菩薩の請願―驚くべき大乗仏教の理想

 きょうも暑かったが、都心に出た。

 きのう今日と2日間、新宿区早稲田で開かれたIKTT(クメール伝統織物研究所)東京販売会。

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猛暑のなかお客さんがけっこう入っていた

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新作のストール。一番右が、テレビ番組取材で「伝統の森」を訪れた俳優の瀬戸康史(私は知らなかったが人気のある若手らしい)が惚れこんで買ったもの。黒がインディアンアーモンドの鉄媒染、ベージュがココナツのミョウバン媒染(たぶん)。渋くていい

 7月7日のブログで書いたようにIKTTもコロナ禍で経営危機に陥り、支援を呼びかけた。支援(IKTT-AID)のお返しに作品の布を買えるクーポンを発行。販売会には支援した人の姿も多かった。

takase.hatenablog.jp


 引き続き大変な状況がつづくと思うが、心のこもった布を作り続けてください!
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 きのうは、午後1時から5時まで、岡野守也先生の仏教の勉強会をZOOMでやり、そのあと7時半までリモート飲み会を楽しんだ。

 勉強会では、いくつもの感動的な発見があったが、そのうちの一つ、「菩薩の請願」について紹介しよう。

 「大般若経」(だいはんにゃきょう)という経典がある。
 玄奘が漢訳し、500万字あるという般若経典のなかで最大のお経だ。全国に国分寺を建てた聖武天皇が、大般若経を備えておくようにとの詔を出しているが、大乗仏教のもっとも基本になる経典といっていいだろう。大きなお寺では、大般若会(だいはんにゃえ)という行事があって、お経を空中でパラパラと広げる儀式をやるが、あれが大般若経だ。

 (ところで、思想家の埴谷雄嵩(はにや・ゆたか)氏は本名般若豊(はんにゃ・ ゆたか)でしたね、余計な話ですが)

 大般若経には、智慧と慈悲が一つであるという原点からスタートして、慈悲の実践の具体的内容として菩薩の「諸誓願」が挙げられている。その請願の数は31もある。(⼤般若経「初分願⾏品第51」)

 一つ注釈すると、大乗仏教は菩薩道ともいわれるくらい、「菩薩」は大乗の中核をなす言葉だが、一般には「覚りを求める人」と理解されている。しかし、菩薩とは、俗世から離れて覚って自分だけ気持ちよくなるのではなく、慈悲の心からこの世を「仏国土」にしようと努力するのだ。「衆生を救うために、この世をこんなふうにすばらしくしたい!」というのが「菩薩の請願」である。

 その内容があまりにもラディカルで深いので、講義を聴きながら、驚きと感動の連続だったのだ。

 まず、最初の請願から。
1.布施成就⾐⾷資⽣充⾜(ふせじょうじゅえじきししょうじゅうそく)の願

 この時、ブッダはスブーティ(注)にこう告げられた。
 スブーティよ、菩薩⼤⼠が布施波羅蜜多(ふせはらみった(注))を修⾏していて、もろもろの有情(うじょう、衆生と同義)が飢え渇きに迫られ、⾐服が破れ、寝具も乏しいのを⾒たならば、スブーティよ、この菩薩⼤⼠はそのことをよく観察してからこう考える。「私はどうすればこうした諸々の有情を救いとって貪欲を離れ⽋乏のない状態にしてやれるだろうか」と。こう考えた後で、次のような願をなして⾔う。「私は渾⾝の努⼒(精勤)をし⾝命を顧みず布施波羅蜜多を修⾏して、有情を成熟させ仏の国⼟を美しく創りあげ速やかに完成させて、⼀刻も早くこの上なく正しい覚りを実証し、我が仏国⼟の中にはこうした⽣きるために必要なものが⽋乏しているもろもろの有情の類がおらず、四⼤王衆天(しだいおうしゅてん)、三⼗三天、夜摩天(やまてん)、覩史多天(としたてん)、楽変化天(らくへんげてん)、他化⾃在天(てけじざいてん)(注)では種々のすばらしい⽣活の糧が受けられているように、我が仏国⼟中の衆⽣もまたそのように種々のすばらしい⽣活の糧が受けられるようにしよう」と。
 スブーティよ、この菩薩⼤⼠は、このような布施波羅蜜多によって速やかに完成することができ、この上なく正しい覚りに〔すぐ隣りといってもいいところまで〕かぎりなく接近(隣近・りんごん)するのである。

(注:スブーティとは漢訳で須菩提(しゅぼだい)。釈迦の十大弟子の一人で、解空(げくう)第一、つまり「空」の理解ではナンバーワンだったとされる。/布施波羅蜜多について。六波羅蜜―菩薩の六つの修行項目―の一つが「布施」。ギブアンドテイクのギブ、まず与えるという修行。/「天」がいろいろ出てきたが、仏教神話で「天界」のこと。)

 ここで言っているのは、物質的な面での福祉社会をめざすということだ。「⽣きるために必要なものが⽋乏している」状態を根絶し、衆生が天界のようなよい暮らしができるよう「渾⾝の努⼒」をすると誓うのである。

 そして、そういう努力をすることで覚りに「接近」できると説く。布施の実践が覚りを促進する、智慧と慈悲の相互促進作用である。

 

 12番目の請願。
12.無四種⾊類貴賎差別(むししゅしきるいきせんしゃべつ)の願
・・・菩薩⼤⼠が・・・もろもろの有情に四種類の貴賎の差別、すなわち一にクシャトリア、⼆にバラモン、三にヴァイシャ、四にスードラがあることを⾒たならば、スブーティよ、この菩薩⼤⼠はそのことをよく観察してからこう考える。「私はどうすれば巧みな⼿⽴てによってもろもろの有情を救いとって、このような四種類の貴賎の差別がないようにしてやれるだろうか」と。こう考えた後で、次のような願をなして⾔う。「私は渾⾝の努⼒をし⾝命を顧みず六波羅蜜多を修⾏して、有情を成熟させ仏国⼟を美しく創りあげ速やかに完成させて、⼀刻も早くこの上なく正しい覚りを実証し、我が仏国⼟の中にはこのような四種類の貴賎の差別がなく、⼀切の有情が同じ階級であってみな尊い⼈間という⽣存形態に含まれるようにしよう」と。・・・・
 
 これはすごい。
 はるか古代からインド社会に深く広く根付いてきたカーストを撤廃せよと言っている。みなが「同じ階級であってみな尊い⼈間」と扱われるような社会を目指すという。
 差別をなくせ、今でいうBlack Lives Matter (ブラックライブズマター)じゃないですか! 実に新しい!

 

 つぎも驚き。
13.無上中下家族差別(むじょうちゅうげかぞくしゃべつ)の願
・・・菩薩⼤⼠が・・・もろもろの有情の家族に下流中流・上流の差別があるのを⾒たならば・・・次のような願をなして⾔う。「私は渾⾝の努⼒をし⾝命を顧みず・・・我が仏の国⼟の中にはこのような下流中流・上流の家族の差別がなく、⼀切の有情がみな⾦⾊に輝いて美しく⼈々が⾒たいと思うような最⾼に充実した清らかな様⼦になるようにしよう」と。・・・

 

 これは、格差をなくせ!である。菩薩は「⾝命を顧みず」、「下流中流・上流の家族の差別」がないような世の中をつくるというのだ。

 今の政治家のみなさんに教えてあげたい。

 

 次は目を疑いました
15.無主宰得⾃在(むしゅさいとくじざい)の願
・・・菩薩⼤⼠が・・・もろもろの有情が君主に隷属しておりいろいろしたいことがあっても⾃由にならないのを⾒たならば・・・次のような願をなして⾔う。「私は渾⾝の努⼒をし⾝命を顧みず・・・私の仏の国⼟の中のもろもろの有情には君主がなくいろいろしたいことはみな⾃由であるようにしよう。ただし、如来・真に正しい覚った⽅があって真理の教えのシステムで(有情を)包み込むのは法王であって例外である」。・・・

 

 王様などおらずに人々が「自由であるように」する。(如来が法王になる場合をのぞいて)君主が君臨する世の中を否定していると読める。
 般若系の経典は、種々の大乗経典のなかでは最も古く、紀元前後から4、5世紀にかけて書かれたとされている。ローマ帝国の時代、少なくとも1500年前である。その時代に、庶民の自由をかかげて、身分差別や王政にはむかっているのである。いやはや驚いた。

 

 さらに。
17.無四⽣差別(むししょうしゃべつ)の願
・・・菩薩⼤⼠が・・・もろもろの有情に四つの⽣まれ(四⽣)の違い―すなわち卵で⽣まれるもの(卵⽣)、⺟胎からうまれるもの(胎⽣)、湿気から⽣まれるもの(湿⽣)、(愛着や性別なしに)⾃然に⽣まれるもの(化⽣)―があるのを⾒たならば・・・次のような願をなして⾔う。「私は渾⾝の努⼒をし⾝命を顧みず・・・我が仏国⼟の中にはこうした四つの⽣まれによる差別がなく、すべての有情がおなじく⾃然に⽣まれられるようにしよう」と。・・・

 

 四⽣というのは、その当時信じられていた生き物の種類分けだ。ここは、生態系の中で人間だけが特権をもつと考えてはいけないと読めないだろうか。つまり、
 ♪カエルだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだ友だちなんだ~の世界。植物も微生物も尊重しなければいけないよ、と。

 

 以上から、大乗仏教における菩薩とは、人々が豊かで、格差も差別もなく生きられる、エコロジカルな福祉社会、自由な民主社会を目指す人だといえるのではないか

 経典が書かれた時代背景を考えるとき、こういう思想が出てくるというのは、ちょっと信じられない思いがする。
 他の宗教では、奴隷の存在を認めていたり(その時代では常識だった)、「神の前では平等」といっても、実際に平等社会を目指すことは考えられていない。だからマルクスが「宗教は阿片」と言ったのだろう。

 紀元前後に、奴隷をはっきりと否定した西洋の思想はありますか?王政を否定して人民の自由を唱えた思想は?

 大乗仏教、すごい!
 あらためて、もっと勉強し、修行しなくてはと思う。

 (以上、テキストと講義内容は岡野守也先生による)