2019年に読んだ10冊の本

 きのう夕方、オフィス近くの「神田まつや」の前を通りかかったら長い列ができていた。きょうは年越しそばですごい混みようだろう。

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 年末年始、娘らは家に寄り付かず、かみさんと二人なので、雑煮と煮しめ、あとは好物の数の子豆だけのごく簡単なおせちにすることに。
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 今年を締めくくるにあたって、印象に残った本をあげてみよう。


1.鬼海弘雄『PERSONA最終章』筑摩書房
 写真家・鬼海弘雄さんの浅草・浅草寺境内でのポートレート「PERSONA」(ペルソナ)のいわば完結編。以前、ここで紹介した。https://takase.hatenablog.jp/entry/20190404
 一人ひとりの個性豊かな肖像を見ているうちに、人間というものへの愛おしさがわいてくる。
 “功利に傾斜しがちな社会では、他人に思いを馳せることが、生きることを確かめ人生を楽しむコツだと思っている。
 そのことによって、他人にも自分にもやさしくなることができるかもしれない”(鬼海弘雄
 鬼海さんは今年、初めての対話集も出した。


鬼海弘雄『ことばを写す 鬼海弘雄対談集』(山岡淳一郎編、平凡社
 対話の相手は、山田太一荒木経惟道尾秀介田口ランディ池澤夏樹らの表現者たち。私は鬼海さんのトークが好きで何度か聞きに行ったので、対談集では鬼海さんの語り口が彷彿として楽しかった。
 尊敬するヘレナ・ノーバーグ・ホッジの『ラダック 懐かしい未来』を読んでいたときに鬼海さんのトークイベントで「懐かしい未来」というフレーズを聞いて、その由来をお聞きしたら、鬼海さんはホッジのことは知らずに自身の言葉として使っているとのことだった。
 哲学する写真家、鬼海さんの語りは、やさしい言葉を使いながら、ときどきついていけないほどの深みをみせる。それがまた魅力である。以下、山田太一との対談より。

山田「トルコの写真集『アナトリア』は、モノクロのトーンがよくて、みんないい顔をしていますね。なかでも「駆け抜ける少年」。あれ、すばらしい。小さな女の子が、おばあさんみたいに後ろ手を組んで歩いている。懐かしい。年寄りに育てられたのでしょう。」
鬼海「大家族に暮らす人びとは実に子どもに優しいんですよ。たぶん、あの子どもたちはゆくゆくは先立ったおじいさん、おばあさん、親きょうだいを思い出しながら心やすらかに亡くなっていくんだろうなぁ・・・。経済的に貧しいがゆえにコミュニティーや土地とくっついて生きている。それは「懐かしい未来」だと思うんです。私にとって未来に向けて線を引くために、そういう風景が必要なんです。」

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「駆け抜ける少年」

 鬼海さんを知らない人には、ちくま文庫の『世間のひと』が入手しやすいので勧めてきたが、さっきアマゾン検索したら、中古本で4500円以上していた。図書館でお読みください。

2.渡辺京二『黒船前夜 ロシア・アイヌ・日本の三国志洋泉社
 名著『逝きし世の面影』の続編とされる本で、2010年に出ているのだが今年やっと読んだ。渡辺さんの視野は別次元の高みにあって、人々の営みが雄大なスペクタクルとして迫ってくる。以前から気になっていた「和人がアイヌを搾取、圧迫してきた」という俗論から自由になれてすっきりした。
 渡辺さんの本をもう一冊。

渡辺京二原発とジャングル』晶文社
 5月にここで紹介した。https://takase.hatenablog.jp/entry/20190506
近代が不幸だとしたら、どうすればいいのか。来年も考えつづけたい。
 この秋に出た『「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている』(ジェイムズ・スーズマン)という本をぜひ読んでみたい。

3.顔伯鈞『「暗黒・中国」からの脱出 逃亡・逮捕・拷問・脱獄』安田峰俊 (編訳)、文春新書)
 https://takase.hatenablog.jp/entry/20191124
 出版社の宣伝には「10万人を動かした中国最大の民主化勢力幹部 逃亡2万キロの全記録。まさに現代の『水滸伝』だ」とあるとおり、手に汗握る逃亡記だ。スマホに電源を入れただけで場所を割り出され包囲されるなど、超監視社会の実態も分かって中国の怖さが迫ってくる。
 一方で、厳しい弾圧のなか、小さくとも声を上げ続ける勇気ある人々に尊敬の念がわく。

4.岡野守也『「金剛般若経」全講義』大法輪閣
 これほど深く明確に「空」思想を解説した本はないと思う。決定版。
 「金剛」はダイヤモンドで、「どんなに強固な悩みもすっぱり断ち切ってしまうダイヤモンドのような心のコントロール智慧と方法」を説く。
 大乗で「空」思想を展開したのが般若経だが、金剛般若経は般若系のお経としては初期に書かれたものらしく、「空」(シューンヤ、数字のゼロと同じ言葉)という言葉を一度も使わずに空を説く。だから、かえって空をよく理解できる。繰り返し読むべき本で、今年は2回読んだ。

5.相澤冬樹『安倍官邸VS.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由』文藝春秋
 官邸が「森友事件」の真相を葬ろうとメディアに露骨な介入をしたことを現場の記者が暴露したすごい本。大きなスクープの陰には大変な苦労があることをも教えてくれる。勉強になりました!https://takase.hatenablog.jp/entry/20190530
 相澤冬樹さんは2018年8月NHKを退職し、同9月から大阪日日新聞で記者をしている。

6.桜木武史『シリア 戦場からの声』(アルファベータブックス)
 桜木さんのシリア内戦の取材は5回におよぶ。かつて命がけの取材で大けがもし、この本で第三回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞するなど高い評価を受けてもいるのに、桜木さんはあくまで謙虚で、自分を宣伝することも武勇伝を語ることもない。彼が訴えるのは「もっと民衆蜂起の生の声を聞いてもらいたい…!」。
 「私は日本人であり、シリア人ではない。家族や友人がアサド政権に命を狙われているわけではない。私が死を覚悟してもシリアに足を運ぶのは、そこで暮らす人が純粋に好きだからである。ジャーナリストとしてシリアの現状を伝えると同時に一人の人間として彼らに愛着を抱き、彼らの生きた証を見届けるために現場に赴いている」。(P196)
 取材活動では食えないので、桜木さんはいつもはトラックの運転手として働く。フリーの国際ジャーナリストが絶滅危惧種になる、こういう現状は決してよいことではないが、「根性」は見習いたい。

7.竹中明洋『殺しの柳川―日韓戦後秘史』小学館
 山口組全国制覇の先兵だった最強武闘集団「柳川組」の柳川次郎は在日韓国人で、1969年に柳川組を解散すると日韓の架け橋として両国を行き来した。本書には力道山大山倍達、朴正煕、許永中なども登場し、日韓関係には柳川らの「裏」のコネクションが大きな役割を果たしたことを知る。すぐにがたつく脆弱な日韓関係をいま「裏」から支えるプレイヤーはいるのだろうか、などと考えさせられた。
 在日でない筆者の竹中さんが柳川のコネクションに食い込むには大変な苦労があっただろうと推測する。尊敬に値する。
 有力な在日ヤクザには、西の柳川組に対して東の町井久之の「東声会」があり、やはり日韓関係に大きな影響をもった。町井は下関と釜山を結ぶ関釜フェリーを就航させ、民団の顧問にもなっている。城内康伸『猛牛と呼ばれた男―「東声会」町井久之の戦後史』(新潮社)と合わせ読むといっそうおもしろいだろう。

8.三浦小太郎『なぜ秀吉はバテレンを追放したのか―世界遺産潜伏キリシタン」の真実』(ハート出版)
 三浦さんは長い付き合いの畏友である。北朝鮮から脱出してきた日本人妻とその娘を救出するため、一緒に北朝鮮との国境に近い中国東北地方に渡ったこともあった。
 3年前、三浦さんは『渡辺京二』(言視舎)という大著を書き、三浦流の渡辺京二の読み方を世に問うた。渡辺京二の方法を踏襲するかのように、膨大な文献を丁寧に読みこんだうえで、バテレン追放には理由があり、それは当時の日本にとってむしろ望ましい方向だったことを明らかにしている。
 潜伏キリシタン関連施設が世界遺産になったこともあり、バテレン追放は残酷な宗教弾圧事件として描かれ、弾圧した側の非道とキリシタン側の英雄的抵抗と悲劇が強調される。この本は十分な説得力をもってその常識をひっくり返し、歴史の再構成を迫ってくる。刺激的な本で快感さえ感じる。

9.橋本昇『内戦の地に生きる: フォトグラファーが見た「いのち」』(岩波ジュニア新書)
 海外の事件に関心が低いといわれる若い人たちに読んでもらいたい。ブログで詳しく紹介した。https://takase.hatenablog.jp/entry/20190925

10.名郷直樹『「健康第一」は間違っている』(ちくま選書)
 「健康より大切なものはないのか。治療や予防によって損なわれているものは何か。本来の医療の役割をさぐるラディカルな医療論」(出版社の内容紹介より)
 ひたすら医療不信を煽る近藤誠氏の議論とは全く違い、エビデンスをもとに、巷にあふれる健康情報を根本から問いなおしている。
 血圧140を超えたら即治療といった常識は捨てよ。製薬会社や健康食品メーカーが我々を過剰に心配させている。あまり気にしないで暮らしていいんだと安心した。
 名郷さんの問題提起をもとに厚生政策を練り直してほしいと思う。
 ところで、この本で名郷さんのクリニックがうちの近所であることを知ってびっくり。娘が体調を崩したときに名郷先生に診てもらった。これもご縁である。

番外:道尾秀介『向日葵の咲かない夏』(新潮社)
 私は小説をほとんど読まない。恥ずかしながら、『ことばを写す 鬼海弘雄対談集』で鬼海さんの対談相手の道尾秀介というミステリー作家の名前を知った。どんな本を書いているのかと試しに読んでみたら、あまりに面白くて通勤途中も本が手離せず、やるべきことをがあったのに、オフィスでも本を広げて、一気に読みきった。そして読後の不思議な感動。
 結局、道尾さんの本は魅力的過ぎて仕事の妨げになることが分かり、それ以降、残念だが読むのを控えている。悪女に近づかないように。
 しかし、道尾さんの本で、新たな読書の世界に入っていけたようでうれしかった。

番外その2:勢古浩爾『人生の正解』幻冬舎新書
 以前から勢古ファンなので、毎年、本屋で勢古さんの新刊がならぶとふらふらと買ってしまう。勢古さんは、サラリーマンをしながら40代後半から本を出し始め60歳を前に退社して物書きに専念している。
 ただの平凡なおじさんだけど、ちょっと話を聞いてみない?というスタンスで人生の難題を解析したあげく、「今のままで君は大丈夫だよ」と安心させてくれる。
 本書は「クイズには必ず正解がある。ならば、人生に正解はあるのか?」という問題に挑んだもの。結論はいつものとおり元気づけられる。
 ついでにもう一冊。

勢古浩爾『結論で読む幸福論: いつか見たしあわせ』草思社文庫)
 「しあわせ」とは何かという陳腐にして普遍的な問題を正面から扱う。アラン、ショーペンハウアーヒルティ、ラッセルら古今東西の幸福論を読破、次々とばっさり小気味よく切り捨てながら、おれたちの幸福とは何かを語る。呑みながら読むといい。
 勢古さんは来年73歳。来年もどうぞお元気で。
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 今年も、つたないブログを読んでいただきありがとうございました。

 良いお年をお迎えください。