたことが19日の記事で紹介されていた。

 24年(大正13年)7月24日付の読者投稿欄に載った、当時東京市の職員で都市行政に関わる立場にあった田邊定義さんの「震災供養」と題する投稿―

 「よくもあゝまで残虐な行為が我が同胞の手で行はれたもの、何としてあゝまで理性を失ったものかと、残念で堪まらないのは、かの鮮人襲来の蜚語(ひご)から生じた殺傷である」

 (避難中に橋が落ちるなどして亡くなった人は)「日本の物質文明の欠陥による犠牲者である」のに対し、「軽率にして而(し)かも狭量な都民の手にかゝつて最期を遂げた人々は、いはば日本の精神文明の欠陥による犠牲者である」。

 「この憐むべき犠牲者への何よりの手向けは公私一致、特に当時日本人であることが嫌になる程悪感を嗾(そそ)らしめた自警的暴行団体を中心とする精神的供養ではあるまいか」

 同年8月24日付の投稿(水島三之助さん)は、日本の対外的な評価を危ぶむ。

 「復興事業はもとより急務である。しかしながらわれわれの国際的の信用を厚くし、否進んで欽仰(きんぎょう)の的となるやうに務むることは更に大である。即ち九月一日には罹災鮮人の追悼会を盛んにすると共に(中略)要するに国民の情熱を此の問題に向けることが最大の急務だ」

 朝鮮人からの投稿もあった。

 27年(昭和2年)9月24日付に「淀橋金鮮人」ペンネームによる投稿

 「あの当時『鮮人』がどうしたとか、事実ありもしない逆宣伝が流布されて、あゝした悲惨暴虐な虐殺があった事は直接その下手人は〇〇等であつても、そんな流言を宣伝した新聞にも重大な責任がある」とメディアを批判する。

 これらを引用したあと、朝日の記事はこう結んでいる。

《震災直後の認識では、日本人の自警団名などが多くの朝鮮人や中国人らを殺害した事実は争いのないものであった。文芸評論家の中島健蔵や俳優の清川虹子ら著名人を含む多くの目撃証言が残されているほか、国立国会図書館国立公文書館などには虐殺を示す公文書が保管されている。》(樋口大二)

 百年前にも虐殺を繰り返してはならぬと考える人がいて、それらの意見を新聞に載せる判断をした人たちがいたことに、少し救われる思いがする。

 

 実は、アフガニスタンでの農業支援で知られる中村哲さんの父親・勉さんも、関東大震災の時に朝鮮人に間違えられてあやうく殺されるところだったという澤地久枝さんとの対談集『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』(岩波書店)より。

澤地:お父様は、中学を出てから、さらに学校へ行ってらっしゃるのですか。

中村:早稲田大学中退です。

澤地:それは、誰がお金を出したのですか。

中村:書生としてどこかお金持ちの家に住み込んで、いまでいえば苦学生ですね。ロシア革命の報せを聞いて、じっとしておれなくて上京したらしいです。早稲田大学で勉強しているときに、関東大震災です。それ以来、すっかり東京の人が嫌いになってしまって・・・。

澤地:なぜ嫌いになってしまわれたのですか。朝鮮人の虐殺とか、そういうことと関係がありますか。

中村:まさにそれです。九州訛りが強かったものですから疑われて。いつも、そのことをこと細かに話していましたけれども、隅田川朝鮮人の死体であふれかえっていたそうです。うちの父も、町内会の一団の人々が、日本刀やら、木刀を持って、通行人を検閲しているのに出会って、「この人は言葉がおかしい」といって、朝鮮人と間違えられて、あやうく殺されそうになった。ところが、ちょうどそこに下宿屋のおじさんが通りかかって、「これは、うちにいる九州から来た早稲田の学生さんだ」と言ってくれて助かったらしい。

 これ以来、東京嫌いになってしまって、「あの人たちは、普段は立派なことを言っているけれども、いさというときになると集団で何をするかわからんぞ」と。私もそれを聞かされて、そういう偏見にはぐくまれました(笑)。大杉栄もそのどさくさで殺されました。そのことが日本人のあいだで、すぐさま忘れ去られる。そのことに対して、父はいつまでも憤りを抱いていました。》(P30)

 そしてこの話を中村さんは、こう結んでいる。

 《自分の身は、針で刺されても飛び上がるけれども、相手の体は槍で突いても平気だという感覚、これがなくならない限り駄目ですね》。

 何が「駄目」かというと、日本人が、である。いま、私たちは当時と比べて少しはマシになっているのだろうか?

拉致被害者救出は、まず田中さんと金田さんから

 朝日新聞がスクープ。

 安倍晋三首相が2013年の参議院選直前、統一協会の幹部らと自民党本部の総裁応接室で面談していた。萩生田光一・元経済産業相岸信夫・元防衛相も同席していた。17日朝刊の1面に面談時の写真が大きく掲載されている。

朝日新聞17日朝刊(写真は2013年6月30日の面会)

 写真には教団(世界平和統一家庭連合)の徳野栄治会長、教団関連団体の「全国祝福家庭総連合会」の宋龍天(ソンヨンチョン)総会長(後に教団世界会長に就く)、「国際勝共連合」の太田洪量(ひろかず)会長勝共連合の幹部2人が並んでいる。

 これは、「4日後に公示を控えた参院選自民党比例区候補の北村経夫・現参院議員を教団側が全国組織を生かして支援することを確認する場だった」という。北村氏は元産経新聞政治部長で、結果は当選だった。自民党はこの前年、12年12月の衆院選で大勝し、第二次安倍政権がスタート。13年7月の参院選で勝利して「ねじれ」を解消、長期政権を築いた。エポックとなった重要な選挙だったのだ。

 一方、統一協会(「世界基督教統一神霊協会」)は、霊感商法が社会問題になり、多くの裁判が起きて窮地に立たされていた。生き残りをかけて、政治権力に食い込もうとしていた。自民党統一協会がたまに再起をかけて蜜月へと向かった時期だったのである。

 このあと、2015年8月には、統一協会の「世界平和統一家庭連合」への名称変更がすんなり認められている。

 

 自民党茂木幹事長(いま総裁選に出ている)は22年8月、「党として」「これまで一切の関係を持っていないことを確認した」と党としての組織的関係性を否定。教団側との接点については議員の自己点検に委ねられた。そして安倍氏は点検の対象外とされ、岸田首相は「お亡くなりになった今、確認するには限界がある」と調査自体を拒んできた。

 しかし記事によれば、国政選挙直前に、自民党総裁が教団のトップを党本部の総裁応接室に呼んで、側近とともに直々に選挙応援を確認していたことになる。これは重大だ。これで「組織的な関係はなかった」などと言えるのか。

 これまでの説明が覆ったのだから、徹底調査すべし。さあ、総裁候補の面々、どうしますか。
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 自民党総裁選の党員からの支持で高市早苗が急上昇しているとの見方がある。

 旧統一教会問題に詳しいジャーナリストの鈴木エイト氏はこう言う。

 「熱心な信者たちが『高市早苗さん一択』などと、X(旧ツイッター)に盛んに投稿しています。教団は政治団体の『国際勝共連合』を通じて憲法改正や伝統的家族観の重視を主張し、思想信条はおおむね高市氏と合致する。自民党との長く深い関係から相当数の党員を抱えていて、高市推しで動いているとみています。ただ、高市陣営は教団関係者からの直接アプローチは遮断しているとも聞く」(日刊ゲンダイ

 自民党に入党した統一協会員の活躍で高市氏が総裁に、なんて悪夢が現実にならぬよう祈る。
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 建築家の坂茂さんが、世界の優れた芸術家に贈られる「世界文化賞」に選ばれた

高松宮殿下記念世界文化賞」は日本美術協会が絵画や音楽など5つの分野で世界的に活躍する優れた芸術家に毎年贈っているもので10日、東京でことしの受賞者が発表された。

 建築部門では、紙でできた素材を使ったシェルターや仮設住宅を世界各地で作り、難民の救済や災害支援に取り組む建築家の坂茂さんが選ばれた。

 会見に出席した坂さんは「世界中で手軽に手に入るもので建築物を作り、社会の役に立ちたいと思った。地震で人が死ぬのではなく、建築物が崩れて人が亡くなる。だから、われわれには責任があると認識しながら、世界のために活動を続けたい」と受賞の喜びを述べた。

 坂さんは現在、ウクライナで新しい病院の設計にも関わっているほか、難民の避難所でのプライバシーを守るための「間仕切り」を作っているということで、「世界の幸せなくして日本の幸せはないとの思いで、少しでも建築で貢献したい」とウクライナ支援への思いを述べた。

 坂茂さんは、かつて「情熱大陸」で取材させてもらったご縁で、活動をフォローしているが、ウクライナ支援でも活躍しているのはすごい。ますますお元気で!

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 17日は日朝首脳会談から22年。

 成果なく年月が過ぎた。むろん、まずは北朝鮮が責められるべきなのだが、日本政府の対応にも大きな問題がある。そこをしっかり正さないと、残念だがいくら署名運動をしても問題は進展しないと思う。

有本恵子さんの父、明弘さんはもう96歳。横田早紀江さんは88歳だ。(NHKニュース)

 15日のテレビ朝日サンデーステーション」で特集「見捨てられた拉致被害者」が放送され、反響を呼んでいる。

 2014年に北朝鮮が、神戸出身の田中実さん金田龍光さんの2人が北朝鮮で生存していて家族と暮らしていると日本政府に通報。しかし政府は横田めぐみさんら他の被害者の「死亡」扱いが変わらないことを理由に北朝鮮の「調査報告」の受け取りを拒否し、生存情報を隠蔽しつづけている。もう十年もの間、文字通り見捨てられているのだ。

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 このブログの読者は、「またか」と思うかもしれないが、世間ではまだまだ知られていないので、繰り返し訴える必要がある。

 田中実さんは政府認定拉致被害者だが、養護施設で育ったため「家族会」には誰もおらず、名前もあまり知られていない。政府は「この2人だけでは国民を納得させられない」と切り捨てたのだが、「命の価値は同じはずだ」と、抗議の声が上がっている

 田中さんには日本人の妻があり、男児もいることが分かっている。その妻も拉致被害者かもしれない。政府は直ちに田中、金田両氏に会い、事情を確認し、日本への帰国を図るべきだ。

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【独自】北朝鮮から生存情報も「見捨てられた」拉致被害者 当時の担当大臣取材応じる【サンデーステーション】(2024年9月15日)

 

ウクライナを変える市民社会4

 マスコミのニュースは自民党総裁選に占拠されている

 9人の候補は、選挙の顔に誰がいいかのイメージだけで競っている。裏金問題、統一協会ふくめ自民党が引き継いできた安倍政治の根深い問題をこそ論戦で取り上げるべきなのに、無視されたまま。高市早苗氏は推薦議員20人中、裏金議員が13人だって!?その中にはあの杉田水脈氏も。

 そもそも自民党がなぜダメで、岸田総裁が退かざるを得なかったのか。国民は騙されないようにしよう。
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 パラリンピックではウクライナ国内がとても盛りあがったというウクライナ選手が大活躍したからだ。

 日本も金14個、メダル総数41個で健闘したとされているが、ウクライナは金22個、メダル総数で82個というからすごい。戦時下で、練習する場所や時間が限られ、さらに資金面でも大変ななか、よく頑張ったなあ。

 一方、10日、ICC国際刑事裁判所のカーン主任検察官が、7月8日のロシア軍による攻撃で破壊された首都キーウの小児病院を視察し、攻撃を命じたロシア軍の将校に逮捕状を出したことを明らかにした。このミサイル攻撃では2人が死亡し、子どもを含む30人以上がけがをした。

NHKニュースより

NHKニュースより

 会見で、コスティン・ウクライナ検事総長は、当時、ロシア航空宇宙軍で長距離航空部隊を率いていた司令官が、巡航ミサイルKh101を搭載した長距離戦略爆撃機を使って攻撃するよう部隊に命じるなど、直接関与していたことが分かったと発表した。この司令官について、ICCは、ウクライナのインフラ施設を攻撃した戦争犯罪などの疑いで逮捕状を出しているという。

 「軍事目標しか狙っていない」などととうそぶきながら非人道的な攻撃を続けるロシアを許してはならない。
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 前回、ウクライナの住民のアイデンティティエスニックなナショナリズムからシヴィック(市民的)な国民意識へと成長・転化してきたことを紹介したが、グージョン『ウクライナ現代史』河出新書)はこう記している。

 「マイダン革命後の市民参加はまた、政治改革の分野(汚職撲滅、裁判、公開市場)にも関わっており、多くの組織が創設されている。国家レベルでは、革命の終わりに創設されたNGO連立「蘇生改革パッケージ」が十数個の組織と専門家グループを結集して、法案を策定し、議員に圧力をかけ、改革に関連する法律の採決や活用の監視にあたっている」。

 

 NGOが政府に監視されるのではなく、逆に政党や政府を監視する活発な活動を展開しているのだウクライナには多様な「市民社会の組織」が15万件以上(2020年初頭現在)も登録されており、権威主義のロシアとは全く逆の国づくりを目指している。

 長らく国家をもたなかったウクライナでは、独立後も「国民」という意識が弱かった

 2013年の調査では、54.2%が自分を「ウクライナ国民」と思っているのに対し、35.3%が居住地の住民(たとえば「ドネツクの住民」)と意識していた。これがマイダン革命やその後のロシアからの圧力、武力攻撃を経た19年には、75%対16%へと変化している。ウクライナの国民的統合、一体化が急速に進んでいることを示している。(NGOシンクタンク「ラズムコフ・センター」)

 現在では、ほとんどの住民が「ウクライナ国民」と自己認識するようになっていると思われる。

 平野高志さんが『朝日新聞』10日付け夕刊の1面で大きく取り上げられていた。ウクライナでに日本車(マツダ)の中古車が「大市珍味」という漢字のロゴがついたままで使われていると平野さんが写真付きでXで投稿したところ、その会社が反応して両国の意外な交流が話題を呼んでいるという記事だ。
https://x.com/hiranotakasi/status/1833471620549136592

10日夕刊1面

 平野さんのウクライナ市民社会についての記事続き。市民社会の活躍は汚職撲滅や選挙制度改革だけではない。

人権保護においても市民社会の活躍が目覚ましい。特に2014年以降、ウクライナ南部クリミアや東部ドンバス地方から多くの国内避難民が発生したが、政権の対応は遅かった。そこで避難民を支援したのが、「クリミアSOS」や「東部SOS」など様々なNGOである。これらの団体は、各地域の出身者が中心となり、ロシアの占領地や紛争地から逃れてくる避難民の支援、紛争隣接地・被占領地の状況モニタリング、国際裁判に向けた証拠収集、ロシアに拘束された人々の解放を求める運動、避難民の各種権利回復の呼びかけなど、多様な活動を行い、政権の対応の遅れを補った。》

 私が取材した南部戦線でも、前線近くで住民への支援活動をするNGOの青年たちがいた。行政が及ばないところを民間ボランティアが精力的に補っていた。

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 NGOから政府の要職や影響力ある役目に抜擢されることもあるといい、一例として「クリミアSOS」の創設者の一人、クリミア出身者のタミラ・タシェヴァは、現政権でクリミア問題を統括するウクライナ大統領クリミア自治共和国常駐代表になっている。この《タシェヴァの大統領代表職は、ウクライナ政権のクリミア脱占領・再統合政策をまとめる重要ポストであり、同氏が率いる代表部は現在クリミア奪還後の統治に向けて、諸政策の準備を進めている》

《今回紹介したのは、市民社会を代表する専門家・活動家のほんの一握りに過ぎず、ほかにも、あらゆる分野で活躍する人々がいる。男女ともに20~40代の若い層が多いこともあって、改革とは直接関係ない人々、例えば文化、IT、芸能、音楽分野の若い人々とも連携して、抵抗勢力が容易には抗えない変革の流れを生み出している。また、近年の特徴は、彼らが様々な形で政権内に要職を得て、改革・政策の実現に直接関わっていることだ

この市民社会の活躍こそがウクライナ内政の重要な特徴である。そして、その勢いは若い世代の台頭とともにいよいよ強まっている。

 現在のロシアの対ウクライナ戦争は遅かれ早かれ何らかの終わりを迎え、「英雄」と讃えられているゼレンシキー大統領もいずれ政界を去る。しかし、ウクライナはその後も復興や改革を続けていかなければならない。その時に、改革の推進力となり、政権の暴走に対するブレーキとなるのは、この市民社会だ。》

 市民社会は、国内勢力の中で、軍、教会と並んで国民から高く信頼されているという。また国際的な評価も高い。

EUのフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、2022年6月19日、ドイツの公共放送でウクライナを「活発な市民社会を持つ強力な議会制民主主義国家」だと形容した。その後、ウクライナEU加盟候補国の地位を獲得できたのも、市民社会が高く評価されていることが大きい》

《最後に、ゼレンシキー大大統領が2019年の大統領選挙で勝利した直後に、旧ソ連の他の国々に向けて発した言葉、「私たちを見てくれ。あらゆることが可能なのだ」を紹介したい。彼の念頭にあったのは、芸能人であった自身が大統領に当選したということであろう。しかし、彼を大統領に選びながらも、好き勝手なことはさせず、改革の実現を迫り、真の意味で「あらゆることを可能に」して下支えをしているのは、市民社会に代表されるウクライナ国民自身である。

 そして2020年のベラルーシ反政府抗議運動のように、近隣諸国の人々がウクライナで起きていることを見て、自国の変化を求めていく動きは今後も起こり得よう。ロシアのプーチン大統領ウクライナに対して恐れているのも、この強力な市民社会の存在、そして変革がロシアへ波及することなのかもしれない》(完)

 

ウクライナを変える市民社会3

 サハリン(旧樺太)から残留日本人とその家族が5年ぶりに一時帰国した。きのう新宿で一時帰国者をかこんで歓送会があり、私も参加してきた。

NHK札幌

新宿での歓送会。左手で挨拶する白い服の女性は、日本人の父と絶滅が危惧されるウィルタの母をもつ北島リューバさん。サハリンの民族構成も多様である。(筆者撮影)

 1989年からサハリンの残留日本人、韓国朝鮮人を取材したことは私の原点の一つだった。多くの日本人とその子孫から、戦後処理に翻弄された人生を聞かされ、一緒に美空ひばりを歌った。

takase.hatenablog.jp

 当時、ソ連と韓国は国交がなく、私の取材テープを無料で韓国のプロダクションに託したことにより韓国初のサハリン残留韓国人の番組が実現した。実態が全く伝えられていなかった韓国では大反響を呼び、すぐに大韓赤十字が動いて残留韓国人の一時帰国から永住帰国へとつながっていった。

 あれよあれよと事態が動いて、たくさんの人の念願が叶うという、取材者名利に尽きる体験だった。常に取材で世の中を変えようという気持ちが働くのは、この時の強烈な体験から来るのかもしれない。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20200726
https://takase.hatenablog.jp/entry/20200117

 きのうは懐かしい人に会って、旧交を温めた。私の取材時、サハリン日本人会の中心でお世話になった近藤孝子さん(現在は永住帰国している)は93歳。握手しながら「これが最後にならないように」と願った。

 気になったのは、残留日本人の家族にもウクライナに動員されている人がいること。プーチン政権は、モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市からの動員数を極端に少なくし、遠隔地や少数民族地域から大量に兵士を動員またはリクルートしている。ここは残留日本人の家族が無事であるよう祈ろう。
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 平野高志さんウクライナ市民社会についての記事より。

 《選挙制度でも、長年の議論を経て大きな改革が実現している。ウクライナの最高会議選挙は、小選挙区比例代表選挙が半々だったが、小選挙区では地方の小富豪が利益誘導・バラマキ型の選挙運動で当選することが多く、彼らは最高会議で既得権益層となり、改革の阻害要因になる傾向があった。そこで選挙問題に取り組み国内最大の市民団体「オポーラ」などが立ち上がり、小選挙区制を廃止して完全に比例代表制へと移行することを提起した。また、比例代表制でも、政党があらかじめ当選順位を決める拘束名簿式ではなく、得票上位者から当選する非拘束名簿式の導入を主張した。これには政党や小選挙区出身の無所属議員から激しい抵抗があったが、2019年の法改正で「オポーラ」の主張する通り、小選挙区制を廃止し、非拘束名簿式の比例代表制とすることが決まった。次期総選挙(現在は戒厳令が出ているため実施時期は未定)では、利益誘導型の地方富豪や不人気な政治家の当選が減少することが見込まれている。

 「オポーラ」代表のオリハ・アイヴァゾウシカは、民間の選挙問題専門家として名高いが、興味深いのは、政権側に彼女の能力が認められ、ロシアとの間のウクライナ東部情勢解決協議(ミンスク協議)のウクライナ代表団の一員に任命され、2016~18年にドンバス被占領地での地方選挙の合法的かつ民主的な実施に向けた協議に参加していたことである。政権が民間の専門家を信頼し、国の代表として敵国代表者との協議に参加させるという稀有な官民連携のケースであった。》

 選挙制度の変更はどの国でも簡単にはいかないものだが、ウクライナでは民間NGOをはじめ市民社会の勢いが強く、見事に実現している。

 補足すると、ウクライナは地域的にも民族的にも多様な国で、そこにロシアの政治的・経済的・文化的な介入も加わって、東西両極の地方では政治意識にも大きな差が見られた。

 大統領選挙をとってみると、2004年、2回目の投票(決選投票)がオレンジ革命でやり直しになり、再度行われた選挙では、西部のハーリチで90%以上の票が、当選した親欧州派のユシチェンコに入ったのに対し、ドンバスでは同じ割合の票が、元ドネツク州知事で親ロシア派のヤヌコーヴィチに流れた。10年の選挙でも、2回目の票の開きは同様で、このときは親ロシア派のヤヌコーヴィチが親欧州派のティモシェンコに勝利している。

 東西の違いを拡大したのが、親欧州派の政治家がウクライナエスニック(民族的)なナショナリズムに訴えてロシアの圧力に対抗しようとした政策だった。たとえばオレンジ革命後のユシチェンコ政権は、かつてソ連に対抗するためにナチスドイツと協力した右翼的民族運動を称えるなどした。また、マイダン革命後の暫定政権が、各地方の第二公用語を認めた言語法(注)を廃止しようとした。これはロシア語を締め出す企てと受け取られ、ロシア語を母語とする住民の反発を買った。ウクライナの課題は、エスニックなナショナリズムだけに頼らず、シヴィック(市民的)な国民的アイデンティティで国を一つにまとめていくことだった。

 (注)公用語ウクライナ語だが、2012年に成立した言語法では、地方で話者が10%を超える言語を政府機関や学校で使用できるとした。東部や南部の多くの地域では、この法律によりロシア語が第二公用語となった。

 ただし、地域による違いはとかく極端に描かれやすいと平野高志氏はいう。西端のハーリチと東端のドネツクの違いは大きいが、これをウクライナは東西分裂国家だ」と過大に描くのはロシアのプロパガンダだと警告する。「日本で言えば、沖縄県と北海道の住民だけを紹介して『ほら、南と北の住民は言葉も文化も食生活もこんなに違う、だから日本は南北分裂国家』というようなもの」で、これら二つの地域の違いは、ウクライナの国民としてのアイデンティティ形成に深刻な影響を与えるものではなかったという。
https://blog.goo.ne.jp/yuujii_1946/e/8e1cfaa09f8b0b04fb9f187394ae93ec

 ウクライナ人の国民的アイデンティティと一体感を高めるうえで大きな役割を果たしたのは、皮肉にもロシアのウクライナに対する露骨な圧力、さらにマイダン革命後のクリミア、ドンバスへのロシアの介入と侵略だった

 2019年の大統領選では、ユダヤ教徒でロシア語話者であるゼレンスキーが2回目の投票で、73.2%の得票で当選、リヴィウ地方をのぞく全地域でトップに立った。かつては著しかった地域による投票行動の違いが激減したのである。また、ゼレンスキーの政党「国民の僕(しもべ)」は独立後はじめて、連立なしの一党だけで最高会議(議会)の過半数を得た。また、現在では極右民族主義の政治的な影響力はほとんどない(極右は議会に1議席しかもっていない)。

 ウクライナはロシアからの強烈な経済的・政治的干渉を2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命ではねのけた結果、市民の政治参加、ボランティアなどの互助活動が大きく広がり、自律的な市民社会の形成をもたらした。

 エスニックなナショナリズムではなく、シヴィック(市民的)な国民意識ウクライナが一つにまとまってきたのである。国家を持たなかったウクライナはいま、ロシアとの10年戦争を戦いながら、エスニックからシヴィックへと統合の原理を移行させながら、若々しい国民国家形成の努力を続けている。
(つづく)

ウクライナを変える市民社会2

 長月、節季は処暑(しょしょ)を過ぎてもう白露(はくろ)。朝夕に降りる露のことを白露といい、残暑も終わりにむかうはずだが、きのう今日と東京は最高気温33℃と暑さが続く。

鉢植えの朝顔が咲いた

 7日から初候「草露白」(くさのつゆ、しろし)。次候「鶺鴒鳴」(せきれい、なく)が12日から。17日からが末候「玄鳥去」(つばめ、さる)。そういえば近年、ツバメがほんとに少なくなったがなぜなのか。

 LED街灯の導入で昆虫の個体数が激減しているとの報告があるが、それが都会で小鳥を見なくなったことに影響しているのだろうか。
https://www.afpbb.com/articles/-/3363421
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 去年ウクライナを取材して驚いたことの一つに、市民のボランティア活動の活発さがある。1991年の独立以降、深刻だった経済の低迷に加え、ロシアの全面侵略で生活苦が進んでいるはずなのに、どこに行っても助け合い精神がみなぎっていた。いつなんどき誰がミサイルでやられるか分からない毎日、親戚、友人の誰かが戦場で戦い死傷している現実。そして何より、独立を守り抜く強い意志が、力を合わせて戦いに貢献しようという社会的合意を作っているのだろう。

 イギリスの団体が毎年、各国の国民がどれだけ人助けをしているかを示す「世界寄付指数」(World Giving Index)を発表している。

World Giving Index 2023より

 過去一カ月に、①見知らぬ人を助けたか、②慈善活動に寄付をしたか、③ボランティア活動をしたかの3項目を質問し、その回答をランク付けしている。順位の高い方がより人助けをする国となるのだが、去年、ウクライナは世界第2位だった。私の現地での印象が裏付けられている。

 ところで日本は142カ国中、139位、下から4番目とお恥ずかしいかぎり。

takase.hatenablog.jp

 前回のつづき―平野高志さんによるウクライナ市民社会について。

ウクライナ市民社会が志向する「改革」とは、基本的に社会をEU型に近づけること、ソ連時代の非効率な諸制度を西側の現代的な制度に近づけることを意味する。そのための具体策として、汚職対策、公正かつ独立した司法、透明性と質の高い行政・医療・教育・治安機関、民主主義諸制度の強化などが打ち出されている。市民社会において、ロシアの制度の方がEUのそれより優れており、ウクライナの社会をロシア型に近付けるべきだと主張する専門家はいない。》

 だが、オリガルヒや各政党、ロシアや欧米からの影響をはじめ、ウクライナの政治を左右する諸要素との関係の中で、市民社会の主張がすんなり通るわけはなく、複雑な抗争、妥協の中からベクトルが出てくる。このメカニズムはどの国にも共通で、以下のウクライナ市民社会の達成には、むしろ日本に示唆することが多いと私は感じた。

市民社会政治勢力(政党)、オリガルヒの関係は複雑だ。

 大半のオリガルヒは既得権益の維持を目的に、政界に彼らの意向を汲む人物を送り込みたがる。他方、市民はオリガルヒを忌避しており、その影を感じさせる政党は支持を伸ばしにくい。これに対して、UE型改革を施行する市民社会の専門家は評判が高い。そこで各政党は、選挙を意識して、潤沢な資金と報道機関への影響力を持つオリガルヒと一定の関係を保ちつつ、同時に市民の信頼を得るために市民社会の専門家を自勢力に引き入れる傾向がある。専門家も、政党の組織力や、元芸能人のゼレンシキー大統領のような全国規模のカリスマ性があるわけではないため、個別改革の実現を目標に、立場の近い政党から出馬する場合がしばしばある。その結果、政界には政治勢力、オリガルヒ、市民社会が進出し、それぞれの思惑が重なって共闘する場合もあれば、しばしば激烈に対立することもある。

 特に2014年以降はG7やIMFといった外部勢力がそこに加わり、ウクライナ国内の各勢力と協議し、支援や融資の条件を提示しながら改革を推し進めてきた》。

 少し補足すると、ウクライナのテレビは2014年のロシアによるウクライナへの侵略(クリミア、ドンバス)でロシア発の放送が禁止されたあと、ほとんどのチャンネルがオリガルヒの影響下にある。私も市民から、オリガルヒに関係する汚職の話などがテレビでは報道されないなどの不満の声を聞いた。

 また、ゼレンスキー氏が人気者になった番組「国民の僕(しもべ)」を放送したテレビ局「1+1」はコロモイスキーというユダヤ人オリガルヒの影響下にあり、ゼレンスキー氏の政界進出もコロモイスキーが支援したとされている。

 去年9月2日、ウクライナ保安庁(SBU)はコロモイスキーを資金洗浄や詐欺の罪で起訴、ゼレンスキー氏が自分の「後ろ盾」を切ることで汚職撲滅の本気度を示したと評判になった。

 では、市民社会によって実現された改革にはどんなものがあるのか。

ウクライナ汚職問題の根本には、非効率なソ連式の制度が残っていることがある。例えば政府は、各施策の合理性よりも結果の数字を重視するため、質を疎かにしがちだ。官僚機構は肥大化し、国家サービスには無駄が増える。そして、それぞれの組織は透明性を欠く。諸問題の大半はこれらが原因である。同時に、汚職が長年蔓延してきたため、「汚職をしても罰せられない」と人々の認識に根付いてしまっていることも大きな問題だ。そのため、諸制度の改革と並行して、市民の間に「汚職をすれば罰せられる」という認識を定着させることが求められた》。

 ここでまた補足すると―汚職が蔓延した社会では、市民にもそれが「伝染」し、医者や学校の教師に付け届けして便宜を図ってもらったり、ちょっとした仕事を頼むにも鼻薬を利かせるのが当たり前になってくる。それが常態化すると、自分も付け届けする側だけでなく、される側にもなり、汚職に関する感覚がマヒしてくるのである。

《そこで市民社会の専門家が提案したのが、政権高官の汚職に特化した捜査機関・検察・裁判所の新設である。国民の信頼を失っている旧来の捜査機関・検察・裁判所を短期間で改革するのは困難であると考え、新規のエリート法執行機関を設置しようというのである。

 これには政権側も抵抗を示し、2014年のマイダン後に誕生した親欧米のポロシェンコ政権も様々な形で抵抗した。しかし、汚職問題専門NGO「アンタック(AntAC)」国際NGO「TI」ウクライナ支部、また司法改革専門NGO「デューヒ」などが国民に向けて熱心な啓蒙活動を行い、政権に多大な圧力をかけ、およそ5年をかけて汚職対策専門の捜査機関NABU・検察SAP・裁判所HACCの設立に成功した。これら3機関のトップや職員選考には、外部勢力の影響力を極力排除した入念なプロセスが導入されている》。

 ここまで読んで、日本の政治改革が全く進まないのに比べ、この政治プロセスに、なんと健全なことよ、とうらやましささえ感じる。見習いたい。

 なお、文中のポロシェンコ大統領は「チョコレート王」と呼ばれる大財閥で、ロシェンという彼の会社のチョコを私もお土産で買ってきた。

お土産で買ってきた「ロシェン」チョコレート

 《現在これらの汚職対策機関は、与野党国会議員や大統領の側近なども容赦なく拘束・訴追し、汚職犯罪への抑止効果を生み出している。これら機関による有罪判決は2022年末時点で累積799件、ロシアによる全面侵攻の始まった2022年にも約750件の汚職犯罪捜査が行われている。ゼレンシキー大統領の側近も過去に収賄容疑を伝達されており、また今年8月9日には、アナトリー・フニコ最高会議(国会)与党議員が違法な土地取得の斡旋により賄賂を受け取った容疑で逮捕された。(略)

 現在、ウクライナ最高会議で汚職対策委員会の委員長を務めるアナスタシヤ・ラジナ(与党)は「アンタック」出身で、第一副委員長のヤロスラウ・ユルチシン(野党)はTIウクライナ支部の前代表であり、汚職対策における官民の連携を促している》。

 このほかにも、去年の記事から拾うと―

 去年5月には、「ウクライナ国家反汚職局(NABU)と反汚職専門検察(SAP)は16日、270万ドル(約3億7千万円)の「違法な利益」を関係者とともに得た疑いで、ウセボロド・クニャジエウ最高裁長官(43)を拘束したと発表した」がある。最高裁長官、つまり三権の長の一人を摘発したのである。

www.asahi.com

 

 政界の金権腐敗事案の基本的な調査も封じたまま、与党総裁選に突っ走っている我が国の惨状を見るにつけ、戦時下という国家危急の事態のなかで、ここまで民主的な政治プロセスを進めているウクライナは称賛に値する。
(つづく)