ひっきりなしに響く砲声と着弾音。
JNN(TBS系)の取材班が、ハルキウの前線近くの町に入った。私の知る限り、大手メディアとしては、戦闘現場にもっとも近づいて取材したリポートだ。
取材したのは、軍が奪回したハルキウ市の北東にある二つの地区で、ロシア国境まで22キロのクトゥジフカとロシアと国境を接するサルティフカ。
このリポートで印象深かったのは、ロシア軍による破壊が、住民をどう苦しめているかの具体的なありようだった。
ロシア軍が水道、電気、ガスなど生活のためのインフラを攻撃したことで、毎日の暮らしがいかに崩壊してしまったか。私が彼らの立場になったらどうだろうかと想像して恐ろしくなる。
ロシア軍が来ても逃げない、あるいは逃げられない高齢者がいる。例えば、持病がある、歩けないという健康が理由の人がいる。また、故郷を離れたくないという思いから残る人もいる。
私は東日本大震災の被災者を思い起こす。地震や津波から避難して助かったものの、その後亡くなる「震災関連死」は、今年3月10日段階で3786人にも上る。
長引く避難生活で受けるストレスや体調の悪化が原因で、特に住み慣れた環境から切り離された高齢者が多い。避難を機に寝たきりになったり、認知症が一気に進んだ人もいるし、自死に追い込まれた人も少なくない。
ウクライナの高齢者が「逃げたくない」という気持ちは理解できる。狭い地下壕のようなところで集団生活できない人だっているだろう。逃げられなかった中には障碍者も多いと推測する。取り残されているのは弱い立場の人たちだ。
ロシアは、ウクライナ軍が住民を町に残し「人質」にして戦っているから民間人の犠牲者が多いのだとプロパガンガンダを流しているが、避難を勧められても避難できない、避難しない住民たちがいるのだ。
マリウポリでも「アゾフ連隊」が住民を「人間の盾」にしているとロシアが非難したが、最近地下での避難生活から解放された住民が証言をはじめ、実態がロシアの宣伝とは全く違っていることがはっきりしてきた。
住民はロシア軍の攻撃を避けるために自ら製鉄所に逃げ込み、軍からは「避難ルート」で外に脱出するチャンスがあるたびに避難を勧められたという。
一つの現場リポートから、戦争の実態についての具体的なイメージが広がってくる。ロシアのプロパガンダが虚偽であることも分かる。
さらに切り込んだ戦争報道を期待する。
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29日、「拉致被害者の即時一括帰国を!私たちは決して諦めない! 国民大集会」が東京で開かれた。
開催告知は以下。
《(前略)現在北朝鮮は、〇経済制裁による外貨枯渇、 〇コロナ蔓延、 〇台風と豪雨による水害、 〇金正恩の健康不安、〇中朝国境封鎖 (1月16日から貨物列車一部再開)、 〇住民と幹部の不満と反体制勢力活動の6重苦で追い詰められてます。にも関わらず、国民の動揺を抑えるため、 またなんとか対米交渉を実現したくて大陸間弾道ミサイルをまた発射しました。
他方、ロシアがウクライナを侵略しましたが、 その開始前に1週間で終えると北朝鮮に通報しています。ところが、戦争が長期化しつつあり、旧ソ連製兵器で武装している北朝鮮人民軍も弱いのではないかと金正恩は不安に脅えてるそうです。
5月29日に、私たちは 「全拉致被害者の即時一括帰国を! 私たちは決して諦めない! 国民大集会を開催します。今も国際社会は北朝鮮に対し最高度の制裁を維持しています。 「先圧力、後交渉」 に基づきなんとしてもこの厳しい制裁を背景にして日朝首脳会談を開かせなければなりません。(後略)》
集会の決議にはこうある。
《(前略)北朝鮮が日本から支援を得るには親の世代の拉致被害者家族が健在のうち
に全拉致被害者を一括して帰すしか道はない。親の世代が拉致被害者と抱き合えな
ければ、日本人の怒りは増し、支援はあり得ないことを、北朝鮮の最高指導者に理
解させることが今大切だ。
1.政府は、国民が切望する全拉致被害者の即時一括帰国を早急に実現せよ。
2.北朝鮮は、全拉致被害者の即時一括帰国をすぐに決断せよ。
3.閣僚、国会議員、地方首長、地方議員、国民の全員がブルーリボンをつけて救
出への意思を示そう。》
国民集会での方針は事実上、政府方針となり、歴代総理はその場で、不退転の決意でまい進することをお誓い申し上げると言うのが決まったパターンになっている。
今回も「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」が既定路線として確認されたことを、拉致被害者とその家族のために悲しむ。また拉致問題が進展せぬまま、時間だけが過ぎていくことになるのか、と。
20年ものあいだ成果がないとなると、即時全員一括帰国で一発逆転を狙うしかなくなる。時間がすぎればそれだけ焦りはつのり、方針は「過激化」する。しかし、それは袋小路への道である。
集会で岸田総理は、拉致問題は岸田内閣の最重要課題だとし、小泉訪朝後20年も一人も被害者を取り戻せていないことを謝り、「条件をつけずに金正恩委員長と直接向き合う決意です」と語った。
「条件をつけずに」云々は、制裁一辺倒で「対話のための対話は意味がない」と言ってきた安倍元総理が、トランプ米大統領の金正恩との首脳会談を見て、19年5月に突如言い出したのだった。振れ幅の大きさに驚くが、いかに内閣に戦略がないのか、いかに米国頼みなのかを示している。
要するに、情勢分析として北朝鮮はこれ以上ないほどに追い詰められている。そこに、こっちが会ってやるんだから応じろよ、と言えば首脳会談が行われ「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」を実現できるという筋書きである。
「条件をつけずに・・」については、帰国した蓮池薫さんがテレビの時事評論番組で、北朝鮮からすれば「上から目線」で言われているように感じてのってこないだろうと批評したが、当然だ。
(21年11月23日https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000235837.html)
この番組では、「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」を念頭に、「100か0か」、「ギャフンと言わせる」ような形で北朝鮮に臨むべきではない、米国頼みはやめて小泉元総理が米国から反対されても2002年の訪朝を決断した「胆力」を見習ってほしいなど、ごく常識的な注文をつけていたが、蓮池さんに言わせるためにゲストに呼んだのだな、と思った。
普段は厳しく政府を批判するメディアでも、こと拉致問題となると、急に矛先が鈍ってしまうのはなぜか。
それは、拉致問題をめぐる方針が「家族会」から出ているように見えるからだ。その批判をためらってしまうのは、拉致被害者の家族という圧倒的な「被害者性」ゆえである。
酷い事故に遭ったり、不幸に見舞われた本人や家族を前にすれば、その人たちの気持ちに寄り添おうとするのは人情である。そうした配慮や忖度はメディアにも働く。
だが問題は、「家族会」に対する忖度が過剰になり、まともな報道に支障をきたしていることだ。
06年に共同通信が平壌に支局を開設するさい、事前に「家族会」に開設してよいか「おうかがい」を立てたと聞くが、これは「家族会」が意図したかどうかには関わりなく「圧力団体」として見られていることを示す。
「家族会」、「救う会」、「政府(内閣)」の三位一体のような構造はいかにして作られたのか。そしてそれがなぜ「聖域」化しアンタッチャブルになるのか。
(つづく)