安田純平さんの身代金話が次々に否定されていく。
安田さんのお母さんははっきりと「身代金要求など来ていない」とテレビに答えている。
《埼玉県に住む安田さんの母親が日本テレビの取材に答え、「声明には非常に戸惑っている」と述べた。母親は、安田さんの妻とも連絡を取り合っているということだが、「犯人グループからの接触もなく、ましてや身代金という話は2人とも全く聞いていない」と述べ、身代金要求の話を否定した。外務省からも特に連絡はないという。
息子が行方不明になって以来、千羽鶴を折り続けているという安田さんの母は、「ただただ無事に帰ってきてほしい」と安否を気遣っていた。》(日本テレビ)
http://www.news24.jp/articles/2015/12/26/07318325.html
ニルス・ビルト氏が家族と連絡も取らずに、勝手に「お金で解決できないか。いくらだ」などと犯人グループに持ちかけ、それをもとに、身代金を早く支払わないと安田さんの身に危険が迫ると煽っているのではないか。
そして、「国境なき記者団」が、ビルト氏の「ビジネス」を盛り上げる「駒」として使われたのではないか。
そんな疑惑の構図がしだいに見えてきたようだ。ビルト氏の真意を聞きたい。
安田さんが入ったのは、シリアのイドリブ県で、スペイン人3人が消息を断ったのは隣のアレッポ県。いずれも「ヌスラ戦線」の勢力が強い地域だった。安田さんを含め4人は、この関連組織に拘束されたと見られる。
となると、知りたいのは、「ヌスラ戦線」がどんな組織なのかだ。
「イスラム国」のように、ジャーナリストの首を斬ったりする集団なのか。それによって、今後の対策を立てなければならない。
この組織の出自がちょっとややこしいので説明しておこう。
イラク戦争が泥沼化するなか、イラクにアルカーイダ系組織の一つとして「イラクの聖戦アルカーイダ機構」が設立された。これは、外国から入ってきた義勇兵中心の過激組織で、04年には、日本人、香田証生(こうだしょうせい)さんを斬首刑にしている。
この組織は、06年以降、イラクの地元民から嫌われ、さらに過激化する一方で勢力を減退させていき、イラク国内で存続の危機に陥る。
そこに振って沸いたのがシリア内戦だった。ジャウラーニーというシリア人の幹部が、シリアに戻ってアルカイダの支部として「ヌスラ戦線」を立ち上げた。その後、「ヌスラ戦線」はシリアで住民の支持を受け、勢力が急拡大する。
「えっ、アルカイダが住民に支持されるのか?」と意外に思われるかもしれないが、ちょうど自由シリア軍など他の反政府組織の腐敗がひどくなっていた時期で、規律が厳正で住民をいじめないと人気が出たという。また、トルコなど他国からの支援もあり財政も潤っていたようだ。
「ヌスラ戦線」のシリアでの成功を見たバグダディは、「もともとうちの下部組織みたいなものだから組織を統合する」と一方的に決め、統合組織ISISの設立を宣言する。これにジャウラーニーが反発。バグダディの指示に従いISISに合流した組と「ヌスラ戦線」に残ったグループに分裂した。
去年6月、ISISはバクダディを「カリフ」と宣言して「イスラム国」となり、「ヌスラ戦線」はこれと激しく戦うことになる。
つまり、二つはもとは同根のいわば兄弟組織だが、今「イスラム国」の地上戦における最大のライバルといえば、クルド勢力とこの「ヌスラ戦線」だ。
宣伝になるが、この辺の事情については、常岡浩介『「イスラム国」とは何か』(旬報社)に詳しいのでぜひ読んでいただきたい。これは私が常岡さんにインタビューしてまとめた本だ。
「ヌスラ戦線」を取材したことがある常岡浩介さんは、この組織は拘束した外国人に対して「イスラム国」とは異なる扱いをすると指摘する。
去年8月19日、「イスラム国」が米国人のジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏を斬首刑にした動画が公開された。
ところが、その直後の8月26日、「ヌスラ戦線」に拘束されていた米国人ジャーナリスト、ピーター・テオ・カーティス氏(45、写真)が無事に解放されたのだった。
同じ米国人ジャーナリストに対する扱いの違いが際立っている。
しかも、この際、身代金は支払われなかった可能性が高い。
CNNはこう報じている。
《解放交渉を仲介したとされるカタール政府の当局者は、同氏の家族に「身代金の支払いはなかった」と明言したという》http://www.cnn.co.jp/usa/35052941.html
「ヌスラ戦線」はなぜ安田さんを拘束したのか。ここまで拘束が長引いているのはなぜか。
(つづく)