なぜ政府は2人の拉致被害者を見捨てるのか?(3)

 時間が経つごとにウクライナにおけるロシア軍の蛮行が露わになってくる。

 戦場取材の経験豊富な「不肖宮嶋」、宮嶋茂樹さんが、プレスツアーでキーウ郊外のブチャやボロディアンカなどで撮影した写真を文春系メディアで発表している―

 ブチャでは、ロシア兵の戦死者を含め多くの遺体が遺遺されていたが、死臭より煤とガソリンの匂いが町中に充満していたという。ロシア兵が男性と子どもは即座に殺し、女性はレイプして殺すという蛮行の証拠隠滅のために遺体にガソリンをかけて焼いたからだった。

 宮嶋さんはブチャのごみ捨て場で、女性2人、子ども4人、計6体の焼け焦げた遺体を見たという。遺体は服をはぎ取られ、ごみと一緒に燃やされていた。

子どもの焼け焦げた遺体(男性が手に持っている)は、軽々と持ち上げられるほど小さい(文春)


 マカリウという町では「ウクライナ忠犬ハチ公」とネットで投稿された犬「リーニア」メス、9歳の秋田犬を撮影している。

 記事によると、飼い主の主婦、タチアナさんは母親がロシア人で、夫を2年前に新型コロナで亡くしていた。

 3月16日、ロシア軍のなかでも残忍といわれるチェチェン人兵士が装甲車ごと自宅塀を破り、侵入。兵士らはタチアナさんを近所の空き別荘地に連れて行き、そこで強姦したうえ喉を掻き切って殺害し、遺体は庭先に埋めた。

タチアナさんを待ってずっと横たわるリーニア(左)。秋田犬(右)を飼っている近くの人がエサを持ってきたが食べない。宮嶋さんが撮影した時点で事件から1カ月が経っていて、リーニアは立てないほど弱っていたそうだ(文春)

チェチェン兵は装甲車で塀を破壊して押し入った。人目をはばかっての蛮行ではない。(文春)


 チェチェン兵らはこのあと、隣家にも侵入、若夫婦と母親を連れ去り、また強姦しようとしたところ、上級部隊指揮官と思われるブリヤート人将校に止められ、夫人と母親は解放されたが、夫は殺害されたという。

 もう言葉もない野蛮な犯罪だが、報じられる多くの住民虐殺は、単なる個別の「不良」兵士による狼藉ではないだろう。上記の住民に対する蛮行は、少なくともチェチェン人部隊では大っぴらに当たり前のように行われていた、ある程度「組織的」な犯行とみてよいのではないか。

 余計なことだが、「忠犬ハチ公」がウクライナ人に広く知られていることに驚く。ウクライナ人は概して親日的で日本のことをよく知っているという。
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 北朝鮮のような全体主義体制は、「普通の独裁」とはかなり違う。

 90年代初めには飢餓が広まり100万人単位の餓死者を出すなか核ミサイル開発に邁進し、今も国民の9人に1人(300万人超)が発熱して「最大非常防疫態勢」にある一方で、弾道ミサイルを撃ちまくっている。

 「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」の実現とは、この北朝鮮が、跪いて「悪いことをしました、お許し下さい」と非を全面的に認め、「全員」を差し出すというマンガのようなことを想定することになる。しかし北朝鮮の体制はそれほど甘くない。

 拉致は対南テロとならんで北朝鮮の最奥の国家機密の一つだ。国際テロとして世界を震撼させた87年の大韓航空機爆破事件を、北朝鮮はやったと認めていない。今なお、実行犯の金賢姫(キムヒョンヒ)は北朝鮮の人間ではないなどとシラを切っている。

 こうした国家機密は、体制が転換しなければ全面的に表に出てくることはないだろう。

takase.hatenablog.jp


 例えば東独では、「ベルリンの壁」が崩壊し、共産党社会主義統一党)支配体制が終わってはじめて、シュタージ(秘密警察)による弾圧の全貌が明らかにされた。これにより、犠牲者が名誉回復され、拷問で障害を受けた人が治療、補償を受けられるようになった。

 どうすれば北朝鮮の体制を転換させられるのか、私も考え続けてきたが、まだ朝鮮半島における「壁崩壊」の日は見通せない。一方、拉致被害者も日本で待つ家族や友人も有限の時間を生きている。いつ来るかわからない体制崩壊を待つわけにはいかない。

 とすれば、拉致問題の全面解決は無理でも、北朝鮮の現体制と向き合って、部分的な成果を積み上げていくしかない。

 外交交渉では、こちらの言い分が100%通ることはない。素人でもわかることだ。

 まして相手はあの北朝鮮である。一歩一歩、妥協を重ねて成果を求めていく厳しい交渉になるだろう。少しでも前に進めていくには、悔しいけれども「泥棒に追い銭」を用意する覚悟も必要だろう。しかし、知恵を集め、戦略を練って成果をかちとっていくしかないのだ。

岸田内閣で拉致問題の進展はあるのか5 - 高世仁の「諸悪莫作」日記

 

 私は1997年2月、横田めぐみさんと思われる日本女性を北朝鮮で目撃したという元工作員の証言を取材していらい、拉致問題を取材してきた。被害者家族の尋常でない苦悩も見聞きしてきた。だから、「家族会」が「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」を掲げたい気持ちは痛いほど理解できる。しかし残念ながら、それは実現不可能なのである。それだけでなく、このスローガンは拉致問題の進展に害をもたらしていると思う。

 日本政府は、「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」以外の北朝鮮からの回答をすべて拒否することで、まともな外交交渉を放棄している。このスローガンが、政府の無作為の口実になっている。何もせずに北朝鮮を非難し「強硬論」を吐くだけでよいのだから、こんなに楽なことはない。

 結果、新たに判明した拉致被害者の安否確認と救出が8年も放置されるという人道上見過ごせない事態が起きている。

 日本政府が、「家族会」や「救う会」の掲げる「全拉致被害者の即時一括帰国」に固執するならば、これまでと同じく、拉致問題に進展のないまま、時間がむなしく過ぎていくだけだろう。

 ここで「家族会」と「救う会」が、ストックホルム合意における北朝鮮の「再調査」をどう考えていたのかを振り返ってみよう。

 2015年4月、「家族会」と「救う会」が、安倍総理と関係閣僚に首相官邸で面会したさい、飯塚繁雄・家族会代表は、北朝鮮からの調査報告書は受け取らなくてよいと明言していた。

「総理、率直に申し上げますが」、「焦って北の報告書を受け取る必要はありません。拉致被害者の確実な帰国の実現以外、望んでおりません。」

 「家族会」、「救う会」の方針をリードする西岡力救う会会長は、拉致問題の解決には外交交渉は不要だとしている。

「犯罪なんですよ、これは。外交交渉じゃないんです。何人かでいいということではない。全員取り戻すということについては絶対に譲歩の余地がない。100-0なんです。白黒なんです。」
「特に私は外務省の方々に言いたい。『外交交渉じゃないですよ』と。彼らを動かすためには餌が必要だ、ということをおっしゃいます。しかしそれは、全員を取り戻すという前提でなければならない、ということです。」(14年6月の日朝合意に関する「緊急国民集会」でのスピーチ)

 白か黒か、100か0か。たしかにこれでは外交の出番はない。

(つづく)