蓮池薫さんの受賞式にて

takase222009-10-02

第八回「新潮ドキュメント賞」に、拉致被害者蓮池薫さんの『半島へ、ふたたび』が選ばれた。
《ボートで運ばれながら、殴られて腫れ上がったまぶたのすき間から見た最後の日本の姿は、故郷柏崎のほんわかとやさしい夜景だった。その二日後、北朝鮮に着いて目にしたのは、冷たく暗い清津(チョンジン)の夜景だった――拉致被害者である著者が、「北」に隣接するソウルを旅して吐露する辛苦に満ちた24年の記憶。初めての手記》
この宣伝文を読むと、北朝鮮での体験が書いてあると期待する。私もその一人だったが、実際にはこの本はソウル旅行記で、北朝鮮のことはほとんど出てこない。売れ行き好調だというが、買った人の多くは拍子抜けすると思う。蓮池さんのせいじゃないけど。
新潮ドキュメント賞小林秀雄賞の授賞式が、きょうホテルオークラで行われ、私も行った。たくさんのカメラが蓮池さんに向けられていた。写真は、小林秀雄賞の水村美苗氏とならんで金屏風の前に立つ蓮池さん。
選考委員の藤原新也氏が挨拶。藤原氏は、「なぜ、北朝鮮のことを書かないのか」と蓮池さんに直接に尋ねたという。蓮池さんは、《拉致被害者を日本に戻したら秘密をぺらぺらしゃべるという実績を作ってしまうと、北朝鮮拉致被害者を帰さなくなるから》と答えたそうだ。
これに藤原氏はこうコメントした。
拉致被害者がみんな帰ってきてからでないと北朝鮮について書けないということになる。私は、金正日体制が倒れないかぎり拉致問題は解決しないと思う。とすると、蓮池さんは北朝鮮について書けないままになってしまうが、それは作家として大きなハンデではないか」。
蓮池さんは受賞の挨拶で大要こんなことを語った。
《今回の受賞で、拉致問題への関心が依然高いということが証明され、うれしく思っている。私が、北朝鮮について知っていることをまだきちんと話していないと言う人もいるが、話すべきところには話している。24年間を奪われた者として、おおっぴらに言えないことは悔しい。しかし、公開した方がいい情報だけではない。北朝鮮との交渉に使うべき情報、ウラ取引のために取っておく情報、北朝鮮には知らせない方がよい情報などさまざまある。情報は明らかにされた瞬間に意味がなくなってしまうことがある。情報を公開すべきかどうかの基準は一つ、拉致問題解決に役に立つかどうかだ。その判断は私にさせてください》
今も北朝鮮に残る拉致被害者を助けたいという思いが伝わってきた。すぐに会場を去ろうとしていた蓮池さんに、人をかきわけて近づいて、おめでとうと声をかけ握手した。
会場で選考委員の櫻井よしこさんと久しぶりにお会いした。
先日(9月12日)フジテレビで放送した『戦場のメロディ』がとてもよかったとお褒めの言葉をいただいた。これは「ああ、モンテンルパの夜はふけて」という歌をテーマにしたドキュメンタリードラマで、フィリピンに囚われたBC級戦犯の日本兵と彼らを帰国させようと奮闘する往年の人気歌手、渡辺はま子を描いている。http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2009/090818utahime.html
http://www.youtube.com/watch?v=nPHSzT85VuE&feature=related
かなりの戦犯が冤罪だったとされる。以前書いたように、《この裁判のやり方は、収容所にいる日本人が呼び出され並ばされる、そこにフィリピン人の犠牲者やその家族が証人として連れてこられて、「村人を殺したのはこの人だ」というふうに指差していく》。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20090301
今回の取材の過程で、この指差し=ポインティングのフィルムが、アメリカの国立公文書館に残っていたのを発見、番組に入れた。私も初めて観たが、たくさんの日本兵の中から、「あの人」「この人」と指して選んでいく。容疑者とされた日本兵は生きた心地がしなかったろう。
櫻井よしこさんは、いま、北方領土返還交渉をめぐって、鈴木宗男議員と論争の真最中で、その話になった。「北方領土といえば思い出しますね」と私が言うと、櫻井さんも頷いて微笑んでいた。彼女とは共通の思い出がある。
(つづく)