欧州を揺さぶるロシアへの警戒感

 ふと気づくと、啓蟄も終わりに近づいている。

 初候「蟄虫啓戸(すごもりのむし、とをひらく)」、次候「桃始笑(もも、はじめてさく)」を過ぎて今は末候「菜虫化蝶(なむし、ちょうとなる)」。

アシビ(小金井市の八重垣稲荷神社)

 きのう今日はさすがに暖かい。20日はいよいよ春分だ。桜も咲きはじめた。年を取ると加速度的に時間がはやくなるというが、一年経つのがほんとにはやい。

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 ガザでは食糧危機が進み、人口220万人中、50万人がフェーズ5(最悪)の「飢饉」状態になり、赤ちゃんの3割が栄養失調で、どんどん亡くなっているという。

TBSサンデーモーニング17日放送より

 イスラエル軍は、ラマダン中で日没後、家族が集まっているところを狙って空爆。国連の配給施設を攻撃し職員を殺し、配給を待っていた人々に銃撃して21人を殺害している。食糧はじめ人道支援物資の搬入をイスラエルが止めて飢餓を意図的に作り出していることは紛れもない犯罪だ。

 この地獄のような状況のなか、ネタニヤフ首相は140万人が避難しているラファへの地上侵攻計画を承認した。

 日本はイスラエルには断交覚悟の強い姿勢で抗議し、イスラエルに軍事支援するアメリカにも抗議すべきだ。傍観は罪である。
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 きのうはウクライナの戦争が私たちに問いかけるもの~日本人は危機の時代をどう生きるのか」と題してZOOM講演をした。これは私もお世話になったAFSという留学機関の「友の会」が主催なのだが、FBなどで広報したら希望者が増え、参加者はピークで100人を超え90人以上が最後まで聞いてくれた。ウクライナへの関心が低下しているなか、今後も講演を続けていこう。

 『中村哲という希望』のおかげで、中村先生の関連の講演依頼も増えてきた。

 20日には名古屋で『中村哲の仕事 働くということ』の上映会で講演に呼ばれている。10:00~、14:00~の2回で私の講演は14時の会の上映後。場所はウィンクあいち小ホール2(JR名古屋駅近く)。
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 ロシアで大統領選挙が行われている。

 クリミアはもちろん、ロシアが「併合」したとするウクライナの部・南部4州(ドネツク州、ルガンスク州ザポリージャ州、ヘルソン州)でも投票が行われたという。既成事実化が進み、今後徴兵を実施してウクライナ人同士を戦わせることも懸念される。

 一方、ロシアへの警戒が欧州を揺さぶっている。

 12日から行われているNATO軍事演習は冷戦終結後最大規模で、9万人以上の兵士と1,100両以上の戦闘車両が参加するという。日本の航空自衛隊も参加する。

 デンマークではフレデリクセン首相が13日、女性を徴兵対象にする方針を発表した。

 欧州ではノルウェースウェーデンに次いで3カ国目となる。ロシアのウクライナ侵略をにらんだ国防強化策の一環で、26年に導入する。デンマークでは現在、徴兵の対象は18歳以上の男性のみだが、「男女平等」にしたうえで、 徴兵期間も4カ月から11カ月に延長するという。

 さらにモルドバのサンドゥ大統領が7日、フランスとの防衛協定に署名した。

サンドゥ大統領は会見で「侵略者を止めなければ、侵略者は進み続け、前線は近づき続ける」と述べた。

 ウクライナと接するモルドバを巡って、ロシアが情勢不安定化工作を再開させていると懸念が高まっている。防衛協定は訓練や定期的な協議、情報共有のための法的枠組みを定めている。

 サンドゥ大統領になってモルドバは親欧州路線が強まり、ウクライナ戦争以降、ロシアとの関係が一段と悪化している。モルドバ東部の沿ドニエストル共和国は親ロシア派勢力が約30年間実効支配しており、ロシアが軍を駐留させている。沿ドニエストル共和国の議会は先月、モルドバ中央政府の圧迫からの保護をロシア側に要請する決議を採択した。

 欧州は大変な時代になってきた。プーチンが大統領に再選されたあと、どんな動きをするか、欧州で起きる事態に注目しなければ。ウクライナをめぐる状況もそれによって変化していく。

私がここにいるわけ その2③

 プーチン大統領が核の脅しを公言するなか、ウクライナの隣国、モルドバで怪しい動きが・・。

 ロシアの大統領選挙を前に、2月29日、プーチン大統領、内政や外交の基本方針を示す年次教書演説を行い、ウクライナでの戦闘を「国民の主権と安全を守るため」だとして侵攻を続けると表明、さらに「戦略核兵器は確実に使用できる準備が整っている」と世界を脅迫している。

NHK国際報道より

 その一方で、ウクライナの隣の旧ソ連構成国のモルドバで、国内の親ロシア派が相次いでロシアに「保護」を求める動きをみせている。

 2月28日、モルドバ東部を実効支配する親ロシア派勢力沿ドニエストル共和国(国際的には独立国と認められていない)の議会が「モルドバ政府から圧力を受けている」として、ロシアに「保護」を要請した。沿ドニエストル共和国」は1990年にモルドバからの独立を一方的に宣言した地域で、20万人以上のロシア系住民が暮らし、ロシア軍も駐留している。

NHK国際報道より

沿ドニエストル地方はウクライナモルドバに挟まれた地域

 モルドバ政府の報道官は「沿ドニエストル地方で緊張など高まっていない。プロパガンダに過ぎない」と反論している。

 また、親ロシアを掲げるモルドバ南部「ガガウズ自治共和国のグツル首長も3月6日、ロシア南部のソチでプーチン大統領と会談、モルドバからの圧力を理由に支援を求めた。ガガウズ民族が住むこの自治区は、モルドバ中央政府EU加盟路線に反対しており、強い親ロシア路線を採っている。

ガウス地方。自治共和国として大きな自治を認められている

 アメリカのシンクタンク戦争研究所は、EU=ヨーロッパ連合への加盟を目指すモルドバを揺さぶるための“ハイブリッド作戦”として、「ロシアが2つの地域を利用しようとしている」と指摘しているが、それだけなのか。

 ロシアはこれまで、ロシア系住民や親ロシア派住民が抑圧されているなどの理由をつけて他国への軍事侵攻を繰り返してきた。沿ドニエストル地方はウクライナと接しており、不気味な動きとして警戒する必要がある。

 モルドバの危機感は強い。モルドバ共和国のサンドゥ大統領は7日、フランスでマクロン大統領と会談、両国の防衛協力に関する協定を締結した。サンドゥ氏は「ロシアがモルドバの民主主義を弱体化させようとしている」と指摘し、欧米への接近を図ることでロシアの脅威に対抗していく姿勢を改めて示した。

 要注目。
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「私たちがここにいるわけ~高校生に語るコスモロジーつづき。

《なぜ人を殺してはいけないのか?》

 さらに言うと、日本人は、人として何をしていいか、してはいけないかという倫理もあいまいになっている。宙くん、「なぜ人を殺してはいけないか」、答えられる?

 あるテレビの特別番組で、スタジオに高校生を招いて戦争について語り合う生放送があった。そこで茶髪の高校生が、「なぜ人を殺してはいけないのか分からない」と発言して議論になった。で結局、スタジオにいた著名な識者たちが誰も答えられなかったんだ。これは大きな話題になって、雑誌が特集を組んだり、その題名の本が何冊も出たりした。

 なぜ人を殺してはいけないかがわからないとなると、もう倫理というものが成り立たなくなっちゃうね。

 今の日本では、倫理とか道徳を語ること自体が、かっこ悪いことのように思われてるけど、最近の犯罪を見てると、ときどきゾッとすることがある。2000年代には「人を殺してみたかった」、「人を解剖してみたかった」とまるで実験でもするかのような感覚で殺人をする若者が出てきている。昔なら、犯罪というといわゆる不良の犯行だったのが、遊びのように人を殺す最近の殺人犯が、はた目にはごく普通の“いい子”だったりする。不気味で背筋が寒くなるよ。

コスモロジーとは》

 実はこうやってぼくが宙くんに毎回話をしているのは、宙くんに心が健康で元気になるコスモロジーを持ってほしいと思ってるからなんだ。“コスモロジー”って耳慣れない言葉だと思うけど、「世界がどういう秩序になっているかということを語る言葉の体系」だといわれてる。ぼくたちの人生観のベースになる、この世の中がどういう成り立ちでできているかという世界認識のことなんだ。ぼくたちはコシモロジーにもとづいて、生き方を決めていく。え、そんな難しいこと考えないって? いやいや、人はだれも、意識しなくても何らかのコスモロジーがあるはずだよ。

 これまでの長い人類の歩みのなかで、コスモロジーは伝統的に宗教が担ってきた。例えば、キリスト教の場合だったら、コスモロジーはこうなる。

 まず人はどこから来たのか? それは神が自分の姿に似せてつくってこの世に送り出したとされる。人はどう生きるべきか? これの答えは、人はこの世に神の国を実現するために生きるということになる。そして、死んだら神の元へ帰る、具体的には世界が終わる時、すべての人が神の審判を受け、生前の行いによって永遠の命の国に行くか地獄行きになるか決められる。神という絶対のものに支えられてるコスモロジーだよね。

 キリスト教を信じる人なら、このコスモロジーで、人が生きて死んでいく意味は何か、何のために生きているのか、そういう根本的な人生の問いにちゃんと答えられる。なぜ人を殺してはいけないのか?と問われれば、神の子同士が殺しあうなんて神が許さないし、最後の審判で地獄行きになっちゃうから、とはっきりした理由がある。だから、人は安心して生きて死んでいけたし、たしかな倫理感を生き方の指針にすることができた。

 でも、こうした伝統的・宗教的コスモロジーは、近代の合理主義によってだんだん崩されていく。宙くんも歴史の授業で教わったと思うけど、近代科学がキリスト教の教義とぶつかったんだ。キリスト教側からの反発は激しく、地動説をとなえて火あぶりの刑になった人もいたし、進化論も教会に弾圧された。でも結局、科学が勝利して、しだいに伝統的・宗教的コスモロジ―に替って、近代合理主義のコスモロジーが登場してきた。それによると「神はいない。人間とモノだけがある」となって人を超える絶対のものがなくなってしまう。すると「自分の存在には絶対の意味はない」し、倫理なんてその時代その時代に人が勝手に作ったものに過ぎない、「絶対的な倫理はない」となってくる。この世に絶対の意味はないという考えをニヒリズムという。でも、生きてる生身の自分が楽しい悲しい、おいしいまずいと感じるのはたしかだから、自分の快不快を基準に生きるエゴイズム、快楽主義に行き着く。結果、人が生きて死んでいく意味がわからなくなっているというのが、近代合理主義のコスモロジ―の決定的な欠陥だと思う。

(つづく)

私がここにいるわけ その2②

 お知らせです。ウクライナ取材のZOOM報告会をやります。関心のある方はどうぞ。無料です。

★AFS友の会「ZOOMネットワーキング3月の集い」へのお誘い★
ウクライナの戦争が私たちに問いかけるもの~日本人は危機の時代をどう生きるのか」
■ 講師: 高世 仁さん
■ 日時: 2024年3月14日(木) 20:00~21:30
■ 会場: ZOOM オンライン
*参加申し込みされた方にはミーティングIDをお送りします。
■ 参加費: 無料
■ お申し込みは下記ウェブページよりお願いいたします。
    申し込む (https://bit.ly/3uMrKOv
    「tomo@afs.or.jp(共有なし)アカウントを切り替える*必須」 という表示が出てきますが、この表示は無視して下のお申し込み画面に進んでください。
■ 申込締め切り: 2024年3月13日(水)
■ 主催: AFS友の会

 

 ウクライナでは、戦争遂行のために民間の寄付を募る動きがさかんになっている。

 私は昨年10月に現地を取材して、ウクライナが世界第二の軍事大国に屈しないで戦えるのは国民の士気以外には、国際支援とボランティアによる支援だと思った。欧米からの支援が激減するいま、もう一つの柱により多く頼らざるを得ないのだろう。

 弱体なウクライナの航空戦力を補ってきたのがドローン(無人飛行機)だ。ロシアによる軍事侵攻直後、首都キーウの近郊まで攻め込んできたロシア軍を撃退し押し返すことができたのは、ドローンの貢献が大きかったといわれる。昨年の取材で、前線部隊がドローンをNGOから贈られたという例を知ったが、SNSでさらなる寄付を呼びかける兵士も出てきたという。

SNSでドローンの装備品などを購入するための寄付を前線の兵士みずからが呼びかける動きが拡がっているという。ドローン戦には、飛行の長距離化、映像の画質の向上、妨害電波への対処など不断の改良が求められる。(NHK国際報道より)

 ただ先日ZOOMで交流したマックスというボランティアは、戦争が長引き、ウクライナ経済の厳しさが続くなか、カンパを集めるのはより困難になっているという。交流会に参加してくれた人たちから寄せられたカンパを3日前にウクライナに送金したが、大変喜ばれた。「いまのウクライナには、額の大小にかかわらず、どんな寄付でも貴重です」と返信がきた。支援を続けたい。
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 自転車で近くの川沿いの道を通りかかったら、早咲きの桜が満開だった。寒い日が続くが、確実に春が近づいてきている。

東村山浄水場近くの空堀川沿い。たぶん河津桜(筆者撮影)

 「私がここにいるわけ~高校生に語るコスモロジーのつづき。

《人生の目的は「自分が幸せになる」ためか》

 きょうはいい機会だから、ぼくが何のために138億年前のビッグバンで宇宙がはじまってからの話を延々と宙くんに語っているのか、そもそもの話をしようか。

 はじめに宙くんに質問。「この世でいちばん大事なもの」は何だと思う?
 そうか、宙くんは「自分がいちばん大事」なのか。それ以外の答えなんて考えられない、みんな、そう思ってるはずだって? そうかな。

 じゃあ次の質問。「人生の目的は、自分が幸せになることにある」。これはどう?

 その通りだと思うんだね。「楽しくなければ人生じゃない」という考え方は? これも賛成、なるほど。宙くんの友だちもそう思ってるんだね。

 宙くんはそういう考え方は、ごくあたりまえで、世界中みんな同じだと思ってない? 実はさっきの人助けの調査のように、あたりまえじゃなくて、日本は特別なんだ。そしてね、同じ日本でも昔はそうじゃなかった。たとえば、ぼくくらいの世代だと、子ども時代に「この世でいちばんn大事なのは自分だ」と言う人は、あまりいなかったと思う。それ言ったら、ちょっと恥ずかしい感じがしたはず。これが戦前、第二次世界大戦前の日本、例えば明治時代なら、いちばん大事なのは「家(いえ)」とか「国」とか「村」という答えになっただろうね。もっと前だと、家の名誉を守るために切腹したり、なんていうのを時代劇で見たことあるでしょ。“自分”より大事にするものがあったんだ。

 そんなのかわいそう、今の時代に生まれてよかった、と思うかもしれないけど、ぼくが言いたいのは、価値観の根本のところが時代によっても違ってるってことなんだ。いまの宙くんの価値観、人生観は、世界であたりまえでもなければ、日本人が時代を超えて持ち続けてきたものでもない。こういうのを"相対化“するっていうんだけど、頭を柔軟にして、別の価値観、人生観があるということを想像してみてほしい。 

 そしてね、大事なのは、今の日本でほとんどの人が持ってる「私がいちばん」という考え方だと、心が元気にならない。宙くんたち十代の若者の死因を調べると、自殺が1位なのは主要国では日本だけ(注1)。日本の若者が、自己肯定感、つまり自分は今の自分でいいんだと自分に自信を持つ感覚がとても弱いのは、国際調査でもはっきり出ているんだ。子どもだけでなく、大人もそうで、日本人は総自信喪失状態で総“うつ”状態。ちょっと言い過ぎかな(笑)。さっきの国際調査でわかるように、人に対する"やさしさ“も持てなくなってる

 ぼくは外国出張から日本に帰ると、笑顔が少ないなと感じる。カンボジアに住むぼくの友人が、東京のデパートでカンボジアシルクの手織りを実演することになった。そこで、カンボジアの田舎に住む、織りの名手のおばあちゃんを日本に呼んできた。山手線で移動中に、おばあちゃんが友人に不思議そうに尋ねた。「なんで、みんな怒ってるの?」って。電車の中は、むっつり押し黙っている人々ばかりで、おばあちゃんにはみんな怒ってるように見えたんだって。そのくらい、日本から笑顔が消えてる。

(つづく)

私がここにいるわけ その2①

 国連は、ガザの人口の4分の1が飢餓寸前の状況にあると警告し、実際に子どもたちが次々に餓死している。

 一刻もはやく食糧をはじめ支援物資を人々に手渡さなくてはならないのだが、先週には支援物資を積んだ車列に近づいた100人以上が命を奪われた。現場の人の証言ではイスラエル軍が発砲してきたという。どんな意図かは不明だが、結果として支援物資を受け取ることを妨害した。

 アメリカなどは、支援物資を空から投下しているが、人道支援団体は、この方法は需要の急増に応えるものではないという。

 ついにアメリカはガザの海岸に港・桟橋を造って海上の船から支援物資を運ぶと発表。これにより、食料、水、医薬品、一時的なシェルターなどを積んだ大型船が停泊できるようになり、パレスチナ人への人道支援は1日あたり「トラック数百台分増える」という。だが、埠頭の設置には「数週間」かかるそうで、このプロジェクトが成功するかどうかは分からない。アメリカがそんなことまでやるくらいなら、国連安保理の停戦決議に拒否権など使うなよと言いたい。

ガザ地区に海岸があることは意外に知られていないが、海水浴や釣りはガザの人々の主なレジャーの一つだ(BBCより)

 飢餓発生にもっとも責任があるのはもちろんイスラエルだ。停戦しなくとも、検問所からの物資搬入を増やせばいいだけなのに、それを人為的に止めているのだ

ワリード・アリ・シアム氏(左)Wikipediaより

 駐日パレスチナ常駐総代表部代表、ワリード・アリ・シアム氏のXには、イスラエル人がトラックの搬入を阻止する様子が動画で出ている。

ワリード氏のXより

 食料の権利に関する国連特別報告者のマイケル・ファクリ氏は7日、国連人権理事会で、イスラエルを「ガザのパレスチナ人に対して飢餓キャンペーン」を展開していると非難。各国に向けて、「ガザでの飢餓の映像は耐え難いが、あなたたちは何もしていない」と訴えた。

 イスラエルは意図的に支援物資をブロックして、銃弾によってだけではなく、飢餓という手段でもパレスチナ人を殺害しようとしている。言葉の真の意味でのジェノサイドだ。
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 私は、今の日本人の価値観が急激にニヒリズム、エゴイズム、刹那主義に傾いていくのを何とかしたいと思い、新たなコスモロジーを創造し広めるにはどうすればよいか模索してきた。いろんなところで講演したり、ワークショップに参加したりして工夫を重ねている。その一つの試みとして、いま私が参加する「サングラハ教育・心理研究所」の会報に「私がここにいるわけ~高校生に語るコスモロジーという記事を連載している。

 takase.hatenablog.jp

 

 以前、本ブログで第1回を紹介したが、今回は、私の意図が直截に書いてある第7回から抜粋して紹介しよう。

 

 宙くん、新年おめでとう。といっても元旦から能登半島の大地震で、大変なことになっているね。パレスチナのガザでは恐ろしい虐殺が止まらないし、いたたまれない気持ちになる。

 テレビをつけると落ちこんじゃうから、なるべくニュースは見ないようにしてるって?そうか、宙くん、繊細なとこあるからな。
人の不幸に心を痛めるのは人として大事なことなんだけど、感情移入しすぎて「うつ」にならないようにしよう。それって不幸な人を一人増やすだけで何の足しにもならないから。それより、宙くんができることを探してやってみたらどうかな。たとえば、お小遣いから寄付してみるとか。友だちとディズニーランドで遊ぶくらいのお金をさ。

《日本人が"やさしい“のは幻想?》

 寄付で思い出したんだけど、人助けの世界ランキングの話をしようか。イギリスの慈善団体が、過去一カ月に、①見知らぬ人を助けたか、②慈善活動に寄付をしたか、③ボランティア活動をしたかの3項目を世界各国で質問して、その回答を毎年ランク付けしている。「世界寄付指数」(World Giving Index)っていうんだけど、順位の高い方がより人助けをする国ということになる。宙くん、日本はどのあたりにくると思う?

 平和を愛するやさしい国民だから上位にくるって? たしかに、「地球にやさしい」とか「お肌にやさしい」とか、日本人、"やさしい“のが好きだよね。

 あのね、2023年版(調査は22年秋)のランキングでは、142カ国中139位。ガーン!ビリから4番目なんだ。世界には、内戦が続いてたり、飢死する人がいたりする国もある。明日のご飯を食べられるか分からない人が人助けするのは難しいよね。だから、比較的暮らしに余裕のある先進国の日本が、カンボジア(136位)やアフガニスタン(137位)より下の最下位すれすれって、すごく恥ずかしい。実は2021年度には、日本がほんとの最下位だったんだ。

 2010年以降のランキングをずっと見てったら、日本の順位がいちばん高くなったのは2012年。そう、その前年の2011年の3月に東日本大震災があった。宙くんは小さかったから覚えてないだろうけど、東北を助けようとたくさんのボランティアが被災地に入ったり、あっちこっちで寄付を募ったり、"絆“という言葉や「花は咲く」なんて復興ソングが広がったりして、日本が一丸となって「助け合おう」という雰囲気があった。調査はその年の10月、支援ムードが盛んだったころに行われた。で、日本のランキングはというと、145カ国中85位。あれだけ盛り上がっても、世界では下の方なんだ。これ見ると考えこんじゃうよ。

 ちなみに最近は6年連続でインドネシアが1位。豊かな先進国でもないのになんで? と興味をひかれるけど、その話はまた今度。

 ついでにもう一つ、宙くんをがっかりさせる調査結果があるんだ。アメリカのPew Research Centerという機関が、「政府は貧しい人々の面倒を見るべきか」という質問を世界47カ国でやったんだ。この質問に「同意する」、つまり面倒を見るべきだと答えた人の割合が、日本は59%で世界最下位だった。最も高かったのはスペインで96%。その他、イギリスが91%、中国は90%、韓国は87%だった。

 ということはね、さっきの結果と合わせると、日本人は、自分で他人を助けないだけでなく、貧しい人を政府が助けることにも4割以上が反対してるということになる。ひどいね。めっちゃ冷酷。ぼくもその日本人の一人として、ほんとに恥ずかしいよ。

 ぼくたちは、いまの自分たちのありようが"フツー”であたりまえと思っているけど、こうして他の文化圏や他の民族と比べることで、はじめて自分が何者かを知ることができる。結果、世界的に見たら、日本はぜんぜん"フツー“でもあたりまえでもなくて、とんでもなく心が荒れた国になっていることがわかる。認めたくないけどね。

 でも、よく考えてみると、思い当たることもある。こないだ定年退職した友だちをねぎらう集まりに行ったら、「おれたちは逃げ切れるよな」と言ってみんなで笑ってた。「逃げ切り世代」という言葉があるの、知ってる? 豊かな社会保障を受けながら、今後の財政危機による負担増大をこうむらなくて済む、ぼくたち70代から60代のことなんだけど、よく考えると自分勝手なひどい話だよね。若い世代に負担を押しつけて、自分たちだけ得をして逃げ切る。「あとは野となれ山となれ」と言ってるのと同じだろ。

(つづく)

横田夫妻とウンギョンさん面会の舞台裏

 中国の人権抑圧は、娘の葬儀に親が出ることすら阻むところまできている

 中国の人権派弁護士、唐吉田氏の一人娘、正琪さん20日午後、留学先の日本で27歳で死去した中国当局は唐氏の出国を阻止し続け、意識不明の重体となっていた娘を見舞うことも叶わず、3月2日にいとなまれた告別式にも参列できなかった。

2日に告別式がとり行われた(23日報道特集より)

 支援してきた東京大学阿古智子教授によると、正琪さんは大学進学を目指して2019年から東京に留学していたが、21年4月に自宅で倒れ、髄膜炎と診断。以降、意識が戻らない状態が続き、20日夕、肺炎のために亡くなった。

 唐氏は正琪さんに会うために複数回出国を試みたが、当局は「国家の安全」などを理由に妨害した。唐氏は10年に弁護士資格を剝奪され、出国を禁じられている。空港で使えない搭乗券を手に「娘に会うのがなぜ国家の安全を害することになるのか」と涙する唐氏の映像が流れたが、親の情を思うとやりきれない。

人権派弁護士として、立ち退きを強いられた市民や宗教活動を制限されたと訴える人などを弁護してきた(報道特集より)

 正琪さん死亡の知らせには唐氏から返信があったが、現在は日本から連絡が取れない状態だという。

 阿古教授は「娘に会いたい、葬儀に参加したいという親の素朴な願いも聴き入れられないのは理解しがたい。『(出国禁止の理由になった)国家の安全』は政権の論理で、国民のことを考えたものではない」と中国当局の対応を非難した。

 ここまでやるのか中国。
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 2014年3月の横田夫妻とめぐみさんの娘で夫妻の孫にあたるキム・ウンギョンさんとの面会から10年共同通信が実現にいたる舞台裏を記事にした。情報源は「政府関係者が明かした」としている。

ひ孫のチオニちゃんを抱く早紀江さん

 日本政府は当初、北朝鮮にスイスを打診したが、北朝鮮はウンギョンさんに娘が生まれ長距離移動が困難として断った。中国も候補地に上ったが当局の監視を警戒し見送られたという。

 「北朝鮮は当時、日本に歩み寄りを見せ、面会から2カ月後の5月、拉致被害者の再調査で合意した。いずれも神戸市出身の拉致被害者田中実さん=失踪時(28)=と、拉致の可能性を排除できない金田龍光さん=同(26)=の入国情報も伝達。だが他の被害者の新たな情報は得られず、協議は頓挫した。

 横田夫妻の孫との面会実現の過程で北朝鮮が「歩み寄り」を見せて、5月には北朝鮮が日本人についての調査をし直すとするストックホルム合意が成立した。その結果、田中実さんと金田龍光さんについての情報が寄せられた。これは北朝鮮がもう誰も拉致被害者はいないと言ってきたのをくつがえして、実は2人いると認めた点で画期的だった。

 しかし、日本政府は「他の被害者の新たな情報」が得られないとして、この情報自体を握りつぶしたのである。つまり、日本側は、一挙に拉致被害者全員(何人なのかもはっきりしないが)の情報を出さない限り対応しないという方針だった。その結果、拉致問題進展の得難いチャンスをつぶし、田中さん、金田さんに日本政府は面会も追加の調査もせず完全に見捨てたのである。

 救う会・家族会はいまだに「全拉致被害者の即時一括帰国」を交渉の入り口に置いている。

昨年11月の集会に出た岸田総理(内閣府HPより)

 家族の方々の気持ちは痛いほど分るが、この方針を政府が共有するなら今後の展開については残念ながら悲観的にならざるを得ない。少しづつでも、一人づつでも実態解明と救出を進め、膠着した事態を打開するしかないと思うのだが。

takase.hatenablog.jp

寺越友枝さんの逝去によせて~「封印された拉致」と母の苦悩

 寺越友枝さんが2月25日、92歳で亡くなった。

 能登半島沖で行方不明となり、その後北朝鮮で生存が判明した石川県志賀町出身の寺越武志さん(74)の母親である。友枝さんは1987年から訪朝して武志さんとの面会を繰り返してきた。

寺越友枝さん(右)と武志さん(中日新聞より)

 寺越武志さんは実際は北朝鮮に拉致されたのだが、自分が拉致されたことは否定したままで、政府も武志さんを拉致被害者とは認めていない。これは「封印された拉致事件であり、北朝鮮による拉致を考えるうえできわめて重要な出来事だった。

 事件が起きたのは1963年5月。

 寺越武志さん(当時13歳)は叔父の寺越昭二さん(同36歳)、外雄さん(同24歳)とともに「清丸」という小さな漁船で漁に出かけ帰ってこなかった

寺越武志さん(以下写真は、寺越友恵『北朝鮮にいる息子よ わが胸に帰れ』(徳間書店)より)

 漁といっても、夜、岸から数百メートルのところに刺し網をして、いつもなら朝戻ってくる。その夜は風のないベタなぎで遭難は考えられない。捜索すると、数キロさきに空っぽの船だけが漂っていた。船の前方に何かにぶつかったような大きな破損個所があった。真相が分からないまま3人の葬式も済ませた。武志さんは中学2年でわずか13歳。横田めぐみさんが失踪した歳と同じである。

清丸の舳先には大きな破損個所があった

遺体は上がらなかったが葬儀を済ませた(2列目中央が友枝さん)

 ところがそれから24年が経った87年、突然、外雄さんから武志さんと北朝鮮で元気でいるとの手紙が届く。昭二さんはすでに亡くなり、外雄さんと武志さんは亀城(クソン)という地方で北朝鮮人と結婚して家族を持ち、旋盤工として働きながら暮らしているという。武志さんからも手紙が届き、その内容から本人に間違いないことが分かる。

武志さんからの手紙。「昔、バスが組合の前で停まり、そこを降りて、・・道を登ります。一軒家がありましたが、その前に祖母の田んぼがありました。そこに柿の木が四本、びわが一本ありました。・・」と本人であることを証明しようとしている。

 武志さんの母、友枝さんは、当時の社会党の代議士のつてで北朝鮮にわたり、武志さんと劇的な再会をとげる。そして、63年の失踪事件は遭難していた武志さんたちを通りかかった北朝鮮の船が救助したという「美談」に、母子の再会は北朝鮮の配慮のもとでの感動話とされた。友枝さんは救助話に半信半疑ながらも、北朝鮮当局に感謝せざるをえなかった。

美談が演出された母子の再会

 97年2月、ジン・ネット取材班は横田めぐみさんの目撃証言を報じ、これも一つのきっかけになって北朝鮮による拉致疑惑が大きな社会問題に浮上した。この証言は、元北朝鮮工作員によるものだったが、実は彼のインタビューでは、別の拉致事件をも証言していた。

工作員養成所の教官から聞いた話です。工作船が日本に近づいたとき、小さい船がしつこく追いかけてきた。そこで、秘密がもれるのを恐れて、乗組員3人を拉致して、船は始末した。ノトという場所だった」

 その時私たちは「清丸事件」を全く知らなかったので、そんな拉致もあるのかと興味深く聞いただけだった。その後、「現代コリア研究所」の荒木和博さん(現・特定失踪者問題調査会代表)に会う機会があり、元工作員からこんな話を聞きましたよと「ノト」の事件を話した。荒木さんは強い関心を示した。荒木さんはちょうど「清丸事件」の検証を始めていたところだったのだ。そこで荒木さんの協力も得て、すぐにジン・ネットスタッフのNディレクターが石川県に飛び本格的な取材に入った。

 取材を始めると、これは美談などではなく、どこから見ても「拉致」であるのは明らかだった。最も可能性が高いのは「遭遇拉致」。つまり夜、日本の領海に侵入してきた工作船が「清丸」にぶつかった。事態発覚を恐れた乗組員たちが武志さんたちを拉致したと思われた。Nは武志さんの戸籍を復活させる手続きを支援するなど友枝さんを精神的にも支えつつ取材を深めていった。

 97年4月、荒木和博さんが5月初め発売の『正論』6月号に「封印された拉致事件」と題する記事を載せ、私たちは5月10日、テレビ朝日ザ・スクープ」で「清丸事件」を北朝鮮による拉致事件の一つとして放送した。

 これに対する北朝鮮側のリアクションは予想を超えた。北朝鮮はメディアを通じて、反動勢力の嘘と激しく反論したうえ、武志さん本人に拉致を否定する談話を発表させ、さらには武志さんを地方の旋盤工からいきなり平壌市職業総同盟副委員長という要職に出世させ、一家を平壌の高級幹部のみが棲む高層マンションに移したのだった。

 当時は、拉致だと日本で騒ぐと、拉致被害者が危害を加えられたりするのではないかと危惧する声があったが、私たちは武志さんの身の上に起きたことから、「むしろ日本側が拉致だと騒いだ方が、被害者たちは大事にされる」と反論したものだった。武志さんはその後、2002年に北朝鮮の訪日副団長として一時帰国を果たす。

 97年3月に横田めぐみさんの両親、滋さんや早紀江さんらが拉致被害者家族連絡会」を結成すると、寺越友枝さんはこれに加わり、一緒に活動した。ところが武志さんが友枝さんの言動に強く反対する。武志さんは北朝鮮に家族がおり、これからもそこで暮らしていかねばならない。日本に帰りたいとは言えず、ましてや「拉致」などと言えるはずがない。「おかあさん、後ろを振り返らないで、前だけを見ていこう」と武志さんに訴えられ、友枝さんは運動から手を引いた。

寺越友枝さんが書いた『北朝鮮にいる息子よ わが胸に帰れ』(徳間書店)。ここでは「拉致」と言えなくなった事情も率直に書かれている。この本の最後の「解説」は私が書いた。

 めぐみさんも武志さんも、13歳という若さで北朝鮮に拉致された。しかし、その後の運命は大きく異なり、めぐみさんがいまだ消息が分からないのに対して、武志さんは日本の家族と再会し、友枝さんは2018年まで66回も北朝鮮を訪れ武志さんやその家族と会ってきた。

 友枝さんの夫(武志さんの父)の寺越太左エ門さん(1921年生まれ)は01年7月に訪朝した際そのまま北朝鮮に留まり、武志さん一家と生活し08年1月、平壌市の武志さん宅にて86歳で死去している。本人、そして友枝さんら家族が拉致を否定した「清丸事件」は、政府認定の拉致事案にはいまも含まれていない。

 武志さんには金英浩(キムヨンホ)名の『人情の海』という自伝がある。武志さんが奴隷の言葉でどんなことを書かされたのか、関心のある方は邦訳がネットにあるので参照されたい。http://araki.way-nifty.com/araki/files/terakoshi.pdf
 
https://takase.hatenablog.jp/entry/20161115

 18年の最後の武志さんとの面会を、友枝さんはこう振り返っている。

「5年ぶりに武志に会ったら年老いて、頭も白髪になって、歯も傷んで。孫からハラボジ(おじいちゃん)と呼ばれとる。けど、日本に帰ってきて思い浮かぶのは、13歳のくりくり坊主頭の武志の姿や。武志がじいちゃんになっても、私にとってはいつまでも子どもやさかい。そんな武志が『お母さん、年をとりましたね。より愛おしいです』と言うんや。かわいくて、かわいくて、今度こそ子離れしようと思うとったが、できんかった」(女性自身より)
https://jisin.jp/domestic/1658956/

 内心では「拉致」だと確信しながらも、そのことを口にすることができずに、北朝鮮に頭を下げながら母子の交流を続けた友枝さん。まさに「封印された拉致」に翻弄された一生だったと思う。

 友枝さん、長いことほんとうにごくろうさまでした。ご冥福をお祈りします。

ウクライナ戦争:勝利と平和のあいだで5

 12月下旬に発売された中村哲という希望』旬報社)が、おかげさまで好評のようで、1月下旬に重版になっていたのが、先日、再度の重版が決まった。中村先生の名前のおかげで売れているのだろう。

 実は、佐高信さんと対談しながら、話があんまり噛み合ってないなと感じていた。例えば佐高さんが中村さんを左翼陣営に囲い込もうとするのを、私が政治的な右左という観点から中村さんを見ない方がいいとあらがったりした。本を読んだ人からは、対談のちぐはぐさが、かえっておもしろいと言われた。

 たくさんの人に本が読まれて、中村哲という人物のすばらしさに触れ、自らの生き方を考えるきっかけにしてもらえたらうれしい。

 また、みなさんの最寄りの図書館に購入希望を出していただければと思います。
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 2月27日、予定通り、ウクライナのボランティア、マックスと日本とをZOOMで結んで交流会を行った

34人が参加してZOOM交流会が行われた

質問に答えるマックス

 はじめての試みで、翻訳字幕を使ってウクライナ語と日本語で会話をやってみた。意味不明の翻訳が流れて首をかしげる場面もあったが、和やかに語り合えた。

 小学生が「こわくないんですか?」と質問したり、日本からも武器の支援を望むかなど実際の支援政策について議論したりと充実した2時間だった。

 この1月で21歳になったマックスは、2年前からITを学んでいた大学を休学してボランティア活動に注力している。戦争がさらに長引いたら、自分の将来をどう展望するのかという質問があった。彼は、戦争が終らない限りボランティアをやり続けるだろうと答えた。

 マックスをふくめウクライナの人々が、世界第2位の軍事大国ロシアに抵抗し続けられるのはなぜか。交流会のあとでメールで聞いてみた。

 マックスの答えは以下。

「戦う理由はいくつかあります。

 第一に、私たちの将来、私たちの子どもたちと若者の将来のために戦っています。

 第二に、私たちの自由のために戦います。なぜなら自由こそがすべてのウクライナ人の人生にとって最重要だからです。

 第三に、私たちの国土に倒れたすべての兵士たちのために戦います。この戦争で犠牲になることは名誉なことです。

 第四に、私たちが生まれた大事な郷里、郷土のために戦います。強盗や殺人者が自分の家に押し入ってきたら、全力で抵抗しなければなりません。」

 マックスはあくまで抵抗を続けるつもりだが、ウクライナが現在不利な状況にあることを認めている。また、兵役を逃れようとする人が増えていることにも理解を示す。

 「前線には武器弾薬がありません。誰だってそんな戦場に送られたくはないでしょう」。

 ウクライナが戦場で不利に立たされているのは、外国からの軍事支援が滞っているためだ。支援が約束された量の火砲や砲弾がウクライナに届いていない。最大の軍事支援国のアメリカは党派対立から支援のための予算採択が見通せない。武器弾薬が尽きればロシアの蹂躙を止められない。ウクライナの命運が外国の政府に左右されることに深く同情する。

 そもそも欧米の軍事支援は、はじめから腰の引けたものだった。欧米はウクライナに「核戦争にならぬよう、ロシアを過度に刺激するな」とロシア本土への攻撃を禁じた。そのため、長距離ミサイルや新鋭の戦闘機を供与してこなかった。アメリカがF16戦闘機の供与を公表したのはようやく昨年夏で、オランダ、ノルウエー、ベルギー、デンマークから中古のF16が送られることになったのだが、まだウクライナの実戦には投入されていない。

 プーチンの核の脅しが効いている。しかし、核で脅して無理が通るとなれば、今後ますます核兵器を持とうとする国が増え、保有国は核という力で何でもできることになる。核の脅しに怯えてはならないのだ。

 これに関して、国際政治学者の東孝之氏が以下のように論じている。

《国連は機能不全に陥っているが、今日の世界平和の基礎はやはり国連憲章にある。国連憲章は加盟国の主権平等の原則に基礎をおき、武力による威嚇または行使を禁じている。ロシアはこの国連憲章の基本原則を踏みにじったが、これを看過すれば、将来の戦争の種を蒔くことになろう。

 かつてフランスの哲学者サルトルは、ベトナム戦争に際して、核兵器を「歴史にノーを突きつける兵器」と特徴づけた。そこにこの兵器の特殊性がある。その前に立ち竦むならば、歴史は止まる。ベトナム人の知恵に学んで、立ち竦むのではなく、いかにして核保有国の裏をかいて、抵抗を続けるかを考えるべきだ。》(『世界』3月号P223)

 かつて、ベトナム戦争アメリカは核を使う可能性をちらつかせた。しかし、ベトナムは世界の世論を味方につけ、アメリカに核を使わせないまま撤退に追い込んだ。

 今度はロシア相手に、我々が知恵を絞る番である。