アフガンの「聖人」中村哲

 イランの革命防衛隊が、報復として、米軍が駐留するイラクの基地に対してミサイル攻撃した。

 イラン出身の女優、サヘル・ローズさんは複雑な思いでいる。

f:id:takase22:20200108231828p:plain

サヘル・ローズさんのFacebookより

 反米一色に見えるイラン国内にも苦悩する人々がいることだろう。
・・・・・・・・・・・・

 

 英国の経済紙『ファイナンシャル・タイムズ』の「アフガン戦争の罪人と聖人」(A Japanese saint among the sinners of the Afghan war)という記事が日本経済新聞に翻訳されている。「罪人」はアメリカ、聖人は中村哲先生だ。

 海外から中村さんがどう見られているのか、大変興味深い記事だったので、紹介したい。

 《米国政府がアフガニスタン戦争の講和を探り始めている。2001年9月11日の米同時テロ事件を受けて米軍がアフガニスタンに侵攻した時、反政府武装勢力タリバンの指導者たちは「米国人は時計で時間に縛られているが、我々には悠久の時間がある」と語った。案の定、絶大な力を持った米国も、19世紀の英国や20世紀の旧ソ連と同様、外国の軍隊ではアフガニスタンの戦乱は収められないことを思い知らされた。(略)

 アフガニスタン戦争は怒り、傲慢、尊大、無能といった適切な判断を鈍らせる悪材料が重なったことで状況がさらに悪化した。その結果、何十万人ものアフガニスタン市民とタリバン戦闘員、そして約3000人に上る米軍およびその友軍の兵士の命が失われた。そしてこの悲劇の規模の大きさを改めて明らかにする出来事が昨年12月、2件起きた。

 1件目は、米ワシントン・ポスト紙が数千ページに及ぶ内部文書を入手・公表し、この紛争に関する公的な事後検証結果を暴露したことだ。2件目は、日本人医師の中村哲さんがアフガニスタンで早すぎる死を遂げたことだ。彼はいくばくかの知恵と謙虚さがあれば、平和の実現が困難な地においても、偉業を成し遂げられることを世界に示した。

 ワシントン・ポスト紙の記事は、アフガニスタン復興特別監察官室という米政府内の小さな部署で作成された秘密文書に基づいたものだ。紛争に関与した何百人もの政策立案者、軍幹部、外交官らにインタビューし、「得られた教訓」をまとめたプロジェクトだった。
 インタビューを通じて浮き彫りになるのは、アフガニスタンにおける軍事作戦やそれに伴う政治発言が傲慢や怠慢、うぬぼれ、欺瞞(ぎまん)などに起因していたことだ。明らかになった最も衝撃的で痛烈な事実は、責任ある立場の人々があまりにも無知だったことだ。

 アフガニスタン戦争はオバマ前大統領による兵力増派の際、米軍および北大西洋条約機構NATO)軍の動員兵力が最大15万人にも達したことがある。しかし、これだけの規模であったにもかかわらず、指揮した責任者たちは、アフガニスタンの歴史や文化について本当に何も知らなかった。(略)

 ワシントン・ポスト紙による簡潔な要約を引用するなら、当局者らは「自分たちが理解していない国について見当違いな想定に基づき、重大な欠陥のある戦闘戦略を採用していた」ことを認めた。

 対照的に、中村医師はアフガニスタンを理解していた。パキスタンでしばらく活動した後、1990年代にアフガニスタンのナンガルハル州に診療所を設立した。日本の非政府組織の支援を受けて地元の人々の医療に取り組み、治療している病気のほとんどの原因が、栄養不良と水源不足に行き着くことに気がついたのだ。

 そこで、自分自身が土木技師になろうと考えた。2000年代の初めから灌漑(かんがい)水路網の建設を監督し始め、広大な砂漠に生命をよみがえらせた。設計に当たっては、日本に数世紀前から伝わる仕組みを取り入れた。複雑な重機を使わずに建設でき、何より重要なことは、地元の人々の手で維持管理ができるためだ。この水路建設によって数十万人の生活が一変した。

 中村医師は政治と距離を置き、周囲で荒れ狂う戦争についてコメントすることも避けた。自分の目標は命を守ることだ、と力説していた。

 だが、いくつかの鋭い所見を披露していた。アフガニスタンで戦闘に携わる者の多くは住む土地を追われ、家族を養うカネを得るために雇い兵にならざるを得なかったことや、農地が再生されると、兵士になる年齢の男性が農作業で忙しいため、暴力が大幅に減ったことなどだ。シンプルな洞察かもしれないが、ワシントンで戦争を指揮する賢い人たちは誰一人、これに気づかなかったようだ。(略)

 中村氏の水路建設のプロジェクトを追った日本のテレビドキュメンタリーを見た人々は、彼が現代の聖人と呼んでも差し支えないほどの生涯を送ったという見方にきっと同意するだろう。彼の知恵のひとかけらでも米国が発揮していてくれたら、と思わざるを得ない。
By Philip Stephens
(2020年1月2日付 英フィナンシャル・タイムズhttps://www.ft.com/

 中村さんは、世界的な偉人として評価されていくだろう