ゆうべの常岡浩介さんの「イスラム国」潜入ルポは、緊急特集だった。
金曜夜中に常岡さんが帰国して、そこから編集作業開始。私は別の取材で韓国にいたので放送日のきのうだけかかわった。
実は、きのうは山形で父親の3回忌をやっていたのだが、喪主なのに法事はパスした。
取材のはじまりは、8月下旬、イスラム法学者、中田考(なかた・こう)さんにイスラム国の幹部から来たこんなメールだった。
【ジャーナリストは無事で健康です。生きています。早く通訳をしてほしい。】
ジャーナリストとは、拘束されている日本人、湯川遥菜(はるな)さんのことで、言葉が通じないので尋問できないから通訳に来てくれと中田さんに依頼してきたというわけだ。
湯川さんの生存はほぼ確実だ。拘束以来初めての情報らしい情報である。
中田さんは、カイロ大学で博士課程を終え、同志社大学の教授を去年までつとめていた研究者。
イスラム名はハサンで、ツイッターの自己紹介に「イスラーム学徒、放浪のグローバル無職ホームレス野良博士ラノベ作家」と書く、おもしろい人である。
イスラム過激派と言われるグループにもコネがあり、タリバン幹部を日本に呼んできてアフガン政府との和平交渉を仲介するなど彼にしかできない活動も多い。
イスラム国は、ハサン中田を通訳に呼ぶとともに、なぜかジャーナリストの同行を認めるという。
その同行するジャーナリストには常岡さんが指名された。常岡さんは、すでにイスラム国の支配地に入ったことがあり幹部と知り合っていた。
アメリカ人ジャーナリスト2人が長期に拘束されたあげく殺害されたことで分かるように、コネを持たない外国人ジャーナリストがイスラム国支配地に入ることは自殺行為である。
おそらく今、イスラム国で安全を保証される日本人は、ハサン中田と常岡の二人しかいないのではないか。
当初は、拘束されている湯川さんに面会し、イスラム国に助命を願い、あわよくば救出しようという狙いだったが、いろいろあって結局面会すらできなかった。
だが、滞在中の1週間に見聞きした情報は非常に興味深く、30分の特集になったのだった。
いま、イスラム国には世界各国から義勇兵が馳せ参じている。
常岡さんたちはその外国人義勇兵と一緒のバスに乗せられた。
常岡さんが直接に会った義勇兵の国籍は、17カ国におよぶという。
周辺の国からきたアラブ語を話す人だけでなく、ドイツ人や中国からきたウイグル族、肌の白いのも黒いのもいて実に多様だったそうだ。
いま、急速に勢力と支配地を拡大しているが、軍隊同士がぶつかり合う戦闘は決して強くない。強かったのは、かつて常岡さんが作戦に同行したチェチェン人の部隊だけだったという。
では、なぜ支配地を拡大できるのか。
常岡さんによれば、こうだ。
イスラム国は映像で殺害場面を発信し、占領地では公開処刑で磔(はりつけ)にしたりと残忍さを印象付けているが、これが恐怖の集団というイメージを相手に与える効果がある。
イラクでは、政府軍の士気がとても低く、攻撃されると戦わずして逃げることも多いうえ、シーア派への憎しみを煽ってスンニ派の支持を得ている。
シリアでは、アサド政権と戦う自由シリア軍などが国際社会からの援助がなく、長引く戦闘で疲弊しているところにスッと入り込んだ。
内戦の混乱と権力の空白につけこんで勢力を広げているというのだ。
シリア、イラクという混迷した状況がイスラム国拡大の条件になっており、その強さは虚像の部分が大きい。両国のような混乱状態でない他の国家に勢力が拡大することは考えにくい。
彼らの目的は、イスラム法とカリフの指導のもとにイスラムの神聖国家をつくること。
今の国境は、中東を英・仏・露で勢力圏を決めたサイクス・ピコ協定とそれ以降に決められた不自然な直線になっているが、これを認めない。シリア、イラクの国境線に関係なくイスラム国だとする。最終的には単一の世界国家を目指しているのだ。
常岡さんは現地で「すまないけど、日本もイスラム国になってもらうよ」と言われたという。
他のイスラム過激派に見られる反米、反イスラエルなどの闘争目標を持たないのが特徴で、シリアではアサド政権軍とはほとんど戦わないと他の反政府勢力から非難されている。つまり反米とか反イスラエルというテロをはじめから狙っている集団ではない。
しかし、と常岡さんは警告する。
欧米がいまイスラム国を第一の敵として攻撃に出る構えだが、これに反撃する形で、イスラム国がアメリカはじめ敵対国とみなす国に牙をむく可能性がこれから出てくると。
さらに、
シリア内戦の死者は19万人。アサド政権が化学兵器も使って虐殺した人々の数と、3000人と言われるイスラム国の殺害した数は比べものにならない。
アサド政権の行為を見過ごし、反政府勢力に十分な支援を与えなかったことが今の事態を招いている。
イスラム国ばかりに焦点をあてて、これをつぶすのが問題の解決にはならないのだ。
こう常岡さんは主張している。
さすがに長くこの地域を取材してきた人の見方には、うなずかされる。
シリア、イラクの動向を注視しよう。