ゲバラの娘、連帯を語る

takase222008-05-17

チェ・ゲバラは、59年のキューバ革命成功のあと、大臣など要職を務め、カストロに次ぐナンバー2とされた。ところが、65年カストロに決別の手紙を残してキューバを去る。世界革命を自ら実践しようとしたのだ。67年、ゲリラ戦を行なっていたボリビアの山中で政府軍に捕まり処刑された。悲劇とロマンの革命家として世界中にファンがいる。
そのゲバラの娘が日本に来ているというので、きょう講演会に行ってきた。アレイダ・ゲバラさん(写真)という小児科医で、父とキューバ医療について語るという。父のチェ・ゲバラも医師だった。
私は「後期高齢者医療制度」を調べるなかで、今の日本の医療崩壊の現状に驚く一方で、映画“Sicko”(シッコ)で描かれたキューバ医療に非常に興味を持った。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080423
質問するために一番前に座ってやろうと会場(明治大学)に行ったら、参加者が多すぎて大教室(定員800人)に入りきれず、入り口で100人以上があぶれていた。私もあぶれ組。急遽、別の教室のスクリーンに会場のやり取りを映して見せるということになった。さすがに団塊の世代が多いが、この人気の高さはどういうことだ?やはりキューバ医療への関心なのか?
ソ連などが社会主義の優位性として挙げていた「無料の医療」は、結局はウソだった。サハリンに残留した朝鮮人や日本人を取材したさい、「治療もタダなんでしょう」と聞くと、日本語で「タダほど高いものはないよ」という答えが返ってきた。無料の診療所はあるが、そんなところに行ってもおざなりの治療で、ろくに薬もくれない。金か権力のコネがなければ、まともな治療を受けられないというのが現実だと言った。
私は、同じ社会主義という看板を掲げていても、キューバベトナムについては、スターリニズムやマオイズムや金正日体制などの「全体主義」とは別物だと思ってきた。実際キューバの実態は、アメリカが流す情報とは相当に違っているようだ。
キューバに取材に行ったうちの会社ジンネットの仲間は、みなすっかりキューバが気に入って帰ってきた。実に雰囲気の良い国だという。たしかにモノはないという。ガソリン不足もあって走る車が少ない。そこで、仕事が終わると道にずらりと人が並んで、通りかかるトラックなどをヒッチハイクして帰宅するのだという。ドライバーは乗せるのが当たり前で、乗せた人とすぐ仲良くなって和気藹々と家まで送るのだという。
私はキューバの音楽といえば『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(Buena Vista Social Club)しか知らないが、ラブソングばかりのあの歌を聞いただけで、他の社会主義とは体質が違うことが分かる。だから、医療についてもキューバには本物の人民主義があるのでは、と期待しているのだ。
アレイダさんはどっしりとした体格で、いかにも優しそうな目をしている。これなら小さな子どもでも怖がらずに彼女の診察を受けるだろう。
映画「シッコ」を観て感銘を受けたのは、半世紀におよぶ経済封鎖を受けつづけた貧乏国キューバが、良質にしてただ同然の医療サービスを人民に提供していることだった。さらに、キューバは他の国に人を送って医療援助を行なってもいる。一方わが日本は、被災地にワクチンを送ったりするが、継続的な援助をしない。
アレイダさんによると、キューバは、南米を中心に外国に7万人の医師を派遣し、諸外国から9千人をキューバに呼んで医師の養成を行なっているという。きっと政治評論家は、これがキューバの戦術、駆け引きなのだとシニカルに言うだろう。しかし、私はここにキューバ革命の最も良質なエトスがあると思う。アレイダさんの口からは、もう日本では聞かれなくなった「連帯」という言葉が何度も出た。
アレイダさん自身、志願して外国で医療活動をした経験がある。キューバでは、ほとんどの医師が、上から言われたからではなく、自らすすんで外国に支援に行くという。
アンゴラに支援に行ったとき見た光景がアレイダさんを変えた。次々に幼児が死んでいく。ある日、死んだ赤ちゃんが紙に包まれて捨てられるのを見た。当時を思い出したのか、話しながらアレイダさんは涙を流した。
《飢えている子どもが一人でもいるうちは、この世界が平和だと言うことはできません》
そのとおりだ。ただ戦闘がないという状態が平和なのではなく、真の平和は、中身が伴わなければならないのだ。
さすがに《二つ、三つ、……数多くのベトナムをつくれ これが合言葉だ》と言って、孤立するベトナムを支援しようと訴えたゲバラの娘である。
ここまで書いてきて、私はここのところ、真の平和とは何かという同じテーマに毎日触れているなあと思う。私が見るもの聞くもの、みな関係してしまう。私がこのテーマを「引き寄せて」いるのか、それともこの問題が私を「引き寄せて」いるのか?
情勢分析小児科医として子どもによく歌うというアレイダさん、最後は「紙の船」という童謡を歌って満場の拍手を浴びた。
ストレートに「良きもの」を目指す姿勢に、私はすぐ感動してしまう。会場出口に並べてあるゲバラのTシャツを思わず買ってしまった。気分は昔の左翼青年に戻っていた。