ウィシュマ・サンダマリさん最後の13日間

 「大寒」(だいかん)になった。

 今日から初候「款冬華(ふきのはな、さく)」。25日から次候「水沢腹堅(さわみず、こおりつめる)」。30日から末候「鶏始乳(にわとり、はじめてとやにつく)」。

 厳しい寒さのなか、植物も動物も春に向けて動きをはじめている。
 東京もさすがに寒く、今朝もバケツに氷が張っていた。

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 参議院議員有田芳生さんが、名古屋入管で亡くなったスリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんの亡くなる直前を記録した監視カメラの映像をFacebookで紹介している。
https://www.facebook.com/yosihifu.arita

 監視カメラの映像をめぐっては遺族や支援者たちから全面公開の要求が出され、映像の一部は、去年8月12日にウィシュマさんの二人の妹さんに公開された。二人にとって映像は衝撃的で、2時間分の映像のうち1時間10分見た時点で、ワヨミさんの体調が悪くなり視聴を続けられなくなったという。

《視聴中、妹のワヨミさん(28)とポールニマさん(27)は終始泣き、ワヨミさんは直後にショックで吐いたという。ワヨミさんは「日本の全ての外国人は見るべきだ。入管は人の道を外れている」と記者団の前で泣き崩れた。
 ワヨミさんらによると今年2月下旬、ウィシュマさんが何度も点滴を求めたが職員は「私たちは医者でない」と対処しなかった。
 同月下旬朝にはベッドから落下。23回も助けを求め職員2人が来たが、手足を引っ張るだけでベッドに戻そうとせず、毛布をかけその場を去ったという。》(東京新聞

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映像を視聴した直後の二人の妹(8月12日)

 有田さんのFBを読んで、私も「人の道を外れている」との印象を強く持った。入管は、重篤な病人であるウィシュマさんに病院に緊急入院させるなどの必要な処置をしていないばかりか、人間として当然の人道的配慮もしていない。読み進むうち、こんなことを平気でやれる人間がいるのかと、私も気持ちが悪くなってきた。

 「入管に殺された」と言っても過言ではないと思う。読んだ後、入管への激しい怒りとともにウィシュマさんとご遺族への申し訳なさがこみあげてきた。
 FBを使わない人も多いと思うので、有田さんの投稿全文をここに掲載する。


 ウィシュマ・サンダマリさん最後の13日間
              有田芳生

【2021年12時27日(月)朝10時から、ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で亡くなる最後の13日間の映像を見た。法務委員会の理事、オブザーバーと希望する委員だ。6時間28分のスクリーンのすぐ横に陣取り、細かくメモを取った。Twitterで断続的に投稿し、まとめてFacebookに投稿したものにさらにメモをもとに加筆した内容をここに再録する。入管は死因を不明とするが、代理人弁護士は「餓死」だと判断している。この事件だけでなく、2007年からいままで入管で17人が亡くなっている。この分析と総括なくして入管法難民認定法の改正案など認めるわけにはいかない。なおメモは映像を見ながら記録したものゆえに、言葉全体をそのまま正確に再現できたわけではなく、通常の取材時のように、印象的、特徴的な部分を書き留めていることに留意していただきたい。なお()はそのときに書いた感想だ。】

参議院法務委員会の理事懇談会で33歳のスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管に収容されて残っている2月22日から亡くなった3月6日までの映像の一部、6時間28分を見ました。ノートにメモを取りながら最後の数日間が終わったとき、手のひらが汗ばんでいました。人間の尊厳の破壊です。

②名古屋入管に残っているビデオは295時間。そのうち遺族側が求めた証拠保全手続きによるものに加え、最終報告書(8月10日)で問題とされた部分を加えた6時間28分が衆参の法務委員会理事懇談会で公開されました。メモを紹介していきます。

③ 前提1。名古屋入管の職員、看護師は、総体として熱心に職務を遂行しているように見えます。しかしウィシュマさんの切迫した状況に対応した仕事ぶりとして正しかったのか。強い違和感を抱きました。それら総体として組織システムに多くの問題があり、ウィシュマさんの死を招いてしまいました。言葉を替えれば救えた命だったのです。日付を追って何があったかを見ていきます。

④ 前提2。ビデオは2月22日からはじまります。その前の2月15日。ウィシュマさんの尿検査結果が最終報告書別添にあります。「ケトン体3+」。ケトン体は栄養が十分に摂れていないとき検出されます。「3+」は飢餓状態にある数値です。看護師もそう認識していました。ここで緊急入院させ、点滴で栄養補給をしていれば命は救えたでしょう。医師は報告された記憶がないとしています。

⑤【2月22日 亡くなる12日前】ベッドに横になったまま看護師との会話。呼びかけに弱い声。(すでに動きはない!)「できれば食べたい」「食べれるといいのになあ」「いろんな栄養が必要なの、ヨーグルトとか栄養あるもの出してもらう?」「飲む本人が頼む、本人の意思が必要」「元気になったらリハビリをやって歩く練習を」と看護師。(「車椅子で来てくれる?」と語ったように、ウィシュマさんはすでに自力で歩くことができない。)

⑥【2月23日 亡くなる11日前】寝たまま。少し首が動く。ほぼ身じろぎしない。手が動き、鼻をかむ。「担当さーん」「痛い」「あーあー、担当さん」。咳をして吐く。「早く、早く、担当さん」。担当来る。ウィシュマさんはバケツを落とす。「のど、つらいね」「大丈夫?」「大丈夫じゃない」。ベッドに倒れ込む。血圧を計る。「死なないから大丈夫だよ。ちゃんとみているから」「トイレ行く?」。会話をしているが声が小さくて不明。「痛い」「病院に行けるようにお話ししてあげるから」。「トイレ、ぶつける」「ぶつけないようにする」。「歩きたい」「ボスに連絡するから」。「戻っていいの?」「行かないで」「本当につらいのはわかっているよ」。車椅子がある。ウィシュマさん、ベッドの端に足を置くが職員2人でも乗せられない。自分でベッドから降りることもできない。吐く。

⑦【2月24日 亡くなる10日前】朝4時台。「あーっ、うーっ」。何度も「担当さん」と呼ぶ。「口から血が、鼻から血が、あー、あー」「担当さん、あー、あー、担当さん、あー、あー、あうー、あうー」と異常なうめきが続く。尋常ではない。担当2人来る。身体を起こして背中をさすって「大丈夫よ」。何か言おうとしているが不明。うめきが続く。ベッドの壁に寄り掛からせる。「ここ痛い」とお腹のあたりを触る。「いま何時?」「4時40分。4時間ぐらいガマンして」。座ったまま静かに眠っている。吐くためのバケツは身体の右側に置いてある。朝6時55分。横になって眠っている。7時に灯りがつく。

⑧【2月25日 亡くなる9日前】朝6時55分。ウィシュマさんベッドの上に座って眠っている。「あーっ」。右側にバケツ。吐く。さらに吐こうとするが、出すものがないようだ。

⑨【2月26日 亡くなる8日前】朝5時台。ベッドから床に落下。「担当さーん、転んだ。起きれない」。右手で何かを探している。「担当さん、担当さん、担当さん、担当さん。ちょっと手伝って」。自分では立ち上がれない。「担当さん、担当さん。ちょっと寒い」。さらに「担当さん」と16回。6時25分に2人の職員来る。「私たち力ないから」。「頑張るんだよ。いっしょに頑張るんだよ」と声をかけるもののベッドに上げること出来ず。「朝、電気つくまで待って」「朝までガマンしてね」。結果的に床の上に寝かせたままだ。(「言葉は少し出るが、すでに物体」「ここまでの状態ー人間的想像力の欠如」)。

⑩【2月27日 亡くなる7日前】ベッドでいつもと逆方向に眠っている。吐くときのためのバケツは首の右側に置いてある。(どんどん衰弱しているように見えた。)

⑪【2月28日 亡くなる6日前】眠っている。左手が動いている。朝7時に電気がついても起きない。右手、左手が少し動いたが、短い時間だ。毛布を自分の手で取れない。腰のあたりが何度か痙攣しているように見えた。

⑫【3月1日 亡くなる5日前】朝7時前。眠っているが身体はほぼ動かない。夜9時台。服薬介助。水を吐く。紙パックのカフェオレを吹き出す。職員「鼻から牛乳や」と発言。

⑬【3月2日 亡くなる4日前】7時55分。職員の介助。ベッドに座っている。職員との会話、食事の介助。18時45分。夜はベッドの壁側に頭。「サンダマリ、重たいわー」と職員。

⑭【3月3日 亡くなる3日前】15時台。職員3人で車椅子に移動。首はうなだれている。18時台。右手を上にして宙を泳いでいる。おかゆ、バナナ。「飲み込もう」「ガンバレ、ガンバレ」と職員。自分では起きられない。バケツに吐く。「野菜も食べる?」「チキン」。口に入れる。ウィシュマさんの首は右側にうなだれている。吐く。「おかゆにする?」。吐く。
19時台。首もすわっていないのに、無理に食べさせている。「食べたら元気になるから。そうしたらまたご飯食べられるから」。(根拠のない善意だ。明らかに大きな異常が現れている。もう「虫の息」の状態。)

⑮【3月4日 亡くなる2日前】朝7時台。起き上がれない。足は伸びたまま。8時2分から服薬介助。寝たままで手も動かない。身体を起こして首の後ろに毛布。薬を口へ。明らかに顔色に異変あり。首が左右に揺れるが声は出ない。「大丈夫?」と声をかけても返事なし。目も開かない。2人の職員は立ったままじっと見つめ続ける。時計を見て出ていく。残った職員は立ったままずっと見つめている。職員のひとりが戻る。職員が時計を見る。2人の職員が出ていき、戻る。「30分ガマンして、OK?」。(こうした状況でなぜ救急車を呼ばないのか。)
午後1時前から。移動の介助。ウィシュマさん、動かない。「起きよう、ご飯食べて、薬飲んで」。職員は3人。グターッとしたウィシュマさん。妙に明るい職員。(その落差に違和感を感じた。)
13時35分から。車椅子で食事の介助。「担当さーん」。弱々しい声。17時1分。車椅子で帰室。うなだれたままで首は上がらない。食事の介助。「新しいスプーン」と妙に明るい職員。ウィシュマさん、口に食事を運ばれるが首がすわっていない。21時台。ベッドで「あー」と小声。首を左右に動かす。うなされている。声は小さい。「寝る前に薬だけ飲もう」「新しい薬だよ」。(白衣を着た女性。少なくとも医療関係者なら普通でないことはわかるだろう。)

⑯【3月5日 亡くなる前日】9時18分から。4人の職員。「気分どう?」「着替えようか。トイレはどうする?」。「サンダマリさん」と声をかけ、顔に手を振って表情を見るが反応なし。「大丈夫?」。ウィシュマさん「あー、あっ、いやー」と叫ぶ。職員「いやじゃないよ」。
9時23分から。「あー、あーっ」と泣き声や叫び声。職員は5人。なぜかある職員が「アロンアルファ」と口にした。10時41分から食事の介助。「サンダマリさん、起きて」と声をかける。(上部からの映像を見ていても身体に異変が進行している。)
14時半から。看護師との会話。ウィシュマさん、首を左右に振り、うめく。うわ言が続く。「こんにちわ」「長いね足」「ドクターに困っていること言えた?」「ちゃんと薬飲んでね」「睡眠とってね」「座りたい?」「起きてリハビリ頑張ろう。起きて」。ウィシュマさん、うつろな顔で横になっている。ウィシュマさん「あーっ」。看護師「水分を摂ってください」。何度も脈を計っている。ときどき「あーっ」とうめき。看護師、ウィシュマさんの手をさする。「担当さん」「あと栄養剤ももらってね」。「いい体に生んでもらった」「食べれるといいね。眠れるといいね」「頭が騒がしいのはどう?」と手をさすり続ける。ウシュマさん「あーっ」。会話にはならない。看護師は足をさする。「睡眠をとって。元気になりますよ」「恵まれてますよ」「元気になるように」「水分だけはしっかりとってね」「次は月曜に来るからね」(この日は金曜日)。18時台、職員との会話。「ボスがお話したいって」「痛い?痛いね」。男性職員「仮放免のOKが出たらどこに行く?」。そして死亡の日、3月6日がやってくる。

⑰【3月6日 亡くなった日】朝8時12分から14分。バイタルチェック(体温、脈拍、血圧、呼吸)の状況。2人の職員「おはよう」。返事なし。何度も「おはよう」。さらに何度も「サンダマリ」と話しかけても反応なし。目もあかない。顔はベッドの右側に向いていてまったく動きもしない。
9時13分。職員は4人。ウシュマさんはまったく動かない。「おはよう」と声をかけても返事はなし。「薬、決まっている?」。ウィシュマさんは右側を向いているが、まったく動かない。9時19分から介助。職員4人。声をかけても何の反応もなし。動かない。首は右向きのままだ。
10時47分から49分。服薬介助。職員「食べようね」。体勢変わらず。身体を起こす。OS -1。「栄養ドリンク飲もうね」。ウィシュマさん、動かず、首は落ちたままだ。
11時11分から13分。服薬介助。無理に薬を飲ませているが、ウィシュマさんは首も動かず、グッタリしている。13時31分から32分、職員の声がけ。部屋の外から「サンダマリさん、大丈夫?」。まったく反応なし。
14時7分から12分。職員入室。「入るよ。よいしょ」。大きな声で「サンダマリさん!」。身体に触れる。インターフォンで「指先が冷たいようです」と報告。「サンダマリさん、聞こえる?」。まったく動かず、反応なし。職員がひとりさらに入ってくる。息や脈を確認しながら「サンダマリさん、聞こえる?」。手を触って「反応がないです!」。さらに2人の職員がやってくる。合計4人の職員。(何が起きたかを理解せざるをえない空気が流れている。)
14時26分から27分。救急搬送。ウシュマさんに救急隊員が心臓マッサージなどを行なっている。ウィシュマ・サンダマリさんを搬送する場面で映像は終わった。病院で死亡が確認されたのは、3時25分。

◎名古屋入管に収容された33歳のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなるまでのビデオ映像(6時間28分)をメモをもとに紹介しました。私の感想です。ウィシュマさんは、医療放棄、介護

虐待の結果、生命を奪われました。緩慢なる殺人と言われても仕方がないでしょう。
映像を見終えて入管幹部たちと質疑。驚いたのは、2007年からウィシュマさんまで、入管施設で17人が亡くなっているのに、調査と検討をしたのはたった5件。しかも自殺者については調査していないという。警備課長が「内心はわかりませんから」と語ったことに唖然とした。職員はウィシュマさんが亡くなる数日前から異変に気づいていたはずだ。それはたとえば3月4日に職員が立ったまま動かない彼女をじっとを見つめていた雰囲気からもわかる。職員はこのときの状況をどう報告していたのか。看守勤務日誌を見ればわかる。問題の追及はこれからも続く。(以上)

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ウィシュマさんの死亡事件については本ブログの以下を参照されたい

入管収容施設で続く不審死 - 高世仁の「諸悪莫作」日記 (hatenablog.jp)

「人権」を言うなら入管法"改悪"をやめよ - 高世仁の「諸悪莫作」日記 (hatenablog.jp)

入管法改正案審議の前にウィシュマさんの死の解明を - 高世仁の「諸悪莫作」日記 (hatenablog.jp)

入管はウィシュマさんのビデオを全面開示せよ - 高世仁の「諸悪莫作」日記 (hatenablog.jp)

入管はウィシュマさんを詐病扱いしていた! - 高世仁の「諸悪莫作」日記 (hatenablog.jp)

 

スウェーデン経済の強みに学ぶ3

 いきなりの津波情報、それも地震ではなく噴火がもとになっているというから混乱した。

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この火山では1000年に一度の規模の噴火だという

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朝日新聞17日朝刊

 今回のトンガの噴火は、地質年代的なスケールでも大きなものだと新聞に出ていた。記事中、7万年前のインドネシア・トバ湖の噴火に「人類が絶滅寸前に」と書いてあるが、一つの火山の噴火でそこまでの気候変動が起きるのだ。

 噴煙を噴き上げ、太陽光をさえぎることで、地球が寒冷化し、植物の光合成を阻害する。するとそれを食べる動物も死に絶え、食物連鎖の頂上にいる人類も生存できなくなる。

 91年のフィリピン・ピナトゥボ山の噴火は93年の記録的冷夏と米騒動を招いたことが思い出される。

 日本はコメが凶作になって不足し、日本政府がタイ政府に要請して、在庫米のすべてを日本に輸出してもらった。ところが、日本人がタイ米を「まずい」と言って豚のエサにしたり、捨てたりしたとの話がタイで報道され、かなり世論を刺激した。当時私はタイに赴任していて、タイ人の白い眼を気にしたものである。

 今回の「フンガトンガ・フンガハーバイ」の噴火による気候変動が大きな災厄を生まないことを祈る。
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 きょうは、旧友の田島泰彦さんに頼まれて、早稲田大学法科大学院でZOOM講義をした。

 講座名は「マスメディアと法」でテーマは「世界の『現場』と日本のジャーナリズム」。ジャーナリストの常岡浩介さんが「戦闘シーンを取材しなければならないのか」、私が「世界の『現場』から日本人ジャーナリストが消えたわけ」という題で話した。

 私は、ベトナム戦争の取材時から時系列で現場取材がどう社会で見られてきたかをたどり、現在との落差の大きさに今の日本社会の課題の一つがあるという話をした。 

 そして、外国通信社の配信ニュースではなく、日本人ジャーナリストが取材しなければならないわけを、去年9月の「ニュース・パンフォーカス」【日本人ジャーナリストがみたカブール】を一つの材料にしながら語った。https://www.tsunagi-media.jp/blog/news/19

 常岡さんが、90年代はじめには「国際情報誌」と銘打った雑誌だけで6~7誌もあったと指摘。現在起きている、日本における国際情報の欠如は、国策を誤らせることに繋がりかねないことを提起した。
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 スウェーデンの話のつづき。

 前回紹介したスウェーデン独自の「レーン=メイドナー・モデル」は成功を収め、企業の淘汰を促進すると同時に、労働者間の格差を小さくすることにも貢献した。

 「同一賃金」をどの企業にも適用することで、儲かっている企業における賃金上昇を抑える効果もあるからだ。優良企業は相対的に低い賃金で済むので、余裕ができた資金を事業拡大に回してさらに強くなることができる。こうして、格差縮小と経済の競争力増大がもたらされたのだった。

 しかし、やがて新たな問題が生じてきた。高収益企業の雇用吸収力の低下だ。
 技術進歩で省力化が進むと、次第に高収益産業の雇用吸収力が弱まる。「モデル」が意図する低収益企業から高収益企業への労働力移動が円滑に進まなくなり、失業率が高止まりしだした。

 すると、本来は一時的な利用で就労復帰を後押しする手段の職業訓練プログラムや公的扶助に人々が「滞留」し、これらに依拠して生活する人々が増えていった。また、本来は回復困難な疾病や障害を得た人のための早期退職を選択する人が増えた。労働生産性は上昇しGDP成長率が向上しても、「雇用なき成長」になる。

 そして90年代はじめには、こうした給付を受給して生活し、労働市場の外部にいる人々が、20~64歳の人口のなんと20%を超えるまでになってしまった。

 この結果、2006年の総選挙で、このシステムを築き、ながく運営してきた社民党から保守党が政権を奪うことになる。

 これで「レーン=メイドナー・モデル」はおしまいかというと、そうではない。ここがスウェーデンらしいところだ。

 保守党は福祉国家に反対し、新自由主義的な路線を掲げてきたのだが、これは国民からの支持を得られず、2002年には土壇場まで追い詰められていた。

 そこで保守党は2003年に大転換し、新自由主義路線を抜本的に修正、福祉国家への批判を止めて「社民党スウェーデン型生活保障を維持、発展させる力を失っている」という批判に転じた。つまり、我々の方がもっとうまくシステムを運営できますよと主張して、社民党のお株を奪う戦略に出たのである。

 保守党の新党首のラインハルトは「保守党は新しい労働党として2006年の総選挙に臨むであろう」とまで宣言し、選挙に勝利した。

 保守党が強調したのは「就労原則」で、一口で言うと、公的扶助への「ただのり」をやめて、システムをもっと効率化し、みんなちゃんと働こうよということだ。

 細かいことは端折るが、保守党の財務大臣アンダース(アンデルシュ)・ボルグ―前回のブログに登場した―のもと、様々な修正を加えて、スウェーデン型システムは今も息づいている。

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アンダース・ボルグ元財務相

 この経緯は、スウェーデンモデルがいかに社会に強固に根付いてきたかを示している。
(宮本太郎『生活保障~排除しない社会へ』P107~)

 スウェーデンの模索は今も続いていて、その一つひとつが日本にとっても教訓になるものなので、次回また触れてみたい。

スウェーデン経済の強みに学ぶ2

 8日放送の番組「中島みゆき名曲集」の録画を観た。

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 同時代を生きたんだなと思わせるフレーズに聴き入った。

世の中はいつも変わっているから 
頑固者だけが悲しい思いをする

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらないものを 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため 

 「世情」という歌で、『 3年B組金八先生 』の挿入歌にもなった。
 世直しをめざしながら、それがかなわず挫折する人々の姿を思い浮かべると、涙腺がゆるむ。
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 前回、スウェーデンでは生産性の低い企業を守らずにどんどん淘汰すると書いていて、一昨年、自分の会社「ジン・ネット」が「淘汰」されたことを思い出した。

 会社がつぶれる事情はドキュメンタリー批評誌『f/22』に恥をさらして赤裸々に語ったので関心のある方はお読みください。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20210707

 会社はつぶれそうでつぶれない状況(経済学では「ゾンビ企業」と呼ぶ)が長く続き、月末ごとに金策に悩んだが、そのころの私は「政府は経営の行き詰った企業を守るべきだ」と主張していたものだ。
 政治の世界でも、企業が守られれば、そこにいる労働者を守ることになると、保守もリベラルも同じ政策を掲げていた。しかし考えてみると、これはセーフティネットが貧弱な日本だからの発想で、社会にイノベーションが起きにくくなる結果をまねくのではないか。

 「セーフティネット」というのは、サーカスから来た用語だという。

セーフティネットの語源はサーカスの綱渡りに由来する。綱の下に張られた安全ネットがないと、綱渡り芸人は思い切ったアクロバットができない。この安全ネットを「信頼と協力による安心」に、アクロバットを「市場競争」に置き換えれば、両者の補い合う関係もわかるであろう。(略)

 主流経済学者は、綱渡りの下に張られた安全ネットという規制に守られているために、つまり失敗のリスクをとる自己責任が欠如しているために綱渡り芸人は真面目に働いていないと主張する。彼らの主張にしたがって、アドホック規制緩和を進めてゆくと、少しづつ安全ネットに穴が開いてゆくことになる。(略)

 バブルが破綻した後も、セーフティネットの張り替えが進まないとどうなるのか。前述したように、主流経済学による「小さな政府」や規制緩和論では安全ネットという「信頼と協力の領域」をますます外そうとするだけなので、「市場経済の領域」も危うくなるという逆説が生ずる。この不況が長期化している原因もそこにある》(金子勝セーフティネットの政治経済学』1999年、P57~63)

 20年以上前に書かれた本だが、この指摘どおり、セーフティネットの穴を大きくしてきた日本はバブル崩壊後の傷をずっと引きずっていて、新たな産業や有望なプロジェクトを生み出せていない。安全ネットが頼りないと、怖くて、思い切った「アクロバット」ができないのだ。停滞が続き、日本全体の競争力が低下して閉塞感が強まっている。

 スウェーデン経済は日本とは逆に「ダイナミック」に成長を続けているを

 福祉国家といえば競争力がない、あるいは福祉国家は労働者が首を切られないように保護する、こうしたイメージをスウェーデンはあっさりとひっくり返す。

 リーマンショックからの脱却に成功したスウェーデンの元財務相(06~12)、アンダース・ボルグ氏は社会システムの特徴をこう語る。

「(スウェーデンには)非常にダイナミックな労働市場があります。雇用と解雇のコストが低く、福祉制度の充実が相まって人々は積極的に転職し、起業家精神にあふれた企業に入ることができます。」

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ボルグ元財務相

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スウェーデンリーマンショックのときの落ち込みはひどかった。しかし、その前も後も、日本より1~3%つねに高い成長率を維持してきた(諸富徹『資本主義の新しい形』P166)

 数年前、私の会社(ジン・ネット)がスウェーデン経済の特集を制作したとき、取材したディレクターによれば、解雇された労働者が「まったく不安を感じていない」と言っていたそうだ。失業手当がしっかりしているうえ、政府がより高度な就労機会を得るための訓練を提供してくれるからだ。

 この社会システムと経済政策が優れているのは、これまでの実績で証明される。

 まず、世界屈指の生産性と賃上げ率である。

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賃上げ率の比較(NHKより)

 すでに2018年時点で、一人当たりGDPは、日本の3万8481ドルに対してスウェーデンは4万5740ドルとはるかに上回っていたが、今ではその差はもっと開いているだろう。

 しかもスウェーデンは、経済成長を気候変動対策と両立させているのだ。

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赤が日本、青がスウェーデン。実線がGDPで、点線がCO2排出量。CO2削減が進まず、生産性も上がらない日本に比べてスウェーデンは逆・・(NHK

 日本では、今なおCO2削減をやると景気が悪くなる、みたいな古い議論を政治家までやっているが、スウェーデンの実績をみればグーの音も出ないだろう。
 スウェーデンの気候変動対策は刮目すべきもので、あらためて後日論じたいが、ここではスウェーデンの良好な経済パフォーマンスの秘密とされる経済・産業政策を見ていく。

 スウェーデンには、「レーン=メイドナー・モデル」と呼ばれる独特の仕組みがある。内容は3つ―

1)    産業界と労働組合の交渉で中央決定される連帯賃金(同一労働・同一賃金)
2)    企業・産業の再編で失業する労働者に対する手厚い失業給付
3)    労働者が企業間・産業間で円滑に移動するのを支援する積極的労働市場政策

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すべての企業で同じ賃金(連帯賃金)を支払わなければならないので、左側の赤字企業は倒産または合理化せざるをえず、そこを去った労働者は右の方の黒字企業に移っていく(NHK

 「同一労働・同一賃金」は日本では正規と非正規の賃金格差を解消するための原理として理解されているが、スウェーデンではこの原理は、鉄鋼産業であろうとセメント産業であろうと産業部門の違いを超えて同じ1時間の労働に対しては同一賃金が払われるべきことを意味する。「連帯賃金」と呼ばれる所以である。

 これがどう機能するか。もうかっているA社で働くSさんも、ゾンビ企業のB社で働くTさんも中央の交渉で決まった同じ賃金を受け取る。
 翌年10%の賃金アップとなったとする。A社にとっては楽な賃上げだが、B社は耐えられずに倒産する。すると政府は失業したSさんに対し、2と3に従って生活を保障するとともに、A社のように黒字を出している企業あるいは将来性のある産業に移れるよう、職業教育を含めた支援をするのだ。

 この仕組みは、企業、産業間の淘汰をつよく後押しする。ゾンビ企業あるいは、時代遅れの産業は早く退場せよという政策なのだ。

 結果、利益が上がる企業、有望な産業だけが生き残り、スウェーデンの経済競争力は常に非常に高く保たれ、順調な賃上げも続いていくというわけだ。

 スウェーデンは「企業」を守るのではなく「人」を守っているのである。

(つづく)

インド北東部への旅『いのち綾なす』

 東京のコロナ新規感染者、きょうはついに3千超で、3,124人。いま、あるテレビドキュメンタリー番組をお手伝いしているのだが、取材をこのまま進められるか、あやしくなってきた。

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 高円寺のペルシャ料理店「BOLBOL(ボルボル)」で昼食。

 延江由美子さんの2冊目の写真集『いのち綾なす~インド北東部への旅』の出版をお祝いした。

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カバーには、さまざまな民族の織物の写真が

 延江さんとは一昨年の写真展ではじめてお会いした。

takase.hatenablog.jp

 延江さんはマザーテレサに感化されて看護師となり、カトリック修道会から派遣されて2007年からインド北東部で医療支援、人道支援をしてきた。そのかたわら撮影した人々の暮らしぶりは、どこかなつかしい。

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ナガランドの人々、『いのち綾なす』より。90歳を超えて若々しく元気な人に出会うことは珍しくなかったという。右は、アンガミ・ナガ族の子どもと女性。

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アンガミ・ナガ族の2月の浄めの儀式「プーサニー」。同じ年代の男女が3日間座り続けて一日中伝統の歌を歌い続ける。日本の歌垣に通じるのか?

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左上からコニャク・ナガ族、セマ・ナガ族、アオ・ナガ族、右はゼリアング・ナガ族。民族の多様性と伝統が続いていることにおどろく

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左上、豚の腸と血のソーセージを振舞われた、左下、甘い紅茶を振舞うカシ族の女性、右、焼きトウモロコシを観光客に売るカシ族の女性

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アッサム州の田植え時期の水田。木が茂っているところに集落がある。日本の農村のようだ。

 インパールで知られるインド北東部には多くの少数民族が暮らしており、延江さんの撮った写真は文化人類学的にも貴重だ。

 写真集の「あとがき」に―

「『いのち綾なす』に登場する人々の言語、文化、生活、歴史的背景は極めて多様性に富み、また複雑に入り組んでいます。それぞれの土地にしっかりと根付いた日々の暮らしにはいつも歌と踊りがあり、力強い色彩が溢れ、そこに私は大きな流れの中に紡がれるいのちを感じるのです」とある。 

 そのいのちの綾は、私たちと彼らの遠い祖先同士のつながりを感じさせる。同じ地球の上にいる人々同士が、感性的にも親しさを感じられればいいのに。写真はその一つのツールになる。

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BOLBOL

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BOLBOLにて。左から2人目が延江由美子さん

 BOLBOLの店主に、かつて私がイランに取材に行ったとき、テヘランに詩人の銅像がいくつもあって驚いた話をした。ペルシャ文学史には、ルーミーという偉大な詩人にして思想家がいると彼は誇らしげに語る。すると延江さんが「ルーミーはすばらしい!」。2冊の英訳のルーミーの本を愛読書にしているそうだ。

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ルーミーの像(wikipediaより)

 ちなみにBOLBOLは2階にあり、1階には同じオーナーが中東・インド料理の店を持っているが、その店名は詩人にちなんでRUMIと名付けられている。

 延江さんに教えてもらったルーミーの言葉。

人助けや奉仕の心は、惜しむことなく、流れる川のように・・・
情け深さと優しさは、太陽のように・・・
他人の落ち度や秘密には、夜のように・・・
苛立ちや怒りには、死人のように・・・
慎み深さは、大地のように・・・
寛大な心は、海のように・・・
内なるものを、そのまま素直に表せる人間になるか、
  もしくは、見た目どおりの中身を持った人間になりなさい。
                     (ルーミー)

 

スウェーデン経済の強みに学ぶ

 きのう髪をカットしにいった。美容師と雑談しているうち、彼がとんでもないことを言い出した。

「知ってます?佐藤栄作からこれまでの歴代首相で、小渕さん以外はみんな『帰化人』だってこと。安倍さんの本名は李ですよ」

「あと、去年のオリンピックに出場した日本代表、ほとんどが在日なんですよ」

 はぁ??

 あまりに確信ありげに断言するので、どう返していいか困った。この美容師には20年前から通ってよく知った間柄なのだが、ここ数年、オカルトっぽい変なことを言うようになっていた。しかし、ここまで言うとは・・

 さらに話を聞くと、どうやら「神真都Q(やまときゅー)」というグループに影響されているらしい。これはアメリカの「Qアノン」の日本支部で、9日、全国で反マスク、反ワクチンのデモをやっている。

「コロナってそもそも陰謀で、あんなのウソなんですよ」という彼。そういえば、私をカットしている間、ずっとマスクをしていない。

 トンデモ陰謀論を本気で信じ切っているのを見て、怖くなった。彼はテレビや新聞は嘘しか言わないので一切見ずに、SNS(それも自分のお気に入りの)だけから情報を得ているという。

 

 それから先日、経済の最先端でバリバリやっている若手経済人と話したときのこと。

アメリカに、打つのも投げるのも一流の日本人の野球選手がいるらしいんですよ。こないだ先輩に教えてもらったんですけど、オオタニっていう人らしいです」と言う。

 えっ?大谷翔平を知らなかったの?・・ほんとに?

 私も野球には全く興味ない人間なのだが、大谷はテレビニュースの冒頭に流れるし、新聞でも一面や社会面に出るので、自然に知識を得る。

 彼の場合は、情報収集はネットからだけだという。経済、政治はじめ広く深い情報を持っていて、判断力も優れた人なので、大谷を知らないという極端なアンバランスに心底驚いた。

 SNSだけに頼ると、自分の好みの情報しか入ってこず、自らを囲い込むようになって、社会全体で共有する情報が非常に細ってくるのではと危惧する。フェイクニュースが広がるのも当然だ。

 子どもたちへの対策も必要だなと思っていたら、フィンランドでは小学生からネットのフェイクニュースなどに関する教育をしているというニュースがあった。偽情報の悪影響に対する抵抗力が最も強いのがフィンランドだそうだ。日本でも参考にしたい。
https://mainichi.jp/articles/20211227/k00/00m/030/325000c

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 きのうの朝刊1面に企業の時価総額ランキングが載っていた。

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11日朝日朝刊1面

 日本のトップのトヨタ自動車は29位。台湾の半導体生産企業TSMCが10位、中国のIT大手テンセントが11位、韓国のサムスン電子が16位など、アジア勢で上位に位置するところもあるなか、トヨタの他に100位内に入る日本企業は92位のソニーグループしかない。苦戦している。

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11日朝日朝刊4面

 バブル経済だった1989年は、世界のトップ10に日本企業がなんと7社もが入っていた。あれはあれで問題だったが、このランキングはその時に勢いのある産業や企業を示すものだ。日本の産業、企業の競争力が大きく減退しているのはたしかだ。

 「多くの企業は給与削減や人減らしなどでコストを抑え、利益を確保してきた。内部留保はふくらんだが成長に向けた投資には及び腰だ」と記事は指摘する。

 さっそく、今朝の「朝日川柳」で取り上げられていた。

ランキングの日本企業に見る「平家」 (埼玉県 小島福節)

 問題は、日本企業トップのトヨタですら、押し寄せる津波のようなEV化の波に乗れるかどうかわからず、自動車産業の「次」の有望な分野が全く見えないことだ。これはもう何年も前から多くの人が懸念している。

 きのう、録画しておいた元日の番組「BS1スペシャル」【欲望の資本主義2022 成長と分配のジレンマを超えて】を見て、スウェーデンの社会運営にあらためて感嘆した。

 私は以前からスウェーデンモデルを高く評価していて、去年11月25日の「納税で持続可能な日本。」シンポジウムでは、スウェーデンの税金システムについて、非常に高い税金を国民が進んで払うのは、政府への強い信頼があるという事情を報告したのだった。https://takase.hatenablog.jp/entry/20211123

 スウェーデンは環境問題で世界を引っ張ってきたことで知られるが、経済の競争力も強い。その強さのカギの一つは、企業の淘汰を促していることだ。

 例えば、スウェーデンは個別企業を救済しない。国を代表する自動車メーカーの「サーブ」が米GMに、「ボルボ」が米フォードさらに中国企業の傘下に入るときも介入しなかった。

 この辺の事情を、諸富徹教授(京都大学)が日本と比べてこう語る。

「労働者の流動性が高く、企業が守られないために、新陳代謝が促されていく。すぐれた企業はどんどん前に行ってもらって、敗れた企業は縮小せざるを得ない。日本人的感覚からいうと、なんとかここを救ってあげて、と思うかもしれないが、スウェーデンは救わない。

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化石燃料発電所が、2年前に閉鎖して、いまはバイオマスで地域暖房の熱と電力を生産する。主に林業や製材所からでるおが屑や木の皮、枝などの残留物を使う(NHK

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3年前から莫大な投資をして3年かけてプラントを建設したが、政府からの補助金はないという。また、労働者は都市ガスプラントなど他の職種から移ってきたという。「私たちは物資をリユース、リサイクルしていますが、技術、知識、アイデアも再利用しています」(NHK


 日本は製造業で、20世紀的なものづくりが全盛だった時代の産業としては大成功を収めたし、それで21世紀まで来てしまっているということが逆に問題化している。
 労働資源は、こちらの(20世紀的な)産業から、より伸びていく産業に移っていかなければいけないんです。その仕組みが日本にないんですよ。企業が潰れそうで潰れない―経済学ではゾンビ企業と呼ばれたりしますが。

 今回の雇用調整助成金にしても、個人に払うのではなくて、企業に払うので、自分は企業を通じて支えられるわけですね。政府が支えてくれるので存続するのですね。左前になっても生き残っていける、みたいな産業の姿を、より高度化しながら日本経済が成長していく軌道に乗せていくか。この問題を解かないと難しい。」

 なるほど。

 企業、産業の淘汰を大胆にやれるのは、もちろん、失業しても手当がしっかりしていて、次の就活に向けての職業教育・訓練が保証されるシステムがスウェーデンにあるからで、これをセーフティネットが脆弱な今の日本ですぐにやったら失業があふれて大変なことになる。

 ただ、原理的には、企業を守るのではなく、「人を守る」というスウェーデンのやり方の方がはるかに健全である。
(つづく)
 

入管長期収容 国提訴へ

顔認証も通ってしまう双子の友私はいつもちゃんと見分ける 

 日曜の「朝日歌壇」、永田和宏選の上田結香さんの一首。いつもながら、ちょっと笑えて、AIとは何だ?などと考えさせられる。
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 週末、「ドラマー生活20周年記念 千里ちゃん祭りスペシャル」というライブ(目黒ブルースアレイ)に行った。
 川口千里カシオペア3rdのセッションで、バースデーケーキも出て25歳の誕生日を祝った。彼女、5歳からドラムを叩いてきた天才少女で、大御所の3人を相手に迫力満点のドラムを聞かせてくれた。

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川口千里

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千里ちゃんのドラムセット(ライブ会場にて)

 オミクロン株の感染急増でギリギリのタイミングだった。今週以降は行動制限が不可避になりそうだ。
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 去年3月のスリランカ人女性ウィシュマさん死亡から大きな関心を集めるようになってきた日本の入管の長期収容だが、近く国を提訴する人たちがいる。

 《裁判などによる審査がないまま出入国在留管理庁の施設に収容されたのは国際人権規約に違反するなどとして、難民申請中の外国人の男性2人が計約3千万円の損害賠償を国に求める訴訟を東京地裁に近く起こす。2人の収容については、国連の作業部会が同規約に反すると指摘したのに対し、政府は「事実誤認」と反論している。違法性の判断は、日本の司法の場に持ち込まれる形となった。》(朝日新聞10日朝刊)
https://www.asahi.com/articles/DA3S15166567.html

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10日朝日朝刊

 原告は、クルド人でトルコ国籍のデニズさん(42)とイラン国籍のサファリ・ディマン・ヘイダーさん(53)
 デニズさんは2007年、サファリさんは1991年に母国での迫害を逃れて来日。難民申請は認められず、強制退去処分となり、10年以上、仮放免と再収用を繰り返された。収容期間は計4~5年で、ストレスから自傷行為もしている。収容期間を告げられないまま収容されて精神的苦痛を負ったとし「収容の合理性、必要性を満たさないことは明らかだ」と訴えている。

 デニズさんについては、本ブログで書いたが、彼ら二人から通報を受けた国連人権理事会「恣意的拘禁作業部会」(WG)は20年に日本政府に2人への賠償や出入国管理法の見直しを訴える意見書を送っている。収容の期限の定めや収容判断に司法審査がないことが問題とされた。

takase.hatenablog.jp


 デニズさんは「生きるために日本に逃げてきたが、収容され死にたい気持ちになった。日本が国連のルールを守らないのはおかしい」と話す。

 ウイグルや香港で、またミャンマーベラルーシで進行しているひどい人権侵害に日本は厳しく批判、抗議すべきだが、そのためにも、自国でしっかり人権を尊重しなければならない。

 私たち国民も、政府に人権に関する国際的なルールを守らせることは、世界の人権侵害の被害者を支援することになることを自覚して声を上げたい。
 迫害を逃れてくる人たちを温かく受け入れることは、いま私たちができる支援の一つの形だ。

田口八重子さん拉致事件の謎

 きのうは東京都心で零下3.5度まで下がったそうだ。ここ多摩地区はもっと冷えただろう。朝まで雪が消えなかった。

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きのうの朝、自転車がこんな姿に

 毎日、コロナ新規感染者の数を確認するのがこわい。

 きょう8日、全国で感染が確認されたのが8480人。8000人を上回るのは9月11日以来、4カ月ぶり。元日の感染者数は534人だったから今年に入ってから15倍も増えたことになる。うち沖縄県が1759人、広島県が547人で過去最多。東京都は1224人と4桁になった。
 こんな急な増え方ははじめてだ。どこまでいくのか。

 それにつけても、各国での米軍のありようを比べると、日本がいかに主権不在の状況なのかを見せつけられ、愕然とする。

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 飯塚繁雄さんの逝去を偲んでブログを書いたが、田口八重子さんが拉致された事件とその後については、いまだに謎が非常に多いことにあらためて気づいた。この機会に、はじめから事件をたどってみたい。

 八重子さんは、1955年、埼玉県川口市に飯塚家の7人きょうだいの末っ子として生まれた。父親は末っ子の八重子さんを目に入れても痛くないほどのかわいがりようだったが、八重子さんが10歳のころに亡くなった。八重子さんはその後、歳が17歳も離れていた長男の繁雄さんを頼りにし、慕っていたという。

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繁雄さんの結婚式にて。後方の八重子さんはこのとき11歳。

 飯塚家は今でいうシングルマザーの家庭となり、子どもが多く、家計は厳しかった。八重子さんは、きょうだいでは唯一、高校に進学したが、2年で中退して働きだした。「家の台所事情をうすうすわかっていた八重子は、自分も早く働こう、という気になったのでしょう」と繁雄さんはいう。

 八重子さんは20歳になるかならないかで7歳ほど上の不動産屋の息子と結婚し、年子で女の子と男の子を産んだ。ところが夫が賭け事に熱中して帰宅しない日が増え、夫婦関係は破綻していった。

 父親代わりの繁雄さんは、たびたび悩みを相談されていたが、ついに1977年の秋、八重子さんは、夫と借りていたアパートを飛び出し、離婚を決意して繁雄さんの家に子ども二人を連れてやってきた。繁雄さんは八重子さんが持参した離婚届の保証人に記名し、それを八重子さんの夫に届けて、自分の名前を記入して役所に持っていくよう託した。結局、夫は離婚届を出さないままで、八重子さんは今だに田口姓で報じられている。

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八重子さんと長女と耕一郎さん。八重子さんは二人をとても可愛がっていたという。「こんなに幸せそうな八重子の顔を見たことがない」(繁雄さん)

 繁雄さん夫婦は支援を申し出るが、八重子さんはそれを断り、一人で子どもたちを育てようとマンションを借り、池袋のキャバレー「ハリウッド」で働きだした。当時は、子どもをもった女性が、ある程度の収入も得られる仕事といえば、水商売くらいしかなかった。二人の子どもを24時間見てくれる無認可の「ベビーホテル」に預け、週に2,3度家に連れ帰るという生活だったが、八重子さんは子どもたちをとても可愛がっていたという。

 78年6月12日の夕方、繁雄さんに「お宅の妹さんが、お店を2,3日無断欠勤していて、子どももベビーホテルに置いたまま引き取りに来ないそうだ」との電話がハリウッドからかかってきた。2歳半の長女、1歳の長男の耕一郎さんを残して八重子さんは忽然と消えてしまった。

 ベビーホテルの女性は繁雄さんに、八重子さんはいつもは一人で子どもたちを預けにきていたが、最後に来たときは、男性の運転する車に乗っていたと語った。男性の顔は見なかったが、八重子さんが車から出てきて、1ヵ月分の保育料15万円を先払いしたという。

 八重子さんのマンションの部屋の隣には、仲の良いハリウッドの同僚の女性が住んでいて、繁雄さんに失踪前の状況をこう語った。

「私と八重子さんはいつも、店が終わって帰宅した後、交代で夜食を作っていました。八重子さんがいなくなった日は、八重子さんが作る番だったのです。八重子さんは『もうすぐ食事ができるからね』と私の部屋に言いに来ました。その少し後に人が来たようなドアの音がしました。私はそのまま八重子さんが来るのを待っていましたが、なかなか呼びに来ないので様子を見に行きました。すると、食事は作りかけのままで、誰も部屋にいなかったのです。それ以来八重子さんは戻ってきていません」(以上、飯塚繁雄『妹よ』から引用)

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八重子さんが使っていた茶だんすと食器。繁雄さんが八重子さんのマンションを解約して荷物を整理したときにこれだけは引き取り、大切に保管してきた。「何か八重子のものをそばに置いておきたかった」からだ。

 「ベビーホテル」の女性の証言からは、八重子さんはしばらくどこかに行く予定をしていたようにも思えるが、同僚の話からは、夜中に突然の訪問者が現れて連れ去られた可能性もありそうだ。いなくなった事情が判然としない。

 繁雄さんがハリウッドの店長に八重子さんの仕事ぶりを聞いたところ、200人以上いたホステスの中で、15人に入る売れっ子だったという。また店長によると、特に足しげく通っていた客がいたようすはなかったという。

 飯塚繁雄さんは、八重子さんを待ちつづけるが何の消息もなく、7月2日に警察に家出人捜索願いを出している。

 繁雄さんが調べ回った限りでは、失踪の理由や背景はほとんど分からなかった。

 しかし、実は当時、八重子さんに頻繁に接触していた人物がいたとの情報がある。そして、その人物は、北朝鮮がらみの他の重大事件に関わっていた。
(つづく)