「記憶」を書くイシグロ氏

 こないだ山形でみたこの青い花。たぶんエゾオヤマリンドウだと思う。深い青がきれいだ。
 リンドウは「竜胆」と書くが、これは根がとても苦くて熊の胆より苦い竜の胆ということからきた。健胃薬になるそうだ。
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 きのう紹介した小説家、中村文則氏。こんなことも書いている。
《こんなふざけた選挙は参加したくない、と思う人もいるだろうが、私達はそれでも選挙に行かなければならない。なぜなら、たとえあなたが選挙に興味がなくでも、選挙はあなたに興味を持っているからだ。》
 え、どういうことだろう?
《現在の与党は、組織票が強いので投票率が下がるほど有利となる。彼らを一人の人間として擬人化し、投票日の国民達の行動を、複眼的に見られる場面を想像してみる。「彼」は、投票日当日のあなたの行動を固唾を飲んで見守っている。自分達に投票してくれれば一番よいが、そうでない場合、あなたには絶対に、投票に行かないでくれと願う。あなたが家に居続けていれば、よしよしと心の中でうなずく。結果投票に行かなかった場合、「彼」はガッツポーズをし、喜びに打ち震えワインの栓でも抜くだろう。こんな選挙に怒りを覚えボイコットしている国民に対しても「作戦成功」とほくそ笑むだろう。反対に、野党は投票率が上がるほど有利となる。野党の「彼」は、当然あなたに選挙に行って欲しいと固唾を飲んで見守り続けることになる。有権者になるとは、望んでいなくてもつまりそういうことなのだ。》
 有権者は必ず自らがプレイヤーである特定の状況の中に置かれているということだろう。

 中村氏は小説家だが、今年のノーベル文学賞に輝いたカズオ・イシグロ氏も政治に関する発言をする。今の状況をどう生きるかの読者に対するメッセージとして。
 5日の会見では、《イシグロ氏は「価値観や(政治などの)指導力が不安定な時代。文学が少しでも何か道を探すことにつながればと思っている」と語った。》
《昨年6月に決まった英国の欧州連合(EU)離脱については、移民や多様性を否定しかねない面を批判していた。「自由民主主義が揺らぐような出来事が増えている。作家として私の役割は、一歩引いて、普通の人々と権力の関係、個人間の責任などについて考察することだ」と語った。》
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO21968280W7A001C1CC0000/
 ちなみに、『忘れられた巨人』の執筆意図について、こんなことも語っている。
 「社会がどのように記憶をとどめ、そして忘れるのかに関して本を書きたいと思っていた。」
 そして「日本の読者に向けて書いていることをとても意識していた。もちろん、日本は第二次世界大戦で起きたことをほとんど忘れてしまったと思うが。」
 イシグロ氏の受賞を日本人として喜ぶのはよいが、彼が日本の読者に訴えたいことも知っておきたい。