ダライラマが毛沢東に感謝するわけ

チベット人焼身抗議を描いた映画『ルンタ』(池谷薫監督)を観て、いろいろ考えることがあったが、チベットの老若男女が、非常に深く大乗仏教の根本を身につけていることが焼身という行為に表れていると思った
誰も殺めずに、慈悲の思いで自らの身を焼く・・・
あらためて、チベット人は特別な民族だと思う。

あるとき、ダライラマ法王が、「あなたが感謝する人は誰か」と尋ねられて、「毛沢東」と答えたという。
国を奪い、多くのチベットの民を殺し傷つけ、宗教と文化を破壊した中国共産党のリーダー毛沢東。いくら憎んでも憎みきれない悪辣な敵になぜ感謝するのか。
それは自分に「忍辱」(にんにく)の修行をさせてくれたからだという。

チベット密教は大乗だから「六波羅蜜」を修行の基本に置く。
布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六つを修行して覚りを目指す。
毛沢東は、その得がたい修行の機会を与えてくれたというのだ。

ダライラマ自伝』(文藝春秋)を引っ張り出して、めくってみると、はさまっていた写真が落ちてきた。
あらら、なつかしい!

私の隣で、法王と話しているのはリチャード・ギアだ。
こんな写真があったのを、すっかり忘れていた。

1992年(たぶん)の北インドのへんぴな山の中で開かれた「カーラチャクラ灌頂」の儀式を取材したときのものだ。
実は、恥ずかしながら、私はこのとき、リチャード・ギアが何者か知らなかった。
タイから連れて行った助手が、彼と並んだ写真を撮りたいというので、はい並んで!スマイル!パシャとシャッターを押してあげたら、助手が「高世さんも一緒に撮りませんか」と2ショット写真をすすめる。「えっ、アメリカの映画俳優? 知らないな、ぼくは遠慮しとくよ」と断ったのだった。リチャード・ギアは、背の高い若い恋人を連れてきていた。
潅頂はたしか4日つづき、近くに集落もない高い山の中にたくさんのテントがならんで、そこにみな泊まっていた。まるで別世界のコミュニティで、夜になると、隣のテントから大麻が回ってきた。
リチャード・ギアとも一緒にお茶を飲んだりした。
参加者は世界各国から来ていて、そこで交換した名刺をあとで調べたらすごい名士が何人もいた。
本題にもどる。

ダライラマ自伝』には、インドに亡命する前年の1958年、中共によるチベットへの圧迫が耐えがたくなってきたころがこう書かれている。

「翌年のモンラム(新年祭)にかけて、最後の試験を受けなくてはならなかったが、とても勉強に専念できる状態ではなかった。ほとんど毎日のように、無辜の民衆に対する中国側の暴虐のニュースが届けられたからだ。(略)六百万ティベット国民への責任感のみがひしひしとのしかかってきた。そして私の信仰の重みとが、毎朝早く、沈黙の祝福の中に小さな仏像が佇立する古い祭壇の前で祈りを捧げ、生きとし生けるものへのいや増す憐憫の思いに沈潜し、敵はわが最大の教師であるという仏陀の教えにひたすら思いをいたすのであった。そしてこの教えのむずかしさにぶつかるとき、その深遠な正しさを決して疑うことはなかった。」(P162)

以下のチベット仏教の解説は、おそらく上の法王の言動をベースにしている。
大乗仏教では、自分の敵に対してさえ、慈悲をおこすべきだと考えます。もし「敵」という一人の衆生を捨てることになれば、その瞬間に大慈悲は消えてしまうことになります。ですから、自分に危害を加える相手に対して慈悲心を起こし、忍辱の修行に努めるべきだと考えます。たとえば、チベット人を虐待する中国の治安当局者に対してさえも、忍辱波羅蜜の修行の機会を与えてくれる師のようだと考えます。というのは、忍辱の修行を実際に行なうには、加害者の存在が不可欠だからです。(略)
『入菩薩行論』にも、忍辱の修行が大切であることや、実際に害を与える者がいなければ忍辱の修行ができないと説かれています。このような理由で、加害者といえども大切で恩深い存在だと理解できれば、自分に対して害を与えない衆生や、自分に直接利益を与える衆生は、大きな恩があることは言うまでもありません。そのように考えれば、恩がない人は一人もいなくなりますので、すべてのあらゆる衆生は恩が深いと理解できます。
加害者に対して怒らず、加害者の煩悩に対して怒るべきです。というのはお釈迦様が、「煩悩に対して怒るべきであり、煩悩を持つ人に怒るべきではない」とおっしゃったとおり、中国の権力者に怒りをおこすかわりに、特に強い慈悲心を起こし、忍辱の修行をすべきです。》
(ゲシェー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ「チベット人と仏教」)
http://www.mikkyo21f.gr.jp/world-objection/cat47/post-198.html

ここを押さえないと、チベット人焼身という行為は理解できないだろう。

すべての苦しみは修行だ!というのは私のモットーでもあるが、ストレス・コントロールという点からみても最強の手法の一つだろう。