番組案内―イランとサハリン

 番組案内です。
 あす1月18日 (土) のTBS「報道特集」(午後5時30分~)で《緊急取材!激動のイラン》の特集があります。
緊張が高まるイランを緊急取材。体制を支える「革命防衛隊」はソレイマニ司令官の殺害をどう受け止めたのか?ウクライナ機撃墜の波紋は?経済制裁による国民生活への影響は?
 ジン・ネットは「報道特集」のイラン取材に協力しています。いま世界が注目するイランからのリポートをぜひご覧ください。

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事故ではなく誤射で撃墜したことが分かり「うそつきには死を」と反政府デモが再び盛り上がるテヘラン

 「自己責任」論でジャーナリストを批判する人は、なにも日本人が危ないところに行かなくても、外国通信社からの映像で事足りるではないかというが、やはり日本人がリポートするのは違う、というところを見せてもらいたい。

 

 また、私も会員の「日本サハリン協会」から今日、協会が取材協力したテレビ番組2本の放送案内をいただいたので合わせて紹介する。私は1989年からサハリン(樺太)で残留朝鮮人と残留日本人を取材した。https://takase.hatenablog.jp/entry/20100508
私にとって、ジャーナリスト冥利に尽きる、最も印象深い取材の一つだったので、今も協会や当時お世話になった方々とお付き合いさせてもらっている。


1)NHK教育「ろうを生きる 難聴を生きる」
1月25日(土)午後8時45分 〜 午後9時00分/1月31日(金)午後0時45分 〜 午後1時00分(再放送)
 去年10月、残留日本人とみられる平沼ニコライさんが、日本のろう者団体の招きで初めて日本を訪れました。生まれて間もなく聴覚を失い、幼いころに両親を失った彼には両親に関する情報が残っておらず、国の支援で一時帰国することはできませんでした。番組は、彼の人生に心を寄せた多くの仲間の協力で祖国の地を踏むことができたニコライさん一時帰国の記録です。ぜひご覧ください。
 なお、去年9月に放送された樺太引揚ろう者の戦後初めての故郷(知取)訪問の記録も18日と24日に再放送されます(「サハリン“樺太”で生まれたろう者の戦後」)。こちらもぜひご覧ください。
1月18日(土) 午後8時45分 〜 午後9時00分アンコール放送/1月24日(金) 午後0時45分 〜 午後1時00分(再放送)

2)フジテレビ「奇跡体験!アンビリーバボー
1月30日(木)午後7時57分~午後9時00分
 1988年に故郷訪問でサハリンに渡った小川元会長が、残留日本人に出会ったことがきっかけで始まった日本への一時帰国。今は亡き小川元会長、野呂静江さんの出会いと、小川元会長の奮闘がもたらした奇跡が、その後30年にわたるサハリン残留邦人支援につながった物語をドラマと実写映像で描きます。ぜひご覧ください。

 小川岟一(よういち)さんは元日経新聞社員でサハリン生まれ。残留日本人の存在に日本政府が全く関心を示さないのに怒って「協会」を立ち上げ、一時的里帰りから永住帰国へと運動を発展させてきた。https://takase.hatenablog.jp/entry/20170802
 野呂静江さんはサハリンの日本人会の初代会長で、サハリン各地に散らばる日本人を訪ね歩いた調査行に同行取材させてもらった。https://takase.hatenablog.jp/entry/20180312
お二人とも懐かしい恩人である。

後世に知らせるべき戦争体験としてサハリン(樺太)は独特である。
 日本軍は敗戦間近に「国民義勇戦闘隊」を全国民で組織し「玉砕まで遊撃戦を行わんとする」ことを決めたが、その計画が実行された唯一の戦場が樺太だった。
 8月15日のあとも戦闘が続き5000人の邦人が犠牲になった。「北のひめゆり」と言われた「真岡郵便電信局事件」(電話交換手の9人の女子が青酸カリで自決した)は8月20日に起きている。https://takase.hatenablog.jp/entry/20170815
 その戦後処理もまた他に例を見ないもので、ぜひ若い人にも知ってほしい。邦人は本土に帰還したが、炭鉱などの労働に従事していた、およそ4万人とされる朝鮮人は、そのまま半世紀以上、サハリンに留め置かれたままになっていたのだ。

 私の残留朝鮮人の取材はテレ朝の「ニュースステーション」で放送されたのだが、その映像素材を「韓国文化界のゴッドマザー」全玉淑(チョン・オクスク)さん―歌手のチョーヨンピルが「お母さん」と呼んでいた女傑(https://takase.hatenablog.jp/entry/20151222)―に無料で提供したことが事態を変えた。
 全さんはその映像素材で特番を制作、韓国テレビのゴールデンタイムに放送し大反響を得た。当時、韓国はまだソ連と国交がなく、直接に取材もできず、サハリン残留朝鮮人の存在はほとんど知られていなかったのだ。テレビ放送から大韓赤十字が動き、残留朝鮮人の韓国への里帰り、そして永住帰国へとつながっていった。
 その韓国での番組放送のあとサハリンを再訪したら、顔なじみの朝鮮人のおばさんたちが近寄ってきて「あんた、よくやってくれたね。おかげで韓国に帰れそうだよ」と歓迎してくれたことが忘れられない。