アパート連続爆破事件とチェチェン戦争の謀略疑惑を本格的に扱った映画が、以前ここで紹介した映画「暗殺・リトビネンコ事件」だ。http://d.hatena.ne.jp/takase22/20080111
そして、アパート爆破事件の犯人は誰かを追及する目的で書かれたリトビネンコ自身の著作が”BLOWING UP ROSSIA”だ（邦訳は『ロシア闇の戦争』光文社）。広く深くロシア特務機関の謀略体質をえぐって、読んでいて心底怖くなる本である。
これによれば、エリツィン時代にはじめられた第一次チェチェン戦争がすでに謀略だったという。
ロシア軍がチェチェンへの攻撃を開始したのが１９９４年１１月２３日。
その直前の１１月１８日、モスクワのヤウザ川にかかる鉄橋で爆破事件が起きている。第二次チェチェンと同様、戦争を仕掛ける前に爆破テロが起きている。
戦争が本格化するにつれ、「チェチェン人テロリストによる」とされるテロ事件が頻発するようになり、社会不安が煽られていく。
リトビネンコは叩き上げの優秀なFSB（ロシア連邦保安庁）工作員だった。第一次チェチェン戦争に従軍し、この戦争のいかがわしさを自らの体験で理解していた。
彼はのちに、最も極秘の部門とされる犯罪組織分析局の上級作戦将校に出世するが、９８年、数名の仲間と、ＦＳＢ首脳部を公然と批判する記者会見を開いた。ここでベレゾフスキーという大富豪の政商などの暗殺を命じられたことも暴露し、大きな話題となる。
翌９９年３月から２０００年にかけてでっちあげの容疑で逮捕され、８ヶ月勾留された。アパート連続爆破事件（９９年９月）のころはずっと塀の中にいたわけである。
２０００年、プーチンが大統領になると、リトビネンコは身辺に危険を感じ、ロンドンに亡命、プーチンを真っ向から批判しはじめる。本を書き、マスコミに露出して、FSBと政権の陰謀、汚職を糾弾しつづけた。そんな彼のところにはさまざまな情報が集まり出した。
「リトビネンコは世界中のプーチン政権に異議を唱える勢力にとっての情報センターと化していた」（常岡浩介さん）。
彼の本はこうした情報の集大成なのだ。リトビネンコの本のロシア語版およそ４千４百部は、ラトビアからトラックで発送されたが、モスクワに着く前にすべてロシア当局により押収された。ロシア刑法２１８条「国家機密の宣布」「反国家の宣伝」に触れたという理由だった。「ソルジェニーツィンの本が発禁処分になった１９７０年代以来初めて、正式に禁書となった」本だという（共著者のフェリシチンスキー）。いかにプーチン政権から恐れられたかがわかる。
０６年１１月、彼はロンドンで、猛毒の放射性物質ポロニウム２１０を飲まされた。毛髪はすべて抜け、内臓がぼろぼろになり、２３日間苦しみぬいて死んで行った。病床の写真は、ポール・マッカートニー似の元気な頃の顔とは別人のようだ。
英国捜査当局が、放射能の痕跡を辿ると、モスクワ―ロンドン間を飛ぶ飛行機で犯人が往復したことも判明。リトビネンコと会った元FSB工作員を容疑者を特定して身柄引き渡しを要求した。ロシアはこれを拒否して、互いに外交官を追放し外交問題にまで発展した。
その容疑者ルゴボイは去年１２月のロシア下院議員選挙に極右政党・ロシア自由民主党の候補者として立候補し当選した。「みそぎ」も完璧だ。もうロシアでは、リトビネンコ暗殺事件を問題として取上げる勢力はない。
だが、ポロニウムという原子炉でしか生成できない物質は、特別な国家機関でなければ入手したり運搬したりできないはずだ。プーチン政権だと断言する根拠は持ち合わせていないが、《巨大なもの》が関っていることは間違いない。
ポロニウムとは、１８９８年、キュリー夫妻がウラン鉱石から発見した。ポーランド出身のマリー（キュリー夫人）が祖国の独立を願って国名に因んでポロニウムと名づけたという。当時ポーランドはロシアに支配されていたのだ。ここにも「ロシア」が顔を出す。
マリーが白血病で亡くなったのもポロニウムのせいだったという。
（続く）
