危険地に日本のメディアがいない!

takase222015-02-18

朝、かみさんと娘は弁当を持って先に家を出る。
炊飯器にまだご飯が残っていたので私も弁当を作ることに。
朝食に出た卵焼き、夕食の残りのカボチャ煮つけ、ヒジキなどを適当に詰めこみ、ご飯に海苔を敷いてできあがり。
若い頃は外食がいいと思っていたが、今は、弁当がとても美味しく感じられる。
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《ジャーナリストはなぜ戦場(紛争地、危険な場所)に行くのか》
これを議論するシンポジウムや集会がいくつも開かれている。また、メディアでもさまざまな発言が取り上げられている。

先日、NHK−BS1の「国際報道」というニュース番組で、ジャーナリストの遠藤正雄さんが述べたコメントは説得力があった。
「現場に行かないと見えないもの、聞こえない声がある。
人々は内戦で疲弊しきっている。特にお金のない人が避難民になって取り残されている。食べ物も仕事もない。
その中で、唯一の頼みが国際社会だ。国際社会に訴える際、その中間に立つ人間が誰かというと、我々フリーのジャーナリストだ。
彼らは伝えてもらいたいと思っている。我々もそれに応えたい」(2月10日放送)

先日、遠藤さんに会ったときには、「紛争地に行くと、各国のメディアが来てるのに、日本人がいないんですよ。恥ずかしいですよ。ほんとに」と語気を強めて歎いていた。

今朝の朝日新聞に「シリア市民戦火生き抜く〜『最激戦地』アレッポを行く」(上)が載っている。
戦乱のなかのアサド政権支配地の町と市民生活の実態を伝えるルポだ。
1月26日に、首都ダマスカスから「政府軍が掌握する地域を選んで車で走」り7時間かけてアレッポに入ったという。ここはかつて反政府勢力が支配していたが、アサド政権側が軍事的に押し返し、「政府軍関係者によると、市の東側はアルカイダ系過激派組織『ヌスラ戦線』など複数の反政府勢力、西側は政府軍が掌握する」。

記事の後ろに「取材にあたって」という解説がついている。
【 内戦が続くシリアでは12年3月以降、日本人外交官は退去した。日本の外務省は、シリア全土を渡航情報(危険情報)の中で最も厳しい「退避勧告」地域に指定した。
 朝日新聞は内戦の当初から、複数の記者が継続的にシリア国内での取材を行っている。記者は取材に必要なビザを取得し、入国している。いずれも「イスラム国」の支配地域ではなく、アサド政権やクルド人勢力が支配を確立した地域だ。戦闘の最前線ではない。
 今回、ダマスカス―アレッポ間の往復は、現地当局や地元有力者の最新情報をもとに、(1)政府軍の掌握下にある(2)戦闘地帯から離れている――ことを精査・確認した。防弾チョッキとヘルメットも持参した。
 アレッポ中心部では戦闘が断続的に続く。記者は中心部には近づかず、政府軍が掌握する市西部で取材した。市内の取材にはシリア情報省の職員が立ち会ったが、検閲は受けていない。】
戦闘地域を避けて、「防弾チョッキとヘルメットも持参し」て、ちゃんと安全に留意しながら取材しましたと言っている。
いま、メディアの世界では、外務省が危ないという地域にジャーナリストが入ると、なんと同業者がバッシングする情けない状態になっている。普通の人がなかなか入れないところにこそ、ジャーナリストが入るべきなのに。

朝日新聞は、1月24日朝刊の「時時刻刻」をシリアの首都、ダマスカス発で執筆、翌25日の外報面ではダマスカス市民の声を伝えた。31日の朝刊1面で、イスラム国から奪還されたばかりのシリア北部の都市、アインアルアラブ(クルド名:コバニ)のルポが掲載された。2月1日の朝刊1面トップでは、イスラム国支配地域からシリア北部の都市、アレッポに逃れてきた人々の様子を報じた。
朝日記者のシリア入りを読売新聞(1月31日夕刊と産経新聞(2月1日朝刊)が、批判的に報じた。
読売記事では、外務省が1月21日の段階で「日本新聞協会などに対し、シリアへの渡航を見合わせるよう強く求めていた」と指摘。産経記事では、「外務省幹部は『記者も当事者意識を持ってほしい。非常に危険で、いつ拘束されてもおかしくない』と強い懸念を示した」などと解説した。http://www.j-cast.com/2015/02/02226867.html

仲間をちくるような記事を載せて恥ずかしくないのだろうか。

ベトナム戦争のころは違っていた
遠藤さんは、ベトナム戦争に従軍取材した経験をもつジャーナリストだが、当時は、大新聞もテレビも戦地に社員記者を送っていた。それがあたりまえだった。
(つづく)