北朝鮮の偽札は米国製?5

大状況に話がうまく合っているというのは、成功する陰謀論の条件の一つである。
1987年の大韓航空機爆破テロ事件で、これは韓国の安企部の自作自演だという説が広まった。当時の日本の新聞・雑誌を集めたことがあるが、進歩派マスコミはもちろん、「週刊サンケイ」までが安企部謀略説に傾いていた。
当時、日本での韓国の印象が今よりずっと悪かったこともあったが、タイミングが問題だった。このテロ事件が起きたのは、韓国大統領選挙の最終盤だった。実行犯の金賢姫がソウルに運ばれてきたのが投票日前日で、与党の盧泰愚が圧勝。自作自演ではないか、と疑われるのは当然の状況だった。
日本人、蜂谷真一、真由美を名乗る二人の容疑者を拘束しようとしたとき、父親役の男は毒を飲んで死亡。金賢姫が命を取り留めたことで事件の全貌が明らかにされた。彼女がそのまま死んでいれば、日本旅券を持つ物言わぬ2体の死体が残されただけだった。爆破事件は韓国安企部の仕業として歴史に残ったに違いない。
驚くのは、あの爆破事件の遺族会幹部をはじめ、今なお謀略説を信じるものが韓国には多いことだ。この背景には、韓国左翼がテレビなどのマスコミを利用して自作自演説を振りまいたことがあるが、この説自体がいかに大きな説得力を持っていたかをもうかがい知ることができる。
専門家の見立ては、謀略説には不可欠だ。大韓航空機爆破事件でも、大きな旅客機が比較的短時間で空中分解したと見られたのに対して、「携帯できるような爆発物では航空機の壁に1mの穴を開けることしか出来ず空中爆破出来ない」という専門家の発言が大きな影響力を持った。
ベンダー氏の自作自演説が広まった理由には、彼が通貨問題のエキスパートと見られていたという事情があった。
ベンダー氏は、記事で、アメリカのメディアがスーパーノートについてあまり追及しないとか、アメリカ当局が北朝鮮犯人説の決定的な証拠を出さないなどいくつもの疑問を並べるのだが、こういうのはいろんな解釈が可能な問題で、ここで議論してもはじまらない。
自作自演説に説得力を与えているのは、記事に書かれた、印刷機、インク、用紙などについての技術的な指摘だ。
まず、印刷機についてベンダー氏はこう書く。
《スーパーノートを印刷するには、凹版印刷機を必要とし、これはドイツのウエルズブルクのKBAジオリ社(旧DLRジオリ社)しか製造しておらず、米国連邦準備銀行造幣局がドルの印刷に長く使ってきたものである。この特殊な印刷機は、公開された市場では入手できない。》
つまり、この特殊印刷機北朝鮮が持っていることはありえないことを示唆している。
インクについては;
《スーパーノートで使用されているインクは、本物に使用されるインクと同じである。光の角度で見え方が変わる高価なOVIインクもそうだ。トップシークレットのOVIインクはスイス、ローザンヌにあるSicpa社でしか作っていない。連邦準備銀行で使用するこの特殊インクは、アメリカのライセンス契約社により米国の厳戒の工場で調合される。特殊インクが少量盗まれる可能性は否定できないが、大量製造に必要な量がいかにして盗まれ、厳戒の国境を密輸されるうるのか。》
この特殊インクも北朝鮮は入手できるわけがないと言いたいのである。
紙幣用紙については;
《スーパーノートに使用されている紙は、75%の綿と25%のリネンを配合し、アメリカ南部の綿を使用した、アメリカ特有の製法で作られる。こんな紙をつくるには製紙用の機械までが必要になる。》
アメリカでしか作っていない紙を北朝鮮が持つことはありえないと言いたげだ。
ベンダー氏の指摘を並べると、たしかに北朝鮮がスーパーノートを作るなど、とても無理ではないかと思わせられる。
(つづく)