ジェンダー問題で自民に食い込む統一協会

 しばらく旅に出て、ブログをお休みするが、これだけは書いておきたい。

 統一協会(これから統一教会ではなく「協会」とする)が、自民党を支援した動機が協会にお墨付きを得るという組織防衛のためだけでなく、協会に都合のよい政策を施行させるためだったことが明瞭になってきている。これは、協会の異様でファナティックな目的をこの世に現実化させようとするもので、日本にとってきわめて危険である。

 その一例を先日の『報道特集』が追及していた。

 05年、第三次小泉内閣猪口邦子氏が「男女共同参画担当大臣」になったころは、自民党内でも「ジェンダーフリー」(職業や家庭で男女の性差にとらわれず自由に生活する)の機運が高まり、「男女参画第二次5カ年計画」が策定されようとしていた

猪口邦子氏(報特より)

 これに危機感をもったのが統一協会だった。鈴木エイト氏提供の当時の内部文書には「第二次5カ年計画にジェンダーフリーという文言を使用させない」、猪口邦子議員が「ジェンダー概念に執着」とターゲットを明示し、「安倍晋三官房長官山谷えり子内閣府政務官でチェック」できるように関係省庁、議員に積極的に働きかける」としている。

報道特集より

 協会が安倍氏と山谷氏の二人を、「ジェンダー」つぶしのために、いわば政治的なコマとして動かそうというのである。なお、山谷氏が統一協会の丸抱えに近い特別な政治家であることははっきりしている。

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 05年5月の自民党の「過激な性教育ジェンダーフリー教育を考えるシンポジウム」には安倍氏の側近、萩生田光一が司会として参加。会議を盛り上げている。みな無茶苦茶なことを発言しているが、強くジェンダーフリーに反対し、時代の潮流に逆らおうとしている。

安倍氏。そんなコンセンサスは生まれていないでしょう

山谷えり子氏。これに続けて、「性差否定のジェンダーフリー教育というのが教育現場で全国に広がっているということがとても気になっていた。ジェンダーが誤解と混乱を招くなら、そんな訳のわからない言葉を(基本計画に)入れる必要はない。」などと発言

萩生田光一氏。ジェンダー教育が大学でも増えているが、「家族主義の崩壊をもくろむような意図が見え隠れする」という。「離婚・不倫・中絶のすすめ」など出てくるはずないだろう。

 結局、計画に「ジェンダー」の単語自体は入ったものの、「行き過ぎた性教育」などは「極めて非常識である」とされた。

 その後は、「逆流」が強くなり、選択制夫婦別姓さえ自民党が封印して現在にいたっている。

 6月下旬、参院選候補者に対する朝日新聞と東大谷口将紀研究室の共同調査の結果が公表されたが、性の多様性に関して、自民党候補が極端に「慎重」というか反動的であることが分かった。

朝日新聞より

 憲法改正など他のイシューでは自民を上回る「保守性」を見せる維新の党でさえ、同性婚を認めることに8割が賛成しているのに対し、自民党は2割もいかない。

 ジェンダーの多様性の理解にかんしてだけこんな傾向がでるのは異様である。外からの強い政策的な働きかけを考えざるをえない。この問題については、統一協会だけでなく神道政治連盟とそのバックアップを受ける日本会議も強力に活動を展開している。(韓国ファーストの統一協会と日本の右翼がなぜ提携できるのかは不思議だが、さまざまな識者が書いているのでそちらにゆずる。)


 番組では、統一協会の信者が学校の性教育の現場に浸透している実態を取材して戦慄させる内容だった。

 統一協会は、自民党を政策実現マシンにしようとしているが、この危険な「売国的」実態を解明するには、今の自民党の「点検」では全く不十分で、自民党の「解党的」再生が必要だし、その前に統一協会の政界「元締め」だった安倍元首相と協会の関係の徹底した解明が不可欠だ
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 さて、以前からやってみたかった山形をぐるっと回る旅をこのほど敢行します。

 ただタラタラとあてもなく旅するのも魅力的だが、ちょっとかっこつけてイザベラ・バードの足跡を辿るというのもやってみようと思う。

 イザベラ・バード(1831-1904)は英国人の旅行家。1878年明治11年、47歳)春来日し、6月中旬から3ヶ月かけて東北・北海道を旅した。供はイトウという18歳の通訳だけ。

バード(左)とイトウ(伊藤鶴吉)

 バードのこの旅についてはこのブログで10回以上触れているが、日本全体が過渡期だった時代、西南戦争が起きた翌年の明治に、都市の文明開化とは無縁な「奥地」を旅し、平和の里があったと書いている。

takase.hatenablog.jp

 イザベラ・バードは新潟から峠を超えて小国から山形県に入り、置賜盆地(米沢平野)を横断し、北上して村山地方へ、さらに新庄から金山を経て秋田県へと向かった。

 私の地元の置賜を旅したさいの文章が知られている。

 米沢平野は、南に繫栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。「鋤で耕したというより鉛筆で描いたように」美しい。米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべて、それを耕作している人々の所有するところのものである。彼らは、葡萄、いちじく、ざくろの木の下に住み、圧迫のない自由な暮らしをしている。これは圧政に苦しむアジアでは珍しい現象である。それでもやはり大黒(ダイコク)が主神となっており、物質的利益が彼らの唯一の願いの対象となっている。平凡社P218)

 「エデンの園」とはすごい。面はゆいが、これはお世辞ではない。

イザベラ・バード『日本奥地紀行』

 民俗学者宮本常一は、バードだけでなく、モースやアーネスト・サトウらも当時の日本のことをとてもほめているが、これはほめているのではなくて、そのままの日本だったと言う。

 

 われわれ、日本に住んでいて、日本の歴史をやっていると物を比較するという面がない。日本の歴史からだけ見ると嫌なことがたくさんあったように見えるし、それをことさらにあげつらった歴史の書物も数多いのです。例えば江戸の終わり頃になると、いたる所で百姓一揆があったと書かれています。しかし江戸時代260年の間に残っている一揆はおよそ1000件くらいなのです。一年にすると4件足らずの非常に少ない暴動ですんでいるのです。(略)

 ディケンズの『二都物語』を読んでいると、ロンドンからドーヴァーまで一人歩きはできない、危険なので馬車に乗らねばならない、とあります、馬車には護衛官がついているわけで、それが当時、世界で一番平和であるといわれていたイギリスの状態なのです。

 ところが日本へやって来ると、『二都物語』が書かれたのは1858年=安政6年とされていますが、その同じ時期に、東海道の女の一人旅はしょっちゅう見られたのです。「こんな平和な国が世界中のどこにあるだろうか」ということをある人が書いているのを読んで、私は非常に感激したことがあるのですが、こういうことは鎖国が始まった頃にはもうそうなっていたのではないか。とにかく、日本の農村というのは、夜、戸締りをしなくても眠ることができる。これは決して明治になってからそうなったのではなくて、江戸時代にすでにそうなっていたのです。宮本常一イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』(平凡社)P10-11)

宮本常一イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』

 バードの観察は当時の日本人についてのステレオタイプを打ち壊す。

 私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。(略)

 父も母も自分の子に誇りをもっている。見て非常におもしろいのは、毎朝六時ごろ、十二人か十四人の男たちが低い塀の下に集まって腰を下ろしているが、みな自分の腕の中二歳にもならぬ子どもを抱いて、かわいがったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしていることである。(略) 彼ら(子どもたち)はとてもおとなしくて従順であり、喜んで親の手伝いをやり、幼い子どもに親切である。私は彼らが遊んでいるのを何時間もじっと見ていたが、彼らが怒った言葉を吐いたり、いやな目つきをしたり、意地悪いことをしたりするのを見たことがない。(P131)


 当時の日本の男たちはみな「イクメン」だったというのだ。そして、日本人の子どもへの愛情を、英国の子育てを批判しながら、とても好意的に描いている。

 バードの紀行を読むのは時間の旅にもなる。

 私の今回の山形旅の交通手段は主に自転車だが、バスや電車にも乗りながら無理をしないで楽しみたい。

 というわけで、しばらくブログをお休みします。みなさま、お元気で。なお、旅の様子はFacebookで報告するので、よろしければご覧下さい。

 

 当時の

藤沢周平のいろり端の情景

 明後日はお彼岸だ。日が短くなったわけである。きょう、八百屋に柿が並んでいるのに気づいた。稲刈りが終わって、少しづつ冬に向かう。

 23日から初候「雷乃収声(かみなり、すなわちこえをおさむ)」。入道雲からイワシ雲へと空も変わる。次候「蟄虫坏戸(むし、かくれてとをふさぐ)」が28日から。虫たちが土の中へと潜っていく。10月3日からが末候「水始涸(みず、はじめてかるる)」。田んぼから水が抜かれて涸れる季節。
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 この間の気になるニュースを駆け足で。

 ロシアが占領する東部と南部で、親ロシアは派勢力が20日「ロシアへの編入」を問うための住民投票を実施すると発表した。投票はルハンスク州、ドネツク州と南部ヘルソン州のロシア軍支配地で今月23日から27日にかけて行うという。急である。

 この住民投票の話は以前からあったが、棚上げになっていた。今回のこの決定は、ロシアの軍事的劣勢による方針転換だと見られている。

 元大統領のメドベージェフ氏はSNSで「ロシア領土への侵犯は犯罪で、ロシアは自衛のためにあらゆることをする力を行使できる」と脅迫に近い文言を連ねている


 つまり、住民投票の結果、「編入」となればそこはロシア領となってしまい、ウクライナからの攻撃を「ロシア領土に対する攻撃」とみなすというのだ。

 欧米はウクライナにロシア領に攻撃しないよう求め、ロシア領にまで届く長距離砲の供与も渋ってきた経緯がある。プーチンがこれを逆手にとって、これ以上の劣勢を食い止め、ウクライナの攻撃を抑えるために一気に「編入」にもっていこうとしているのだろう。

 追い込まれたときのプーチンは何をするかわからないからあぶないぞ。
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 防衛省ミャンマー軍の留学生受け入れを来年度から停止するという。

 防衛省は現在、17カ国から計192人の留学生を防衛大学校や各自衛隊幹部学校などで受け入れており、ミャンマーからはクーデター後も幹部や幹部候補生を受け入れていた。

 停止の理由について、7月に民主派の4人の死刑を執行したと報じられたことから「ミャンマーとの防衛協力・交流を現状のまま継続すること適切でないと判断した」という。

 遅きに失したが、これまでの対ミャンマーの無原則な対応が批判されたことがこの変更の背景にある。批判、抗議は無駄だと思う人がいるが、いろんな条件の組み合わせで動きをもたらすこともある。あきらめずに声を上げ続けよう。
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 日朝平壌宣言から20年の17日、拉致問題にかかわるある団体が「拉致被害者全員奪還デモ」を実施した。その動画が知り合いのFBにアップされていたので見ると、日朝平壌宣言を破棄せよ!」シュプレヒコール

(kazuo Inagawa氏FBより)

 横断幕には「(拉致被害者を)還さなければ戦争だ!」、「自衛権の行使を」などとある。これは「外交」とは別次元の「解決方法」だ。

 金正恩を罵倒し、戦争してでも奪還するぞ!と主張するのは勇ましくて気持ちいいかもしれないが、これでほんの少しでも拉致問題が進展すると本気で思っているのだろうか。

 こういう路線に政府が引っ張られた(安倍氏らが煽った面もある)からこそ、20年も何の成果もなく時間を無駄にしたのではないか。

 

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  頭を冷やし、北朝鮮とのより良い交渉ルートを開拓し、水面下もふくめて地道に外交努力をするしかない。方針を転換できる政治家よ出でよ。

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 最近は家族団らんなどという言葉をとんと聞かなくなった。

 藤沢周平が自らの生い立ちを振り返った『半生の記』を繰っていたら昔の田舎のいろり端の様子が描写されていた。心温まるものを感じ、情景を想像した。

 

 そのころは茶の間にある大きないろりが、家の中心としてどっしりと構えていた。いま、しいて家の中の中心をもとめればテレビのある居間ということになるだろうが、人があつまっても会話が少ないから、テレビにむかしのいろりのような中心性をもとめることは無理のように思える。いまは一軒の家に、人人はばらばらに住んでいる。農村といえども例外ではない。

 むかしは大人も子供もなにかといえばいろりのそばにあつまった。いろりはあたたかくて明るい場所だった。停電の夜は、当然いろりのそばは家族で混み合い、人人は炉に燃える火に顔と胸を照らされながら、いろいろな話をかわした。そしてそういう夜は、子供が親にむかし話をせがむいい機会でもあった。母親は栗をゆでながら哀れぶかいママ子の話とか、ある雨の夜に、貧しいひとり者の百姓の家に一夜の宿をもとめてきた若くてきれい女、じつは人に変身した蛙の話などをした。

 母親のむかし話はたいていは歌まじりだった。変身蛙の話もそうで、その家の嫁になって何年かたち、子供を三人も生んで気がゆるんだものか、ある日居眠りをして蛙の正体をみられてしまった女は、泣く泣く夫と子供にわかれて山奥のふるさとに帰ってしまった。しかし女は、田植えどきになると子供たちに呼びもどされて、一族や仲間をつれて山から里に手伝いにくる。

 そして大勢の蛙の助っ人たちと一緒に、働きながら声をあわせて陽気にうたうのである。

アオジ ムラサメ ヒデリの田ァは
稲にならねで 米になァる

 まるで井上ひさしさんの戯曲のようだが、アオジ、ムラサメ、ヒデリは蛙のかあちゃんが生んだ子供たちの名前である。その歌があまりに陽気でにぎやかなのに村人は失笑するが、やがて秋になると、その家の稲田には穂の粒がひょうたん型をした見たこともない大粒の稲がみのり、殻を割ると中からざらざらと米がこぼれ落ちて、家は大金持ちになるのだ。

 父親も、せがめばむかし話をすることもあったが、レパートリィは貧しくて、「猿の嫁」と貧しい老夫婦が吹くジヨッコ(家ネズミ)のおかげで金持ちになる話の二つぐらいだった。それでも父母が語るむかし話の別世界には、私たちの空想を無限に搔き立てる力があり、私と妹は、母親がいそがしくてむかし話どころではないというときは、聞きあきた父親の「猿の話」を聞いた。

 そういう夜は、私は少しも眠くならず、話が終わるともう一度とせがんできりがないので、しまいにはさあ寝ろと寝部屋に追いやられるのがつねだった。

 

 藤沢周平がこれを書いたのは1992年なので、テレビが中心と書いている。今では「ばらばら」の度合いがはるかに進んで、食事も各自が勝手にとる家庭は多いし、一緒に食卓を囲んだとしても、それぞれがスマホを見ながら会話もなく咀嚼運動をやっていたりする。テレビならとりあえずみなが同じものを見ているが、スマホは各自が別の世界に向き合っている。

 いろりの回りの情景は、現代の生活がどこかおかしいと感じさせるに十分だ。藤沢周平が父母のむかし話をよく覚えているのは、ゆったりしながらもそれほどに濃密な時間だったのだろう。

DNAのパスポート

 たいした読書家でもないのに、欲しい本を(主に古書で)どんどん買ってしまうものだから、いきおい積読(つんどく)が増える。

 老い先の短さを考えながら読んでいない(または読んだのを忘れた!)本の山をながめると、「学成りがたし」という言葉がしみじみと迫ってくる。

 『香川紘子詩集』という本に目が留まって拾い上げた。これをなぜ、いつ買ったのかも忘却の彼方だが、ページをめくるとおもしろい詩に出会った。

DNAのパスポート

太古から
豊かな生命を育んできた海に
背を向けて
変わり者の魚が一匹
陸にあがる冒険を敢行したのは
三億五千万年前のことだった

それから二億年が過ぎて
ざわめく巨大な羊歯の葉越しに
日毎夜毎に仰ぐ
空の輝きに魅せられた
爬虫類の夢から
始祖鳥が出現した

気の遠くなるくらい遥かな
生命の系統樹の梢で
世紀末の強風に
吹きちぎられそうに震えている
私たちも また
羊水の海から誕生し
この地上で
這い 立ち 歩み
やがて
魂だけの身軽さで去る
DNAのパスポートの所持者なのだ

 

 香川紘子は、「解説」によれば、1935年兵庫県飾磨町に生まれ、脳性麻痺の重度心身障碍児だったため戦時中は就学せずに家で過ごした。
 44年、父の転勤で広島市に移り、翌年原爆に被爆。その翌月、祖母が原爆症で亡くなると初七日の夜、第二次枕崎台風による洪水で家財流出・・。と大変な少女期だったようだ。 

 15歳のとき中学生新聞の詩壇で第一席入選し、その後、試作に熱中。たちまち詩壇の常連となり、「十代のチャンピオン」として寺山修司らと並び称される存在になる。
 54年、19歳で「原稿の下書きを自筆で書けるようになる」と年譜にあるように、身体の障害を抱えながらの試作を続けてきた。

 寡聞にして知らなかったが、有名な詩人であるらしい。

 むかし、好きな人に「あなたは、ほんとに散文的な人ね」と言われたことがあるが、たぶんそれは誉め言葉じゃないな。散文の反対は韻文でポエムだから、俺ってポエムを感じさせないんだ、と理解した。そういうわけで(笑)、詩とは縁が浅いので、香川紘子の名前も詩も新鮮である。

 『利己的な遺伝子』で知られる進化生物学者リチャード・ドーキンスの「生物は遺伝子によって利用される"乗り物"に過ぎない」は、主役の遺伝子から生命を見ているが、香川紘子の「DNAのパスポート」は生命、つまり「私」の側から、遺伝子を、旅をつづけさせてくれる旅券に見立てている。
 そしてその旅券は、太古から生命が連綿と受け継いできたものであることに思いを馳せている。わたしたちは生命樹の梢の葉の一つなのだ。

 生命の荘厳な連続性への自覚がさわやかさを醸し出す、そんな印象を受ける詩である。

 

 この詩で思い出したのが、はやり重い障害をもつ海老原宏美さんだ。

海老原宏美さん(NHKハートネットTVより)

  いまどうしているかなと思ってネット検索すると、昨年末に亡くなっていることを知って驚いた。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/654/

 数年前、彼女の生き方を描いた映画を観、講演を聴き、本を読んで大きな感銘を受けた。もう一度お話を聴きたいと思っていたのでとても残念だ。ご冥福を心からお祈りします。

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 海老原宏美さんの『まぁ、空気でも吸って』という本に収められた「私の障害のこと」という文章を読んだとき、こんな考え方もあるのか!と衝撃を受けた。

 私は、脊髄性筋萎縮症Ⅱ型(SMA type2)という、ちょっと珍しい障害をもって生まれました。「type2」という響きがカッコイイと思っています。一説には、この病気の発症率は四万人に一人とも言われています。両親共に原因となる遺伝子をもっていて、それを一つずつもらい受け二つそろったときに、めでたく発症します。ということは、祖先たちが代々、この遺伝子を受け継ぎ保因者として生きてきたからこそ私もそれを引き継いだわけで、それは一体、何百年、何千年さかのぼる旅だったのだろう? と思うと、この障害が愛おしくてたまりません。(略)

 どんな障害かいうと、人が身体を動かすときには、脳から電気信号を出し、それが神経を通って筋肉に伝わり、筋肉が「ぴょん」となるわけですが、SMAは、その通り道である神経の元にある運動神経細胞が、なぜかよくわからないタイミングで、必要以上にアポトーシス(自殺)を起こし、電気信号が筋肉に届かなくなってしまう、という病気です。ごく簡単に言うと、そういう感じ。アポトーシスが起こるたびに、筋萎縮が進むという進行性の障害で、小さい頃はつかまり歩きもできましたが、今は呼吸さえ自分ではままならない全身性障碍者をやってます。自殺防止キャンペーンを、こっちでも開催したいです。

 

 自分が生まれつき負った障害すらも、無数の「ご先祖」から受け継がれてきた生命の一部として愛おしんでいる。

 9月は自殺対策強化月間で、さまざまなキャンペーンが行われている。

(テレ朝モーニングショーより)

 「いのちの電話」など、自殺の直前に思いとどまらせる窓口を増やしたりといった施策も大事だが、これはいわば応急処置。

 本来はそもそも「死にたい」と思わない、「生きているってすばらしい」と思うように生きるにはどうするかが問題だ。

 海老原宏美さんの哲学にその重要なヒントがあると思っている。
 これについてはまた改めて書こう。

香川紘子詩集(右)と海老原宏美『香川紘子詩集(右)と海老原宏美『まぁ、空気でも吸って』



 

 

安倍政権が拉致被害者の一時帰国を拒否

 大型で非常に強い台風14号が先ほど鹿児島に上陸したとのニュース。

「経験したことのない台風」に注意を呼び掛ける気象庁

 「経験したことのない」というこの頃よく聞く形容が今回も使われていて恐ろしい。

 被害が大きくならぬよう祈ります。
・・・・・・・

 小泉訪朝以降、拉致問題は20年にわたって具体的な進展を得られなかった。

 「拉致の安倍」としての「名声」が安倍晋三を首相にまで上り詰めさせたのだが、これが虚像で、実際は進展のチャンスをつぶしてきたことはこのブログで何度も指摘してきた。

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 とくに田中実さん、金田龍光さんの生存情報を秘匿し、放置してきたことは、国家としての責任を放棄し、二人の人権を無視するとともに、北朝鮮との絶好の交渉の機会を捨て去る行為だった。

 二人の拉致被害者放置の事実が、このタイミングで社説に取り上げられた。

 朝日新聞17日の社説だ。この20年の間の両国は「隔たりが大きくなっている。その責任は北朝鮮側にある。国際社会の肥を無視し、核・ミサイル開発を続けてきた。拉致という重大犯罪を起こしながら、誠実に対応しない」としつつも、日本政府に以下注文をつける。

 「他方、日本政府の動きについても透明性に問題がある。
 これまで交渉に関係した複数の政府当局者らが、北朝鮮拉致被害者である田中実さんらが同国で生存していることを認めた、と明らかにしている。
 にもかかわらず、その事実の確認や好評すらしないのは理解できない。すべての被害者の帰国に努めるとしてきた基本方針とも矛盾しており、判断の背景を説明する必要がある
 被害者の家族も政府間対話の早期再開を求めている。相互不信を解くのは対話以外にない。平壌宣言をてこに、固く閉ざされた北朝鮮側の扉をなんとかこじ開けてもらいたい。」

 私たちの指摘が次第に広がっているようだ。

 さらに北朝鮮が、田中実さんと金田龍光さんを日本に一時帰国させる提案をしていたという重大な事実が判明した共同通信が伝えた。

信濃毎日新聞が大きく紙面を割いて報じている(17日付)

日本政府が安倍政権当時の2014~15年ごろ、政府認定拉致被害者の田中実さん=失踪当時(28)=と、拉致の可能性を排除できないとしている金田龍光さん=同(26)=の「一時帰国」に関する提案を、北朝鮮から受けていたことが16日、分かった。》

《2人の安否に関して北朝鮮が「入国して妻子と共に暮らしている」と日本側に説明したことは判明しているが、一時帰国まで持ちかけていた実態が明らかになるのは初めて。

 日本政府は一連のやりとりを伏せている。公表すれば、被害者全員の帰国実現に全力を挙げるとした政府方針との整合性が取れなくなると判断したものとみられる。(略)

 関係者によると、北朝鮮が2人の一時帰国を提案したのは、日朝が安否再調査で合意した14年5月から、北朝鮮が再調査に取り組んだとされる翌15年ごろ。日朝接触の際に「日本を訪問させる用意がある」と伝えた。また、田中さんを除く被害者11人の安否に関し「8人死亡、3人未入国」と報告したという。

 一時帰国を拒否した理由を巡り、関係者は ①2人が日本永住を希望するとは考えにくく、帰国しても北朝鮮に戻ってしまうと考えた ②北朝鮮横田めぐみさんらの安否で納得できる説明をしない中、提案に応じれば拉致問題の幕引きに手を貸すことになると判断した―と説明。「受け入れがたい案だと感じた」と述べた。

 安否情報についても日本政府は、信用性に乏しいと判断し、受け入れなかった。当時の安倍晋三首相と菅義偉官房長官が難色を示した。》

 北朝鮮側からの報告を受け取らない方針は、安倍元首相自らが下した判断だったという。

《14年5月に日本人拉致被害者の安否情報再調査を約束した北朝鮮。後日、その報告が外務省経由で首相官邸に届けられた。

「突き返せ」

 当時の安倍晋三首相は官邸幹部らに、こう指示した。緊迫した一幕を、関係者が明かす。

 報告は、田中さんと金田さんの生存を確認する一方、横田めぐみさんを含む政府認定拉致被害者12人のうち8人をやはり「死亡」していたとする内容だった。安倍氏は、ずさんで信用できない従来の調査結果の焼き直しに過ぎないと考え、受け入れなかったとされる。

 北朝鮮が持ちかけた田中さんら2人の一時帰国という提案も「北朝鮮による謀略かもしれない」(関係者)と警戒した。日本にほとんど身寄りのない2人は、一時帰国しても永住を希望せず、北朝鮮に戻ってしまうのではなイか。だとすれば拉致問題の幕引きを狙う北朝鮮のわなにはまったとして、国内世論に突き上げられる―読み取れるのはこうした不安だ。》

 

 つまり、北朝鮮の報告が「8人死亡」のままだったから受け取りを拒否し、田中実さんらの生存情報、さらには一時帰国の提案まで拒絶するという対応をしたのだ。

 北朝鮮が「8人死亡」をひっくり返さない限り、田中さんら2人の安否確認にも進めないとして、日本政府は2014年以降8年もの間、彼らを見捨ててきたのである。

 2人は児童養護施設で育ち、日本に身寄りがほとんどいない。家族会に参加している親族もいない。横田めぐみさんや有本恵子さん、田口八重子さんなど他の被害者に比べて注目度は低い。

 だからといって政府が《2人の「価値」を低く見積もり、帰国を後回しにしてもいいと考えるなら、憲法14条の「法の下の平等」に反すると言わざるを得ない。》(記事の「解説」)

 憲法などわざわざ持ち出さなくても、同じ拉致被害者同士、扱いを差別することは許されない。日本政府は、横田めぐみさんらの「正しい」(=死亡はウソだという)安否情報がでないかぎり、他の新たな拉致被害者が見つかっても見殺しにするという姿勢なのだ。そしてそう決めたのは安倍元首相である。これはもう一つの安倍氏の首相在任中の「罪」だと私は思う

 安否情報に「信用性に乏しい」って? 北朝鮮がすんなりと全面的に真実を明かすはずがないではないか。その一方で、被害者本人も日本で待つ親族や友人も有限の時間しか与えられていない。だから一挙に完全解決などという不可能事だけを追わずに、不十分であっても、可能なところから一人でも二人でも被害者の消息をたどり救出していくしかないのだ。

 一連の経過を歴代政権は公表していない。有田芳生さんが安倍首相(当時)をこの件で追及した際も「今後の対応に支障を来す恐れがある」として答えず、岸田文雄首相も昨年12月に参院予算委で有田さんの質問に「具体的に申すことは控える」とかわすだけだった。敷田首相は生存情報が伝えられたときの外相である。

参院予算委での岸田首相とのやり取りはこうだった。

有田芳生 二〇一四年五月、ストックホルム合意、あのとき総理は外務大臣でいらっしゃった。私も質問したことを覚えておりますけれども。あのストックホルム合意の、二〇一四年の秋から翌二〇一五年の初めにかけて北朝鮮側が、政府認定拉致被害者田中実さん、そして北朝鮮に拉致された可能性を排除できない金田龍光さん、生存情報を何度か通達してきていますよね。

国務大臣松野博一君) お答えをいたします。
 北朝鮮による拉致被害者や拉致の可能性を排除できない方については、平素から情報収集等に努めていますけれども、今後の対応に支障を来すおそれがありますので、具体的な内容についてお答えすることは差し控えさせていただきたいと思います

有田芳生 政府認定拉致被害者の田中実さんが生存しているという情報を得ているのに、なぜ今後の対応、支障を来すんですか。もうあれから七年ですよ、七年。田中さんはもう七十ですよ。あの国でどうやっていらっしゃるのか、情報をつかんでいますか。何で聞かないんですか。序列があるんですか、拉致被害者に。

国務大臣松野博一君) 繰り返しになりますけれども、情報収集に努めてはいますけれども、今後の対応に支障を来すおそれがあることから、具体的な内容についてお答えをすることは差し控えさせていただきたいと思います。

有田芳生 情報収集ではありません。政府が、北朝鮮から二〇一四年の秋と翌年に政府認定拉致被害者の田中実さんが生存しているという情報が来たならば、本当かどうか確認すべきじゃないんですか。

国務大臣松野博一君) お答えをいたします。
 情報収集を含め様々な対応について努めているところでございますけれども、それぞれの対応につきましては、今後の方向、進め方に関して支障を来すおそれがあるということでお答えを差し控えさせていただきたいということでございます。

有田芳生 田中さんも金田さんも神戸のラーメン店の同僚でした。
 私は、田中さんの同級生にも会ってきました。もう担任の方はお亡くなりになりましたけれども、田中実さんは生きているということが分かったならば、やはり一時帰国でもしてもらって、私たちは苦労したねと羽田で迎えたいんだという思いが今でもあるんです。

 だけど、北朝鮮から生存しているという通達があっても、何度もあっても、日本政府はそれを、あったかどうかも分からない、今後の対応に支障を来すと言うけれども、もう七年、元気なのかどうかも分からない。人命の問題でしょう、これは。一人からでも取り戻すという、そういう方向が必要なんじゃないですか。総理、いかがですか。

内閣総理大臣岸田文雄君) 御指摘の情報に対してどう対応したか、こういったことについては具体的に申すことは控えますが、御指摘のように、例えば順番があるんではないか、序列があるんではないか、そのように委員おっしゃいましたが、そういったことは決してございません。拉致被害者の方、全ての拉致被害者の方を帰国させる、こうした目的は、目標は、今までもこれからも変わることはないと信じております。

有田芳生 序列がないならば、田中実さん、金田龍光さん、本当に生きていらっしゃるのかというのは北朝鮮側と交渉をしてそれを確認をして、本人たちがどういう意向をお持ちなのか聞くのが日本政府の当然の態度だと思うんです。

 ましてや、田中実さんは北朝鮮で日本人女性と結婚しているという情報はあるんです。その日本人女性というのは誰なのか、拉致被害者なのか、これは重要な問題ですよ。だから、そういうきっかけを有効に使いましょうというのが、ずっと横田滋さんが強調してきたことなんです。動くことでいろんなことが出てくるんだと、そういう立場取っていただけませんか。

国務大臣松野博一君) 総理から答弁をさせていただきましたけれども、拉致被害者としての認定の有無にかかわらず、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく全力を尽くしております。おりますけれども、それに至る道筋、プロセスについて言及することについては差し控えさせていただきたいと思います。

(以下略)

 いやはや、国会答弁のなんと無意味なことか。こういう何も答えない答えが近年多すぎる。国会をバカにしているんじゃないか。

 政治家の「全力を尽くします」の決意表明は聞き飽きた。

 「全員一括即時帰国」路線から脱却し、首相が腹をくくってまともな外交交渉を取り戻すことを求めたい。

 

日朝首脳会談20年を迎えて

 はじめにお知らせです。

 高世仁のニュース・パンフォーカス】No.30
 「なぜウクライナには『降伏する』という選択肢がないのか」を公開しました。

www.tsunagi-media.jp

 ウクライナ人が、平和とは勝利だと考えるわけ、また日本人の思考の特殊性について書いてみました。
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 北朝鮮が日本人の拉致を認めた日朝首脳会談から20年

 横田早紀江さん(86)が「いつまでたっても解決しない思いしかない。言いようのないいら立ちが多い」と語るのを聞くのはつらい。

 拉致した北朝鮮が責めを負うのは当然として、このブログで何度も指摘したように、解決に向けてまともな外交を展開できないでいる日本政府にも大きな責任がある。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20220530

 きのう放送の「めぐみさん拉致事件 横田家の闘い」はBSで流れたものを短縮編集した再放送なのだが、このタイミングでもあり、NHK総合でしかも夜10時という時間帯の放送だったため、多くの人が視聴したようだ。長いことご無沙汰していた友人や知り合いから「見たよ」と連絡が入った。

 私たちジャーナリストのパートはともかく、拉致という国家犯罪に巻き込まれた家族がどんなに過酷な境遇に置かれるかはわかってもらえたと思う。

 未帰還の政府認定拉致被害者の親たち8人がすでに亡くなっている

亡くなった未帰還者の親たち(NHKニュースより)

 拉致被害者のなかには北朝鮮で亡くなった人もいるだろうが、はっきりしたエビデンスのある安否情報を北朝鮮はまだ明らかにしていない。いま健在な親は有本恵子さんの父、明弘さん(94)と横田早紀江さんだけだ。

有本明弘さん(94) NHK

横田早紀江さん(86) NHK

 政府は早急にこれまでの「全員一括即時帰国」路線と何の準備もないまま「無条件での首脳会談」の無原則な方針からの転換をはかり、問題の進展に真剣に取り組むべきだ。

 この間の報道で興味深かったのは、NHKによる田中均氏(元アジア大洋州局長)のインタビューで、まず「国際報道」で報じられた。

takase.hatenablog.jp

 さらにこのインタビューを14日の「クロ現」で取り上げたが、ここで興味深かったのは、日朝首脳会談が米国につぶされないよう、日本の外務省が手を打っていた事実だ。

田中均氏 NHK

 02年1月29日、ブッシュ大統領北朝鮮を「悪の枢軸」の一員として激しく敵対する姿勢を明らかにしていた。そして政権中枢にはチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官らネオコンの右派強硬派がいた。そんなところに「これから首相が訪朝して金正日と首脳会談します」などと言ったら「ならず者国家」は締め上げるしかない、と反対されるだろう。そこで、強硬派と一線を画すパウエル国務長官のラインを利用することを考えた。

 そこで田中氏は、ちょうど来日していたアーミテージ国務副長官ホテルオークラで会い、首脳会談を知らせた。同席したのはケリー国務次官補、国家安全保障会議マイケル・グリーン日本担当部長、ベーカー駐日大使の面々だった。結果は、強硬派には通知されないまま、米国の「了解」を取り付けることに成功したという。

アーミテージ氏 NHK

 放送ではこれ以上のディテールは明かされなかったが、インタビューしたNHKの国際放送局の増田剛記者によれば、田中氏は米側とのやり取りはこうだったという。

 「日朝平壌宣言のドラフト(草案)も含めて全て話をした。彼らはじっと聞いていました。物音ひとつせず、じーっと聞いていた。日本がアメリカから驚くような内容のブリーフを受けることはあることなんですが、その逆はあんまりないんです 」

話し終わると、アーミテージがすくっと立ち上がって、『俺に任せろ』と。『自分は今からアメリカ大使館に戻って暗号電話でパウエル(国務長官)に直接話をする』と。『ついては、その次の日、小泉総理からブッシュ大統領に電話をしろ』と言ってくれた」

 日朝首脳会談の開催は8月30日に発表された。

 その前に、田中氏の秘密交渉の報告を受けて知っていたのは、首相官邸小泉首相福田康夫官房長官古川貞二郎官房副長官の3人で外務省でも川口順子外相と竹内行夫外務事務次官、交渉担当者に限られた。官房副長官の一人だった安倍晋三氏には伝えられていなかった。)

 アーミテージ氏らへの説明は発表3日前の8月27日のことだった。

 まるでドラマのような展開だが、ここは日朝首脳会談が土壇場で潰されるかもしれない、一つの大きな山場だっただろう。結果としては、日本の外務省は賢い行動をとったと思う。

 脱線してちょっと雑談。

 私はアーミテージ氏に2回インタビューしたことがある。とてもフレンドリーで、政治的立場は別として私の印象は「いいやつ」である。尋常でない胸板の厚さはウエイトリフティングで鍛えたという。
 机に飾ってあった家族写真に、肌の色や目鼻立ちが違うたくさんの子どもが写っていて不思議だったが、聞くと、三男一女の自分の子の他に、ベトナム人やアフリカ系などの養子がいるそうだ。大きな包容力を感じさせる人物である。

 竹内行夫によれば、アーミテージ氏らへ説明した翌朝、米大使公邸で朝食会に出席した。アーミテージ氏はワシントンのパウエル国務長官から電話を受けた際、「ユキオ、一緒に聞いてくれ」と、長官との会話を聞かせた。長官は「ワシントンは大丈夫だ。ブッシュ大統領も問題ない」との反応だったという。(14日朝日新聞夕刊「拉致 北朝鮮と向き合う」③)

 竹内氏は4月出版の共著『外交証言録 高度成長期からポスト冷戦期の外交・安全保障』(岩波書店)で以上の話を明らかにした。

 上に紹介した記事は、朝日新聞の北野隆一編集委員が夕刊に5回連載した「拉致 北朝鮮と向き合う」だ。この連載はプロレスのアントニオ猪木氏はじめ北朝鮮との交渉にかかわるさまざまな人々の体験が紹介されていて興味深い。

 北朝鮮との神経戦のなかでもっとも緊迫した場面の一つは04年5月の2回目の小泉訪朝時。02年に帰国した5人の拉致被害者の夫や子どもなど家族を連れ帰る手はずだったが、北朝鮮はぎりぎりまで粘った。

 《曽我ひとみさんの夫で元米兵のジェンキンスさんは「日本に行けば脱走兵として米軍に裁かれる」と同行を固辞した。蓮池薫さんと祐木子さん、地村保志さんと富貴恵さん夫妻の子どもたち5人の所在も伝わってこない。

 政府専用機に乗るためバスで空港へ移動中、山本氏は北東アジア課の担当者に電話し「どうなっているんだ。5人の身柄は確保したんだろうな」と聞いた。だが、「それどころじゃありません。居場所も確認できません」という。藪中三十二(みとじ)アジア大洋州局長が金永日(キムヨンイル)外務次官に「5人を専用機に乗せないと、総理は出発しないぞ」と迫ると、ようやく5人が空港建物から出てきた。」(13日夕刊、連載②)

(「山本氏」とは、当時北東アジア課首席事務官だった山本栄二氏で、今年3月に出版された氏の『北朝鮮外交回顧録』(ちくま新書)のP252以下により詳しく記されている。)

 対北朝鮮外交が一筋縄ではいかないことがよくわかるエピソードである。
 
 北野さんは最後を有田芳生さんの活動で締めくくっている。備忘として引用しておこう。

《ジャーナリストの有田芳生氏(70)が拉致問題にかかわるきっかけは02年。寄付を募り、米ニューヨーク。タイムズ紙など4カ国の新聞に拉致被害者救出を訴える意見広告を載せた。
 10年に参院議員に当選。横田滋さん、早紀江さん(86)夫妻から話を聞いた。北朝鮮に拉致されためぐみさんの娘で、夫妻の孫にあたるキム・ウンギョンさん(35)の消息を知りたがっていることがわかった。
 北朝鮮で、金正日総書記の側近の中に「横田さん夫妻の人生に大変なことをした。申し訳ない」と考える人がいることも聞いていた。有田氏は関係者につてを求め、ウンギョンさんの結婚写真を夫妻に届けた。夫妻とウンギョンさんのメッセージのやりとりも仲介したという。
 有田氏によると、夫妻は13年秋、当時の安倍晋三首相と岸田文雄外相(65)に手紙を書き、「自分たちも年を重ね、この時期を逃したら会えないかもしれない。ぜひ会いたい」などと訴えた。政府が北朝鮮と交渉し、14年3月、夫妻はモンゴルのウランバートルでウンギョンさんと家族に初めて面会した。
 日朝両国は同年5月、ストックホルム合意を結んだ。北朝鮮は特別委員会を設けて拉致被害者や日本人遺骨、残留日本人などを調査することとした。
 北朝鮮は、拉致被害者の田中実さんと行方不明者の金田龍光さんが平壌で生存していると日本政府に伝えたとみられる。伝達したのは14年秋と15年の交渉の場だったと有田氏はいう。
 20年6月、有田氏は参院本会議で質問した。「私が何度も首相に問うてきた問題があります。田中さんと金田さんが生存していると北朝鮮から14年に通告されたものの、その事実さえいまだ認めないことです」。安倍首相は「今後の対応は、支障を来す恐れがあることから答えは差し控えます」と答弁した。
 国会での12年間の取り組みをもとに今年6月、「北朝鮮拉致問題 極秘文書から見える真実」を出版。記者会見してこう述べた。「拉致問題はこの20年、事態が動いていない。何とかしなきゃいけないという思いで本を書いた」》(16日夕刊、連載⑤)

 小泉訪朝20年を迎え、田中氏はじめ外務官僚が本を書いたり、当時の話を語ったりしている。小泉内閣時代の対北朝鮮外交をより深く知る機会が訪れている。証言を聞く限り、日本の外務官僚の士気も実力も相当なものという印象を持つ。

 要はリーダーが責任をとると覚悟を決め、彼らの能力のすべてを使うことではないだろうか。

戦争で結婚が増えているウクライナ

国葬の前に国葬どんと出る(神奈川県 赤木不二男)
 英国は先んじて19日に。

比べては困るこちらは国葬(東京都 上田耕作)
 あくまでも「国葬」ではないと言い訳。

 13日の「朝日川柳」より。国葬反対はどんどん増えている。内閣支持率は急落。それでも政党支持率に変化がないのが不思議だ。
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 11日、ドンバス地方への玄関口の要衝、ハルキウイジューム市からロシア軍が撤退したと報じられた。ウクライナ軍の大きな勝利だが、この町で多くの民間人がロシア軍に殺害された可能性が浮上している。地元市議によれば少なくとも1千人以上が死亡したという。

NHKニュースより

 ウクライナが奪回したとはいっても、町の破壊はすさまじく、インフラも破壊されていて、住民らをこれから来る冬に向けて他の地方に移住させることも考えていると市長は語る。

NHKニュース

 ウクライナ軍が入ってイジュームでは、拷問されて殺害された人々の遺体も見つかりはじめた。

 ロシア軍による虐殺が明らかになったキーウ近郊のブチャが占領されたのは1カ月。イジュームは5カ月も占拠されていて、ブチャよりも多い市民の犠牲が出ているとみられ、今からロシア軍の禅僧犯罪についての調査がはじまる。

 ただ、戦争犯罪のなかでも性暴力は調査・解明が難しいという。

 キーウの性暴力に関する人権団体「ラ・ストラーダウクライナによると、多く報告されるケースは、「集団でレイプ」と「数日から数週間にわたって加害行為」があったというもので、精神的なダメージが大きいという。14歳未満の子どもや男性からの被害相談もあり、中には「自殺したい」と打ち明けてくる人もいるという。

性犯罪は、証言することが心の傷をえぐるので、調査に協力を断る人も多いという(NHKニュース)

 心理学者のコジンチュク氏によると、性暴力は兵士個人の性的衝動とは関係ないという。

「市民を服従させる」のが目的で、だから「戦況が思うように進まなくなると誰かを服従させたくなる」という

 そういえば、生き残ったブチャの住民が、ウクライナ軍の抵抗で苦戦したあとはロシア軍の住民への暴行・狼藉が激しくなったと語ったとの報道があった。

 誰に責任があるかといえば、「兵士数人がレイプをしていたとしても、誰も止めなかったのなら、ロシア軍全体の責任です」とコジンチュク氏。当然、上官の罪も問われることになる。

 ロシア軍による非人道的な残虐行為はロシア軍が撤退した後ではじめて発覚する。現在占領下にある地域が、現在戦闘がないとしても、どれほど酷い状況にあるかは分からない。

 ロシア軍の撤退がさらに進むよう期待する。
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 ウクライナで結婚する人が増えているという。

 今年上半期で結婚した夫婦は10万組以上で、去年同時期を比べて20%増になった。(ウクライナ法務省

NHKニュース

 人口4200万人のウクライナで670万人が難民に、660万人が国内避難民になり、兵士だけで1万人が亡くなっている。この状況で結婚する人が大幅に増えている。なぜ?

 ウクライナのある心理学者がこう分析していた。

「遺伝子を残したいという本能的な欲求ですが、もちろん他の要因もあります。多くの人がコントロールの欠如を感じています。自分の人生をコントロールしたいのに、今は戦争にコントロールされている。だから自分の人生をコントロールするために、あらゆることをしようとするのです」。へえ・・・。

 この「解釈」を裏付けるように、この日結婚したディアナさんという新婦は、「いま世界で起こっていることが私たちを突き動かしています。重要な伊ベンチは音回しにすべきでないと悟りました。戦争が私たちをひとつにしたのです。」という。

 同時に、将来への大きな不安も口にした。

「夫を亡くした女性たちの話をニュースで見ると、胸が絞めつけられます。想像するだけでつらいです」と半泣きに。最後は―

でも、彼は必要とされれば、軍に行って国を守ってくれるでしょう」と語っていた。

新郎ロマンさん(28)と新婦ダリアさん(23)。東部からキーウに逃げてきた二人は、各地の親戚を結婚式に呼ぶことは危険だとして二人だけで式を挙げた。


 戦争という運命のなか、けなげに精一杯生きようとする二人を心から祝福したくなった。

 それにしてもウクライナは美人、美男が多いなあ。

ロシアの『ノーバヤ・ガゼータ』に活動禁止の判決

 ロシアの言論弾圧がまた一段強まった。

 《モスクワの裁判所は5日、ロシアに残る数少ない独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」の発行免許を剥奪する判決を下し、同紙は事実上、活動を禁止された。(略)

 ノーバヤ・ガゼータは声明で、今回の判決は「この新聞を殺し、発行のために働く人々から30年の人生を奪い、読者から知る権利を奪った」と批判した。

ムラトフ編集長は闘い続けると表明 (NHKニュースより)

 国連人権高等弁務官事務所は、判決で「ロシアのメディアの独立性が再び損なわれた」とし、ロシア政府に報道の自由を守るよう求めた。

 ノーバヤ・ガゼータは今年3月、通信規制当局から報道内容に関する2回目の警告を受けたため、ウクライナにおけるロシアの「特別作戦」終了まで活動を一時的に停止すると発表。メディアに関する新法に従い、ウクライナにおけるロシアの軍事作戦に関連する記事をウェブサイトから削除していた。》(ロイター)

 さらに同じ5日、モスクワの裁判所は、元軍事記者のイワン・サフロノフ被告に対し、国家機密を漏らしたとして、反逆罪で懲役22年の刑を言い渡した

《サフロノフ被告は大手経済紙のコメルサントとベドモスチで、国防や政治、宇宙開発などを担当。ロシアで最も尊敬される記者の一人だった。記者を辞めた後、国営宇宙開発企業ロスコスモスの顧問に転身。2020年7月、国家の軍事、防衛、安全保障に関する機密情報を収集し、外国の情報機関に渡した疑いで逮捕された。》(AFP)

NHKニュースより

 サフサロフ氏は、ジャーナリストへの言論圧殺だとして上訴するという。

 ノーバヤ・ガゼータのムラトフ編集長は、ロシアで言論の自由を守り続けたことが評価され、去年ノーベル平和賞を受賞している

 7月には、ムラトフ氏と一緒にノーベル平和賞を受賞したフィリピンのマリア・レッサ氏が運営するニュースサイト『ラップラー』が閉鎖命令を受けている。

 平和賞受賞がロシア、フィリピン両国での言論の自由のための闘いに少しでもプラスに働けばと期待していたが、弾圧はさらにひどくなっている。

takase.hatenablog.jp

 注視し続けよう。
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 知り合いの元衆議院議員井戸まさえさんが「国葬儀」の案内が土曜に速達で届いたSNSに投稿。(井戸まさえさんとは数年前、ある飲み会で席が隣になったというご縁で知り合った)

《注目したのは出欠の返信期日で、修正ペンで消した上で手書きで書き直し!(出席での返信が少なかったから、元職にも急遽発送?)

国葬儀」という国にとっては大きな儀典で、準備にそこそこ時間もあったにもかかわらずこんな行き当たりばったり、そのドタバタぶりが》とツイート

返信期日が手書きで直してある(井戸まさえさんのツイートより)

 たしかにこりゃひどいな。

 岸田首相、「国葬」に対する国民の反発の強さに押されて、国民に弔意を強制しないと繰り返す。

 「国葬」やるって言ってしまったから、とにかくやらせて、国民のみなさんはただ文句つけなきゃいいから、ということなのだろう。

 国民が心から哀悼するのが国葬なのだ。初めから国民は哀悼しなくてよい前提ならそもそも国葬にする意味がない。

 国葬統一教会問題への対応では自民党支持層も岸田内閣を批判する。徹底的に追い詰めて、何らかの決着をつけさせなければならない。
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 ウクライナが攻勢に出て、ロシア軍がハルキウから撤退するとの観測が報じられた。

 《英国防省は12日、ロシアがウクライナ東部ハリコフ州のオスキル川以西の州全域から軍の撤退を命じた可能性が高いと発表した。(略)同省は「ウクライナの急速な成功はロシアの全体的な作戦計画に大きな影響を与える」とツイートした。》(ロイター)

朝日新聞より)

 一日も早く、プーチンに戦争を「やめる」と言わせたいものだ。