ウクライナを変える市民社会4

 マスコミのニュースは自民党総裁選に占拠されている

 9人の候補は、選挙の顔に誰がいいかのイメージだけで競っている。裏金問題、統一協会ふくめ自民党が引き継いできた安倍政治の根深い問題をこそ論戦で取り上げるべきなのに、無視されたまま。高市早苗氏は推薦議員20人中、裏金議員が13人だって!?その中にはあの杉田水脈氏も。

 そもそも自民党がなぜダメで、岸田総裁が退かざるを得なかったのか。国民は騙されないようにしよう。
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 パラリンピックではウクライナ国内がとても盛りあがったというウクライナ選手が大活躍したからだ。

 日本も金14個、メダル総数41個で健闘したとされているが、ウクライナは金22個、メダル総数で82個というからすごい。戦時下で、練習する場所や時間が限られ、さらに資金面でも大変ななか、よく頑張ったなあ。

 一方、10日、ICC国際刑事裁判所のカーン主任検察官が、7月8日のロシア軍による攻撃で破壊された首都キーウの小児病院を視察し、攻撃を命じたロシア軍の将校に逮捕状を出したことを明らかにした。このミサイル攻撃では2人が死亡し、子どもを含む30人以上がけがをした。

NHKニュースより

NHKニュースより

 会見で、コスティン・ウクライナ検事総長は、当時、ロシア航空宇宙軍で長距離航空部隊を率いていた司令官が、巡航ミサイルKh101を搭載した長距離戦略爆撃機を使って攻撃するよう部隊に命じるなど、直接関与していたことが分かったと発表した。この司令官について、ICCは、ウクライナのインフラ施設を攻撃した戦争犯罪などの疑いで逮捕状を出しているという。

 「軍事目標しか狙っていない」などととうそぶきながら非人道的な攻撃を続けるロシアを許してはならない。
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 前回、ウクライナの住民のアイデンティティエスニックなナショナリズムからシヴィック(市民的)な国民意識へと成長・転化してきたことを紹介したが、グージョン『ウクライナ現代史』河出新書)はこう記している。

 「マイダン革命後の市民参加はまた、政治改革の分野(汚職撲滅、裁判、公開市場)にも関わっており、多くの組織が創設されている。国家レベルでは、革命の終わりに創設されたNGO連立「蘇生改革パッケージ」が十数個の組織と専門家グループを結集して、法案を策定し、議員に圧力をかけ、改革に関連する法律の採決や活用の監視にあたっている」。

 NGOが政府に監視されるのではなく、逆に政党や政府を監視する活発な活動を展開しているのだウクライナには多様な「市民社会の組織」が15万件以上(2020年初頭現在)も登録されており、権威主義のロシアとは全く逆の国づくりを目指している。

 長らく国家をもたなかったウクライナでは、独立後も「国民」という意識が弱かった

 2013年の調査では、54.2%が自分を「ウクライナ国民」と思っているのに対し、35.3%が居住地の住民(たとえば「ドネツクの住民」)と意識していた。これがマイダン革命やその後のロシアからの圧力、武力攻撃を経た19年には、75%対16%へと変化している。ウクライナの国民的統合、一体化が急速に進んでいることを示している。(NGOシンクタンク「ラズムコフ・センター」)

 現在では、ほとんどの住民が「ウクライナ国民」と自己認識するようになっていると思われる。

 平野高志さんが『朝日新聞』10日付け夕刊の1面で大きく取り上げられていた。ウクライナでに日本車(マツダ)の中古車が「大市珍味」という漢字のロゴがついたままで使われていると平野さんが写真付きでXで投稿したところ、その会社が反応して両国の意外な交流が話題を呼んでいるという記事だ。
https://x.com/hiranotakasi/status/1833471620549136592

10日夕刊1面

 平野さんのウクライナ市民社会についての記事続き。市民社会の活躍は汚職撲滅や選挙制度改革だけではない。

人権保護においても市民社会の活躍が目覚ましい。特に2014年以降、ウクライナ南部クリミアや東部ドンバス地方から多くの国内避難民が発生したが、政権の対応は遅かった。そこで避難民を支援したのが、「クリミアSOS」や「東部SOS」など様々なNGOである。これらの団体は、各地域の出身者が中心となり、ロシアの占領地や紛争地から逃れてくる避難民の支援、紛争隣接地・被占領地の状況モニタリング、国際裁判に向けた証拠収集、ロシアに拘束された人々の解放を求める運動、避難民の各種権利回復の呼びかけなど、多様な活動を行い、政権の対応の遅れを補った。》

 私が取材した南部戦線でも、前線近くで住民への支援活動をするNGOの青年たちがいた。行政が及ばないところを民間ボランティアが精力的に補っていた。

takase.hatenablog.jp

 NGOから政府の要職や影響力ある役目に抜擢されることもあるといい、一例として「クリミアSOS」の創設者の一人、クリミア出身者のタミラ・タシェヴァは、現政権でクリミア問題を統括するウクライナ大統領クリミア自治共和国常駐代表になっている。この《タシェヴァの大統領代表職は、ウクライナ政権のクリミア脱占領・再統合政策をまとめる重要ポストであり、同氏が率いる代表部は現在クリミア奪還後の統治に向けて、諸政策の準備を進めている》

《今回紹介したのは、市民社会を代表する専門家・活動家のほんの一握りに過ぎず、ほかにも、あらゆる分野で活躍する人々がいる。男女ともに20~40代の若い層が多いこともあって、改革とは直接関係ない人々、例えば文化、IT、芸能、音楽分野の若い人々とも連携して、抵抗勢力が容易には抗えない変革の流れを生み出している。また、近年の特徴は、彼らが様々な形で政権内に要職を得て、改革・政策の実現に直接関わっていることだ

この市民社会の活躍こそがウクライナ内政の重要な特徴である。そして、その勢いは若い世代の台頭とともにいよいよ強まっている。

 現在のロシアの対ウクライナ戦争は遅かれ早かれ何らかの終わりを迎え、「英雄」と讃えられているゼレンシキー大統領もいずれ政界を去る。しかし、ウクライナはその後も復興や改革を続けていかなければならない。その時に、改革の推進力となり、政権の暴走に対するブレーキとなるのは、この市民社会だ。》

 市民社会は、国内勢力の中で、軍、教会と並んで国民から高く信頼されているという。また国際的な評価も高い。

EUのフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、2022年6月19日、ドイツの公共放送でウクライナを「活発な市民社会を持つ強力な議会制民主主義国家」だと形容した。その後、ウクライナEU加盟候補国の地位を獲得できたのも、市民社会が高く評価されていることが大きい》

《最後に、ゼレンシキー大大統領が2019年の大統領選挙で勝利した直後に、旧ソ連の他の国々に向けて発した言葉、「私たちを見てくれ。あらゆることが可能なのだ」を紹介したい。彼の念頭にあったのは、芸能人であった自身が大統領に当選したということであろう。しかし、彼を大統領に選びながらも、好き勝手なことはさせず、改革の実現を迫り、真の意味で「あらゆることを可能に」して下支えをしているのは、市民社会に代表されるウクライナ国民自身である。

 そして2020年のベラルーシ反政府抗議運動のように、近隣諸国の人々がウクライナで起きていることを見て、自国の変化を求めていく動きは今後も起こり得よう。ロシアのプーチン大統領ウクライナに対して恐れているのも、この強力な市民社会の存在、そして変革がロシアへ波及することなのかもしれない》(完)

 

ウクライナを変える市民社会3

 サハリン(旧樺太)から残留日本人とその家族が5年ぶりに一時帰国した。きのう新宿で一時帰国者をかこんで歓送会があり、私も参加してきた。

NHK札幌

新宿での歓送会。左手で挨拶する白い服の女性は、日本人の父と絶滅が危惧されるウィルタの母をもつ北島リューバさん。サハリンの民族構成も多様である。(筆者撮影)

 1989年からサハリンの残留日本人、韓国朝鮮人を取材したことは私の原点の一つだった。多くの日本人とその子孫から、戦後処理に翻弄された人生を聞かされ、一緒に美空ひばりを歌った。

takase.hatenablog.jp

 当時、ソ連と韓国は国交がなく、私の取材テープを無料で韓国のプロダクションに託したことにより韓国初のサハリン残留韓国人の番組が実現した。実態が全く伝えられていなかった韓国では大反響を呼び、すぐに大韓赤十字が動いて残留韓国人の一時帰国から永住帰国へとつながっていった。

 あれよあれよと事態が動いて、たくさんの人の念願が叶うという、取材者名利に尽きる体験だった。常に取材で世の中を変えようという気持ちが働くのは、この時の強烈な体験から来るのかもしれない。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20200726
https://takase.hatenablog.jp/entry/20200117

 きのうは懐かしい人に会って、旧交を温めた。私の取材時、サハリン日本人会の中心でお世話になった近藤孝子さん(現在は永住帰国している)は93歳。握手しながら「これが最後にならないように」と願った。

 気になったのは、残留日本人の家族にもウクライナに動員されている人がいること。プーチン政権は、モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市からの動員数を極端に少なくし、遠隔地や少数民族地域から大量に兵士を動員またはリクルートしている。ここは残留日本人の家族が無事であるよう祈ろう。
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 平野高志さんウクライナ市民社会についての記事より。

 《選挙制度でも、長年の議論を経て大きな改革が実現している。ウクライナの最高会議選挙は、小選挙区比例代表選挙が半々だったが、小選挙区では地方の小富豪が利益誘導・バラマキ型の選挙運動で当選することが多く、彼らは最高会議で既得権益層となり、改革の阻害要因になる傾向があった。そこで選挙問題に取り組み国内最大の市民団体「オポーラ」などが立ち上がり、小選挙区制を廃止して完全に比例代表制へと移行することを提起した。また、比例代表制でも、政党があらかじめ当選順位を決める拘束名簿式ではなく、得票上位者から当選する非拘束名簿式の導入を主張した。これには政党や小選挙区出身の無所属議員から激しい抵抗があったが、2019年の法改正で「オポーラ」の主張する通り、小選挙区制を廃止し、非拘束名簿式の比例代表制とすることが決まった。次期総選挙(現在は戒厳令が出ているため実施時期は未定)では、利益誘導型の地方富豪や不人気な政治家の当選が減少することが見込まれている。

 「オポーラ」代表のオリハ・アイヴァゾウシカは、民間の選挙問題専門家として名高いが、興味深いのは、政権側に彼女の能力が認められ、ロシアとの間のウクライナ東部情勢解決協議(ミンスク協議)のウクライナ代表団の一員に任命され、2016~18年にドンバス被占領地での地方選挙の合法的かつ民主的な実施に向けた協議に参加していたことである。政権が民間の専門家を信頼し、国の代表として敵国代表者との協議に参加させるという稀有な官民連携のケースであった。》

 選挙制度の変更はどの国でも簡単にはいかないものだが、ウクライナでは民間NGOをはじめ市民社会の勢いが強く、見事に実現している。

 補足すると、ウクライナは地域的にも民族的にも多様な国で、そこにロシアの政治的・経済的・文化的な介入も加わって、東西両極の地方では政治意識にも大きな差が見られた。

 大統領選挙をとってみると、2004年、2回目の投票(決選投票)がオレンジ革命でやり直しになり、再度行われた選挙では、西部のハーリチで90%以上の票が、当選した親欧州派のユシチェンコに入ったのに対し、ドンバスでは同じ割合の票が、元ドネツク州知事で親ロシア派のヤヌコーヴィチに流れた。10年の選挙でも、2回目の票の開きは同様で、このときは親ロシア派のヤヌコーヴィチが親欧州派のティモシェンコに勝利している。

 東西の違いを拡大したのが、親欧州派の政治家がウクライナエスニック(民族的)なナショナリズムに訴えてロシアの圧力に対抗しようとした政策だった。たとえばオレンジ革命後のユシチェンコ政権は、かつてソ連に対抗するためにナチスドイツと協力した右翼的民族運動を称えるなどした。また、マイダン革命後の暫定政権が、各地方の第二公用語を認めた言語法(注)を廃止しようとした。これはロシア語を締め出す企てと受け取られ、ロシア語を母語とする住民の反発を買った。ウクライナの課題は、エスニックなナショナリズムだけに頼らず、シヴィック(市民的)な国民的アイデンティティで国を一つにまとめていくことだった。

 (注)公用語ウクライナ語だが、2012年に成立した言語法では、地方で話者が10%を超える言語を政府機関や学校で使用できるとした。東部や南部の多くの地域では、この法律によりロシア語が第二公用語となった。

 ただし、地域による違いはとかく極端に描かれやすいと平野高志氏はいう。西端のハーリチと東端のドネツクの違いは大きいが、これをウクライナは東西分裂国家だ」と過大に描くのはロシアのプロパガンダだと警告する。「日本で言えば、沖縄県と北海道の住民だけを紹介して『ほら、南と北の住民は言葉も文化も食生活もこんなに違う、だから日本は南北分裂国家』というようなもの」で、これら二つの地域の違いは、ウクライナの国民としてのアイデンティティ形成に深刻な影響を与えるものではなかったという。
https://blog.goo.ne.jp/yuujii_1946/e/8e1cfaa09f8b0b04fb9f187394ae93ec

 ウクライナ人の国民的アイデンティティと一体感を高めるうえで大きな役割を果たしたのは、皮肉にもロシアのウクライナに対する露骨な圧力、さらにマイダン革命後のクリミア、ドンバスへのロシアの介入と侵略だった

 2019年の大統領選では、ユダヤ教徒でロシア語話者であるゼレンスキーが2回目の投票で、73.2%の得票で当選、リヴィウ地方をのぞく全地域でトップに立った。かつては著しかった地域による投票行動の違いが激減したのである。また、ゼレンスキーの政党「国民の僕(しもべ)」は独立後はじめて、連立なしの一党だけで最高会議(議会)の過半数を得た。また、現在では極右民族主義の政治的な影響力はほとんどない(極右は議会に1議席しかもっていない)。

 ウクライナはロシアからの強烈な経済的・政治的干渉を2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命ではねのけた結果、市民の政治参加、ボランティアなどの互助活動が大きく広がり、自律的な市民社会の形成をもたらした。

 エスニックなナショナリズムではなく、シヴィック(市民的)な国民意識ウクライナが一つにまとまってきたのである。国家を持たなかったウクライナはいま、ロシアとの10年戦争を戦いながら、エスニックからシヴィックへと統合の原理を移行させながら、若々しい国民国家形成の努力を続けている。
(つづく)

ウクライナを変える市民社会2

 長月、節季は処暑(しょしょ)を過ぎてもう白露(はくろ)。朝夕に降りる露のことを白露といい、残暑も終わりにむかうはずだが、きのう今日と東京は最高気温33℃と暑さが続く。

鉢植えの朝顔が咲いた

 7日から初候「草露白」(くさのつゆ、しろし)。次候「鶺鴒鳴」(せきれい、なく)が12日から。17日からが末候「玄鳥去」(つばめ、さる)。そういえば近年、ツバメがほんとに少なくなったがなぜなのか。

 LED街灯の導入で昆虫の個体数が激減しているとの報告があるが、それが都会で小鳥を見なくなったことに影響しているのだろうか。
https://www.afpbb.com/articles/-/3363421
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 去年ウクライナを取材して驚いたことの一つに、市民のボランティア活動の活発さがある。1991年の独立以降、深刻だった経済の低迷に加え、ロシアの全面侵略で生活苦が進んでいるはずなのに、どこに行っても助け合い精神がみなぎっていた。いつなんどき誰がミサイルでやられるか分からない毎日、親戚、友人の誰かが戦場で戦い死傷している現実。そして何より、独立を守り抜く強い意志が、力を合わせて戦いに貢献しようという社会的合意を作っているのだろう。

 イギリスの団体が毎年、各国の国民がどれだけ人助けをしているかを示す「世界寄付指数」(World Giving Index)を発表している。

World Giving Index 2023より

 過去一カ月に、①見知らぬ人を助けたか、②慈善活動に寄付をしたか、③ボランティア活動をしたかの3項目を質問し、その回答をランク付けしている。順位の高い方がより人助けをする国となるのだが、去年、ウクライナは世界第2位だった。私の現地での印象が裏付けられている。

 ところで日本は142カ国中、139位、下から4番目とお恥ずかしいかぎり。

takase.hatenablog.jp

 前回のつづき―平野高志さんによるウクライナ市民社会について。

ウクライナ市民社会が志向する「改革」とは、基本的に社会をEU型に近づけること、ソ連時代の非効率な諸制度を西側の現代的な制度に近づけることを意味する。そのための具体策として、汚職対策、公正かつ独立した司法、透明性と質の高い行政・医療・教育・治安機関、民主主義諸制度の強化などが打ち出されている。市民社会において、ロシアの制度の方がEUのそれより優れており、ウクライナの社会をロシア型に近付けるべきだと主張する専門家はいない。》

 だが、オリガルヒや各政党、ロシアや欧米からの影響をはじめ、ウクライナの政治を左右する諸要素との関係の中で、市民社会の主張がすんなり通るわけはなく、複雑な抗争、妥協の中からベクトルが出てくる。このメカニズムはどの国にも共通で、以下のウクライナ市民社会の達成には、むしろ日本に示唆することが多いと私は感じた。

市民社会政治勢力(政党)、オリガルヒの関係は複雑だ。

 大半のオリガルヒは既得権益の維持を目的に、政界に彼らの意向を汲む人物を送り込みたがる。他方、市民はオリガルヒを忌避しており、その影を感じさせる政党は支持を伸ばしにくい。これに対して、UE型改革を施行する市民社会の専門家は評判が高い。そこで各政党は、選挙を意識して、潤沢な資金と報道機関への影響力を持つオリガルヒと一定の関係を保ちつつ、同時に市民の信頼を得るために市民社会の専門家を自勢力に引き入れる傾向がある。専門家も、政党の組織力や、元芸能人のゼレンシキー大統領のような全国規模のカリスマ性があるわけではないため、個別改革の実現を目標に、立場の近い政党から出馬する場合がしばしばある。その結果、政界には政治勢力、オリガルヒ、市民社会が進出し、それぞれの思惑が重なって共闘する場合もあれば、しばしば激烈に対立することもある。

 特に2014年以降はG7やIMFといった外部勢力がそこに加わり、ウクライナ国内の各勢力と協議し、支援や融資の条件を提示しながら改革を推し進めてきた》。

 少し補足すると、ウクライナのテレビは2014年のロシアによるウクライナへの侵略(クリミア、ドンバス)でロシア発の放送が禁止されたあと、ほとんどのチャンネルがオリガルヒの影響下にある。私も市民から、オリガルヒに関係する汚職の話などがテレビでは報道されないなどの不満の声を聞いた。

 また、ゼレンスキー氏が人気者になった番組「国民の僕(しもべ)」を放送したテレビ局「1+1」はコロモイスキーというユダヤ人オリガルヒの影響下にあり、ゼレンスキー氏の政界進出もコロモイスキーが支援したとされている。

 去年9月2日、ウクライナ保安庁(SBU)はコロモイスキーを資金洗浄や詐欺の罪で起訴、ゼレンスキー氏が自分の「後ろ盾」を切ることで汚職撲滅の本気度を示したと評判になった。

 では、市民社会によって実現された改革にはどんなものがあるのか。

ウクライナ汚職問題の根本には、非効率なソ連式の制度が残っていることがある。例えば政府は、各施策の合理性よりも結果の数字を重視するため、質を疎かにしがちだ。官僚機構は肥大化し、国家サービスには無駄が増える。そして、それぞれの組織は透明性を欠く。諸問題の大半はこれらが原因である。同時に、汚職が長年蔓延してきたため、「汚職をしても罰せられない」と人々の認識に根付いてしまっていることも大きな問題だ。そのため、諸制度の改革と並行して、市民の間に「汚職をすれば罰せられる」という認識を定着させることが求められた》。

 ここでまた補足すると―汚職が蔓延した社会では、市民にもそれが「伝染」し、医者や学校の教師に付け届けして便宜を図ってもらったり、ちょっとした仕事を頼むにも鼻薬を利かせるのが当たり前になってくる。それが常態化すると、自分も付け届けする側だけでなく、される側にもなり、汚職に関する感覚がマヒしてくるのである。

《そこで市民社会の専門家が提案したのが、政権高官の汚職に特化した捜査機関・検察・裁判所の新設である。国民の信頼を失っている旧来の捜査機関・検察・裁判所を短期間で改革するのは困難であると考え、新規のエリート法執行機関を設置しようというのである。

 これには政権側も抵抗を示し、2014年のマイダン後に誕生した親欧米のポロシェンコ政権も様々な形で抵抗した。しかし、汚職問題専門NGO「アンタック(AntAC)」国際NGO「TI」ウクライナ支部、また司法改革専門NGO「デューヒ」などが国民に向けて熱心な啓蒙活動を行い、政権に多大な圧力をかけ、およそ5年をかけて汚職対策専門の捜査機関NABU・検察SAP・裁判所HACCの設立に成功した。これら3機関のトップや職員選考には、外部勢力の影響力を極力排除した入念なプロセスが導入されている》。

 ここまで読んで、日本の政治改革が全く進まないのに比べ、この政治プロセスに、なんと健全なことよ、とうらやましささえ感じる。見習いたい。

 なお、文中のポロシェンコ大統領は「チョコレート王」と呼ばれる大財閥で、ロシェンという彼の会社のチョコを私もお土産で買ってきた。

お土産で買ってきた「ロシェン」チョコレート

 《現在これらの汚職対策機関は、与野党国会議員や大統領の側近なども容赦なく拘束・訴追し、汚職犯罪への抑止効果を生み出している。これら機関による有罪判決は2022年末時点で累積799件、ロシアによる全面侵攻の始まった2022年にも約750件の汚職犯罪捜査が行われている。ゼレンシキー大統領の側近も過去に収賄容疑を伝達されており、また今年8月9日には、アナトリー・フニコ最高会議(国会)与党議員が違法な土地取得の斡旋により賄賂を受け取った容疑で逮捕された。(略)

 現在、ウクライナ最高会議で汚職対策委員会の委員長を務めるアナスタシヤ・ラジナ(与党)は「アンタック」出身で、第一副委員長のヤロスラウ・ユルチシン(野党)はTIウクライナ支部の前代表であり、汚職対策における官民の連携を促している》。

 このほかにも、去年の記事から拾うと―

 去年5月には、「ウクライナ国家反汚職局(NABU)と反汚職専門検察(SAP)は16日、270万ドル(約3億7千万円)の「違法な利益」を関係者とともに得た疑いで、ウセボロド・クニャジエウ最高裁長官(43)を拘束したと発表した」がある。最高裁長官、つまり三権の長の一人を摘発したのである。

www.asahi.com

 

 政界の金権腐敗事案の基本的な調査も封じたまま、与党総裁選に突っ走っている我が国の惨状を見るにつけ、戦時下という国家危急の事態のなかで、ここまで民主的な政治プロセスを進めているウクライナは称賛に値する。
(つづく)

ウクライナを変える市民社会

 完成間近だったマンションが、富士山の眺望を阻害するとして解体されることになった。

右手が解体の決まったマンション

 うちの近くでもあり、見に行った。このマンションは「グランドメゾン国立富士見通り」(10階建て、総戸数18戸)で、JR国立駅前に延びる富士見通りに面している。「富士山が見えなくなる」と市民らから懸念の声が出て、積水ハウスは今年6月に市に事業の廃止届を出し、現在、解体中だ

 こういう時代になったのか・・・
・・・・・・・

 9月2日深夜、プーチン大統領がモンゴルを訪問した。1939年に旧日本軍と、モンゴルを支援した旧ソビエト軍が武力衝突したノモンハン事件から85年となるのに合わせた式典などに出席するためだ。

 ウクライナ侵攻に伴う戦争犯罪の容疑で昨年3月に国際刑事裁判所ICC)から逮捕状が出されて以降、プーチン大統領が加盟国を訪れたのは初めてモンゴルはICCの加盟国であるため、彼が入国した場合、逮捕する義務があるのだが、逮捕するどころか、歓迎式典が行われフレルスフ大統領らが歓待した。

NHK国際報道より

5人ほどがウクライナ国旗を掲げて抗議しようとしたらすぐに治安部隊が全員を車に押し込んで連れ去ったという

 ウクライナ外務省報道官は、「モンゴル政府がICCの逮捕状を執行しなかったことは、ICCと国際的な刑事司法制度にとって大きな打撃だ」との声明を出した。

 逮捕状が出ていた国家元首が加盟国を訪問したケースとして、スーダンのバシル大統領(当時)が2015年に南アフリカを訪れている。このときも逮捕されなかった。しかし、ICCは元首であっても刑事責任からの免除は認められないと規定している。

 モンゴルは2002年にICCに加盟。さらに去年12月、モンゴル人が初めてICC判事に選出されている。しかし、モンゴルにとってロシアは重要な貿易相手国で、特に石油や石油製品の輸入は90%以上をロシアに頼っているほか、モンゴル国内ではまかなえない電力をロシアから購入していて、モンゴルとしてはロシアとの関係を重視せざるを得ない。

 ICCは重大な犯罪を犯した個人を訴追・処罰する国際法廷で、124カ国・地域が加盟する。集団殺害、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略の四つが対象だ。容疑者の身柄を拘束する独自の組織を持たないため、加盟国の協力が不可欠となる。だが、米国や中国、ロシアといった大国は、自国民が訴追されれば国家主権が侵害されかねないなどとして加わっていない。

 逮捕状が出ている人物を加盟国が逮捕しない例が常態化して、ICCの権威が揺らぎ、国際法が軽視されることを憂慮する。

 越智萌・立命館大学国際関係研究科准教授による、やや立ち入った補足解説―

「ロシア側によれば、事前に協議したうえでモンゴルとの「合意」があるという点も気になっています。
 この合意の詳細は分かっていませんが、この内容によっては国際法違反ではない可能性もあると考えています。
 ICC規程98条2項は「派遣国の国民の裁判所への引渡しに当該派遣国の同意を必要とするという国際約束」がある場合には、ICCは引渡の請求を行うことはできないと規定しています。
 この規定はアメリカが挿入を求め、またICC設置後には、アメリカは在外米軍のいる国等の多くとこの不引渡合意を結びました。
 今回、ロシアとモンゴルとの間でこのような「国際約束」があるとは公式には発表されていませんが、もしある場合には、法的な形式としては、ICC規程違反は回避された可能性は残ります。(略)
 過去の事例では、不引渡事案が発生した場合、ICC書記局がICC予審裁判部に通知が行われ、当該締約国には説明が求められることになります。
 モンゴルが、国際法をどのように解釈し、どのような説明をするのかが注目されます。」
・・・・・・

 ロシアの対ウクライナ全面侵略が始まったころ、ロシアの国情の酷さとの対照で、ウクライナが美化された形で語られることが多かった。しかし、だんだんウクライナの「欠点」も指摘されるようになってきた。私自身、去年ウクライナを訪問して、市民らが「汚職」をはじめ激しい政府批判をするのに驚いた経験がある。

takase.hatenablog.jp


 もちろん、その国が内部にどんな問題を抱えていても、他国が侵略する理由にはならないのだが、ウクライナという国の実態をもっとよく知りたいと思う。

 これまでに読んだ記事のなかで平野高志さんの「汚職、オリガルヒと闘うウクライナの「市民社会」」中央公論2023年10月)がとてもおもしろかったので紹介したい。平野さんはウクライナに留学後、在ウクライナ日本国大使館で専門調査員をつとめ、18年からウクライナの国営通信社「ウクルインフォルム」に勤務している。著書に『ウクライナ・ファンブック』がある。平野さんによれば、ウクライナでは「市民社会」が発展し、国の変革の推進力になっているという。(引用は《》で示した)

 ウクライナの負の特徴に「汚職」や「オリガルヒ(大富豪)」があり、「ウクライナは素晴らしい国かのように描かれがちだが、実際は国中が汚職まみれで、複数のオリガルヒに牛耳られている問題の絶えない国家」という言説がある。

《確かにこの二つは、ウクライナ国民も支援国もその存在を認める根深い問題である。一方で、汚職ソ連時代の非効率な制度の遺産であり、オリガルヒも旧社会主義国家に民営化が導入される過程で発生した存在で、ロシアを含む大半の旧ソ連諸国に共通の問題だ。

 筆者はこれらの問題があることに同意した上で、それでも語るべきウクライナの特徴として「市民社会」があると考えている。汚職問題は、選挙のたびに一大争点となるテーマだが、一方、市民社会が動いたことで、それらの難題が2014年以降、徐々に克服されてきているのも事実だ。

《独立心の強い報道機関や、積極的に行動する市民からなる市民社会》はウクライナの内政に大きな力を持つ一つの勢力になっている。そして、《ソ連時代を知らず、外の世界をよく見知った若い世代(20~40代)が社会進出し、様々な改革を牽引する市民社会が着実に影響力を増してきた》。

 一方で、2014年のマイダン革命とそれにつづくロシアの対ウクライナ侵略(クリミア、ドンバス)で《ロシアの影響力が小さくなって以降も、オリガルヒをはじめ、既得権益を守ろうとする抵抗勢力が依然として政界、経済界、司法界で改革の実現を妨害し続けている》。

《政権は改革に逆行したり、問題行動を起したりすると、市民社会が是正を求めて大きな抗議運動を起こす。まさにその規模が閾値(しきいち)を超え、政権交代をも実現させたのが、2004年のオレンジ革命や2013~14年のマイダンだ。その経験からも、政権は市民社会を無視できず、両者の間には常に緊張関係が存在する。筆者は、近年は特に既得権益層の抵抗よりも、市民社会の改革を求める勢いの方が上回っており、重要改革が少しずつ実現されてきていると評価している。

 例えば、汚職・腐敗防止活動を行う国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)」の腐敗認識指数国別ランキングによれば、ウクライナ2013年に144位だったのが、2022年には116位と上昇している。世界全体ではいまだ低順位だが、TIも改善の著しい国の一つとして特筆する》。

 

 ネットで調べると、2023年はさらに順位を上げて104位になっている。

takase.hatenablog.jp


 戦時にありながら汚職撲滅で成果を上げているというのはすごい。
(つづく)

ウクライナ復興に尽力する日本人

 3日、文部科学省が、7月の猛暑と山形・秋田の豪雨が温暖化の影響でもたらされたと発表した。

《概要 

 今夏の天候について、7月は気象庁の統計開始以降1位となる記録的な高温となりました。また、7月下旬には山形県秋田県を中心に豪雨災害が発生し、一部地域で線状降水帯が発生しました。今回、7月の記録的高温事例(高温イベント)に対する発生確率を見積もった結果、今年の海面水温等の影響と地球温暖化の影響が共存する状況下では11.2%程度の確率で起こり得たことが分かりました。特に東日本や北日本で発生確率が高い傾向が見られました。これに対し、地球温暖化の影響が無かったと仮定した状況下では、その他の気候条件が同じであっても、ほぼ発生しえない事例であったことが分かりました。 

 一方、7月24日から26日に山形県周辺で発生した大雨を対象に地球温暖化の影響を評価したところ、地球温暖化が無かったと仮定した場合と比べて総雨量(48時間積算雨量)が20%以上増加していたことが確認されました。(以下略)》

https://www.mext.go.jp/content/20240902-mxt_kankyou-000037882_1.pdf

 私の故郷は山形県の南部で、この7はは大きな被害はなかったが、2年前の夏の豪雨は県南を襲い、以来、米坂線(よねさかせん;米沢と新潟県村上市坂町駅を結ぶ)が不通のままだ。

 地方で公共交通機関がなくなると一気にさびれることがよくある。米坂線を早期に全面復旧させてほしいとの署名運動をやっているので、よろしければご協力ください。

www.change.org

羽前小松駅。小松は作家、井上ひさしの故郷


 ここまで温暖化の影響を突きつけられても日本では選挙の争点にもならない。

 「気候変動の影響を自分自身が強く受ける」という危機感を持つ人の割合が、他の国は軒並み大きく増えているのに、日本は2015年の34%から26%に激減している。

takase.hatenablog.jp

 このあたりから何とかしなくては。
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 ロシアは26日朝、ウクライナ全土に向けて100発を超えるミサイルと攻撃用ドローン(無人機)約100機を発射、重要インフラを標的となり、首都キーウの一部を含む各地で停電や断水に見舞われた。被害は15の地域に及び、7人の死亡が確認されている。

 空軍のミコラ・オレシュチュク司令官はテレグラムで、ミサイル127発のうち102発を撃墜したほか、ドローン109機のうち99機を撃ち落としたとし、今回の攻撃を「この戦争で最大規模だ」と述べた。

8時間地下鉄の中で避難していたとキーウ市民。ウクライナ中、安全なところはどこにもない(NHK国際報道)

 ロシア国防省高精度兵器を使用したと明らかにした。高精度兵器はピンポイント攻撃のための兵器だが、狙われたのはみな民間用の施設だ。報道によるとホテルも二つミサイル攻撃で破壊されていた。これまでのロシアの空からの攻撃は7割が軍事施設ではなく民間施設を狙ったものだ。

 さらに今日3日、中部ポルタワ州の州都ポルタワでロシア軍の弾道ミサイル2発による教育施設と隣接する医療機関への攻撃があり、少なくとも41人が死亡、180人以上がけがを負ったという。

 クリメンコ内相も、この攻撃についてSNSで報告。現地では救急隊が活動して25人を救助し、そのうち11人ががれきの中から出されたとした。建物の損壊はすでに100件以上報告されているといい、ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まって以来、単一の攻撃による被害としては最悪の規模になるおそれがある。

 一方、ロシアはまたも、軍事施設(「ウクライナ軍のレーダーと電子戦の人材を育成する軍事通信学校」)への攻撃だと嘘八百を言いつのっている。
また、ロシアはよく、同じ場所に2発のミサイルを時間差で着弾させることがある。最初の破壊のあと、がれきに埋まった人の救援、けが人の応急手当や遺体回収、火災の消火活動などを必死に行っている医療、消防、人道支援などのスタッフを2発目のミサイルで狙うのだ。ロシア軍の非人道性は許しがたい。 

 ウクライナ各地で一般の住宅の被害も増える中、復興に貢献する日本人をNHKが紹介していた。

 ウクライナ東部のハルキウ州は5月からロシア軍からの国境を越えた侵攻を受けている。州都ハルキウウクライナ第二の都市だが、住宅の被害がすさまじい。6月現在でハルキウ市内だけで約9千戸が破壊されたという。

 UNOPS(国連プロジェクト・サービス機関;United Nations Office for Project Services、ユノップス)は、紛争地や危険地域を中心にインフラ建設や、医薬品・医療機器・車両等の物品・サービスの調達と提供などプロジェクトの実施に特化した国連機関だが、このUNOPSによって、去年、被害を受けた住民3千人の破壊された住宅の修復プロジェクトが開始された。

 これは日本の支援するプロジェクトで、現場の指揮をとるのが、災害コンサルティング会社を経営する、宮本英樹さんだ。生まれ育った土地と家を守りたいという住民の願いに寄り添った修復活動は地元の人たちに感謝されている。

NHK国際報道より

窓がやられると部屋が暗くなってしまう

爆弾落下地点からかなり離れていても、爆風で窓がやられる

宮本英樹さん

 アメリカに会社をもつ宮本さんは、2008年、中国の四川省で大地震の復旧支援をしたことがきっかけで、災害からの復旧を会社の方針に掲げるようになった。その後、2010年のハイチ地震東日本大震災でも現場に立ってきた。

 空襲では、爆弾が直撃しなくとも広い範囲の建物が被害を受ける。私が泊ったドネツククラマトルスクの団地も近くに落ちたミサイルの爆風で窓ガラスがみな吹き飛んで、ベニヤ板で応急処置していた。

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 ベニヤだと風がピューピュー入ってきて困るし、日が射さなくなって部屋は真っ暗になり、風景が見られなくなることは気持ちを暗くさせる。だから住宅の修復でも窓や壁を優先するという。人はどこかに住まないといけないので、スピードが大切だとも。

 現地のスタッフは全員ウクライナ人だ。宮本さんはウクライナ支社を立ち上げ、技術者などを採用。戦時下の現地の雇用にも貢献している。25歳以上の男性は軍への動員対象で、男性の働き手は不足しているため、技術者の半数は女性で、動員対象外の60歳超の人材も確保している。ロシア軍の攻撃の激化で、住宅修繕プロジェクトは予定より遅れ気味だが、それでも6割近くが完成したという。今年中にはすべての修復が終わる見込みだ。

 「僕たちがやっていることは小さなことだが、世界は一緒にいるということで、人々の気持ちが変わっていく。それは本当に大切だと思う」と宮本さん。

 日本人が現場で復興にあたっているのを見ると元気づけられ、もっと支援を強めなければと思う。

関東大震災時の朝鮮人虐殺に新資料

 9月1日で1923年の関東大震災から101年。朝鮮人らが虐殺された史実を否定する言動がやまず、これを行政が後押ししている。

 小池百合子東京都知事は今年も朝鮮人犠牲者の追悼式典に追悼文を送らない。2017年から8年連続となる。政府も朝鮮人虐殺を確認できないとする立場だ。

政府の中央防災会議が09年にまとめた報告書は、「官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。虐殺という表現が妥当する例が多かった」「殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった」と記す。233人の朝鮮人が殺され、367人が起訴された事件の詳細を記した司法省の当時の記録などを根拠資料としている。

 だが、政府は「報告書は有識者が執筆したもので、その記述の逐一について政府としてお答えすることは困難」との立場だ。15年2月に「調査した限りでは、政府内に事実関係を把握することができる記録が見当たらない」とする答弁書閣議決定している。 

 野党議員らは昨秋の臨時国会で様々な記録を示しながら、政府の認識を相次いでただした。閣僚らは「政府内に事実関係を把握できる記録が見当たらない」という従来の立場を維持しつつ、虐殺に関する文書が「独立行政法人国立公文書館」や「防衛研究所戦史研究センター史料室」などにあることを認めた

 「政府は10年ほど同様の答弁を続けてきたが、この1年でその矛盾が露呈した。史実を認めないような動きが相次いだことで、皮肉なことに、一般にはあまり知られていなかった朝鮮人虐殺に注目が集まった面もある」。虐殺否定論を検証するノンフィクションライターの加藤直樹さんは言う。》(朝日新聞1日)

www.asahi.com


 そんな中、新たな資料も相次いで「発掘」された。昨年は二つの公的資料が明らかになった。

朝日新聞

「陸軍の熊谷連隊区司令部(埼玉県)が作成した「関東地方震災関係業務詳報」関東大震災3日後の1923年9月4日夜、保護のため警察に移送中の朝鮮人四十数人が、熊谷市内で殺されたと記録。「(朝鮮人が)夜に入ると共に殺気立てる群集の為めに、久下、佐谷田及熊谷地内に於て、悉く殺さる」「鮮人(朝鮮人の蔑称)虐殺事件」「不法行為と表現しています。

 もう一点は、神奈川県知事による内務省警保局長あての1923年11月の報告書。県内で起きた朝鮮人への殺人57件を含む59件の殺傷事件で殺された145人のうち14人の名前が書かれている。姜徳相滋賀県立大名誉教授(故人)が生前に入手していたものです。」(北野隆一氏のFBより)

 公文書で「鮮人虐殺事件」と記載するほど大規模で悲惨な事態だったのである。

 市井の多くの人も日記などに見聞きした事実を書き残している。

 今の墨田区に住んでいた社会学者の清水幾太郎は、市川の国府台(こうのだい)に移動するよう警察に告げられた。国府台には陸軍野戦重砲兵第一連隊や第七連隊があり、兵舎で急場をしのぐことができた。そこで清水が見た光景は―

「夜、芝生や馬小屋に寝ていると、大勢の兵隊が隊伍を組んで帰って来ます。尋ねてみると、東京の焼跡から帰って来たと言います。私が驚いたのは、洗面所のようなところで、その兵隊たちが銃剣の血を洗っていることです。誰を殺したのか、と聞いてみると、得意気に、朝鮮人さ、と言います。私は腰が抜けるほど驚きました。朝鮮人騒ぎは噂に聞いていましたが、兵隊が大威張りで朝鮮人を殺すとは夢にも思っていませんでした」(私の心の遍歴)

 「日本社会の秘密」を見たことが、清水が社会学者になる重要なきっかけになったという。

 自分の国の過去の失敗を真摯に反省して、もっといい国にしようとすることがほんとうの愛国心だと思うのだが、日本の政府には亡国の民しかいないらしい。

 先日の海外ニュースで、オーストラリアで例年行われているある慰霊式が報じられた。
 太平洋戦争中、オーストラリア南東部のカウラにあった捕虜収容所で、旧日本軍の兵士1100人余りが脱走を図り、監視をしていた兵士に射殺されるなどして231人が死亡した。オーストラリア人も4名死亡した。

当時の捕虜収容所(NHK国際報道)

 この「カウラ事件」から80年となる8月5日、発生時刻の現地時間午前2時前に収容所の跡地で当時の様子が再現され、脱走の合図となったラッパの音が鳴り響いた。

多くの市民が参加して慰霊式が行われた(NHK国際報道)

「夜が明けてからは、日本兵などが埋葬されている墓地で、日本からの参加者などおよそ300人が出席して式典が行われ、慰霊碑に花を供えて兵士たちを追悼しました。

 妻の父親が収容されていたという、広島市の淺田博昭さんは「脱走して捕らえられたとき、殺されると思ったそうだが、オーストラリア軍はそうしなかった。義父はオーストラリアに感謝していて、ここに眠る仲間に会いたいといつも言っていたので、ここに来ることができてうれしい」と話していました。」(NHK

4日夕方、市民らがランタンを持って会場へ

死者と同じ数のランタンに火が灯され、午前2時に当時の再現イベントが行われた


 捕虜の扱いはジュネーブ条約にもとづき、野球や麻雀などのレクリエーションも許され厚遇されていたという。しかし、日本社会の “生きて虜囚の辱めを受けず(戦陣訓)” という考え方から、ほとんど自殺行為となる集団脱走を企てたとされている。

 この慰霊式は深夜をふくめ長時間にわたるにもかかわらず、多くの市民が参加して当時に思いをはせたという。

 全く性格の異なる事案だが、見たくない過去に目を閉じようとする日本の最近の風潮を思うにつけ、見習いたいものだと思った。

 

和歌山毒入りカレー事件を問い直す映画Mommy

 和歌山毒物カレー事件の冤罪疑惑を追った映画Mommy(マミー)を観た。私にとっては今年一番の衝撃作だった。

メディアスクラムで押し寄せる取材者に水をかける林眞須美氏の映像が繰り返し流され、「毒婦」の印象が固定されていった


 事件が起きたのは1998年7月、夏祭りで提供されたカレーに猛毒のヒ素が混入、67人がヒ素中毒を発症し、小学生を含む4人が死亡した。近くに住む林眞須美が犯人とされ、09年に最高裁で死刑が確定した。林眞須美は一貫して無罪を主張し再審を請求するも却下されてきた。

 映画は26年前の事件を再検証し、これが冤罪であることを説得力ある調査報道で明らかにしている。林家のヒ素とカレーに入れられたヒ素が同じものだという科学鑑定、眞須美がカレー鍋に何かを入れたとの目撃証言が次々にくつがえされる

 でも、カレー事件の前にも、夫に保険金をかけてヒ素を何度も飲ませて殺そうとしたのでは・・・。ここが一番の「怪しい」点だったのだが、夫の林健がカメラの前で「保険金詐欺」をあっけらかんと告白する。このシーンが圧巻だった。

 林健治は詐欺罪で懲役6年の実刑判決を受けた。同時に、眞須美による殺人未遂の被害者とされた。この事情を健治が語る。

 シロアリ駆除の仕事のために車に積んでいたヒ素(当時はシロアリ対策でヒ素はよく使用された)を「どんな味すんのかな」と興味本位で舐めた。15分後体に変調をきたし入院することに。このまま死んだら家族が困ることになる。1億5千万円の保険に入っていた健治は、高度障害も死亡保証も保険金は同額だと教えられ、それを狙うことに。

 一年間、病院で「辛抱」して高度障害と認定され2億円の保険金を手にいれた。「それで病みつきになって」、次に競輪などのギャンブルで4千万円を使い込んで眞須美に怒られたさい、「もういっぺん高度障害狙ってやるわ」と再びヒ素を飲むが、量が多すぎて危篤状態に。なんとか助かり、二度目の高度障害で1億5千万円を受け取る

 この健治に検察は、眞須美の自白がとれないから、「眞須美にヒ素飲まされて殺されかかった」と裁判で言ってくれと頼んできたという。健治は断ったが、検察は眞須美の動機が指摘できないので、普段から人にヒ素を飲ませていた眞須美がカレー事件も軽い気持ちでやったというストーリーを作ったのだった。はじめから林眞須美犯人説で突っ走っていた警察、検察は、林家以外にも同じ町内にヒ素を持っていた人がいたのに、まったく調べていない。そしてマスコミが眞須美毒婦説に乗っかり、眞須美=毒婦のすさまじいバッシング報道を繰り広げた。

 健治の保険金詐欺はもちろん決して軽くない犯罪だし、賭け事にのめり込むちょっと困った人物であることは間違いない。(カメラに映る彼は、人情味のある「いいやつ」である)しかし、眞須美によって保険金目当てに健治がヒ素を飲まされたとの検察の筋書きは根本から崩れる。

 映画の最後は、二村真弘監督が警察に取り調べを受けることに。二村さんは、事件関係者を追いかけるため車にGPS装置を取り付けしようとして被害届を出されたのだ。すさまじい執念の取材をほとんど一人で4年がかりで行ったことに敬意を表したい。取材には十分な裏付けがあり、私は冤罪だと思う。

 はじめから林眞須美を犯人とする明確な証拠はない。状況証拠とされるものをつなぎあわせて死刑判決にもっていったのだが、その状況証拠が二村さんの取材でことごとく否定されていく。二村さんは言う。

「これで死刑になるのか、という空恐ろしさを感じた。

 さらに恐ろしいと感じたのは、主要メディアの記者やディレクターたちが、私が知り得た内容のほとんどを既に把握しているということだ。しかし、冤罪の可能性を報じることはほとんどない。現場で知り合った若い記者が耳打ちしてくれた。『冤罪の可能性を記事にしても上司にボツにされてしまいます。そうした上司は事件当時、現場で取材し、林眞須美が犯人に間違いないと書いてきた人たちです』(略)

 警察、検察、裁判官、証言者、マスコミなど、登場人物全員がそれぞれの立場で『正義』を行っていると信じている。それゆえに後戻りできない状況を生み出してしまっているように思える。かくいう私も、もし事件当時の現場に取材者として入っていたとしたら、間違いなく林眞須美を『毒婦』と呼び、糾弾することに何の疑いも抱かなかっただろう。冤罪の可能性を追及することは、自らの考えや認識を検証し続けることを余儀なくされる。私は取材中、何度もつぶやいた。誰が林眞須美を殺すのか?」(二村さんのディレクターズノートより)

 最高裁判所の判決文には以下の記述がある。

《主文 本件上告を棄却する。

 理由
(前略)
 被告人がその犯人であることは、
①    上記カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜砒酸が、被告の自宅から発見されていること、
②    被告人の頭髪からも高濃度の砒素が検出されており、その付着状況から被告人が亜砒酸等を取り扱っていたと推認できること、
③    上記夏祭り当日、被告人のみが上記カレーの入った鍋に亜砒酸をひそかに混入する機会を有しており、その際、被告人が調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていることなどを総合することによって、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に照明されていると認められる。(なお、カレー毒物混入事件の犯行動機が解明されていないことは、被告人が同事件の犯人であるとの認定を左右するものではない。)
(略)

 そして、被告人は、カレー毒物混入事件に先立ち、長年にわたり保険金詐欺に係る殺人未遂等の各犯行にも及んでいたのであって、その犯罪性向は根深いものと断ぜざるを得ない。しかるに、被告人は、詐欺事件の一部を認めるものの、カレー毒物混入事件を含むその余の大半の事件については関与を全面的に否認して反省の態度を全く示しておらず、カレー毒物混入事件の遺族や被害者らに対して、慰謝の措置を一切講じていない。
(略)

 裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(後略)》

 5人の裁判官全員一致である。映画を見て冤罪を確信した上で、この判決文を読むと恐ろしさがこみ上げてくる。

 「誰が眞須美を殺すのか?」という二村さんの問いは、眞須美犯行を疑わない私たち自身にも向けられていると思った。また、メディアにかかわる一人として反省させられる。短期間だが私は二村さんとテレビ番組の取材をともにしたことがあり、感慨も一入だった。

 今なお林眞須美氏が犯人だと思っている人はぜひこの映画を観てほしい。きっと愕然とさせられ、日本の裁判制度、メディアの体質、さらにはそれを信じこまされてきた自分自身への問いかけが始まるだろう。

 林眞須美犯人視にマスコミが大きな役割を果たした上、まったく反省がないことについては、フリージャーナリストの片岡健氏がきびしく指摘している。

note.com

mommy-movie.jp