水俣病は終わっていない

 晦日の空が燃えているようだ。西陽に照らされて対面の東の空の雲が赤く染まっている。明日も晴れるようだが、寒さが厳しいらしい。 

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5時過ぎの空

 去年はコロナで中止になった忘年会が、きのうあった。写真家のOさんの事務所で、酒やつまみを持ち寄っての気の置けない飲み会で、もう20年くらい前から参加している。
 参加者に、在日中国人と在日ラオス人がいて、さらにバンコク在住の人がズームで参加した。議論好きな人たちばかりで、さっそく先日開通した中国ラオス鉄道(中国国境のボーテンと首都ビエンチャンを結ぶ高速鉄道)の話題で盛り上がった。

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12月3日開通式が行われた。雲南省昆明へとつながる(NHKニュースより)
農業、不動産、資源開発など中国からの投資が相次ぎ、外国からの投資の7割は中国だ。

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シンガポールまでつなげる予定。中国ラオス鉄道の総事業費は7000億円近くで、これはラオスGDPの3分の1。ラオス側が負担する約2000億円の大半は中国の政府系金融機関からの借り入れだ。

 

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ビエンチャン駅。漢字の方が大きく、「ラオス国民のアイデンティティを考慮していない不適切なものだ」との批判も。

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ラオス国債の信用度を示す「格付け」は、相当重大な信用リスク「CCC」まで格下げされている

 在日ラオス人が、「ラオス政府はほんとに間抜けで、中国のなすがままになっている」といたく悲憤していた。沿線には広大な中国企業が経営する農園が広がり、バナナなど中国向けの農作物が栽培されている。
 貿易や投資は言うに及ばず、近年のラオス人の留学先もほとんど中国であり、人的交流の分野でも中国の存在感は圧倒的だ。

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タイの東北地方で中国ラオス鉄道につなげる高速鉄道の工事が進行しているが、タイ国内には反発もある。

 この鉄道ははじめから採算割れが見えており、ラオスが巨額の債務を負うことは明らかで、結局は中国の「債務の罠」に陥ることになるだろう。高速鉄道は将来シンガポールまで延び、東南アジア一帯が中国のさらに強い影響下に入るが、その趨勢は抑えられまい。
 5時間近く、酒を飲みながらいろんなテーマをとりあげて議論が続いた。これだけしゃべったのはほんとうに久しぶりだった。
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 映画『水俣曼荼羅を観てきた。372分、6時間超!その長さにちょっとためらったが、観た人から「おもしろくて、全然長く感じないよ」と背中を押されたのだ。実際、画面に引き付けられて、もっと観たいと思うくらいだった。

docudocu.jp


《『ゆきゆきて、神軍』の原一男が20年もの歳月をかけ作り上げた、372分の叙事詩水俣曼荼羅』がついに、公開される。
原一男が最新作で描いて見せたのは、「あの水俣」だった。「水俣はもう、解決済みだ」そう世間では、思われているかも知れない。でもいまなお和解を拒否して、裁判闘争を継続している人たちがいる―穏やかな湾に臨み、海の幸に恵まれた豊かな漁村だった水俣市は、化学工業会社・チッソの城下町として栄えた。しかしその発展と引きかえに背負った〝死に至る病″はいまなお、この場所に暗い陰を落としている。不自由なからだのまま大人になった胎児性、あるいは小児性の患者さんたち。末梢神経ではなく脳に病因がある、そう証明しようとする大学病院の医師。病をめぐって様々な感情が交錯する。国と県を相手取っての患者への補償を求める裁判は、いまなお係争中だ。そして、終わりの見えない裁判闘争と並行して、何人もの患者さんが亡くなっていく。
しかし同時に、患者さんとその家族が暮らす水俣は、喜び・笑いに溢れた世界でもある。豊かな海の恵みをもたらす水俣湾を中心に、幾重もの人生・物語がスクリーンの上を流れていく。そんな水俣の日々の営みを原は20年間、じっと記録してきた。
水俣を忘れてはいけない」という想いで―壮大かつ長大なロマン『水俣曼荼羅』、原一男のあらたな代表作が生まれた。》(公式HPのIntroduction)

 私は、今年は水俣づいていて、桑原史成さんと石川武志さんの写真展に行き、映画『MINAMATA』を観て、田口ランディの『水俣~天地への祈り』を読んだ。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20211014

 ところで以前、『MINAMATA』を観たらこのブログに書くと予告して書かないでいたのは、失望が大きかったから。物語の重要な構成要素―例えば、ユージン・スミスチッソの社長から取引を持ち掛けられる、アトリエが放火で焼かれてしまう、収容所のような病院にひそかに潜入してチッソが隠す決定的な証拠を見つける、などなどがみな作り事なのだ。「事実にもとづく」とうたう映画で、これは許されないだろう。

 田口ランディの本はとても素晴らしかったので、いずれ紹介したい。

 水俣についてはある程度、勉強したと思っていたが、『水俣曼荼羅』を観て、知らないことがなんと多いことかと気づかされた。

 2004年10月15日、提訴から22年かかった、水俣病関西訴訟の最高裁判決が出た。
 熊本で1980年に提起された第3次訴訟と、東京、京都、福岡で提起された裁判の総計2千人を超える原告は、1995年に示された政府解決策にのって訴えを取り下げたが、それを受け入れずに裁判を続けたのが関西訴訟の原告たちだ。

 この判決は、水俣病(未認定)患者らに対するチッソの責任に加えて、水俣病の発生・拡大を防止するための規制権限を行使しなかった国および熊本県の責任を認めた画期的なものだった。

 この判決で注目すべきことの一つは、水俣病とは何かという「病像」論で科学論争が繰り広げられた結果、過去の学説がひっくり返ったことだ。
 これまでは水俣病は末梢神経の障害とされていたが、この判決では、二人の医師、浴野成生、二宮正が唱える大脳皮質障害による感覚障害との説が採用された。そして、必ず複数の症状の組み合わせを要求し、感覚障害だけでは水俣病と認められないとしてきた環境庁の1977年判断条件を採用せずに、新たな認定基準でより多くの人が水俣病と認められる道を開いた。

 この二人の医師による、学会の主流を相手にした孤独な闘い、患者への寄り添いを通じて、新たな水俣病像を知った。(日本外国特派員協会での会見資料参照)
http://aileenarchive.or.jp/minamata_jp/documents/060425ekino.html

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環境大臣時代の小池百合子も登場

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ユージン・スミスが「恋人」と呼んだ胎児性患者の田中実子(じつこ)さんを訪れた浴野医師

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 (胎児性患者の坂本しのぶさんは"恋多き女性"で、映画では、これまで好きになった人との対面をセッティンング。)

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パーキンソン病とともに生きる最晩年の石牟礼道子さん。「悶え神」と「許し」を語った。

 何年も国や県を相手に闘うのはしんどい。勝ち目があるわけでもない。カメラが入っていく原告の家は、襖が破れ放題で、経済的に追い詰められているのがわかる。「一人で国を相手に闘うもんじゃない」との弱音も漏れる。しかし、闘い続ける人々の表情は実に美しい。

 声を出して笑う場面も、涙なしに見れないシーンもある。この映画は、水俣病をめぐる闘いの記録として貴重であるだけでなく、そこに生きる「人間」が深く描かれ、水俣病は今も続いていることを説得力をもって訴えている。

 撮影15年、編集5年。まさに執念のドキュメンタリー。お勧めです。