記録とはこういうものと「拝謁記」

 アブラゼミが2匹並んでいた。たぶんオスとメスで、これから距離を詰めて交尾に至るのだろうが、暑いのと用事があったので見ることができなかった。セミは長いこと土の中で過ごし、ごくわずかな地上での生を生殖のために生きる。あの鳴き声もそのためと知るとちょっと切ない。

     8月の猛暑日が10日になり、記録的な暑さになっているが、一方で、夜は虫の音が季節が秋に近づいているのを知らせてくれる。

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 今朝の朝日川柳は「拝謁(はいえつ)記」でもちきりだ。


令和から昭和に戻る「拝謁記」徳島県 坂本義教)
天皇が「下剋上」と言う空しさよ山口県 青野浩二)

 NHKがスクープした昭和天皇の「生の声」である。

 《初代宮内庁長官を務めた故田島道治(みちじ)が昭和天皇との詳細なやりとりを記録した資料が十九日、公開された。日本の独立回復を祝う一九五二年五月の式典で、昭和天皇が戦争への後悔と反省を表明しようとしたにもかかわらず、当時の吉田茂首相の反対で「お言葉」から削除された詳細が明らかになった。昭和天皇から退位や、改憲による再軍備の必要性に触れるやりとりもあった。
 田島は四八年、宮内庁の前身である宮内府長官に就任、四九年から五三年まで宮内庁長官を務めた。資料は「拝謁記」と題された手帳やノート計十八冊。遺族から提供を受けたNHKが公表した。
 拝謁記には昭和天皇が式典でのお言葉に、「私ハどうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」(五二年一月十一日)と述べたことが記されていた。吉田首相は「戦争を御始めになつた責任があるといはれる危険がある」と反対。昭和天皇に伝えられ、お言葉から削除された。研究書で内容は指摘されていたが、今回、詳細が判明した。
 軍部が暴走した張作霖爆殺事件(二八年)や、青年将校による二・二六事件(三六年)、太平洋戦争などの回想も登場。「終戦で戦争を止める位なら宣戦前か或はもつと早く止める事が出来なかつたかといふやうな疑を退位論者でなくとも疑問を持つと思う」と言いつつ「事の実際としてハ下剋上でとても出来るものではなかつた」(五一年十二月十七日)と後悔を記している。南京事件にも触れ、「ひどい事が行ハれてる」と聞いたとした上で「此事を注意もしなかつた」と悔やんだ。
 退位の可能性は繰り返し言及。「講和ガ訂結サレタ時ニ又退位等ノ論が出テイロイロノ情勢ガ許セバ退位トカ譲位トカイフコトモ考ヘラルル」(四九年十二月十九日)。独立回復を祝う式典のお言葉を検討する中では「国民が退位を希望するなら少しも躊躇せぬといふ事も書いて貰ひたい」(五一年十二月十三日)と述べていた。退位で「日本の安定ニ害がある様ニ思ふ」との言葉もあった。
 東西冷戦が激化する中、戦前の軍隊を否定しつつも、改憲による再軍備も主張。「軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してやつた方がいい様ニ思ふ」(五二年二月十一日)。独立回復直後には「侵略を受ける脅威がある以上防衛的の新軍備なしといふ訳ニはいかぬ」(五二年五月八日)と述べた。田島は「政治ニ天皇は関与されぬ御立場」「それは禁句」などといさめている。 (引用部は一部原文のまま)》(中日新聞

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 戦後のこの時点で、天皇がかつての軍部の暴走を嫌悪し、戦争について強い「反省」の気持ちを持っていたことが分かる。

 また南京事件に触れた点も興味深い。
 《昭和天皇は52年2月20日に、自身にも反省することが多くあると述べ、その一つに南京事件を挙げた。南京での行為について、「ひくい其筋(そのすじ)でないもの」からうっすらと耳にしたが、表だっての報告はなかったと明かし、「従って私は此事(このこと)を注意もしなかったが市ヶ谷裁判(東京裁判)で公ニなった事を見れば実ニひどい」と述べた。その上で、「私の届かぬ事であるが軍も政府も国民もすべて下剋上とか軍部の専横を見逃すとか皆反省すればわるい事があるからそれらを皆反省して繰返したくないものだ」と語ったとされる》(朝日新聞

 そして注目される三つ目は、改憲による再軍備の主張である。
 《「侵略者のない世の中ニなれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会にある以上 軍隊は不得巳(やむをえず)必要だといふ事ハ残念ながら道理がある」「今それがいへぬから困る」(ともに52年3月11日)などとも語り、たびたび吉田首相に訴えようとしたが、田島がいさめたことも記されている》(朝日新聞
 田島がいさめたのも当然で、天皇改憲せよと首相に訴えるなどは憲法違反になる。
 一方、昭和天皇は《「再軍備によつて旧軍閥式の再抬頭(たいとう)は絶対にいやだ」(52年5月8日)と述べるなど、戦前のような軍隊や軍閥の復活には否定的だった》(朝日新聞

 天皇の「おことば」は、錦の御旗のようにそれぞれの政治勢力の「取りっこ」になる。憲法上は政治的存在ではないはずなのだが、拝謁記がここまで注目されるのは単なる歴史学の史料的価値を越えて政治的意味をも持つからだろう。
 それにしてもよく日記が残っていたものだ。田島本人は、病気で入院するさい、すべて焼くつもりだったのを、親族が保存を主張して焼却を免れたという。
 モリカケ問題で日本では公文書でさえ廃棄、隠滅、改竄が頻繁に行われるなか、資料の保存がいかに大事かを見せつけたという意味でも重要な発掘だった。
 今朝の朝日川柳からもう一首。


記録とはこういうものと「拝謁記」(東京都 上田耕作)

 日記を保存し公開に踏み切った遺族に感謝するとともに、早い全面公開を希望する。

 

(なお、今回のNHKによる日記公開に批判的な論評として「昭和天皇の戦争責任問題「反省」という点を特筆大書したいNHK特番,田島道治に関する放送(2019年8月18日)は,加藤恭子の17年前の学術研究をどう踏まえているのか」を参照。)
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1075530553.html

千鳥ヶ淵戦没者墓苑をめぐる

 東京は36度の猛暑。「危険な暑さ」のなか、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に行った。実はきのう参拝しようと思ったのだが、着いたのが午後5時の閉門時間をわずかに過ぎて入れなかったのだ。私にとっては、ここに参拝にくることが年の一つの節目になっている。
暑さもあって、さすがに人影はまばらだったが、私がいた間に20人ほど参拝者があった。ちょっと意外なことに、若い人が多かった。

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 千鳥ヶ淵前没者墓苑には、日中戦争および太平洋戦争の海外での戦没者240万人(軍人・軍属・一般邦人)のうち、引き取り手のない遺骨およそ37万柱を安置している。戦没者のうち、6割が戦病死・餓死だったとされる。戦場で勇敢に戦って散ったというイメージとは程遠い現実だった。あの戦争をはじめたことだけでなく、多くの兵士を無駄死にさせた無謀極まりない作戦指導もまた大きな戦争責任ではないか。
 戦没者の運命を思うと、幸運な世の中に生れあわせたことに身が引き締まる思いがする。私がフィリピンで「発見」した数百の遺骨もここに納められていることを思うとなおさらだ。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20080913
 千鳥ヶ淵前没者墓苑のことをあまり知らない人もいると思うので、ここで少し紹介してみたい。http://www.env.go.jp/garden/chidorigafuchi/
 ここはいわば日本版無名戦士の墓(軍属や民間人の遺骨もあるが)で、遺骨とは無縁な靖国神社とは性格を異にする。
 米国大使はじめ各国要人が献花に訪れ、皇室もここに参拝する。靖国神社には皇室は行かない。靖国神社は危機感を持っているようで、「靖国神社が昨秋、当時の天皇陛下に2019年の神社創立150年に合わせた参拝を求める極めて異例の「行幸請願」を宮内庁に行い、断られていた」というニュースが流れた。(13日、共同)

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天皇皇后の花籠があった

 墓苑の施設の中心には六角堂がある。六角形の納骨堂である。中央の陶棺の下に戦域別の六部屋に分けた地下室があり、遺骨が安置されている。平成3年以降は増設された地下納骨室に納められるようになっている。

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 昭和天皇御製の碑。御苑創建の昭和34年(1959年)に御苑のために詠んだ歌である。(書は秩父宮妃)
「くにのため いのちささげし ひとびとの ことをおもへば むねせまりくる」
 「むねせまりくる」は英語の解説文では”Our heart ache with with deep emotion”(心が痛む)となっている。深い反省の気持ちがうかがえる。

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 上皇御製の碑。「終戦60周年を迎えるにあたり、新春「歌会始の儀」で詠まれた上皇陛下の御製」。(常陸宮妃の書)
「いくさなきよを あゆみきて おもひいづ かのかたきひを いきしひとびと」
 自分は戦争を知らないけれど、戦争の悲惨を忘れないようにしたいという思いが強かったのだろう。

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 向かって左が「平和祈念碑」で、引揚に伴う死没者に哀悼の意を表するものだ。終戦の大混乱のなか、引き揚げ途中に20万人もが犠牲になった。いかに酷い極限的な状況であったかが偲ばれる。
 右は「追悼慰霊碑」で、強制抑留者の犠牲者を哀悼するもの。旧ソ連は約57万5千人の日本の軍人・軍属・民間人をシベリアや中央アジアに強制抑留し、過酷な強制労働に従事させた。極寒の劣悪な環境、栄養失調などで約5万5千人が犠牲になっている。
人々は戦場でだけ犠牲になったのではない。
 この墓苑をめぐると、「先の大戦」がもたらしたさまざまな側面の悲劇を知り、考えることができる。

 まだ参拝したことがない人はぜひ一度行ってみてください。
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 千鳥ヶ淵墓苑から帰ろうと歩いて行ったら靖国神社に通じる通りで、黒服の集団が歩道に長い列を作っている。何だろうと近づいて話しかけたら、在日香港人たちだった。

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 この近くに香港経済貿易代表部があり、香港警察の暴力行為に抗議しに行くと言う。日本人も加わっており、「ご一緒にどうですか」と声をかけられた。

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 みなマスクをしているのは、中国当局による顔認証を怖れているのか。プラカードには「日本の若い人たちが花火を見ている時に、香港の若者は」「私たちの香港を応援してください」とある。
 応援します。

克服すべき他民族への蔑視感情

戦争が老いてゆくなり終戦 (東京都 吉田かずや 朝日川柳12日選)

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 「さきの大戦」の記憶はいやおうなく薄れていくが、どうしたら戦争を防ぐことができるのかを、言論の自由があるうちに考えなくてはならない。
 戦争を防ぐうえで、いまもっとも緊急に手を打つべきは、他民族への蔑視だと思う。
 
へいたいさんへ
 へいたいさん、ごじょうぶですか。(略)
    へいたいさんは、しなじんのやうな、やばんじんとたたかってゐるさうですね。私たちはあのにくいにくいしなじんを早くまかしちやつてくださればよいとばかりかんがへてをります。(略)
 へいたいさん、ではおくにのためにはたらいて下さい。さようなら

 

 これは長野県上田小県(現在の上田市)の小学校尋常科2年の児童が、昭和13年(1938年)はじめごろ、中国戦線の兵士に書いた慰問の手紙だ。(上田小県近現代史研究会『ふるさとで平和と戦争を考える』P13)
 前年に盧溝橋事件で日中戦争がはじまり、昭和13年1月には、吉本興業が、柳家金語楼花菱アチャコ横山エンタツなど花形芸人を含む慰問団「わらわし隊」を中国に送るなど、国民あげての戦争遂行の気運が盛り上がっていた。
 先の慰問の手紙には中国人への蔑視感情が誇らしげに書かれているが、それは時勢によって作られたものだという。日清戦争前の様子を生方敏郎はこう記している。
 《その頃の日本の文明の九分九厘は由来をたずねると皆支那から渡来したものだった。夏祭りには各町から立派な山車が引き出されたが、その高い二の勾欄(こうらん)の上の岩の上に置かれる大きい人形の多くは、支那の英雄だった。(略)子供の頃に、日清戦争以前に映じた支那は、実はこの位立派な、ロマンチックな、そしてヒロイックなものであった。その時まで、私たちが見たもの聞いたもので、支那に敵意を持つか支那を軽んじたものはただ一つもなく、支那は東洋一の大帝国として見られていた。》
 それが日清戦争のころから支那人への憎悪が絵にも唄にも反映してきて、清国や朝鮮半島の人々には「チャンチャン坊主」の蔑称も使われた。欧米に劣等感を抱き、隣国の人々をさげすむ「人権の序列化」が進んでいく。(引用・参照は『ふるさとで平和と戦争を考える』)
 ここまで読んできて思いだしたのは、先日の河野外相の韓国大使に対する態度だ。
 「河野太郎外相が、韓国大使を外務省に呼んだ際、身を乗り出して通訳を遮り、声を大きくして『極めて無礼だ』と韓国の対応を批判したのには驚きました。
    こんな振る舞いをすれば、韓国国民は自分たちの代表が侮辱されたと受けとり、反日ナショナリズムに油を注ぐことになりかねないからです。(略)
    もし相手が欧米の大国だったら、河野外相もこのような態度はとらなかったでしょう」

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通訳をさえぎり大声で「極めて無礼」と河野外相

 こう指摘したのは美根慶樹(みねよしき)さん(平和外交研究所代表)だが、たしかにいくら外交でもめ事があっても、アメリカの駐日大使に「無礼だ」などとは言わないはずだ。河野外相にも、またテレビでこれを見て「溜飲を下げた」我々の中にも韓国に対する蔑視感情があるのではないかと反省させられる。
 美根さんは外務省で北朝鮮との国交正常化交渉などを手がけた外交のベテランだが、今の日韓関係についてこう続ける。
 「安倍晋三首相は当初、半導体関連素材3品目の輸出規制について、徴用工問題にからめて説明していました。しかし、その後日本政府は、安全保障上の輸出管理の問題だと説明を変えました。自由貿易の原則に反するのは確実なため、国際的に支持が得られないと判断したからでしょう。
 輸出規制を巡る両国のやりとりで、象徴的なシーンがあります。話し合いが行われた経済産業省内の部屋で、日本側がわざわざ「事務的説明会」という紙をホワイトボードに貼り付けていたのです。
 日本にとってはあくまで独自に決める国内措置であり、韓国側と「協議」はしない。しかし韓国にとっては、経済に悪影響が及ぶ外交問題です。日本はまずは、韓国との協議に応じるべきです。
 友好国でもある隣国の役人に対し、経産省側がここまで一方的な姿勢を強調するのは、安倍政権への「忖度(そんたく)」にほかなりません。安倍政権下では独裁と言ってもいいほど官邸の力が強まっています。役人は人事で飛ばすと脅され、牙をぬかれているのでしょう。(略)」(8日朝日朝刊「耕論」)
 安倍政権への忖度が官僚の「知恵」をもつぶし、外交を硬直させていくという外交のベテランの意見。敗戦の日に読み直していろいろ考えさせられた。

 明日、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に慰霊に行こう。

中国が「暴徒を厳しく罰する」と声明

 秋田出身の知り合いから、山形県代表の鶴岡南が習志野をやぶってよかったね、同じ東北なのでみなで喜んでいるとのメッセージ。高校野球に興味がない私は、テレビも見ておらず、知らなかったのだが、東北の人はやさしいなあ。
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 ここで放送のお知らせです。
 報道カメラマンの石川文洋さんの日本縦断の旅をドキュメントした番組がこんどの日曜の深夜、放送されます。
8月18日(日)24時55分 日本テレビ「NNNドキュメント」
「平成ニッポンを歩く 報道カメラマン80歳 日本縦断(西日本編)」

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 《ベトナム戦争など数々の戦場を取材してきた現役の報道カメラマン石川文洋(80)は去年7月9日、北海道宗谷岬を出発し徒歩で日本縦断の旅に出た。
 11月末には旅の中間地点、東京日本橋に到着。今回の第2弾は日本橋からゴールの沖縄那覇市に向かう様子を伝える。
 東海道を歩き、時代は平成から令和へ。九州を経て6月、ついに生まれ故郷の沖縄に到着。石川文洋は何を感じどんな写真を撮りながら旅を続けたか-3万6千枚の記録。》
 http://www.ntv.co.jp/document/

再放送:8月25日(日)11:00~ BS日テレ
    8月25日(日)5:00~/24:00~ CS「日テレNEWS24

 大小田ディレクターが一人でカメラを持って密着した力作です。石川さんを追って西日本豪雨の被災地、広島の平和記念公園水俣そして沖縄では辺野古へも。ご覧ください。
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 香港ではいわゆる民主派と当局の関係が悪化の一途をたどり、世界で最も利用者が多いハブ空港の一つである香港空港が突然閉鎖される事態に。中国が香港で治安部隊を動かす現実的可能性がでてきた。

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空港の出発ロビーに坐り込んだ若者たち

 12日と13日、警察による暴力行為を非難する数千人の民主派デモ隊が香港空港内に集結し、同空港の発着便600便が欠航となった。若者らはアジア有数のハブ(拠点)空港で国際社会にアピールしようとしたもの。空港でも警官隊との衝突があったほか、中国共産党系のメディアの記者が暴行を受けるなどの事件が起き、中国国務院の香港・マカオ事務弁公室は14日、デモ隊を「暴徒」と呼び、「テロリズムに匹敵する行為」だとして「強く」非難した。ウェブサイトに掲載した声明では、暴徒を「厳しく罰しなければならない」と説明。この点で香港の警察と司法当局を支持するとした。(AFP)
 民主派にとっては林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官の辞任そして自由選挙の実現は譲れない要求であるし、中国共産党がそれらを呑むとはとても思えない。今のままだと「ソフトランディング」、何らかの妥協による落とし所が見えない。非常に危険な状況だ。
 こうしたなか、カナダのトルドー首相は12日の記者会見で、香港での「逃亡犯条例」改正案を巡る抗議活動について「非常に憂慮している。緊張を緩和し、市民が表明している極めて深刻な懸念に地元当局は耳を傾ける必要がある」と強調し、中国政府に対し「注意深く、敬意を持った対応」を要請した。(共同)
 日本政府も中国が介入しないよう外交努力をすべきだ。

JAL123便墜落から34年―再検証を訴える遺族たち

 34年前の1985年8月12日、JAL123便が墜落し520人が犠牲になった。これは今なお、日本の航空史上最悪の事故であり、単独機で世界最悪の死者数を出した航空事故でありつづけている。

 群馬県上野村で毎年行なわれる11日の灯籠流しと12日の慰霊登山と式典に参加してきた。12日は昨年よりも1家族少なく8人多い78家族274人の遺族らが御巣鷹山を訪れたという。https://www.aviationwire.jp/archives/180952

 この事故原因は当時の運輸省航空事故調査委員会が発表した「圧力隔壁破壊説」とされているが、実はこれについて疑問を呈する遺族やジャーナリスト、専門家が少なくない。JAL123便事故についてはたくさんの本や記事が書かれ、私もいくつか読んでみたが、事故原因をめぐる疑惑には相当の説得力がある。

 私たちがかつて北朝鮮による拉致について取材しはじめたころ、世間の大勢は「まさか」という受け止め方だった。一応国連にも加盟している国が、工作船などというものを仕立てて他国の海岸にやってきて人をさらっていくなんて、安っぽいスパイ映画の世界だと笑う人もいた。「拉致疑惑」と呼ばれ、陰謀論に近い扱いを受けたことを思い出す。JAL123便墜落の真相が解明されることを期待する。

 

 友人の水島朝穂早大教授は、JAL123便墜落を事故ではなく事件と呼んでいるが、先月16日、彼が世話人となって「情報公開と知る権利―今こそ日航123便の公文書を問う」というシンポジウムが開かれた。

http://www.asaho.com/jpn/bkno/2019/0722.html

 墜落から34年たったいま、遺族が国土交通省の外局、運輸安全委員会保有する文書の開示請求を求める訴えを起こすなど、動きが出ている。国は重要な証拠を大量に廃棄したとし、ボイスレコーダーさえ「ない」と言い、残っている調査資料の開示を拒否しているが、これを追及していこうというのだ。モリカケの問題でも分かるように、日本は情報の保全、公開がきわめて不十分で、隠蔽や改ざんまでする。日航機事故に関連した情報公開は健全な民主主義をめざす闘いでもあるというのがシンポジウムの結論だった。

 シンポジウムでは2遺族が情報公開を訴えた。

《事故で夫を亡くした吉備素子さん(大阪府)と、婚約者が犠牲になったスーザン・ベイリー・湯川さん(英国)の2遺族が登壇。吉備さんは「情報が隠され、遺族が不満に思っていることを知ってほしい。このままでは34年たっても前に進めない」。ベイリー・湯川さんは「情報がなぜ公開されないのか理解できない。再調査に向けて国際的なキャンペーンを展開したい」と強調した。》(上毛新聞)

https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/society/146359

  シンポジウムに参加した英国人遺族スザンヌ(スーザン)・ベイリー・湯川さんが御巣鷹山に慰霊に行きたいが付き添いがいないというのを聞いて、私が通訳兼ガイドを買って出たのだった。

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11日夜の灯籠流しにて

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遺体が見つかった場所にそれぞれの墓標がたつ

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パートナーの故湯川昭久さんの墓標の前で

 例年の御巣鷹山の事故追悼の報道は、安全への願い、悲しみをあらたに、といった情緒的なものが多いなか、スザンヌさんを取材した上毛新聞の記事では彼女の言葉を以下のように紹介している。

《「事故から30年以上が過ぎ、新たな情報が明らかになるのではないか」。長い年月が経過し、これまで難しかった事故調査資料の公開や原因の再検証に期待を寄せる。

 墜落直前の様子が収められたレコーダー類、運輸省航空事故調査委員会(当時)がマイクロフィルムに保存している事故調査資料の情報公開と合わせ、相模湾に沈んだままになっている機体の一部の引き上げと検証が必要だと考えている。

 単独の航空機事故としては世界最悪の520人が犠牲になった。「情報を共有し、教訓を後世に伝えることは国際社会においても重要。風化を防ぐことにもつながる」とする。》

https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/society/151366

 また、海外向けの調査報道メディアにスザンヌさんが投稿し、世界に向けて再検証を訴える決意を披露している。今後こうした遺族らの動きがどこまで広がるか注目したい。

http://www.japansubculture.com/british-widow-fights-to-know-the-truth-on-34th-anniversary-of-the-japan-airlines-flight-123-crash/?fbclid=IwAR306WV06Iekmb-hXcwoOwjSyCsNvbW0aabMLdVNWq4J3kfpd2ZvpNw2ZUg

河野義行さんはなぜ憎まないのか2

 今朝の朝刊を見て、ああ、と思わず声が出た。

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 一面に大きく「森友問題 捜査終結」とある。無力感に襲われる。こうなったら、佐川氏を再び証人喚問してほしい。昨年3月の国会の証人喚問で「刑事訴追の恐れがある」ことを理由に証言を拒否したが、刑事訴追の恐れがなくなったいま、事実を語ることができるはずだ。この問題をこのまま終わらせるわけにはいかない。
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 きょう未明、またまた北朝鮮が「飛翔体」を発射した。
 弾道ミサイルなら短距離だろうが国連安保理決議違反なのだが、トランプ大統領は容認するばかりか、「もっとやれ」というシグナルを北朝鮮に送っているかのように見える。

    北朝鮮は米韓演習への「抗議のために」やっているのではなく、このタイミングを「利用して」ミサイル実験をやって性能を上げているのである。トランプ大統領が演習中ならOKと言っているからだ。

 《発射の約6時間前、トランプ氏は北朝鮮金正恩キム・ジョンウン)委員長から8日に手紙を受け取り、同氏が米韓演習に不満を示したと明かした。「私も好きではない。演習にカネを使いたくない」と同調した。
 トランプ氏は10日、ツイッターへの投稿でも金正恩氏の手紙の内容を説明し「米韓合同軍事演習が終われば、すぐに会って交渉を始めたいと言っている」「演習が終われば短距離ミサイルの試射もやめる、と少し謝っていた」と明かした。「それほど遠くない未来に金正恩氏と会うのを私も楽しみにしている」と首脳会談開催に改めて意欲を示した。
 今回の演習は20日ごろまでを予定している。米国防総省は抑止力維持に演習は欠かせないとみているが、トランプ氏にとっては米軍の負担軽減が優先事項だ。米政府関係者は「トランプ氏の発言が北朝鮮の行動を助長させている」と危惧する。》(日経10日)
 金正恩と同じく自分も米韓演習はいやだと公言したトランプ大統領。こんな指導者に日本が尻尾を振っていたらとんでもないことになる。
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 松本サリン事件の被害者、河野義行さんの話のつづき。
 河野さんは被害者なのに、ほとんどのメディアに犯人と報じられた。私は事件後、河野さんが信頼するジャーナリストと一緒に自宅を訪れたことがあり、河野さんの人格に感銘を受けた。ずいぶん前の日記にこんなことを書いている。
 「尋常でない苦痛の日々を耐えてきた人のなかに、驚くような人格が形成される場合がある。大震災被災地のリーダー、拉致被害者家族などにもそういう人がいる。河野さんの突き抜けた洞察力には教えられることが多い。」
https://takase.hatenablog.jp/entry/20120621
 さて、河野さんが自分にふりかかった理不尽に対し、怒ったり、憎んだりしなかったのはなぜか。理不尽に遭遇しても怒らないためには「許す」ことが必要だ。河野さんは、オウムの信者が、意識不明で病床にあった妻の見舞いに来るのを受け入れ、誤報を打った記者たちを許した。特定の宗教を信じていないという河野さんは、どうしてこういうことができたのか。

 記者の「家族に危害を加えたかもしれない人を人は許せるものでしょうか」という質問に河野さんはこう答えている。
 「病床の妻と子と自分の人生をどうやって少しでも充実させるか、私にとってはそれが大事な課題でした。事件前の元気だった家族に戻りたい、と願うことはできます。でも、どれだけ誰かを恨んでも憎んでも過去は変えられません。ならば人生の時計をちゃんと動かして前に歩いていった方がいい、と私は思いました」
 「恨んだり憎んだりするという行為は現実には、夜も眠れなくなるほどの途方もない精神的エネルギーを要するものです。しかも何もいいことがない。不幸のうえに不幸を自分で重ねていく行為なのです。そんなことをあえて自分から選ぶ必要はないでしょう。ある意味、これは損得の問題です」

 「損得の問題」という一見とても普通の表現に河野さんの深い「智慧」を感じる。
 よくよく考えてみれば、怒ったり恨んだりするのは、自分にとっても、自分の周りの人たち(例えば家族や同僚)にとっても圧倒的に「損」なのだ。

    妻が倒れ、子どもをかかえて世間に排除され「社会的に死んだ」(河野さんの表現)河野さんが辿りついた哲学。ここでいう損得はお金のことではない。真の損得を追及していくのは、一つの人生戦略として非常に有効だと思う。これについてはあらためてまとめて書いてみたい

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 ジン・ネットのオフィスのある神田小川町の交差点に恒例の風鈴が登場。猛暑のなか通りかかった人たちにちょっとした癒しになっている。
 危険な暑さが続くようですが、みなさま水分補給を忘れずに!

ヘクソカズラ

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 フェンスにからみつくこの植物、名をヘクソカズラという。口にするのもはばかられるようなネーミングだ。茎や葉をつぶすと悪臭がするのでこんなかわいそうな名前になったという。今が花の咲く季節で、どこでも見かける。

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 よくみるとなかなか可愛い花だ。別名サオトメバナというそうだが、人間が勝手につけた名前でイメージが全然ちがってくる。

 植物たちは、そんなことにはおかまいなしに、ただそれぞれの生を生きている。

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 きのうから立秋。今年は夏寒のあと今が猛暑になっていて、秋の気配は感じないが、ここからは残暑見舞いの時期になる。繁華街の小さな木立からもセミの鳴き声が聞こえて、虫たちのたくましさを感じる。
 8日から初候「涼風至」(すずかぜ、いたる)。次候「寒蝉鳴」(ひぐらし、なく)が13日から。末候「蒙霧升降」(ふかききり、まとう)が18日から。
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 日本には届きますよと よう言わん佐賀県 小田真一郎 朝日川柳8月5日)
 

 先日、《グアムまで飛ばないうちはお友達》という川柳を紹介したが、トランプ大統領には、そんな悠長なこと言ったらあかんと安倍首相はきちんと意見しなければ。一言も文句を言わずに付いて行くばかりの日本が情けない。
 北朝鮮は6日も「飛翔体」を発射した。この2週間で4回目。朝鮮中央通信は、「新型戦術誘導弾」だったと公表。自らミサイルと認めた。
 韓国の北朝鮮軍事の専門家は、《低空飛行でき、下降する際に急上昇するなどして軌道を変え、迎撃を回避する性能を持つ》と分析している。
 また、この人物は《今回のミサイルが、韓国に配備された米軍の高高度迎撃ミサイルシステムTHAAD(サード)の迎撃高度以下で飛び、「韓国の全域を北朝鮮のどこからでも狙える」と判断。正確性や北朝鮮の報道ぶりなどから、「実戦配備までの最終段階に入ったようだ」とみる》。(朝日朝刊8日)
 精度をどんどん上げているのは確実だ。
 ついこないだまでは、北朝鮮の核は、ミサイルはと騒いで制裁を強めていたのが、今は北朝鮮が打ったのをミサイルとも呼ばずに「飛翔体」と称して見ないふりをする。「わが国の安全には影響ない」などとまで言う。
 以前から憂慮していたように、北朝鮮の核保有を認める方向にじわじわ進んで行っている。