古代天皇と仏教―責めはわれ一人にあり

 先日、野暮用で神田神保町に行ったついでに、「農文協・農業書センター」に寄った。ここは農業を中心に人の生き方を考えさせるいい本が置いてある。ここで2冊、そのあと近くの古本屋をぶらついて1冊、計3冊購入。買ったはいいが、またツンドクになりそうだ。
 先日本を整理していたら、読んでない本があまりに多く、同じ本が2冊あったりして反省した。もう先が長くないからバリバリ読まないと・・・。

 で、その農文協の階段が展示場になっていて、「ハジチ」の写真展をやっていた。

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 ハジチ(針突)とは沖縄や奄美などに琉球王国の時代からあった、女性が手の甲に入れ墨を彫る文化だという。はじめて知った。

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 1899年、明治政府が入れ墨禁止令を施行したため、1990年代にハジチを施した女性とその文化は途絶えた。撮影は沖縄の写真家、山城博明氏で70年代から90年代前半まで撮った写真は貴重な史料でもある。2012年の写真集『琉球の記憶 針突』の新版が9月に出たのに合わせて展示会が開かれた。

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16日の朝日新聞夕刊に記事が載った

 この文化の発祥は、魔除け、部族団結のトーテム、成人女性になる通過儀礼など考えられるが、始まった時代も含め、よくわからないらしい。

 山城氏がハジチを施したオバアを訪ねて取材していくビデオ作品も上映されていたが、ハジチをする理由として、ハジチをしていないと、「ヤマト(日本本土)に連れていかれる」、「嫁に行けない」、「成仏できない」、「地獄で葦の根を掘らされる」などさまざまな答えが返ってきた。
 ハジチは墨を針で肌に刺しこむのでとても痛いそうだが、この痛さを我慢できるなら、嫁ぎ先でどんな辛いことにも耐えられると「説得」された人もいた。こうした理由はあとで付け加えられたのだろう。

 ハジチの模様にはそれぞれ意味があるらしいが、これもはっきりしない。地域ごと、島ごとにパターンが少しづつ違うという。

 アイヌの女性の口の周りの入れ墨、インドのナガランドのアディヴァシ族の女性の足の入れ墨(7月22日のブログhttps://takase.hatenablog.jp/entry/20200722)などを思い出す。入れ墨の文化は民族を越えて各地にあるようだ。

 昔、倭人は入れ墨をしていると『後漢書』や『魏志倭人伝』に登場することはよく知られている。
 「男子は大小無く、皆、黥面文身す」(『魏志倭人伝』)とは、男子は顔にも体にも入れ墨をしているという意味。もっと古く、縄文時代から入れ墨の風習があったことは土偶からも分かるという。
 入れ墨に込めたのは強さや美しさなのか、それとも祈りなのか。ハジチの写真を見ながら、散乱する連想を楽しんだ。
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 そもそもの日本の出発点は、どんな国づくりを目指したのか。それを学びたいと思っている。ダメな伝統なら直さないといけないし、古いものでいいものは復活させたい。
 そんな大雑把な問題意識でいいのかよ、というヤジがとんできそうだが、時代の転換点にはいろんな思考実験があっていいだろう。

 いま、古代の天皇は、かくも立派な政治倫理を持っていたのかと励まされる思いで読んでいる本がある。
 森本公誠『聖武天皇 責めはわれ一人にあり』(講談社)。

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 天皇のその倫理観のベースは大乗仏教の教えであることも知った。師事する岡野守也先生から勧められていた本で、古代の天皇と仏教について勉強する意欲をそそられている。

 今の天皇制は、重要な伝統を捨て去ったうえに成り立っている。明治維新は、神仏分離によって日本の伝統だった神仏儒習合(神道・仏教・儒教をミックスした宗教観)を破壊し、天皇神道とだけくっつけて特異な天皇制を作った。しかし、聖徳太子以降、皇室と仏教のかかわりは非常に深い

 皇室を制度的にも仏教に「取り込んだ」のは真言宗の祖、空海弘法大師で、平城、嵯峨の二人の上皇に灌頂(かんじょう、密教の入門儀式)を授けている。皇室をいわば「折伏」(しゃくぶく)したのである。

 意外に知られていないが、天皇家には泉涌寺 (せんにゅうじ、真言宗)という菩提寺があり、歴代の天皇の御陵が39陵ある。江戸時代までは葬儀も仏教で執り行われてきたのだ。

 さて、著者の森本氏。聖武天皇が建立した東大寺の長老だから、こうした本を書くのは当然とも思えるが、経歴がとてもユニークだ。なんとイスラム史の研究で博士論文を書き、京大で教えたあと、2004年に東大寺別当(住職)・華厳宗管長、東大寺総合文化センター総長を歴任して現職に至っている

 東大寺聖武天皇についての書物は膨大にあるが、「歴史観の違いであったり、方法論の違いであったり、(略)かならずしも満足の得られるものがなく、たとえば聖武天皇の場合、天皇が次第に仏教への傾斜を深めていくにもかかわらず、研究者が果たして仏教思想なるものを意識しているのか、疑問に思ったりした」ため、みずからが史料に当たって理解を深め」ようと思ったという。
 「研究者のなかでも、部分的にはきわめて詳細な成果を上げられながら、大きな流れの把握ではいかがなものかと感じられる場合もあった」と森本氏は言うが、専門家が広い視野を欠いてトンチンカンな結論にいたることは珍しくない。

 そこで森本氏は、みずから愚直に仏典、史料を読み込んで、「世界史的な時代背景や人知を超えた自然の驚異のなかで、民を治める最高主権者として苦悩し、ときにはその苦悩のあまり心身の極限に追い詰められながらも、人間としての平等観や救済観に目覚め、それを現実の政治に活かそうとした一人の天皇の姿」を描いたのがこの本だ。結果、説得力も独創性もある聖武天皇論になっている。

 本題の聖武天皇だが、東大寺の大仏を、そして日本全国に国分寺国分尼寺を建立したことで知られるが、通説では評判が悪いという。
 ひんぱんに遷都したことで、聖武天皇はノイローゼだった、あるいはひ弱で優柔不断だったなどとも言われてきた。

 また、戦後、皇国史観の呪縛から解放された日本史学会はマルクス主義史観が圧倒し、一般に天皇の治績を否定的に論じることが流行った。

 《たとえば中学生の修学旅行を引率してきた教師が大仏殿に来て、「先生は入らないが君たちは200万人もの人民を酷使してつくった大仏をよく見て来い」といって、出口で待つ》といった光景もあったという。(森本P22)

 うちの娘が昔読んだマンガの日本史でも、大仏建立は人民を苦しめる苦役として描かれている。

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『漫画で学ぶ日本の歴史』(成美堂)

 私もかつては、こうした硬直した歴史観を持っていたことを白状するが、これでは真にリアルな歴史には迫れないだろう。

 きょうは序論として、本の副題にある「責めは予(われ)一人に在り」と述べた詔(みことのり、天皇の命令)を紹介したい。

 天平4年(732年)以来、旱魃(かんばつ)が続き、飢餓は人々の心の荒廃をもたらし各地の牢屋は犯罪人でいっぱいになった。
 聖武天皇は、こうした事態を受けて、天平6年7月、心情を吐露し、大赦(恩赦)を与えるとの詔を出した。(以下は森本氏による現代風読み下し)

 「朕(ちん)が民を治めるようになってから十年を経たが、自分の徳化が行き届かず、罪を犯す者が牢獄にあふれている。万民が幸福に暮らせるよう寝ても覚めても心遣いをしているが、このところ天災で穀物が不作であるとか、地震がしばしば起こるのは、朕の政治が不明なためで、多くの民を罪に落とすことになった。しかしながら、その責任は自分一人にあり、諸々の庶民の与(あずか)るところではない。そこで寛大な政治を行い、人々の生を全(まっと)うさせたい。よって犯した罪を赦し、自力で更生の道を歩むことを許す。天下に大赦す。ただし、律の規定にある八つの重罪犯、殺意を伴った殺人犯、殺人を企て実行に及んだ犯罪者、特別の勅(天皇の命令)にもとづく長期拘禁者、山賊ら集団による強盗犯、受託収賄せる官人(役人)、物品管理責任者による当該物品横領者、死没と詐称せる生存者、良民を略取し奴婢に貶(おとし)めた誘拐犯、強盗犯・窃盗犯、大赦対象外の犯罪者らはいずれもこの限りにあらず」
 

 どうだろうか。
 天皇なんてただのお飾りで、誰かに政治は任せて、毎日うまいもの食ってキレイどころと遊んでいたんじゃないのか。私もそんなイメージを持っていたのだが、これを読んで、ちょっと感動してしまった。

    旱魃地震日蝕などの天変地異と君主の政治を結びつける災異思想は、今の我々から見れば「迷信」にすぎないが、感じ入ったのは、天皇の民を思う気持ちと責任感である。
 本当にこれが、1300年も前に日本のトップが語った言葉なのか、と時を越えてじーんと心に迫ってきたのだった。
(つづく)

大坂なおみとタイの若者の「同盟」

 きょうは畑仕事。

 知らないことが多く勉強になる。ネギの植え替えをやったが、ネギが収穫まで長い時間と手間がかかることをはじめて知った。

 こんど、のらぼう菜を植えるそうだ。のらぼう菜はアブラナ科で「江戸東京野菜」の一つ。東京多摩地区から埼玉県の一部の特産で、とても美味しい。たのしみだ。

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熟れた柿の実の蜜を吸うアゲハ。恍惚状態なのか、羽をゆっくり開閉させながらストロー様の管で吸っている。よほど旨いのか

 畑にはいろんな虫がやってくる。受粉には不可欠だが、害虫も多い。きょう、ネットの中にモンシロチョウがいるのを発見。ネットを張る前に青虫がいたのだろう、葉がだいぶ食い荒らされている。それで、中にいたチョウ数匹を「駆除」。かわいそうな気もするが、これが農業のリアリティなのだろう。
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 ネットコラム高世仁のニュース・パンフォーカス】の第7回「価値観をめぐる闘いが世界をつなぐ」を公開した。
 ベラルーシ、香港、タイの街頭で闘う若者たちと米国のBlack Lives Matter(黒人の命も大切だ)の運動の「同盟」について書いた。

www.tsunagi-media.jp

 後半の部分だけ紹介する。

 いま世界中で人々が立ち上がっていますが、何を目指しているのでしょうか。

    5日の朝日新聞「オピニオン」面に吉岡桂子編集委員が「タイ・香港・台湾 民主への絆」というコラムを書いています。

 タイ・バンコクの若者たちが、民主化を要求して開いた集会に「#MilkTeeAlliance 」(ミルクティー同盟)と書かれたプラカードが吉岡氏の目に留まりました。それを掲げていた大学生は、自分たちと香港と台湾の若者とは「似た立場」だといいます。そして、なぜミルクティーかというと、バニラの香り漂うオレンジ色の甘いタイティー、台湾はタピオカ入り、香港は練乳で甘みをつけた濃い紅茶。名物のミルクティーを絆にした心の同盟だというのです。

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タイの民主化要求デモ。中高生も参加している(朝日新聞より)

 いま世界で起きているのは、国益をめぐる国家間の闘いや、「右」か「左」かという主義の優劣を競う争いのように見えるかもしれません。しかし、その根源で闘いを支えているのは、一人ひとりの人権、自由を尊重するという「価値観」です。この「価値観」をめぐって、一国の中での運動と国家間でのせめぎ合いとが同時に、複合的に進んでいるのが今の世界だと思います。

 テニスの大坂なおみ選手が試合ごとに掲げた「Black Lives Matter」(黒人の命も大切だ)のメッセージは世界中に大きな反響を呼びました。きっと、香港、ウイグルベラルーシの人々の心にも響いているでしょう。

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  大坂なおみ選手のツイッターより)

 警官に殺された7人の名前の書かれたマスクについて聞かれた大坂選手は、”What was the message you got?”(あなたがたは私からどんなメッセージを受け取ったのですか)と逆に私たちに問いかけました。

 私にはこの言葉が、日本に住むあなた方も人権と自由を求める「心の同盟」に加わってくださいと呼びかけているように聞こえました。

 みなさんはどう受け取りましたか。

朝鮮人を殺した自警団は「被害者」なのか?

 きょうは某新聞社に用事があって都心に出た。

 その帰り、六本木で梁丞佑(ヤンスンウー)さんの写真展「The Last Cabaret」を観に行った。

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梁さん。お子さんが2歳で、かわいい盛りだという

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写真展会場の「禅フォトギャラリー」はピラミデというモールの2階。たしかにピラミッドがある

 2016年にの写真集『新宿迷子』で第36回土門拳賞を受賞した梁さん。歌舞伎町の伝説的なキャバレー「ロータリー」のオーナーの知遇を得て、店が閉店するまで約1年、そこに集まっては散っていく老若男女の姿を記録した写真集を「ゼンフォトギャラリー」より刊行した。
Https://zen-foto.jp/jp/exhibition/yang-seung-woo-the-last-cabaret

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展示の写真。万札でなくみな千円札、時代を感じる。

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こういう世界がなくなるということですね

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ドアマンの高橋さん。閉店のあとみなさんどうするのか、気がかりになる

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夫婦かと思ったら右はホステス。ホステスの最年長は72歳で、その人がナンバーワンだったそうだ。いい話だな

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いろんな人間模様があったんだろう。左下が伝説のオーナー吉田さん

 「ロータリー」はここ数年、売り上げが低迷していたところにコロナ禍で閉店することになったという。私はキャバレーというところに入ったことがないのだが、写真からは華やかで人間臭い、ザ昭和、という雰囲気が漂ってくる。一連の写真は、滅びるものへの挽歌だ。写真集には、閉店した店の調度が運び去られるまでをおさめてある。

 キャバレーも大変だけど、コロナで私の生活も大変ですと梁さん。彼はバイトでテキ屋をやっているのだが、お祭りがどこも中止になって上がったりだ。きょうは夕方から久しぶりの撮影の仕事です、とちょっと嬉しそうだった。
 写真展は明日まで。
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 日経新聞世論調査菅内閣の支持率が74%!と出た。
 政権発足時の歴代内閣支持率の1位が2001年小泉内閣の80%、2位が09年鳩山内閣の75%で菅内閣はこれに続く3位だった。

 うーむ・・・「少数派」の私としては、ちょっと驚いてしまいました。

 6月下旬の世論調査で、安倍内閣支持率33.7%と出たとき、河井前法相夫婦の逮捕は「総理に責任」があると72%が答えていて、世の人々はちゃんと見ているなと思ったのだが。安倍政権の「悪事」を大番頭として支えてきた菅氏の「安倍なき安倍内閣」が、これほどの支持をうけるとは。

 こういう結果を見ると、政府と人民は区別しなければいけないと思う一方、悪政の責任の一端は人民にもあると考えざるを得ない。
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 上のことと関連させつつ、関東大震災のさいの虐殺について、佐藤卓己『流言のメディア史』(岩波新書2019)に大いに啓発されたので、引用しつつ考えてみたい。

 多くの虐殺を、市民による自警団が行ったことをどうみるか。これには様々な見方がある。
 市民らはパニックのなか流言蜚語に騙された「被害者」だとする見方がある。民衆に罪はないというわけである。

 『昭和史(新版)』(遠山茂樹今井清一藤原彰 岩波新書1959)では―
 《政府は戒厳令をしいたが、このもとで、三千人にのぼる朝鮮人が一般市民の組織する自警団などの手で虐殺された。これは警察から出たと見られる「不逞鮮人」襲撃のデマにのせられて、不安におびえた市民が、理性を失って、排外主義的な感情にかられたからであった

 こういう見方は次の吉野作造東京帝国大学教授)の総括がベースになったのかもしれない。

 《震災地の市民は、震災のために極度の不安に襲はれつゝある矢先きに、戦慄すべき流言蜚語に脅かされた。之がために市民は全く度を失ひ、各自武装的自警団を組織して、諸処に呪ふべき不祥事を続出するに至った。此の流言蜚語が何等根底を有しないことは勿論であるが、それが当時、如何にも真(まこと)しやかに然(し)かも迅速に伝へられ、一時的にも其れが全市民の確信となったことは、実に驚くべき奇怪事と云はねばならぬ》(1924年の報告書「朝鮮人虐殺事件」)

 しかし、「全く度を失」い、パニックになった人々が自主的に自警団を組織できるのだろうか。無知な大衆を国家権力が操作して狂わせただけだったのか?

 吉野と同じ東京帝大教授の寺田寅彦は、大震災調査を実施し、その翌年に新設された東京帝国大学地震研究所の所員も兼務していた。寺田の防災論「天災は忘れた頃に来る」はよく知られているが、彼は「流言の責任の9割以上は市民にある」とも言っていた。
 《もし、ある機会に、東京市中に、ある流言蜚語の現象が行われたとすれば、その責任の少なくとも半分は市民自身が負わなければならない。事によるとその九割以上も負わなければならないかもしれない。(略)もし市民自身が伝播の媒質とならなければ流言は決して有効に成立し得ないのだから》(「東京日日新聞」大震災1周年記念号に寄せた「流言蜚語」)

 さらにすすんで、大衆が主体的に朝鮮人を虐殺した、と考える学説もある。

 尾原宏之『大正大震災―忘却された断層』(2012)では、朝鮮人を保護しようとした巡査にも向けられた自警団の攻撃性を、「自治精神の芽生え」として論じる。

 《地方参政権すら持っていない下層民が、完全に誤認とはいえ「敵」と戦い、日頃自分たちを抑圧しておきながらこの期に及んで「敵」を保護する警察権力を粉砕したのは、いかにも愚かな行為であれ政治参加の一種だった。虐殺事件は、その意味で、「自治精神の芽生え」の持つ巨大な熱量の仕業でもある。だから、人情や相互扶助と完全に無関係なものではない》

 あらゆる事件は、時代背景のなかで見なければならない。
 男子普通選挙を認める選挙法改正は大震災があった1923年の2年後、25年だった。参政権のない労働者や青年が、共同体への過剰な参加意識から自警活動にのめり込んだ可能性もある。

 藤野裕子『都市と暴動の民衆史』(2015)は、朝鮮人を虐殺した民衆が米騒動の主体と階層を同じくしている点を軽視してきた従来の民衆運動史を批判し、「権力に対抗する民衆と朝鮮人を虐殺する民衆とを歴史叙述のうえで分裂させていては、リアリティのある歴史像・民衆像を描くことはできない」と指摘する。

 米騒動とは、第一次大戦中の1918年、シベリア出兵による米価高騰を予想して商人が買い占めを行っているとの風説で、富山県で民衆が起こした暴動。

 大衆化・民主化の意識が進むことで、民衆が主体的に行動するようになったことの表れとして朝鮮人虐殺も捉えようというのだろう。

 大衆社会の表裏両面を見つめる複眼的思考は、歴史研究においてだけでなく、今の日本をよりよく理解し、変えていくうえでも必要だと思った。
(つづく)

菅さん、職務や地位を私的利益のために用いていませんか?

 大坂なおみ選手をめぐる嬉しいニュースが続く。
 こんどは「アジアの大変革者」だと。

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 《米ニューヨークなどに拠点を置く非営利団体アジア・ソサエティーは15日までに、テニスの全米オープンで人種差別への問題提起を続け、優勝した大坂なおみ選手(22)らを「アジアのゲームチェンジャー(大変革者)」賞に選んだと発表した。(略)
 アジア・ソサエティーは「人種差別に立ち向かうため、世界的な自身の立場を生かした。日本などでの人種差別にも取り組む勇気を見せた」と評価した。

 同賞は今年で7回目。ほかに「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」運動を支援した韓国発の人気グループBTSや、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、癒やしの音楽を提供しようと呼びかけた中国系米国人の世界的チェロ奏者ヨーヨー・マさんらが選ばれた。》(朝日新聞

www.asahi.com

 今は人権に貢献する方向性を持った人が評価される時代だ。日本のスポーツ選手や芸能人もヘイトスピーチや差別、不当な人権抑圧にもっと声を挙げてほしい。

 さて、こうなると大坂なおみ国民栄誉賞か?・・と思いきや。

 《総裁選のタイミングと重なったことでSNSでは「ガースー(菅義偉氏)の首相初仕事は大坂への国民栄誉賞」と盛り上がるが、ある政界関係者は「選挙対策にならなくもないが、差別問題に積極的に関与する事態になりかねない。人種問題で叩かれているトランプ米大統領を刺激する可能性もあるので、世論を見極める必要がある」と語っている。》(東京スポーツ

www.tokyo-sports.co.jp

 さあどうする、ガースー?

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 安倍内閣の一つの負の遺産は、まともな官僚たちをつぶしていったことだ。

 去年、安倍首相主催の「桜を見る会」の招待者名簿を、共産党が資料請求した当日の5月9日に破棄したのはなぜかとの野党の質問に、政府が大型シュレッダーの「順番待ち」でずれ込んでちょうどその日になったと答えたが、誰でもウソと分かるこうした答弁の尻拭いをさせられるのは官僚たちだ。

 野党からの追及に、官僚たちが雁首をそろえ、しどろもどろ、汗だくになってつじつま合わせをさせられる姿を何度みたことか。
 本来の仕事をほっぽって、こんな非生産的かつ犯罪的なことに精力を費やすことを強いられるのでは、官僚のモチベーションは下がる一方だろう。日本にとって大きな損失である。

 発足した菅義偉内閣について聞かれた共産党小池晃書記局長が安倍晋三さんがいない安倍内閣と評したが、的を射た表現に笑った。

 安倍内閣の大番頭だった菅義偉氏は、その先頭に立って意に添わぬ官僚を脅し排除した。だから菅内閣発足で官僚が恐れおののいているという。

 菅氏は自分の最大の実績として「ふるさと納税」導入を誇っているが、これに異を唱えた総務省の平嶋彰英自治税務局長(当時)は自治大学校長に異動になった事務次官候補だった平嶋氏が左遷された形だった。

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報道特集より)

 平嶋氏が「報道特集」の取材に応じて以下のように語っている。

 ふるさと納税について、「消費増税をお願いしている中、中高所得者の節税対策になっているのはおかしい」と意見すると、菅氏から「俺はふるさとに純粋に寄付している人をいっぱい知っている」と言われ、資料も渡したがすぐ返され、俺に文句言うな、という感じだったという。
 ふるさと納税が高価な「返礼品」による納税者の獲得競争になって大きな問題になったのは周知のとおりだ。常識で考えれば、限られたパイを自治体同士で奪い合い、高価な「返礼品」分を自治体が出費するのだから、全体としては純粋な税収分が減ることになる。平嶋氏の意見も十分なりたちうるものだ。

 平嶋氏は言う。
 「最後の決定は政治がする、それはいいと思います。だから私も最後は言うことを聞きました。言うとおりにしたけれど、途中の段階で文句言ったから外すって変ですよね」。
 平嶋氏の左遷人事のあと、省内では「官邸に何言ってもダメ」という雰囲気ができたという。

 退任したあとまで誹謗をやめないしつこさも。元文科事務次官前川喜平氏が、加計学園問題に絡んで「総理の意向」と記した文書を「本物」と認めると、「地位に恋々としがみついていた」と異様な個人攻撃まで菅氏は行った。

 逆に、隠蔽、改竄に唯々諾々と従い、ウソの答弁をした官僚は軒並み出世、栄転した。その結果、公務員倫理をずたずたにしてしまった。

 森友学園問題で文書改竄を強いられ自死に追い込まれた財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんは「公務員倫理カード」を肌身離さずに持っていたという。何度も読み返したらしく、ボロボロになっていたそうだ。

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赤木さんが持っていた国家公務員倫理カードのコピー(報道特集より)

 そこには「倫理行動規準セルフチェック」として以下が記されてある。
 ・国民全体の奉仕者であることを自覚し、公正に職務を執行していますか?
 ・職務や地位を私的利益のために用いていませんか?
 ・国民の疑惑や不信を招くような行為をしていませんか?
 ・公共の利益の増進を目指し、全力を挙げて職務に取り組んでいますか?
 ・勤務時間外でも、公務の信用への影響を認識して行動していますか?

 内閣総理大臣は国家公務員のトップである。
 菅氏は安倍時代の自分をセルフチェックし、負の遺産清算から取り組んでほしい。

朝鮮人虐殺の実態3

 これが「ご祝儀」報道というのか、テレビの新内閣の持ち上げ方は気持ちが悪い。
 「田舎から出てきた苦労人」なら誰でもいいのか?
 モリカケ桜を見る会、赤木俊夫さんの自死・・・みな「問題ない」と解明要求に蓋をして安倍内閣の闇を守り抜き、会見ではまともに答えずに質問妨害までしてきたことを不問にしていいのか。
 「練りに練った人選の内閣」って、どこが?
 それに閣僚紹介に、お見合いじゃあるまいし、趣味や特技を延々と紹介する必要がありますか。

 周庭さんも、日本の報道には首をかしげているよ。

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周庭さんのツイッターより

 自民党のいつもの爺さんたちが顔をそろえて「改革だ」なんていってもなあ。女性閣僚は2人だけで、うち一人はオリンピック用の橋本聖子自民党内に適当な女性議員がいないなら民間から登用すればいいではないか。

 気分転換に、去年末に発足したフィンランド内閣の中心閣僚を観てください。いかにも政治が変わりそうなイメージ。首相はじめ女性閣僚は12人

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 《北欧フィンランドで34歳女性のマリーン前運輸・通信相が現職として世界最年少の首相に就き、話題を呼んでいる。同国では連立5与党のうち3党の党首が30代女性で、マリーン氏を支える閣僚として政権に参画している。》(毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20191217/k00/00m/030/078000c

 そういえば5日のブログで紹介した、チェコを恫喝した中国に毅然と抗議したスロバキアの大統領も女性でした。ズザナ・チャプトヴァー(Zuzana Čaputová)さん、いま47歳。

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チャプトヴァー大統領のツイッターより

 私自身はジジイですが、やる気と良識のある若い人、とくに女性をどんどん政治の舞台に出していきたい。
 このままだと日本はほんとにガラパゴス化してしまいます。
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 きのうに引き続き、内閣府ホームページの「防災情報のページ」に載っている「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1923 関東大震災【第2編】」から。

 関東大震災の際の虐殺は、朝鮮人だけでなく中国人も対象にされていた

 《「大島町事件其他支那人殺傷事件」の綴(レファレンスコードB04013322800)は、外務省内で回覧され大臣、次官をはじめとする関係者の花押が記された文書群である。その冒頭に収録された坪上(貞二)書記官「支那人ニ関スル報道 九月六日警視庁広瀬外事課長直話」には、「九月三日大島町七丁目ニ於テ鮮人放火嫌疑ニ関連シテ、支那人朝鮮人三百名乃至四百名三回ニ亘リ銃殺又ハ撲殺セラレタリ」とある。また、9月21日、亜細亜局「支那人王希天行衛不明ノ件」によれば、「本所大島町付近ニ於テ約三百名ノ支那労働者殺害セラレタル事実ハ、九月十六日、警視総監ノ出渕局長ニ言明(正力官房主事熱心ニ之ヲ裏書セリ)セル所」、と警視庁が外交問題となり得る中国人労働者大量殺害事件としてこの事件を外務省に伝えていたことがわかる。そして、11月8日、亜細亜局出淵(勝次)局長口述とある亜細亜局作成の「王希天問題及大島町事件善後策決定ノ顛末」では「(十一月)七日閣議散会後、内務大臣ヨリ本件ニ付キ相談シ度シトテ外務、司法、陸軍各大臣ノ集合ヲ求メ、四大臣鳩首協議中偶々総理大臣モ参加シテ本件ヲ議シタルガ、結局本件ハ諸般ノ関係上之ヲ徹底的ニ隠蔽スルノ外ナシト決定」したと記録されている。政府首脳は、事件被害者を中国人と理解しながら、公式にはそれを認めないことを決定したのである。》

 中国人の虐殺犠牲者もまた膨大だ。日本政府は、当時の中華民国との外交問題になることを恐れて、これを「徹底的に隠蔽する」ことにした。
 こうした政府の態度は、後世の調査に大きな支障をきたし、正確な犠牲者数を検証することを難しくした。

 さらに、少なからぬ日本人も殺害されていた

 《日本人の殺傷で特異なのは、9月16日の甘粕憲兵大尉による無政府主義者大杉栄とその内妻と甥の殺害事件(甘粕事件、あるいは大杉事件)である。これは、軍隊、警察による殺傷行為としては唯一、犯罪として軍法会議で裁かれ、甘粕大尉ほか1名が有罪判決を受けた。
 亀戸警察署での事件に関して、「刑事事犯等調査書」は、9月4日夜に亀戸警察署構内において自警団員4名と社会主義者10名が喧噪して制止できなかったため、警備にあたっていた軍隊が殺害したと記録する。
 この他、「兵器使用一覧表」には、軍隊による内地人の殺害として、5日に習志野廠舎収容避難民のうち反抗的態度をとった8名を憲兵分隊に護送中、暴行したため全員を刺殺した件及び5日に豊多摩刑務所で囚人の喧噪を鎮めるため1名、6日に逮捕して王子署に護送中の社会主義者のうち暴行に及んだ1名を、それぞれ射殺した件が記載されている。
 「刑事事犯等調査書」には、民間人が朝鮮人と誤認して日本内地人を殺傷した事件として、8つの府県で9月2日から7日までに46件を挙げている。これにより死亡した内地人58名、負傷者31名関係する同日現在の起訴者は187名、起訴猶予者19名である。警視庁の『大正大震火災誌』によれば、このうち東京の1件は朝鮮人を隠匿したとして、内地人を内地人と認識しながら殺害した事件である。》

 社会主義者朝鮮人をかくまった人、日本語の発音がちょっとおかしいことを理由に朝鮮人と疑われた人など、日本人を日本人が殺す事件も数多く起きていた。

 《以上、公的記録を見ても、震災直後に殺傷事件が多発したことは明らかである。そして、これらは殺傷事件の全貌を示そうとした調査ではないので、この他にも殺傷事件が発生していたことは確実である。もちろんすべてではないが、軍、警察、市民ともに例外的とは言い切れない規模で武力や暴力を行使したことは、重く受け止める必要があろう。》

 「軍、警察、市民ともに例外的とは言い切れない規模で武力や暴力を行使した」、つまり大規模な虐殺があったことは内閣府のHPでも明確に認めている。このことをあらためて確認しておきたい。

 さらに、《軍隊や警察、新聞も一時は流言の伝達に寄与し、混乱を増幅した》、《過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく。その上で、流言の発生、そして自然災害とテロの混同が現在も生じ得る事態であることを認識する必要がある》、《時代や地域が変わっても、言語、習慣、信条等の相違により異質性が感じられる人間集団はいかなる社会にも常に存在しており、そのような集団が標的となり得る》として、今後の防災上の教訓にもすべきだとこの文書は指摘している。

 「異質性が感じられる人間集団」への差別、ヘイトスピーチなどをなくしていく日常的な努力をしていきたい。

朝鮮人虐殺の実態2

 報道写真家の石川文洋さんからお手紙をいただいた。それに写真展の招待券が同封されていた。

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 「80歳の列島あるき旅 石川文洋写真展 フクシマ、沖縄・・・3500キロ」。一昨年から去年にかけて日本列島を縦断したさいに撮った写真を10月3日から12月20日までニュースパーク(日本新聞博物館)で展示するという。

 文洋さんは82歳を過ぎたが、お手紙には、元気で毎日家で(お酒を)飲んでいると書かれてあった。壮健なご様子でなによりです。
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 9月8日のブログで関東大震災の際の朝鮮人虐殺について実態を知ろうと書いた。さまざまな研究があるが、ここでは日本政府が出している公的な評価を紹介しよう。

 内閣府ホームページの「防災情報のページ」に載っている「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1923 関東大震災【第2編】」の「第4章 混乱による被害の拡大 第2節 殺傷事件の発生」から何か所か抜粋する。
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/19_chap4-2.pdf

 《関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった。加害者の形態は官憲によるものから官憲が保護している被害者を官憲の抵抗を排除して民間人が殺害したものまで多様である。また、横浜を中心に武器を携え、あるいは武力行使の威嚇を伴う略奪も行われた。
 殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない。また、殺傷事件を中心とする混乱が救護活動を妨げた、あるいは救護にあてることができたはずの資源を空費させた影響も大きかった。自然災害がこれほどの規模で人為的な殺傷行為を誘発した例は日本の災害史上、他に確認できず、大規模災害時に発生した最悪の事態として、今後の防災活動においても念頭に置く必要がある。》

 ここでは犠牲者の数を「震災による死者数の1~数パーセント」としている。震災でおよそ10万人が犠牲になったとされるから、虐殺された人の数は千人単位となる。

 《軍や警察の公的記録では作業量が大きかった朝鮮人の保護、収容が強調されるが、特に3日までは軍や警察による朝鮮人殺傷が発生していたことが東京都公文書館所蔵の「関東戒厳司令部詳報」の「震災警備ノ為兵器ヲ使用セル一覧表」(略)から確認できる。
 戒厳司令部が陸軍各部隊からの報告に基づいて作成したこの史料では、軍隊の歩哨や護送兵の任務遂行上のやむを得ない処置として11件53名の朝鮮人殺害が記録されている。一方、警察の記録で警察関係者による朝鮮人殺傷は確認できない。しかし、「兵器使用一覧表」には次のような叙述がある。3日午後に野戦重砲兵第一連隊の兵卒3名が洲崎警察署の要請で巡査5名とともに朝鮮人約30名を移送中、永代橋付近で彼らが逃亡した。隅田川に飛び込んだ17名を巡査の依頼で兵卒が射殺したが、この際飛び込まずに逃亡しようとした他の朝鮮人は「多数の避難民及び警官の為めに打殺せられたり」。これにより、巡査と民間人が共同しての殺傷行動があり、それは警視庁の公刊の記録に記載されなかったことがわかる。》

 軍や警察の記録には、朝鮮人を保護、収容したことが強調され、殺害した事実はごくわずかしか記載されなかったという。
 では自警団など民間人による殺害については―

 《民間人による殺傷行動についての官庁資料で最も網羅的なものは、震災直後に内務大臣を務めた後藤新平の文書中に残る「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」》で、1923(大正12)年11月15日現在の調査結果を中心に、司法省が作成したものだ。ただし、《この資料に挙げられた朝鮮人殺傷事件は、「犯罪行為に因り殺傷せられたるものにして明確に認め得べきもの」として起訴された事件だけであり、朝鮮人が受けた迫害としては一部分にとどまる9月2日から6日までに発生した53件の事件で、合わせて朝鮮人233名を殺害し、42名に創傷を負わせたことにより、11月15日現在、367名が起訴されていた。
 《埼玉県と群馬県で警察官による護送中、あるいは警察署内に保護されている朝鮮人を襲撃して殺害した5件(死者約81名、本庄警察署、熊谷町、神保原町、寄居警察署、藤岡警察署)で全関係者を検挙するのではなく、官憲に対して挑戦的であった事件を重点的に検挙・起訴したのである。》

 民間人による殺害についても、「官憲に対して挑戦的であった事件」だけを起訴したという。

 《朝鮮人被殺害者数の全体について、朝鮮総督府の記録によれば、10月22日現在、内務省朝鮮人被殺人員」を約248名と把握していた。しかし、朝鮮総督府東京出張員はこれを前提に「内査したる見込数」として、東京約300、神奈川約180、埼玉166、栃木約30、群馬約40、千葉89、茨城5、長野3の合計約813名を挙げている。(略)内務省の把握が部分的であることは、当時の植民地官僚の目にも明らかだったのである。その後、総督府は震災による朝鮮人の死者・行方不明者を832名と把握して、1人200円の弔慰金を遺族に支給した。(略)この際、死亡が災害の直接の結果か、殺傷事件によるものかは区別していない。しかし、日本人の死者、行方不明者へ一律で配布されたのが御下賜金の1人16円であったことと対比すれば、200円という金額は政府が朝鮮人の被災を特異なものと捉えられていたことを示している。》

 つまり、内務省の挙げた数字は過少だとして、朝鮮総督府の官僚が調べ直し、朝鮮人の虐殺犠牲者数を約832名とした。そして、日本人の震災での死者には16円の「御下賜金」が配布されたのに対して、朝鮮人犠牲者には200円の弔慰金が遺族に支給されている。当時の政府の立場からすれば、あってはならない事態が起き、急いでその収拾にかかったわけである。

(つづく)

大坂なおみのメッセージをどう受け取るか

 きのうまで富山県に行っていた。

 つれあいの両親が富山出身で、数年ぶりに義父母のお墓参りをしてきた。ついでに、これまで行く機会がなかった立山黒部アルペンルートを訪ねて、すばらしい自然に触れることができた。

 初めて行って感心したのは、ケーブルカー、バスを乗り継いで標高2450mの立山室堂(むろどう)まで行けてしまうこと。そこで高山の絶景や動植物が見られるのだから、観光地として人気が出るのは当然だ。海外からのツアー客も多く、去年のインバウンド客は24万人(うち台湾からが12万5千人)もあった。ちなみに山形県は県全体でインバウンド客が12万人だから、立山黒部の人気の大きさが分かる。

 室堂の山荘に泊まったのだが、今年はコロナ禍でインバウンドは全滅、夏の観光シーズンにもかかわらずガラガラだった。

 ここは大宝元年(701年)開山で、神仏習合山岳信仰の修行場の伝統があり、地名にも浄土山、弥陀ヶ原、称名滝、大日岳などそれらしいものが並ぶ。極楽と地獄の両方が見えると信じられたそうで、たしかに優しさと厳しさがあり、しかもともに実に美しい。

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雪渓の見える雄山からの雄大な風景。地球の創造まで思いが広がっていく

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極楽のような優しさも

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「地獄谷」の荒涼とした風景も

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近年、火山ガス濃度が上がって下には降りられない

 室堂だけを散歩しても感動的なのだが、せっかくなので、今回は3003mの雄山(おやま)まで登った。山荘がそもそも2450mだから標高で500mと少しだけ登ればよい。若い女性や団塊の世代のグループが多く、まあ登山というよりハイキングといった感じだ。高度が上がるにつれ、スケールの大きな自然の美しさに圧倒された。

 欲を出してさらに修験者(山伏)が使っていたという、ぐるりと尾根をめぐる「大走り」コースを進んだ。ところが長い急な下り坂で、激しい土砂降りにあい、道に雨水が流れ込み「沢」になった。どんどん水量が増して大きな石がゴロゴロと流れ、危険な状態に。地図を見たら「急坂足元悪し」「悪天候時、沢増水注意」と書いてあった。 

 「沢」となった道をよろけて何度も転びそうになりながら雷鳥沢まで下山したときには疲労困憊だった。

 山形には鳥海山や月山、蔵王山など日本百名山に六座もあるのに、私は登山をやったことがない。取材で山に行ったといえば、日航機が墜ちた御巣鷹の尾根、北朝鮮と中国国境の白頭山(2,744m)くらいか。3000m超のところは初めてで、いい経験になった。年寄りの冷や水と言われない程度に今後も山登りを楽しみたい。
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 テニスの全米オープン女子シングルスで2年ぶりに優勝した大坂なおみが、人種差別への抗議を訴えて高く評価されている

 世界から注目される大舞台、コート上のプレイだけでもものすごいプレッシャーだったろうに、たった一人で差別撤廃のメッセージを送り続けたのすごい。ほんとうに尊敬に値する。かっこいい。
 彼女は、もともとは「シャイ」だったというが、今回の行動で心に強い芯ができたように見える。

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決勝の日(大坂のツイッターより)

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決勝までに6人、計7人の名前を書いたマスクをつけた(TBSより)

 決勝に登場した時つけたマスクには「TAMIR RICE」と書かれていた。
 タミル・ライスさんは当時12歳。2014年11月、オハイオ州の公園でおもちゃの銃で遊んでいたところ通報され、現場に駆けつけた警察官が、到着してすぐに発砲。ライスさんは死亡し警官は不起訴になった。

 

 ニューヨーク・タイムズ紙のデビッド・ワルドステイン記者(57)は、アスリートが政治的発言をできるようになった社会の変化を指摘し、大坂の覚悟に支持を示した

news.goo.ne.jp

 《私は、ニューヨークのスポーツ記者として、今回の大坂なおみの行動を支持する。5月にミネアポリスで起きたジョージ・フロイドさんの死は、NBAをはじめ、複数の競技のプロアスリートたちの目を覚ました。声を出すべきだと。そして、団結の輪が広がった。全米オープンという世界中が注目する舞台だったことが大きい。テニス好きな子供たちにも伝わった。子供はスポーツヒーローの言うことは夢中になって聞く。影響力は大きい。

 かつてアスリートが、人種問題が絡んだ政治的発言をすることは大きなリスクがあった。1960年代、ムハマド・アリは徴兵を拒否し収監された。68年メキシコ五輪の表彰台で黒い手袋をして拳を突き上げたトミー・スミスとジョン・カーロスは、五輪から追放された。しかし、今はそうではない。多人種国家で、さまざまな異なる考え方が混在する米国でも、多くの人がなおみの行動を支持している。もし早々と負けていれば、ここまで話題にならなかっただろう。優勝してチャンピオンになったから、メッセージが脚光を浴びた。
(略)
 今回、なおみが黒人犠牲者の名前が入った7つのマスクをつけたことは、日本でも報道されたと聞く。スポーツの場で政治的発言をすれば、当然、批判の声もある。それでも、彼女は母親の母国である日本の人たちにもこの問題を考えてほしかったのではないか。

 NBAはリーグとして、黒人差別に対する一連の抗議行動を支持するなど、時代は変わりつつある。セリーナ・ウィリアムズの後を継ぐ女子テニス界のけん引者は、今回のことで、米国スポーツ界でよりリスペクトされる存在になったと思う。》

 

 アメリカはじめ海外では、新たな「英雄」の出現とみなされている。

 一方、日本では、大坂なおみへの激しいバッシングが見られた。

 以下、すこし長いが、ライターの堂本かおる氏の記事から。

 《「感情を揺さぶられた1週間でした」

 8月26日、大坂なおみ選手はその3日前にウィスコンシン州で起こった警官による黒人男性銃撃事件への抗議として、ニューヨークで開催中だったエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝戦を棄権すると表明した。翌日、主催者側がBLMムーヴメントに賛同して試合の延期を決定したことにより大坂選手は棄権を取り消し、28日に設定された試合に臨んだ。

 大坂選手は試合には勝ったものの、試合中に左太ももの裏を痛めた。上記はそれを理由に決勝戦辞退を決めた29日の言葉だ。


 銃撃事件とそれに対する抗議デモが全米各地で起き、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)などの試合ボイコットが表明された。アメリカ中が揺れていた。その渦中にあって自分は黒人としてどう振る舞うべきか。迷い、悩み、決断し、支援と同時に批判もされた辛い一週間だったに違いない

 当初の棄権表明に対し、日本では凄まじい批判、非難が巻き起こった。批判にはあらゆる理由がみられたが、顕著だったのは「日本人なのに黒人問題を理由に棄権することが理解できない」という、国籍と人種を混同したものだった

 大坂選手を巡る国籍と人種の混同、および多重アイデンティティへの無理解は、2019年に起きた日清のCM騒動の際にもみられた。アニメ化された大坂選手の肌が本人よりはるかに白く塗られていた件だ。

 あの時も「日本人」には国籍、人種民族、言語、出生地、生育地などの組み合わせが無数にあり、大坂選手であれば「日本人」「黒人」「アメリカ人」「ハイチ人」「アジア人」「ミックス(ハーフ)」など多種のアイデンティティを持っているであろうことが盛んに語られた。

 もっとも、実際に大坂選手が上記の、または上記以外のどれを、幾つ、自身のアイデンティティとしているのか、それは本人のみが知ることだ。また、多重アイデンティティを持つ人はおかれた場面により、どれが最も強く出るかが変わる。

 今回、度重なる黒人への警察暴力事件に、大坂選手の黒人としてのアイデンティティが強く反応したことは言うまでもない。棄権を伝えるメッセージの中で「私はアスリートである前に黒人女性」と明言。棄権を取り消し、試合会場に臨む際には、振り上げた拳のイラストに「Black Lives Matter」と書かれた黒いTシャツを着ていた。

 このように今回の一連の言動の中で大坂選手は自身を「黒人」であるとしたが、「日本人ではない」とは一度も口にしていない。黒人であることと日本人であることは並存するからだ。
 「日本人なのに」に次いで見られたのが、「スポーツに政治を持ち込むな」「プロなら仕事を全うしろ」「周囲に迷惑をかけるな」だった。これらは人種差別の深刻さを理解しない者が、社会的に不利な立場にあるマイノリティの主張を和を乱すものと捉え、歯を食いしばって耐えろ、そうすれば乗り越えられると精神論で諭すものだ。オーソリティ(権威や権力)に逆らえない付和雷同社会に生き、教え込まれた勤勉文化を最も尊いものとする自身の姿を省みる余地は、そこには見られない。

 アメリカとて平時は上記3つのどれもが当たり前である。特に巨額の収入を得る代償として成績が振るわなければ解雇やランク外となるスポーツ選手は「仕事の全う」に全力を注ぐ。ただし、それは「時と場合による」のである。

 人種差別はプロ意識以前の、人間の在り方そのものに関わる問題であり、特に警察による黒人への暴力は命を奪い取るものだ。同胞が次々と命を落としていく中、「プロだから」「ファンへの迷惑になるから」と声を上げず、社会改革を訴えないアスリートは、では、スポーツ・ファンに一体何を伝えようとしているのか。(以下略)》(文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/40013

 勇気をもって主張しても少数なら「出る杭は打たれる」で叩かれ、「寄らば大樹」とばかり大勢になびく今の日本の風潮が、今回の自民党総裁選や急激な自民党支持率の回復にもみられるように思う。

 優勝後のインタビューで7つのマスクについて聞かれると、大坂なおみは「あなたが受け取ったメッセージは何でしたか?メッセージをあなた方がどのように受け取ったかに興味があります。話し合いが起きれば良いと。USオープン会場の外で起きていることについては詳しくないですが、より多くの人がこのことを語る(きっかけになる)といいと思います」と語ったという。

 これは、ワルドステイン記者も指摘しているように、日本人を意識して答えているのではないかと思えてならない。

 私たちは大坂なおみのメッセージをどう受け取ったのだろうか?