鬼海弘雄氏の人が好きになる写真

takase222016-04-02

 報道特集」放送後、TBS近くの飲み屋で打上げ。
 新たにキャスターに加わった膳場貴子さんに、4カ月の可愛い赤ちゃんの写真を見せていただいたり楽しく飲んでいたら、挨拶しろと指名された。
 今回のクルド取材が実現したのは、遠藤正雄さんというフリーランスのコネクションと尽力の賜物だった。彼のようなフリーランスを大事にしたいという意味の話をした。
(遠藤さんについてはhttp://d.hatena.ne.jp/takase22/20151216など)
 いまフリーランスジャーナリストの活動がどんどん追い詰められている。雑誌は次々に廃刊になりテレビの海外向け報道枠は少なくなってきた。フリージャーナリスト(特に海外取材をしようという)をめざす若者は絶滅危惧種
 だが、フリーが消えて、ジャーナリズムのすそ野がやせ細っていったら、企業ジャーナリズムも危なくなっていく。やる気も力もあるフリーランスをぜひ応援してほしい・・・と。
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 文章がうまい人にはあこがれる。
 ただ、文章にはいろんな目的があり、「うまい」にもいろいろある。
 私の仕事に関係していうと、例えば、過不足なくきっちりとまとめられた番組企画提案書は「うまい」文章である。研究論文や私小説にもそれぞれの「うまさ」があろう。
 用途に応じたうまさは、修業で上達できるだろう。しかし、生きる姿勢や人格そのものからにじみでる「うまさ」は真似できない。
 その点で尊敬するのが同郷の写真家の鬼海弘雄だ。
 《山形県職員を辞して、トラック運転手、造船所工員、遠洋マグロ漁船乗組員など様々な職業を経て写真家に》という経歴にみられるように苦労人。浅草で会った人物、東京の風景、トルコとインドのスナップと3つの分野で写真を撮り続けている。2004年には土門拳賞を受賞した実力派だ。
 まず、彼の写真がすごい。ぜひ一度見ていただきたい。
 写真集は高いので、求めやすい『世間のひと』ちくま文庫2014年)をおすすめする。
 浅草での市井の人々のポートレイトだ。人は一人ひとり、みな物語を持っているんだな、と人間が愛おしくなる。

 文章がまたすばらしい。
 この本の「はじめに」の冒頭。
 《ひとに興味を持ち、もう少し好きになれればと思っている。
 写真をはじめたときから、市井のひとたちをそれぞれの王のように威厳のある肖像に撮りたいと願ってきた。・・・(略)》
そして、「あとがきにかえて」はこう結ばれる。
《(略)有用な情報をカタログのように与えることのない写真は、観てくれる人の想像力だけに頼っている。何故なら、それだけが肖像に命を吹き込むことができるからだ。当然、観る人が肖像のような存在になりたくないと反射的に反応すれば肖像は話しを止め、息をすることを止める。
 そんなことからいつも、レンズの前に立ってもらう人をより格好良く、存在感と威厳あるように撮りたいと思っている。一人ひとりが舞台や短編小説の主人公のようにだ。

 そして、もう少しだけ互いに隣にいる人に思いを馳せることが出来るなら、既にがんじがらめに功利に傾く世間のタガが少しだけ弛み、誰もが息がするのが楽になるに違いないという錯覚を持っている。
 写真は目玉のストレッチ。》

 鬼海氏の写真から。
 男の子がこっちを向いている。

 キャプションには「蝉を握る少年 1973」とある。
 写真に手は写っていない。だが、キャプションを読んだ瞬間に、ビービーいいながら暴れる蝉の掌の感覚、好奇心の強い少年の内面、撮影のあと友達に見せようと路地をかけていく姿などへと想像が一気に膨らんでいく。

 また、このちょっと気取った表情の男性。

 キャプションは「何台ものカメラを持っていたという旋盤工 1987」。
 いま男性はカメラは持っていないが、「何台ものカメラ」をキーワードに、この旋盤工の過去と人間模様に思いを馳せることができる。
 鬼海氏は、写真とキャプションの緊張関係を絶妙につくっていく。

 
 以下はスペインがつくった映像。鬼海氏の作品は海外でも評価が高まっているという。
https://youtu.be/KNhjc_zaxko
 文章を読んで尊敬の念を抱いたが、インタビューでの鬼海氏のシャイな話しぶりに、友達になりたいと思った。