たくさんの人が自ら命を絶っているのは痛ましい。自殺者を少なくするにはどうすればよいのか。
世の中が悪いから自殺する人が増えるのだ、と社会を責めるのは筋違いに思える。
「就職失敗」、「仕事の失敗」、「健康問題」など自殺の「原因」とされる事柄が、そのまま自殺に直結するわけではない。当たり前のことだが、就職に失敗した人のうち99%以上は自殺しないのである。
大事なのは、その人の物事の受けとめ方、考え方の枠組みである。
ある心理学のワークショップで「10円玉のワーク」というのをやったことがある。
10円玉を親指と人差し指ではさんで持ち、左目を閉じ、開けた右目にぴったり当てる。視界は塞がれ、真っ暗だ。
次に10円玉を右目から5センチほど離す。周りが少し見えてきたが10円玉が圧倒的な存在感を持っている。
さらに目から10センチ、15センチと離していって、手をいっぱいに伸ばした状態まで10円玉を離す。10円玉はとても小さく、周りには10円玉以外のものがたくさんあることが分かる。世界の見え方が変化していくのを体験するわけである。
(岡野守也『生きる自信の心理学』PHP新書より)
この10円玉が「悩み」「苦しみ」だとして、それしか視界に入らない状態になったら落ち込んでしまうのがよく分かる。一つの悩み事を過大に見て、それだけにこだわると思考のバランスを崩す。
例えば、入試に失敗したことだけを思いつめると、世の中は真っ暗になる。あるいは「がん」を宣告された瞬間から、人生が一変し、病気のことしか考えられなくなるというのはよく聞く話だ。
先日、NHK教育で、統合失調症をテーマにしたETV「若者のこころの病」を観た。
統合失調症は、病気自体のつらさだけでなく、周りからの理解がなかなか得られないことでも苦しむ病である。
番組に、北海道浦河町にある精神障害者の共同体「べてるの家」が登場した。http://urakawa-bethel.or.jp/
その入所者一人ひとりのモットーを書いた寄せ書きが紹介され、ある女性(統合失調症)の標語は「苦労を取り戻す」だった。
理由を聞かれて彼女はこう答えた。
「病気を持ってると、その病気のつらさが100%の苦労になっていることが多い。
それを、あえて、例えば、就職の苦労だとか、人間関係、恋愛の苦労だとか、そういういろんな種類のバリエーション、普通の豊富な苦労を取り戻すことによって、病気の苦労の割合が小さくなって、人としての苦労を取り戻すこと・・・」
病人というアイデンティティだけで生きるのではなく、一人の生活者のさまざまな側面を十分に味わいながら生きていく姿勢だと理解した。
《普通の豊富な苦労》という表現がとても印象的である。この人は、大変な苦しみの中から生きる智慧を学んだのだろうなと感動を覚えた。
苦労のバランスの上に生きていれば、絶望しないですむのである。