南相馬市の内部被曝の実態

takase222013-08-27


きょうは、「ガイアの夜明け」で紹介した「巣鴨コレクション」通称「ガモコレ」の仕掛け人、小堀義光さんと番組の反響などを聞きながら飲んだ。
町屋のいい感じの飲み屋に入った。昭和初期といった感じのポスターがはられている。こういうレトロ調を最近よく見るが、どういうわけで流行ってきたのだろう。
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月末が近づいて資金繰りでばたばたしている。
厳しくなると、カメラマン含めお世話になっている関係者にお金を払えなくなるし、その前に自分も給料がもらえなくなるで、公私ともにつらいことになる。あたりまえだが。
で、きのうは、電話とメールで「大変申し訳ないが、支払いを一ヶ月延ばしてもらえませんか」というようなお願いをかなりたくさんの人に出した。
やりたくない作業。
すると、こんな返事が。
《世の中厳しいですね。残暑厳しき折、どうぞお身体を充分ご自愛の上、乗り切って下さい! 私は大丈夫です!!!ファイト!》
入金が遅れるのを了解するだけでなく、励ましてくれるとは・・・本当にありがたいことである。
自分がきびしい立場にあるときこそ、人の親切が身にしみる。
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福島の事故では30種類以上の放射性物質が撒き散らされた。うち、健康被害がとくに心配されるのは、ヨウ素セシウムプルトニウムストロンチウムの四つだとされる。
実際に、被災地の人々はどれほどの被曝をしたのか。
チェルノブイリでは、放射性ヨウ素が、事故4年後からの小児甲状腺がん増加の原因になったことが認められている。放射性ヨウ素は、牛乳から体内に取り込まれたと見られるが、これは、当時のソ連政府が、原発事故の深刻さを国民に知らせず、汚染された牧場からの牛乳の出荷をまったく規制しなかったからだった。
もちろん、ソ連政府は、放射性ヨウ素をブロックするためのヨウ素剤投与もしていない。反対に、ポーランドが事故直後にヨウ素剤をいっせいに配布して、小児甲状腺がんを防いだエピソードはよく知られている。
日本は、この点では失敗した。
国会事故調は、《放射性ヨウ素の初期被ばくを防ぐヨウ素剤の投与》については、《原災本部や県知事は住民に対して服用指示を適切な時間内に出すことに失敗した》とはっきり書いている。
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20120707 
放射性ヨウ素半減期が短いので、事故直後に取り込んだ量を正確に把握する事はもう無理だ。
とはいえ、日本では事故後、汚染食品が早くから規制されたこと、チェルノブイリ周辺に比べて福島県沿岸部の人々の日常的なヨウ素摂取(海草などからの)が多かっただろうことを考えると、少ない被曝で済んだと思う。
今中氏も《福島第一原発周辺の子どもたちの甲状腺被曝がチェルノブイリの場合より少なかったことは確かでしょう》と述べている。(P194)
ただ、大量の放射性ヨウ素が大気中にばら撒かれ、量の多少はあっても人々は被曝した。とくに子どもたちの定期的な診断、追跡調査の態勢をしっかりと作る必要がある。
次にセシウムはどうか。今中氏の評価はこうだ。
《長期的な内部被曝の主役は、チェルノブイリでも福島でも、放射性セシウムの経口取り込みです。
チェルノブイリの場合、(略)1986年のベラルーシの汚染地帯のデータでは、農村の大人の平均で、(略)(体重)1キログラムあたり約1600ベクレルになります。
福島でも、放射性セシウムの体内蓄積が心配されましたが、幸いチェルノブイリに比べていまのところ驚くほど少ないレベルにとどまっています。
南相馬市のホームページのデータでは、ホールボディカウンターで測定をした1688人の子どものうち、1439人が検出限界以下になっています。子どもたちの平均値が1キログラムあたり10ベクレル以下であることは確かでしょう。》(P195)
南相馬市の最新の検診結果(第4次「市民の内部被曝検診結果」)は;
《成人、高校生以上では、94.8%が検出限界以下、小児は全員検出限界以下でした。》
《検査月別のセシウム検出率は、大人、子供とも低い状況を維持しています。小児に関しては、2012年9月以降検査者全員が検出限界以下を維持していました。》
http://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/10,11982,61,344,html
これが現実なのだ。
では、プルトニウムストロンチウムはどうか。
セシウムは早めに排泄されるが、プルトニウムストロンチウムは骨に蓄積されて体内にずっととどまり内部被曝が続く、やっかいな核種である。
(つづく)