番組案内―イランとサハリン

 番組案内です。
 あす1月18日 (土) のTBS「報道特集」(午後5時30分~)で《緊急取材!激動のイラン》の特集があります。
緊張が高まるイランを緊急取材。体制を支える「革命防衛隊」はソレイマニ司令官の殺害をどう受け止めたのか?ウクライナ機撃墜の波紋は?経済制裁による国民生活への影響は?
 ジン・ネットは「報道特集」のイラン取材に協力しています。いま世界が注目するイランからのリポートをぜひご覧ください。

f:id:takase22:20200118022327j:plain

事故ではなく誤射で撃墜したことが分かり「うそつきには死を」と反政府デモが再び盛り上がるテヘラン

 「自己責任」論でジャーナリストを批判する人は、なにも日本人が危ないところに行かなくても、外国通信社からの映像で事足りるではないかというが、やはり日本人がリポートするのは違う、というところを見せてもらいたい。

 

 また、私も会員の「日本サハリン協会」から今日、協会が取材協力したテレビ番組2本の放送案内をいただいたので合わせて紹介する。私は1989年からサハリン(樺太)で残留朝鮮人と残留日本人を取材した。https://takase.hatenablog.jp/entry/20100508
私にとって、ジャーナリスト冥利に尽きる、最も印象深い取材の一つだったので、今も協会や当時お世話になった方々とお付き合いさせてもらっている。


1)NHK教育「ろうを生きる 難聴を生きる」
1月25日(土)午後8時45分 〜 午後9時00分/1月31日(金)午後0時45分 〜 午後1時00分(再放送)
 去年10月、残留日本人とみられる平沼ニコライさんが、日本のろう者団体の招きで初めて日本を訪れました。生まれて間もなく聴覚を失い、幼いころに両親を失った彼には両親に関する情報が残っておらず、国の支援で一時帰国することはできませんでした。番組は、彼の人生に心を寄せた多くの仲間の協力で祖国の地を踏むことができたニコライさん一時帰国の記録です。ぜひご覧ください。
 なお、去年9月に放送された樺太引揚ろう者の戦後初めての故郷(知取)訪問の記録も18日と24日に再放送されます(「サハリン“樺太”で生まれたろう者の戦後」)。こちらもぜひご覧ください。
1月18日(土) 午後8時45分 〜 午後9時00分アンコール放送/1月24日(金) 午後0時45分 〜 午後1時00分(再放送)

2)フジテレビ「奇跡体験!アンビリーバボー
1月30日(木)午後7時57分~午後9時00分
 1988年に故郷訪問でサハリンに渡った小川元会長が、残留日本人に出会ったことがきっかけで始まった日本への一時帰国。今は亡き小川元会長、野呂静江さんの出会いと、小川元会長の奮闘がもたらした奇跡が、その後30年にわたるサハリン残留邦人支援につながった物語をドラマと実写映像で描きます。ぜひご覧ください。

 小川岟一(よういち)さんは元日経新聞社員でサハリン生まれ。残留日本人の存在に日本政府が全く関心を示さないのに怒って「協会」を立ち上げ、一時的里帰りから永住帰国へと運動を発展させてきた。https://takase.hatenablog.jp/entry/20170802
 野呂静江さんはサハリンの日本人会の初代会長で、サハリン各地に散らばる日本人を訪ね歩いた調査行に同行取材させてもらった。https://takase.hatenablog.jp/entry/20180312
お二人とも懐かしい恩人である。

後世に知らせるべき戦争体験としてサハリン(樺太)は独特である。
 日本軍は敗戦間近に「国民義勇戦闘隊」を全国民で組織し「玉砕まで遊撃戦を行わんとする」ことを決めたが、その計画が実行された唯一の戦場が樺太だった。
 8月15日のあとも戦闘が続き5000人の邦人が犠牲になった。「北のひめゆり」と言われた「真岡郵便電信局事件」(電話交換手の9人の女子が青酸カリで自決した)は8月20日に起きている。https://takase.hatenablog.jp/entry/20170815
 その戦後処理もまた他に例を見ないもので、ぜひ若い人にも知ってほしい。邦人は本土に帰還したが、炭鉱などの労働に従事していた、終戦時2万3千人残っていた朝鮮人は、そのまま半世紀以上、サハリンに留め置かれたままになっていたのだ。

 私の残留朝鮮人の取材はテレ朝の「ニュースステーション」で放送されたのだが、その映像素材を「韓国文化界のゴッドマザー」全玉淑(チョン・オクスク)さん―歌手のチョーヨンピルが「お母さん」と呼んでいた女傑(https://takase.hatenablog.jp/entry/20151222)―に無料で提供したことが事態を変えた。
 全さんはその映像素材で特番を制作、韓国テレビのゴールデンタイムに放送し大反響を得た。当時、韓国はまだソ連と国交がなく、直接に取材もできず、サハリン残留朝鮮人の存在はほとんど知られていなかったのだ。テレビ放送から大韓赤十字が動き、残留朝鮮人の韓国への里帰り、そして永住帰国へとつながっていった。
 その韓国での番組放送のあとサハリンを再訪したら、顔なじみの朝鮮人のおばさんたちが近寄ってきて「あんた、よくやってくれたね。おかげで韓国に帰れそうだよ」と歓迎してくれたことが忘れられない。

香港―抵抗と暴力

 きょうと明日、NHKクロ現で「シリーズ 検証・かんぽ問題」が放送されるが、第一夜のスタジオに「2年にわたって保険の不適正問題を取材」してきた望月健ディレクターが登場した。

f:id:takase22:20200115233937j:plain

 彼は10年前までジン・ネットの社員で取締役の一人でもあった。当時から傑出した取材力があり、今の活躍は驚かないが、かつての仲間が大きな意味のある仕事をしているのを見るのはとてもうれしい。
 かんぽ問題は、早くも2018年4月にクロ現が取り上げた。すると日本郵政グループが圧力をかけてNHKに続編の放送を延期させた。https://takase.hatenablog.jp/archive/2019/09/29
 今回、かんぽ問題がまた放送できたということは、クロ現放送延期をメディアが報じ、国会でも取り上げられ、社会からも批判がでたことが大きい。まがりなりにも民主社会であればメディア、政治、市民が動けば事態はマシになるのである。また、NHKの中にも圧力に屈しない人々がいることが確認できる。
 かんぽ問題は、まだまだ闇が深そうで、さらに追及してもらいたい。
・・・・・・・・・・・・・
 13日、東京外大で『香港危機に終わりはあるのか?』というシンポジウムがあり取材してきた。
 香港政治が専門の倉田徹さん(立教大教授)が編著の『香港危機の深層』(東京外語大出版会)という本の出版記念の催しだ。9人の著者のうち8人が参加し、伊勢崎賢治さんの講演もあり、香港から周庭さんがスカイプで会場と対話するなど盛りだくさんの、非常に中身の濃いシンポジウムだった。

f:id:takase22:20200113154822j:plain

スカイプで結んだ周庭さんに多くの質問が寄せられた

 論点は多岐にわたったが、議論が集中したテーマに「運動はこれからどうなるのか」そして「暴力をどうとらえるか」があった。
 多くの論者が、民主派が圧勝した区議選のあとも香港政府と警察はまったく変わっておらず、反政府運動は終りそうにないと見ている。
 雨傘運動では都市中心部の限定された地域を占拠する「オキュパイ」型の闘争だったが、今回はデモ隊がゲリラ的に神出鬼没の闘争を実施した結果、中心部だけでなく田舎でも警察のデモ規制が見られた。警察の暴力を目の当たりにする機会が格段に増え、区議選では、警察が催涙弾を撃った地域で民主派が勝ったという。デモ事情に詳しい人がこれを評して「本当の意味で全民運動になった」と言う。
 周庭さんは8月末に(私が香港に着いて会う予定だった日に)逮捕、起訴され、自由に海外に出られないのでスカイプでの出演となった。闘いはいつまで続くかと会場から聞かれた周庭さんは、「何千人と仲間が逮捕されている。もし闘いを止めれば、仲間たちは何年も獄中に身を置くことになり、弾圧はさらにひどくなる。止めるわけにはいかない」という意味の答えをした。また、「平和的なデモだけでは政府を変えられない。急進的な手段で「逃亡犯条例」改正を撤回することができた」とも語った。
 本の執筆者の一人で香港の若者たちの動向に詳しい伯川星矢さんが、周庭さんを補足する。「人々の声に耳を傾けようとしない政府には、いくら100万人超が集まっても平和的な運動では効き目がない。条例改正を撤回したのは、空港を2回占拠した結果だった。つまり実力行使が効果があった。暴力ではなく抵抗だといいたい」。
 ゲストスピーカーの伊勢崎賢治さんは、アフガンで武装解除の任にあたったことで知られるが、香港区議選に民主派から監視委員として招聘された。
 伊勢崎さんの話は「抵抗と暴力」。パレスチナインティファーダを例にとって、こう問いかけた。「パレスチナ人の子どもが、イスラエルの戦車に向けて石を投げた。これは暴力ですか」。

f:id:takase22:20200116012909j:plain

 伊勢崎さんによれば、これは暴力ではない。「私は子どもが手榴弾を投げても暴力ではないと思う」。
 いったい暴力とは何だろうか。
(つづく)

「一国二制度」にNOを突きつけた台湾総統選挙

 きょうは玉川上水沿いを10キロほど歩く催しに参加してきた。

f:id:takase22:20200112113107j:plain

 冬枯れの木々の枝先をよく見ると小さな芽が膨らんできている。途中の公園には梅が咲いていた。今年は記録的な暖冬になるらしい。
・・・・・・・・・・
 11日投開票された台湾総統選挙で、台湾の民意は中国との「一国二制度」による統一にはっきりとNOをつきつけた。
 対中強硬路線の与党・民進党蔡英文総統(63)は、得票率57%で対中融和路線の国民党・韓氏に約19ポイントの大差をつけ圧勝。得票数は817万と1996年以降の直接総統選で最多。投票率は74.9%で16年の前回選挙を9ポイント近く上回った。
 18年には、経済政策などで蔡英文政権への批判が高まり、11月の統一地方選では民進党が大敗、蔡英文総統の支持率も2割台に低迷していた。
 ところが、中国の習近平国家主席が2019年1月、台湾を香港と同じく「一国二制度」で統一する方針を明言。さらに6月から香港は、反中国デモとそれに対する厳しい弾圧で政情が混乱する。台湾に「きょうの香港はあすの台湾だ」との警戒感が高まったことで、民進党への支持が一気に拡大したと見られる。
 世界は、とくにアジアでは、中国にどう向き合うかがますます大きなテーマになってくる。
・・・・・・・・・・・
 この間の気になったニュースから。

1.《厚生労働省が8日発表した2019年11月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)によると、基本給や残業代を合わせた1人当たりの現金給与総額(名目賃金)は28万4652円で、前年同月に比べ0・2%減った。減少は3カ月ぶり。物価の影響を加味した実質賃金は0・9%減で名目、実質ともにマイナスとなった。
 実質賃金は10月の速報値(0・1%増)が確報値の段階で0・4%減へ修正されたのに伴い、11月は2カ月連続の減少となった。賃金が比較的低いパートタイム労働者が増え、全体の水準が下がったとみられる。》(共同)

f:id:takase22:20150206173932j:plain

 安倍首相は景気が拡大し続けていると言い張るが、統計は正直だ。先進国では異例の長期にわたる生活水準の低下がつづく。経済がここまでひどくなっているのに、それが政治的な不満につながらないのが問題だ。
 
2.《1983年に欧州で消息を絶った拉致被害者有本恵子さん(当時23歳)が12日、60歳の誕生日を迎えた。神戸市長田区の自宅では、姉の尚子さん(61)が報道陣の取材に初めて応じ、「一刻も早く帰国して日本で幸せな人生を送ってほしい」と思いを語った。今後は両親を支えながら、もう1人の姉の昌子さん(63)と一緒に拉致問題の解決に向けた運動に参加する。
 神戸市外国語大の学生だった恵子さんは、英国に留学していた83年7月頃、北朝鮮に拉致された。父の明弘さん(91)と母の嘉代子さん(94)は30年以上にわたり、恵子さんの救出を求めて運動を続けてきたが、嘉代子さんは持病の不整脈が悪化し、今月3日から入院している。
 恵子さんが還暦を迎えるのを機に、尚子さんも「高齢になった両親のためにも妹を取り返したい」と運動に携わることを決めた。
 この日は、自宅で恵子さんの誕生日会が開かれ、恵子さんが好きだったイチゴ入りのフルーツケーキやハンバーグなどが食卓に並んだ。明弘さんは「安倍首相が訪朝し、必ず被害者を帰国させるように話をつけてくれるはずだ」と語った。》(読売新聞)

 有本恵子さんの拉致はその詳細がもっともよく判明しているケースである。
 ロンドンの語学学校で学んでいた恵子さんは、おもしろい仕事があると誘われてコペンハーゲン経由で北朝鮮に渡りそのまま身柄を拘束された。ロンドンで恵子さんに接近して親しくなり、北朝鮮行きを誘ったのは八尾恵という「よど号」犯の妻だった女性で、本人が詳細を証言している。この作戦は、「よど号」犯リーダーの田村に指示され、「よど号」犯の安部と、朝鮮労働党員で外交官の肩書を持つ工作員、キム・ユーチョルとともに実行した。八尾は法廷で証言したほか、恵子さんの両親に土下座して謝罪した。私も八尾と独自に会って証言を聞いている。
 恵子さんは、やはり欧州から拉致された札幌出身の石岡亨さんと北朝鮮で結婚し、子どもをもうけたことがわかっている。
 北朝鮮は、1988年に一家全員、暖房用の石炭ガス中毒で死亡したと日本側に通知したが、その「死亡」時期よりあとに曽我ひとみさんが恵子さんを外貨ショップで目撃しており、現在も生きている可能性がある。
 それにしても23歳で拉致されていまや還暦とは・・。本人はもちろん、待ち続ける家族の気持ちを思うといたたまれない。北朝鮮の体制が一日もはやく崩壊するよう祈る。

3.《沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設で、海底の地盤改良工事について検討・助言する防衛省の「技術検討会」の委員が二〇一六~一八年度、改良工事に伴う設計変更を請け負った建設コンサルタント日本工営」(東京)から別事業で報酬を受けていたことが本紙の調べで分かった。同社は委員の助言を設計に反映する立場にあるが、同社から資金提供を受けていた委員が設計変更案について「お墨付き」を与えたことになる。》
辺野古の工事変更案は日本工営など二社が防衛省と作成。同省によると、二社の担当者は技術検討会の会合にも同席している。費用は当初計画の三倍近い九千三百億円に膨らみ、工期も倍の十六年に延びたが、検討会は昨年十二月、変更案を了承した。二社は今後さらに設計の詳細を詰める。設計がまとまれば防衛省沖縄県に変更を申請する。(東京新聞

 そもそも2013年の返還計画では、埋め立てなどの工期は5年で、早ければ2022年度に普天間基地の返還が可能になると言っていたのに、軟弱地盤が見つかり、工期が2倍、費用が3倍になっていく。このままでは移転は30年代になる。
 危険な普天間基地を一刻も早く移転しなければ・・などと言ってきた政府の嘘が暴かれたばかりでなく、その工事変更案を検討する有識者会議の委員らが受注業者からカネをもらっていたというのだ。
 ウソと腐敗が蔓延する政治をなんとかしなければ。

鬼海弘雄写真展「や・ちまた」

 満月だ。月が太ってきて、心なしか体調もよくなった気分。
 去年の秋から、資金繰りが行き詰ってストレスの強い日々が続くが、何ごとも「修行」と思って乗り切ろう。
・・・・・・・・・・・・
 10日夜、尊敬する写真家、鬼海弘雄さんの写真展「や・ちまた」のオープニング・レセプションに行った。

 鬼海さんは山形がうんだ世界的写真家で、独特の深みのある人物写真で知られる。2004年に"PERSONA"で土門拳賞を受賞している。

f:id:takase22:20200110185104j:plain

鬼海弘雄さん

f:id:takase22:20200111210842j:plain

「以前、ハーレーダビッドソンに乗り廻していたという男」

f:id:takase22:20200110185815j:plain

ご家族もいらして和気あいあいの楽しい会だった

 昨夜はビール片手に鬼海さんと親しく話せる楽しい雰囲気の会だった。
 鬼海さんが浅草寺に通って人物写真を撮りはじめたのが1973年。それを1996年にまとめて出版されたのが『や・ちまた 王たちの回廊』(みすず書房)だ。
浅草寺で鬼海さんはじっと人を観察するという。これだ!と感じる人が見つからなければ一枚も撮らずに帰るのだそうだ。鬼海さんの心の琴線に触れた人だけがここに登場している。みな濃密なものをかもしだしている。

f:id:takase22:20200112010906j:plain

 この本に阿部謹也氏(歴史学者)が一文を寄せていて、
 「ここには懐かしい同胞がある。よくみると世間の荒波の中で闘ってきた辛苦が表情に刻み込まれているが、心の底では世間などに左右されてたまるかという気概を覗かせている。一人一人は極めて個性的である。しかしそこには全員に共通な何かがある」と書いている。その「共通な何か」、人間の本質的なものに見る人が感応するのだろう。人間っていいな、という思いがしてくる。
 写真展は、1/10(金)〜26(日)11〜19時(祭日、月休館)、渋谷のNANZUKA ART GALLERYで開かれている。https://www.tokyoartbeat.com/event/2019/D40D

 

「新人類」の若者たち2

 2018年5月に結婚したイギリス王室のヘンリー王子とメーガン妃が、公式インスタグラムアカウント「@SussexRoyal」を通じて、ロイヤルファミリーのシニアメンバーとしての座を退く意向を表明した。王室から「抜ける」というのだ。

 彼らもある意味、「新人類」といえるかも。

f:id:takase22:20200109230235j:plain

1936年、英国王エドワード8世は離婚歴のある米国人女性と結婚するために王位を捨てた。英王室を揺るがせた「王冠をかけた恋」である。 それから約80年。離婚歴があり、黒人の血を引く米国人女性がロイヤルファミリーに迎えられた。

 ヘンリー王子夫妻は声明の中で「私たちは王室の中に新しい進歩的な役割を作り出すことを決めました」「王室の上級王族の地位を退き、経済的に独立することを目指します」などと表明した。
 重大発表を突然インスタグラムでやるとはいかにも「イマ」風だが、これを受けてバッキンガム宮殿も声明を出した。うろたえている様子である。
 「サセックス公爵サセックス公爵夫人の件についての話し合いはまだ初期段階にあります。従来とは違う方法で王室と関わっていきたいという2人の考えを理解していますが、この件に関しては複雑な事情が絡んでいるため、解決するのにそれなりの時間を要することになるでしょう」

 スウェーデンデンマークノルウェーはじめ人権先進国はのきなみ「王国」であり、近代民主主義国家の王制を私は肯定的に見てきた。https://takase.hatenablog.jp/archive/2016/10/15
 一方で、王制は遠くない将来、消滅する運命だろうとも思っている。
 今回の騒動を見て、「消滅」はこんな「事件」が繰り返されるうちに、国王自身が「もう王制はやめようよ」と言ってソフトランディングする形になるのかな、などと想像した。北欧はじめ主要な王国が続くのは今後2世代までだと私は見ている。わが皇室はそれより長く、3代目まではいくかもしれない。こんなことを書くとクレームが来そうだが。
・・・・・・・・・・・・・
 先日の若者論のつづき。
 写真家の藤原新也さんは、グレートジャーニーで知られた探検家の関野吉晴さんとの対論で、いまのエスタブリッシュメントではもうだめだと語る。

藤原《日本は戦後、何も持たない乞食のような状況から出発した。そしてアメリカの豊かさを目指して、1960年代、70年代に経済的な成長を遂げた。そんな時代を生きた世代が、いまも日本を動かしているわけです。経団連の会長の米倉弘昌氏(当時:注)などはその象徴です。このエコノミックアニマルと外国から名指しされた世代が社会を動かしているうちは何も変わらない。変わるとしたらその後でしょうね》(注:元住友化学会長、2018年11月死去)

 そして、ある「一流大学を卒業して大手のビール会社に就職した青年」のエピソードを紹介する。
 《彼の担当は品質管理で、ベルトコンベアーに載って流れてくるビール瓶が百本に一本くらいの割合で倒れるらしい。これがおかしなことに倒れた瓶は全部廃棄処分にする。かなり膨大な数になるというんです。
 廃棄するたびに瓶の割れる音を聞いていた彼は、自分の仕事が無意味に思えて、結局、給料も待遇もいい会社をやめてしまった。
 そして、いま整体師の仕事をしているんですよ。もともと彼はアトピーで苦しんだ経験があるから、整体を通して身体の不調に悩む人の力になりたいと話していました。収入は十分の一に減ったけど、躊躇なく新たな道を選んだ。金より生きる意味を選んだ。こういうのは昔の世代にはありません。
 僕は真っ当な選択だなと感じました。彼らの世代が社会を動かすようになったら、低成長社会にはなるだろうけど、いままでとは違う尺度で幸福や生き方を考える時代になるかもしれないという淡い期待が僕にはある。低成長の美学や価値観が提示されていく社会に―》

f:id:takase22:20200109225704j:plain

 これに対して関野さんが応じる。
関野《じつは私も、同じことを考えていたんです。最近よく話題になる“草食男子”が、希望なんじゃないか、と(笑)。
 車も家もいらない。結婚もしたくないし、子供もいらない・・・。僕らの世代はその逆でしたよね。何でもかんでも欲しがった。
 “草食男子”は覇気がない。いまどきの若者は・・・と説教する人たちは多いけど、別に物欲に対して覇気がなくてもいいじゃないかと思うんですよ。私たちの世代は、大量にモノをつくり、消費してきたから、若者たちに我慢を強いるのはずるい気もするけど、自然にそうなったんだからいいんじゃないかと思います。そんな“草食男子”が世の中の主流になったら、日本は間違いなく変わるでしょうね。でも自立心とか責任感は必要ですけどね。》(P114~115)

 対論はさらに続く。
(つづく)

アフガンの「聖人」中村哲

 イランの革命防衛隊が、報復として、米軍が駐留するイラクの基地に対してミサイル攻撃した。

 イラン出身の女優、サヘル・ローズさんは複雑な思いでいる。

f:id:takase22:20200108231828p:plain

サヘル・ローズさんのFacebookより

 反米一色に見えるイラン国内にも苦悩する人々がいることだろう。
・・・・・・・・・・・・

 

 英国の経済紙『ファイナンシャル・タイムズ』の「アフガン戦争の罪人と聖人」(A Japanese saint among the sinners of the Afghan war)という記事が日本経済新聞に翻訳されている。「罪人」はアメリカ、聖人は中村哲先生だ。

 海外から中村さんがどう見られているのか、大変興味深い記事だったので、紹介したい。

 《米国政府がアフガニスタン戦争の講和を探り始めている。2001年9月11日の米同時テロ事件を受けて米軍がアフガニスタンに侵攻した時、反政府武装勢力タリバンの指導者たちは「米国人は時計で時間に縛られているが、我々には悠久の時間がある」と語った。案の定、絶大な力を持った米国も、19世紀の英国や20世紀の旧ソ連と同様、外国の軍隊ではアフガニスタンの戦乱は収められないことを思い知らされた。(略)

 アフガニスタン戦争は怒り、傲慢、尊大、無能といった適切な判断を鈍らせる悪材料が重なったことで状況がさらに悪化した。その結果、何十万人ものアフガニスタン市民とタリバン戦闘員、そして約3000人に上る米軍およびその友軍の兵士の命が失われた。そしてこの悲劇の規模の大きさを改めて明らかにする出来事が昨年12月、2件起きた。

 1件目は、米ワシントン・ポスト紙が数千ページに及ぶ内部文書を入手・公表し、この紛争に関する公的な事後検証結果を暴露したことだ。2件目は、日本人医師の中村哲さんがアフガニスタンで早すぎる死を遂げたことだ。彼はいくばくかの知恵と謙虚さがあれば、平和の実現が困難な地においても、偉業を成し遂げられることを世界に示した。

 ワシントン・ポスト紙の記事は、アフガニスタン復興特別監察官室という米政府内の小さな部署で作成された秘密文書に基づいたものだ。紛争に関与した何百人もの政策立案者、軍幹部、外交官らにインタビューし、「得られた教訓」をまとめたプロジェクトだった。
 インタビューを通じて浮き彫りになるのは、アフガニスタンにおける軍事作戦やそれに伴う政治発言が傲慢や怠慢、うぬぼれ、欺瞞(ぎまん)などに起因していたことだ。明らかになった最も衝撃的で痛烈な事実は、責任ある立場の人々があまりにも無知だったことだ。

 アフガニスタン戦争はオバマ前大統領による兵力増派の際、米軍および北大西洋条約機構NATO)軍の動員兵力が最大15万人にも達したことがある。しかし、これだけの規模であったにもかかわらず、指揮した責任者たちは、アフガニスタンの歴史や文化について本当に何も知らなかった。(略)

 ワシントン・ポスト紙による簡潔な要約を引用するなら、当局者らは「自分たちが理解していない国について見当違いな想定に基づき、重大な欠陥のある戦闘戦略を採用していた」ことを認めた。

 対照的に、中村医師はアフガニスタンを理解していた。パキスタンでしばらく活動した後、1990年代にアフガニスタンのナンガルハル州に診療所を設立した。日本の非政府組織の支援を受けて地元の人々の医療に取り組み、治療している病気のほとんどの原因が、栄養不良と水源不足に行き着くことに気がついたのだ。

 そこで、自分自身が土木技師になろうと考えた。2000年代の初めから灌漑(かんがい)水路網の建設を監督し始め、広大な砂漠に生命をよみがえらせた。設計に当たっては、日本に数世紀前から伝わる仕組みを取り入れた。複雑な重機を使わずに建設でき、何より重要なことは、地元の人々の手で維持管理ができるためだ。この水路建設によって数十万人の生活が一変した。

 中村医師は政治と距離を置き、周囲で荒れ狂う戦争についてコメントすることも避けた。自分の目標は命を守ることだ、と力説していた。

 だが、いくつかの鋭い所見を披露していた。アフガニスタンで戦闘に携わる者の多くは住む土地を追われ、家族を養うカネを得るために雇い兵にならざるを得なかったことや、農地が再生されると、兵士になる年齢の男性が農作業で忙しいため、暴力が大幅に減ったことなどだ。シンプルな洞察かもしれないが、ワシントンで戦争を指揮する賢い人たちは誰一人、これに気づかなかったようだ。(略)

 中村氏の水路建設のプロジェクトを追った日本のテレビドキュメンタリーを見た人々は、彼が現代の聖人と呼んでも差し支えないほどの生涯を送ったという見方にきっと同意するだろう。彼の知恵のひとかけらでも米国が発揮していてくれたら、と思わざるを得ない。
By Philip Stephens
(2020年1月2日付 英フィナンシャル・タイムズhttps://www.ft.com/

 中村さんは、世界的な偉人として評価されていくだろう

「新人類」の若者たち

 中東では、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害を歓喜で迎えた人たちも多い。アサド政権の圧政に苦しむシリア人もそうだ。
 一時期は気息奄々だったアサド政権をロシアとともに軍事的に支え、ISや他の反政府勢力との戦いに勝利させ、現在のようにシリアの大部分を支配するにいたらしめたのは、ソレイマニ司令官の指揮下にあるイラン革命防衛隊であり、その子飼いのシーア派民兵である。いわばアサド政権のつっかい棒であり、民衆から恨まれる存在だった。

 1月1日、私たちが正月気分でいた日に、シリア反政府勢力の最後の拠点、北西部のイドリブ県では「少なくとも22に及ぶ空襲」があったという。また、アサド政権軍が発射した地対地ミサイルで、学校にいた4名の子どもを含む6名の民間人が死亡した。
 アサド政権による軍事攻撃は、病院や学校などをターゲットにする非人道的なものだ。https://takase.hatenablog.jp/entry/20191019 それがここ数週間、とくに激しくなっているという。国連によると、イドリブでは12月だけで、28万4千人もの人々が攻撃により家を追いやられたという。
 そこに届いたソレイマニ司令官の死亡の報である。イドリブでは、民衆が通りに集まり彼の死を喜び、トランプ大統領を讃えたという。https://twitter.com/AsaadHannaa/status/1213110894584094722

f:id:takase22:20200108005504p:plain

イドリブでソレイマニ司令官の死を祝い、お菓子を配る人

 18年、ヨルダンで多くのシリア難民と知り合ったさい、難民のなかでのトランプ人気の高さに驚いたことを思い出した。https://takase.hatenablog.jp/entry/20181222
 当時、アサド政権の化学兵器使用に対する「人道的介入」として、トランプ政権はシリアに59発の巡航ミサイルによる空爆を実施したのだった。「トランプがバカだっていうのは知ってる。でも、オバマも誰もこれまでアサド政権への攻撃をやってくれなかったじゃないか。トランプしか頼れるものはいない」と言った難民の言葉は忘れられない。
 ソレイマニ司令官はここでは明らかに「反人道」の側にいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 行き詰まり感に絶望したくなる今日だが、最近、括目すべき若い人たちの出現に驚くことが多くなった。
 分かりやすいところではスポーツ界。張本智和大坂なおみ、八村塁、そしてスケートボードボルダリングなどの新しい競技での十代のスターアスリートには、ただ歳が若いだけではなく「新感覚」を感じる。
 また、環境活動家グレタ・トゥーンベリさんなどの若い社会活動家を見ていると、我々とは思考回路が違っているのではと感じる。
 この世界も捨てたもんじゃない。そんな思いを持つのである。

 『人類滅亡を避ける道』という関野吉晴さんの対論集を読んでいたら、若者に期待する声が載っていた。
 写真家の藤原新也氏。(自然と人間の関係について)
 《僕らのように自然を身近に感じる環境で育って、ある意味でおいしい思いをした世代が、若い人たちに対して「自然に帰れ」と言ってはいけないと思うんです。わかりやすいアジテーションだし、簡単に言えてしまう。でも、それを言っては何も始まらない》
 《でも、僕はそれほど現状を悲観的に見ているわけではないんですよ。いままでわれわれが持っていた生き方や価値観とは違った尺度を持った若者が出てきていると感じます。そこに、われわれからは推し量れない希望や可能性があるんだろうと思うんですね》
 《私の周囲にも物質的、経済的な豊かさではなくて、別の角度から生きる意味を考え始めている若者たちがたくさんいます。一般論でいっても、いまの40代の世代までは、会社に忠誠を尽くして、がむしゃらに働いて収益を上げて、持ち家を持って・・というひとつの幸福の、人生の形があった。けれど、いまの若者は会社をパッと辞めてしまう。もちろん忍耐力のなさもあるのかもしれない。ただ、それだけではないと感じます。かつての世代とは、生き方、幸福の尺度が明らかに変わってきている》
(つづく)