「東京クルド」主人公のいま

 街のあちこちに彼岸花を見かける。
 もうすぐお彼岸だ。
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 このブログで7月、映画『東京クルド』(日向史有監督)を紹介した。

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「東京クルド」の主人公、ラマザン(左)とオザン

 在留許可がないまま日本で成人になり、将来の夢をどう描くのかに苦悩する二人のクルド人青年を主人公にした出色のドキュメンタリーである。

takase.hatenablog.jp

 主人公の一人、ラマザンは、定時制高校を卒業後、いま話せるトルコ語クルド語、日本語に英語を加えて4ヵ国語をあやつる通訳になりたいと英語学校に申し込むが、次々に入学が断られ、その数は8校に上った。そんな挫折に苦しみながらも前を向いて歩もうとするラマザンに、私も感情移入しながら映画を観た。

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ラマザン(毎日新聞

 いま、彼はどうなっているのか。

 映画のラストは救いのない状況だったので、とても気になった。

 監督の日向さんに尋ねたら、映画制作のあと、ついに滞在許可が出たとの朗報。そして彼女もできたという。

 よかったですね、というと、でも「解決」にはほど遠いんですと、毎日新聞の記事(7月9日、10日)を紹介してくれた。

 ラマザンさんは、家族の在留特別許可を求めて国を提訴していた。その裁判は進行中だが、彼と弟(高校2年)に在留特別許可が出たという。裁判が影響したのだろう。
 とりあえずよかったな、と思ったが、しかし、5人家族で在留特別許可が出たのは2人だけで、両親と小学6年の妹(11歳)の在留は認められなかった。このままだと最悪、家族が引き裂かれることもありうる。

 クルド人たちが置かれた状態を知るにはとでも良い記事なので、以下、抜粋する。
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日本で育ち、日本語も日本の生活習慣も身についている。それなのに在留資格がなく、生きるために働くことも、自由に移動することもできない。そんな外国人が私たちの社会にいることをご存じだろうか。事実上の「故郷」で、「不法残留」のレッテルを貼られ続ける不合理。日本で暮らして15年になる、ある青年の歩みをたどった。
  
「働くことっていいことじゃないんですか? なんでそこまで否定するのかが、本当に分かりません」。埼玉県川口市で暮らすラマザンさん(23)はそう言うと、肩をすくめた。彫りの深い顔立ちが目を引く。だがよどみのない日本語が、紛れもなくこの国で育ってきたことを実感させる。
 
ラマザンさんはトルコ出身のクルド人だ。「国を持たない最大の民族」と呼ばれるクルド人は、トルコやイラク、シリアなどの中東地域に推定で約3500万人が暮らしている。独自の言葉や文化を持つ一方、各国では少数派で差別や弾圧の対象にもなってきた。ラマザンさんは9歳の時、両親と当時1歳の弟の4人でトルコから日本に来た。近しい親族が政治犯として摘発されるなど、危機が切迫していることが理由だった。
 
川口には日本最大のクルド人コミュニティーがあり、一家は先に来日していた親族宅に身を寄せた。ラマザンさんは地元の公立小学校の3年生に編入。すぐに順応し、日本語はみるみる上達していった。
 
5年生になると、クラスメートに誘われ野球も始めた。中学では野球部に入り、周りと同じ坊主頭になった。はたからは、日本人と変わりなく学校生活を送っているように見えたかもしれない。だがラマザンさんと彼らとの間には国籍以上に決定的な違いがあった。在留資格がないことだ。
 
一家は来日後、日本政府に繰り返し難民としての保護を求めている。だが、何度やっても結果は不認定。在留資格のない外国人に認められる権利は極めて限られる。就労や健康保険への加入は認められず、入管の許可がなくては住んでいる埼玉県から出られない。一家の生活は在留資格を持つ親族の援助に頼らざるを得なかった。ラマザンさんは40度近い熱が出ても、病院に行かず家で我慢した。中学卒業後は学費の安い定時制高校に進み、野球は諦めた。
 
在留資格のない外国人はどうなるのか。大半は入管の審査で国外退去処分を受け、本国に送還される。退去に応じなければ入管施設に収容され、その期間に上限はない。ラマザンさんは強制退去のための収容が一時的に免除される「仮放免」の状態が続いたが、20歳になった時に入管に呼び出され、こう告げられた。「(成人なので)いつ収容されてもおかしくない。学校に通っているとか関係ない」
 
クルド語、トルコ語、そして日本語――。ラマザンさんは三つの言語を操る。高校卒業後、自分の強みを生かした道に進もうとしたが、その前にも壁は立ちはだかった。
 
「世界中を回るのが自分の夢だったんですけど、埼玉県の外に出られない時点で世界は無理だなって。それでも自分のできることは通訳かなと思っていました。英語も身につけたら四つになる。面白いなと思って英語の専門学校に申し込んだんですが……」
 
待っていたのは、在留資格がないことを理由とした入学拒否。その数は全部で8校に上った。在留資格がなくても教育を受けることは法的に問題はないのにだ。最終的にラマザンさんは自動車整備の専門学校にたどり着いた。
 
「事情を説明したら『うちは差別していないので入ってください。政府は敵に回せないけれど、やれることはやります』と言われました」
 
2年間の勉強の末、自動車整備士の国家資格を取得。希望とは違う道に進むことになったが、理解ある人たちに巡り合えたことは大きな財産になったと、ラマザンさんは前向きに捉えている。だが、在留が認められなければ「その先」に進めない。それでも専門学校に行かなければならない理由があった。

マザンさんは3年前、家族とともに在留特別許可を日本政府に求めて提訴した。在留特別許可は国外退去処分を受けた外国人に対し、特別な事情を考慮して在留資格を与える措置だ。一家は来日して10年以上が過ぎて生活の基盤は日本にあり、トルコに戻れば弾圧の恐れがある。裁判では、トルコへの送還は幸福追求権を定めた憲法13条や、子どもの最善の利益の尊重を定めた子どもの権利条約などに反すると主張。訴訟は今も東京地裁で続いている。
 
ラマザンさんが暮らす埼玉県川口市や周辺には、およそ2000人のクルド人が暮らしているとされる。だが、在留資格を持っていない人が大半だ。背景には日本の難民認定率の低さがあり、2019年は0・4%だった。
 
家族に連れられて幼少期に来日したり、日本で生まれたりした子どもは難民として認められないまま、成長する。彼らにとって「祖国」は遠い存在で、日本が事実上の「故郷」になっていく。一方、在留が認められない限りは自力で生きていけない。ラマザンさんは、そんな矛盾した状況に風穴を開けたいと考えている。訴訟はそのための手段で、専門学校に進んだのは後に続く子どもたちを考えてのことでもあった。「クルド人の大人の中には『学んでもそれを生かせないのだから、意味がないんじゃないか』と思っている人もいます。でも、それとは違うイメージを見せるために自分はずっと学んできました。『学んだら未来がある』と示したいんです」
 
出入国在留管理庁によると、日本で国外退去処分を受けて本国に送還される外国人は毎年約1万人に上る。それに対し、在留特別許可が認められる外国人はここ数年1000人台にとどまる。「保護」より「排除」に重きを置いた姿勢は、国際的な文脈ではどう映るのか。
 
北村泰三・中央大法科大学院教授(国際人権法)は「欧州では難民認定率が2桁が普通で、非正規滞在者に救済措置を与える考えも広がっている。例えばフランスでは既に一定期間就労し、その間に犯歴がないなどの要件を満たせば、年間万の単位で正規の在留を認めている」と説明する。
 
移民の多いフランスなどと日本では事情が異なる。ただし日本も人手不足を背景に近年、外国人の受け入れ拡大に大きくかじを切っている。
 
北村教授は「非正規滞在者の在留を正規化することを含め、日本も懐の深い柔軟な政策を取り入れることを真剣に考えた方がいい。家屋の解体など昔で言う『3K』(きつい、汚い、危険)の仕事を非正規滞在の外国人がやっている現実が既にある。彼らに頼りながら、一方で『不法残留者は就労できない』という建前を押し通すのは筋が通らない」と話す。そして、こう力を込めた。「そもそも国が『不法残留者』と呼ぶ外国人の多くは帰るに帰れない事情を抱えている。まして日本で育った子どもたちはそうでしょう。最初から社会の一員として受け入れるべきです」
 
一家の在留について入管は今年6月下旬、新たな判断を示した。ラマザンさんと高校2年の弟(16)に在留特別許可を認め、それぞれ定住(期間は1年)と留学(同1年3カ月)の在留資格を与えたのだ。これまでかたくなに「不法残留」と見なしてきた入管だったが、進行中の裁判が一定の影響を与えたとみられる。
 
ラマザンさんにとっては念願の在留資格。だが喜びにはほど遠かった。両親はおろか、日本で生まれた小学6年の妹(11)の在留も認められなかったからだ。家族間で判断がバラバラになったことについて、入管から特段の説明はなかったという。「在留が認められるとしたらまず妹だと思っていました。なぜダメなのか理解できません」(以下略)
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 記事はこう結ばれている。

《日本で生きる権利はようやく手にした。だが、この先に待っているのが家族との別離だとしたら―。そう思うと胸が苦しくなる。ラマザンさんには今、結婚を考えている女性がいる。望むのはありふれた日常であり、ささやかな幸せだ。それがかなう日を、心の底から願っている》(金志尚記者)

 サッカーのミャンマー代表選手として来日後、母国のクーデターに抗議して難民申請中だったピエリアンアウンさんについては、大阪出入国在留管理局は難民と認定した。

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難民認定証を手にするピエリアンアウンさん(朝日新聞

 珍しく迅速な難民認定である。
 8月20日難民認定証明書を手渡されたピエリアンアウンさんは「日本国民、日本政府、今まで助けてくれた皆様にとても感謝しています。安心しています」と話している。(朝日新聞
 
 しかし、裁判になったり、大きく報道されたりしたケースで、例外的に在留許可が下りたり、難民認定されるだけでは、本当の意味での改善にはなっていない。

 名古屋出管に収容されていたスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが3月6日に死亡した事件では、出入国在留管理庁は「最終報告書」を公表し、入管局長ら4人を訓戒と厳重注意処分にした。まともな説明をせず、書類、画像を公開せずに、このまま幕引きさせるわけにはいかない。

 在留許可のない外国人の処遇を抜本的に変えさせるための闘いはこれからだ。

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野火止用水沿いの遊歩道に咲くヒガンバナ(9月17日)

 

ミャンマー統一政府の承認は先送りに

 とうとうミャンマーで、民主派勢力が武闘を宣言した。

 今月7日、アウンサンスーチー氏を支持する民主派勢力が樹立した「国民統一政府(NUG)」が、人々を防衛するためとして国軍と戦闘に入ることを宣言し、全国での蜂起を呼び掛けた。

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NUGのドゥワ・ラシー・ラ大統領代行がFBを通じて緊急演説をライブ配信。D-Dayを宣言した。D-Dayとは、第二次大戦中、連合軍が反撃を開始したノルマンディー上陸作戦を指す。

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 国軍と内戦を続けてきた少数民族武装組織には「直ちに(国軍を)攻撃せよ」と呼びかけた。市民には不要な移動を避け、食料や薬を確保するよう求めたうえで、「人々の力で独裁を攻撃し、廃止せよ」と訴えた。一方で、国軍に任命された行政官には「直ちにその地位を離れるように」と警告した。朝日新聞9月8日朝刊

 NUGはすでに5月に自衛のための武装組織「国民防衛隊(PDF)」を設立し、一部の市民が武装闘争を始めていた。今回の武闘宣言で状況がどう変わるかは見通せない。

 国軍がNUGをテロ組織として対話を拒否し、一方的に非武装の市民を殺害し、拘束して虐待することが続いている。そして、この状況を国際社会も変えられずにいる。議会は閉じられ、自由な言論もメディアもない。
 追いつめられた民主勢力に残された手段としては武闘しかないではないか、という理屈はわかる。

 しかし、これが市民の犠牲をさらに大きく増やすのではないか。「どっちもどっち」と見られて、NUGが国際的に承認されることの阻害要因になったりしないか。アウンサンスーチー氏はどう考えるか、「あくまで平和的手段で」という原則だったのではないか。吉とでるか、凶とでるか。

 今回の戦闘宣言で、さらに猶予はなくなった。国際社会は一刻もはやく、国軍の暴力を強く抑止するよう動くべきだ。

 新会期に入った国連では、ミャンマーアフガニスタンの政府の扱いに注目が集まっていたが・・・

《国連総会(193カ国)は14日、1年間の新会期に入った。各国首脳らの一般討論演説がある「ハイレベルウイーク」は、21~27日の日程で行われる。焦点の一つが、国軍がクーデターで実権を掌握したミャンマーを代表する国連大使は誰になるかだ。軍政が任命する候補か、民主派が求める現職か。国際社会の立場が割れる中、ハイレベルウイーク中の混乱を避けるために国連総会は結論を当面先延ばしする見通しだ。

 「(誰が代表かを審査する)信任状委員会の作業について予断は避けたい。(国際社会の)団結した努力によってのみ解決できる」。14日に新たな国連総会議長に就任したモルディブのアブドラ・シャヒド外相は同日、米ニューヨークの国連本部で記者団にそう語り、国連大使認定の見通しについて明言を避けた。

 現在の国連大使アウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)に任命されたチョーモートゥン氏だ。2月下旬の国連総会の会合で国軍を公然と非難し、反独裁を意味する3本指を掲げた。国軍側は解任を発表したが、民主派による「国民統一政府(NUG)」が推す国連大使として、職にとどまっている。一方、AP通信によると、国軍側は元軍幹部のアウントゥレイン氏を任命すると国連側に通知している。

 ミャンマーの一般討論演説は27日に予定されているが、国軍側と民主派側の双方の代表が登場し、互いの正当性を主張して紛糾することも懸念されていた。ただ米誌フォーリン・ポリシーによると、米国と、国軍とも関係を持つ中国は、水面下の交渉で国軍側による演説は認めないことで合意。チョーモートゥン氏もハイレベルウイーク中は国軍への激しい批判を控えるという。

 シンクタンク「国際危機グループ」の国連担当部長、リチャード・ゴーワン氏は毎日新聞の取材に「軍政が『自分たちこそ正当な統治者だ』と証明するために、ハイレベルウイークを舞台として使えなくなるのは米国や同調する国にとって大きな利点だ」と指摘。一方、中国は多くの加盟国の中で国軍非難を避けている少数派だと自認しており「中国もハイレベルウイークでのみっともない論争を避けることができる」と語る。

 各国の国連大使は、毎年9月に始まる国連総会の会期ごとに、9人の委員からなる信任状委員会で審査される。通常は形式的なものだ。ただ誰が代表なのかについて異論が出た場合には、委員会の勧告を受けて国連総会が最終決定するまで現職の大使がその座を維持すると総会規則に定められている。

 国連外交筋によると、信任状委員会は10月か11月ごろに会合を開くまで、結論を出さない方針だといい、チョーモートゥン氏が国連大使に当面とどまる見通しという。国連外交筋は「既成事実化する軍政の権力掌握をひっくり返す妙案がない中、結論を出さずにいまの曖昧な状態を続けるしかない」と語る。

 国連加盟国の多くは国軍の政権奪取を批判。一方で、中露や東南アジア諸国連合ASEAN)は内政不干渉の立場を強調し、対応は割れている。国連大使を決めれば事実上、いずれかの政府の正当性を認めることになるが、別の国連外交筋は「国連憲章には(人権など)加盟国が守らなければならない『国連の価値観』がある。だが、軍政にはその価値観を守るという姿勢は見えない」とクギを刺した。

 一方、アフガニスタンで政権を握ったイスラム主義組織タリバンからは、誰を国連大使に任命するかの信任状は提出されていない。現在は崩壊したガニ政権に任命されたイサクザイ氏が国連大使を務めている。

 タリバンが発表した暫定政権は少数派や女性も含んだ「包括的な政権」と言えず、欧米諸国を中心に懸念が強まっている。今後、タリバン側から別の人物を国連大使に任命すると通告があっても、ミャンマーと同様に結論を先送りする可能性が高い。【ニューヨーク隅俊之】》(毎日新聞より)

 決定を先延ばしにして、時間が過ぎていく。

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日本をふくむ国際社会に、国民統一政府(NUG)を認めよと訴える在日ミャンマー人たち NHKニュースより

 

コロナ禍という「公害」の教訓(色川大吉)

 内橋克人さんの訃報の数日後、色川大吉さんが亡くなったと知った。
 日本のリベラルを支えてきた巨人が相次いで鬼籍に入られた。

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wikipediaより)

 色川さんは「五日市憲法草案」の発見で知られる。

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「日本帝国憲法」(五日市憲法草案)

 1968年、今の東京・あきる野市の農家の土蔵で見つかった1881年起草の憲法草案で、全204条のうち150条で基本的人権について触れている。この草案は地元の農民の学習発表をまとめたもので、当時の庶民の権利意識の高まりを示すものとされている。

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2012年、天皇皇后(当時)があきる野市の資料館で「五日市憲法草案」を見学

 これを読んで美智子皇后(当時)が感動したという逸話も有名だ。

 色川さんは70年代に水俣病の調査を行い、公害問題にも深くかかわってきた。

 6月号の雑誌『選択』の巻頭インタビューに色川さんが登場していた。まるで遺言のような内容である。

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『選択』6月号

 【コロナ禍という「公害」の教訓】

 今般のパンデミック地球温暖化は、根底でつながっているのではないか。環境変化によってウイルスを媒介する動物の生息空間が破壊されたという因果関係だけを言っているのではない。コロナ禍が世界中の人々に強制的な行動変容をもたらしたおかげで、北京では青空が見える日数が増え、ベニスでは運河の水も澄んだ。コロナ禍と地球温暖化は一本につながっているようだ。ごく短期間に地球規模で人々の行動が変わるのは歴史上初めてのこと。(略)

 SDGsには17の目標が盛り込まれているが、実際の優先度は、貧困や飢餓の撲滅、保健と教育の保障の方がずっと重い。だれもが足元の課題のせいで環境問題に手を回せない。私自身が歴史を研究してきた上での結論から言えば、環境問題は被害者が出て初めて、救済が始まるものだ。公害問題は常に先送りされ、結果として自滅を招くことになる。(略)

 いつからか「公害」という言葉が使われなくなり、「環境問題」と表現されるようになって、公害はなくなったかのように錯覚している。敗戦ではなく「終戦」、占領ではなく「進駐」と言い換えたのと同じやり方だ。

 言葉は人類に不可欠のものだが、使い方によって人を騙す魔術のような力を持つ。地球温暖化と公害の本質は共通している。そして解決しないまま先送りされ、国境を超えて中国、インド、工業化の後進地帯といわれているアフリカや中南米にまで拡散された。公害や気候変動は、豊かになった代償として起きたものではない。順序は逆で、代償を払って豊かになったのだ。惨憺たる犠牲を平然と見過ごして、利用できるものは何でも利用するという利益追求のやり方を優先させてきたからだ。

 芦尾鉱毒と闘った田中正造は、百年以上も前に「農民の自治を強化する、国民の自然観をまともなものにする、そうすれば芦尾の悲劇は繰り返されなかった」と二つの本質を述べている。

 まともな自然観を失ったことの帰結が、地球規模での気候変動である。最近のコロナ禍もその線上で捉えられるべきものだろう。(略)

 人間の飽くなき欲望が、新たなウイルスを生む土壌なのかもしれない。少なくとも世界規模で弱者や貧者に多大な被害を及ぼしたという点で、公害と本質を同じくしているのは間違いない。この機に我々は生きることの意味や、何が正義か、何が豊かさかを考え直さねばならない。新しい価値観や思想が示されなければ、コロナ禍は何の教訓も残さないことになる。

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 しばらく前から、「公害」が死語になりつつあることは私も感じていた。「環境問題」という言葉に置き換わって、まるで自然災害みたいに扱うようになっている。要は人間の責任をぼやかそうというのだろう。

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四日市公害と環境未来館」、ここは「公害」という言葉を入れているが「環境」だけの資料館が多い。(環境資料館より)

 色川さんの言う新しい価値観の獲得に向かわなければと思う。
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 畑では草むしりと白菜の植え付け。暑さが和らいだので作業は少し楽になった。ただ、最近、膝や股関節が痛くなって、歳を感じる。

 オオイヌタデがきれいだ。でも雑草なので抜かれる運命にある。

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モロヘイヤに虫が。無農薬なので昆虫が多いのが楽しい。葉っぱは食い荒らされるけど



理論が正しくて、現実が間違っていることはない

 新宿のニコンサロンに「忘れられた香港~The Forgotten State」を観に行った。

 あの「不肖・宮嶋」、宮嶋茂樹さんの写真展で、きょうが最終日だったのを思い出して出かけたのだった。

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写真展広報より

〈開催内容〉
 100万ドルの夜景を誇る香港、グルメにショッピングに飽くる事なき観光の町、そしてアジアのビジネスの中心となる国際金融都市国家。そんな香港が一昨年以降荒れに荒れた。
 1997年7月、香港の主権が英国から中華人民共和国に返還された。その時一番喜んだのは他ならぬ香港市民だった。それ以後50年間は中国政府が国際社会に約束した「香港の高度な自治を認める」いわゆる「一国二制度」は当の中国政府により、わずか22年で崩壊し、香港の実質「一党独裁下」は完成しつつある。
 香港でのこれまでの自由な暮らしや、現社会制度を守ろうとする者、そしてそれを破壊し、やがて来る大国の傘の下でしかるべき地位を得ようとする側、その是非を写真家はあえて問わず、ここまでして守るべきものとは一体何か、大国がここまで恐れる思想とは何かを日本人に問いたい。そして写真家はこの双方の戦いを記録すべく、歴史から忘却されることなきよう香港に「通い」つづけた。
 しかし、その結果を見ることなく、昨年来ぱったり行けなくなった。中国政府が一方的に定めた、「外国人にまで適用され」「最悪終身刑まで処せられる」新たな法令に我が身の危険を感じたから・・・というより、コロナ禍のせいで。(宮嶋 茂樹)

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宮嶋ファンが多く盛況だった

 宮嶋さんは2年前6回香港に通ったという。私の3回の訪問時と重なったこともあったようだ。
 シャッターチャンスもアングルも実に効果的ですばらしい。当時の空気が生々しくよみがえってくる。でも、あの高揚はいま、重苦しい沈黙に置き換わってしまった。

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宮嶋さんと2ショット。彼ももう還暦だ

 香港の思い出話をしていたら、宮嶋さん、「橋田さんの奥さん、3日前に見えられたんですよ」という。「橋田さん」とは、2004年5月にイラクで銃撃され命を落としたジャーナリストの橋田信介さんだ。

 宮嶋さんは橋田さんと親しく、毎年、命日にご遺族と追悼する会をしていたという。私はすっかりご無沙汰して失礼していたが、奥さんが、お元気そうで、お孫さんもできたと聞いて安心した。 takase.hatenablog.jp

 多くの先輩を失ったことにあらためて気づかされる。 
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 先日、経済評論家・内橋克人さんの訃報を記した。

 内橋さんの追悼文を経済学者の金子勝さんが書いていて、興味深く読んだ。

《理論が正しくて、現実が間違っていることはない。
 内橋克人の仕事を貫いている精神だと、私は思う。1990年代、バブルが崩壊し、日本経済が行き詰まり出した時、大胆な規制緩和政策が声高に叫ばれた。規制緩和で市場原理を働かせれば、物価が下がって消費者の実質所得が上昇し、新しい産業が生まれるとわかりやすく説明された。この「新自由主義」のドグマはメディアも当然なこととして受け入れていった。
 これに対して、内橋は95年に『規制緩和という夢』でアメリカの航空業界の実情を見ながら、安全性をも軽視する規制緩和の問題点を鋭く告発した。そして、規制緩和を主張した経済学者たちに敢然と立ち向かった。その後の格差拡大を含めて、結果は内橋の主張通りになった。当時、私はそれを見ながら、セーフティネット論を組み立てていった。
 いつに間にか、人々はできあがったドグマに縛られがちになる。研究者も例外ではない。それを正す役割を果たすのがジャーナリストが突きつける事実の積み重ねである。
 しかし、ジャーナリストのこうした作業も、時代の流れに抗うとしばしば孤立することになる。時代に流されるのは簡単だが、それに抗うことはとても難しい。孤立してでもドグマと闘う内橋の姿勢を支えてきたのは、一体何だったのだろうか。直接聞く機会を失ってしまったが、それは、多くの人々が自らの主張を支えてくれるという核心ではなかったのか。(略)

 もちろん、内橋の魅力は現状批判の鋭さだけではない。未来を先取りして、代替的なビジョンを打ち出す著作をたくさん書いている。内橋は、2011年の福島第一原発事故を見通すかのように86年に『原発への警鐘』を書いた。そして00年には『浪費なき成長 新しい経済の起点』を書いた。そこで環境問題にいち早く取り組み、「新自由主義」に代えて、北欧のデンマークモデルを紹介し、F(フーズ)、E(エネルギー)、C(ケア)を軸にして地域で雇用を創る新しい経済政策を打ち出した。私も、福島原発事故以後に、農業、自然エネルギー、福祉をベースにした地域分散ネットワーク型経済が、日本経済再生の突破口になると主張するようになった。たしかに内橋は先端の情報通信技術については詳しく展開していないが、私の主張は内橋の先駆的な仕事を踏まえたものである。(以下略)》(朝日新聞9月8日朝刊)

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 研究者、ジャーナリストのあり方を考えさせられ、また崩壊しつつある日本社会を救い出す道があることに励まされる。

遠藤正雄さんがカブールに一番乗り

 やった!遠藤正雄さんが、日本のジャーナリストとしてアフガニスタンの首都カブールに一番乗りした!文句なしの大スクープ!

 知り合いのジャーナリストたちからは「さすが遠藤さん!」と感嘆の声が上がった。

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たしかお歳は66歳だったと思うが、よくやるなあ・・

 遠藤さんは、ベトナム戦争からはじまって世界各国の危険地を取材してきた歴戦のジャーナリストだ。
 とりわけアフガン情勢にはくわしい。ソ連支配下タリバン時代、米軍統治下と様々な時期にアフガニスタンを取材しており、2001年11月のタリバン政権崩壊直後にはカブールに一番乗りし、NHKに現地からレポートを送ったこともあった。

 どこでどうやってタリバン接触して取材ビザ、取材許可をもらうのか、世界各国のジャーナリストたちが苦戦するなかアフガン入りを果たしたのだから、それだけですごい。
 一流のジャーナリストは、取材内容だけでなく、取材にたどりつくまでのお膳立てが抜きんでていることを思い知らされる。

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 民放の情報番組なら「決死の潜入!!」と番宣に打つところだが、「当局の許可を得て、陸路アフガニスタンとの国境トルハムに向かいます」と淡々とレポートして入国。

 そのスクープ取材は、きょうのTBS「報道特集」で放送されたが、金平キャスターが「見ると聞くとでは大違い」と表現したとおり、遠藤さんの取材ならではのすばらしい内容だった。

 まず意外だったのは、首都カブールの治安が米軍統治下よりはるかに良いこと。 
 タリバン兵も街の人たちも気軽にインタビューに応じていて、少なくとも街頭での取材制限や言論統制は感じられない。

 ただ、遠藤さんは中継で、タリバン兵が一般市民に危害を加えることはないが、デモは厳しく取り締まられ、取材中の現地メディアも暴行を受けたと報告していた。

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タリバン兵が気軽に取材に応じていた

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市場や商店も開いてはいるが、モノが売れないと口をそろえる

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暮らしがままならないと多くの市民が訴える

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自由にタリバンへの批判を口にしていた

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正論だなと思う。しっかりした意見の人が多いのも印象的だった

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公園には地方から戦乱を逃れて逃げてきた人たちのテントがならぶ。

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この辺が最大公約数的な意見か。

 また、故中村哲先生の「ペシャワール会」は、カブール陥落直後は作業を止めて様子を見たが、今はオペレーションを再開したという。治安が確保されているのは確かのようだ。

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ペシャワール会(福岡)も現地の治安がよいと判断

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カブール市内で街録中、中村哲先生を知っているという人が・・

 ただ、街に女性の姿は少なく、市場や商店に活気が見られないという。タリバン政権になって失業した人も多く、生活の苦しさを吐露する声が多かった。公園には地方の戦乱を避けて首都に逃げ込んで来た人たちのテントが並び、窮状を訴えていた。

 国境は閉鎖され、品不足で物価が高騰している。両替市場にいくと、アフガンへの送金停止でドル不足になり、通貨アフガニの価値が日増しに下がっている。

 そもそも、これまでアフガニスタンは政府予算の4分の3以上を海外からの援助で賄っていた。その中の相当部分は日本からのお金だ。これが急にストップするわけで、これから経済をどう回して人々の暮らしをどう支えていくのか、新政権の最大の課題になるだろう。

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日本は莫大な援助を注ぎ込んできた「当事国」である。他人事ではない

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国民3800万人中、3分の2以上が十分な食事がとれない。人々の窮状はまったなしだ

 遠藤さんの取材に応じたタリバンの広報担当は、率直に日本からの支援に期待していた。

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「日本には様々な分野、特にIT分野で助けてもらいたい」と続けた。

 日本から見て邪悪な政権やグループであっても、ジャーナリストたちは取材のために接触していく。賢明な政府であれば、ジャーナリストを通じた交渉パイプを築くのだって可能だ。

 ところが日本では、ジャーナリストの安田純平さんがシリアで拘束された問題で、「自己責任」論がネットを中心に高まり、政府は危険なところに日本のジャーナリストが行くことはまかりならんと安田さんの旅券をいまだに発行しないでいる。

 ジャーナリストの常岡浩介さんの旅券も取り上げられたままだ。

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 危険地の情報は、外国の通信社の配信ニュースか現地からのSNSで得ればいいではないか、という意見が一般の市民からも聞かれた。

 しかし、今回の遠藤さんの取材を見れば、独自に現地に入って取材することがどれだけ必要かがわかる。陥落したカブールについてのこれまでの情報が、いかに断片的で偏っていたことか。

 いまカブールのタリバン政権に関する情報は、日本はじめ世界各国が今後の対応を考えるうえで喉から手が出るほどほしがっている。この世界情勢の焦点に日本からのジャーナリストがいて情報を発信することの意義を、遠藤レポートは見せつけてくれた。

 今回、遠藤さんに同行しているのは、撮影兼ディレクターをつとめる新田義貴さんだ。去年ジン・ネットをたたむまでの3年ほどは、遠藤=新田のコンビで「報道特集」のためにイラク、シリア、イランの取材を私がプロデュースしていた。
 新田さんは、Nスペ「戦慄の記録 インパール」など多くのドキュメンタリーを制作してきた凄腕のディレクターで、紛争地取材の経験も豊富だ。なお彼は新田義貞の子孫だそうだ。

 二人には資金が続く限り長く滞在して、アフガン情勢を伝えてほしいと願っている。

 

 遠藤さんは自分の仕事のほかに、取材中に命を落としたジャーナリスト仲間の「骨を拾ってあげたい」と、1988年10月 にアフガンで地雷を踏んで亡くなった南條直子さん(フォトグラファー)や、シリアでISに殺害された後藤健二さんの遺骨さがしを自費で行っている。

 こうした情に篤いところも、多くのジャーナリスト仲間に尊敬されるゆえんである。

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香港民主派区議の半数以上が辞職

 自民党総裁選にぞくぞく名乗りを上げ始めたが、党内右派とくに安倍前首相への配慮なのだろう、軒並み主張が腰砕けになっている。

 安倍氏が、ばりばりのタカ派高市早苗氏の支持を明らかにするや、新自由主義からの脱却を訴える岸田文雄氏は、憲法改正を進め、アベノミクスの3本の矢を継承、「女系天皇は反対だ」と言いはじめた。また、森友学園問題を巡る財務省の決裁文書改ざんに関する再調査を「考えていない」と否定した。

 河野太郎氏は、8日に安倍氏と面会した後、記者団に「男系で続いているのが日本の天皇の一つのあり方だ」と以前の女系天皇容認から転向、さらにエネルギー政策では「脱原発」の主張を引っ込め、カーボンニュートラルのためには原発を容認すると言いだした。

 石破茂氏だけは、まともなことを言っている。
 きのうTBS「ひるおび!」に出演した石破氏。「森友・加計問題」について―
 「説明は一生懸命してきたという風に安倍前総理はおっしゃっておられます。説明はしたんでしょ。じゃあ国民は納得したか、共感したか、わかったと思ってらっしゃるかということです。説明責任というのは、説明しましたよということだけでなく、多くの国民の方がそういうことだったんだねと納得してくださる。それが説明責任を果たしたことだと思っています」と語った。

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だんだん「いい人」に見えてくる

 「再調査は必要ですか?」と聞かれると、「必要であれば。国民の納得のために必要なことであれば、それはやらないといけないでしょう。ひと一人が亡くなっているんですよ、ひと一人が。そして人生があれば、ご家族もあった。そのことをどう考えるんだということですよね」と答えた。

 さらに、桜を見る会問題についても「開催をやめたが、それでいいとは思っていない」と強調。2019年参院選広島選挙区の買収事件を巡り、党本部が河井案里氏陣営に投入した1億5000万円に関し「買収に使われていないと明らかにすればいい。きちんと証明するのが党の責務だ」と語った。(共同)

 ただ、石破氏は出馬しない可能性が高いという。ここまで安倍氏にケンカを売ったら、党内で強力な反石破シフトが敷かれて勝ち目がないのだろう。
 
 菅首相はまた訪米するなどと寝ぼけたことを言ってるし、政府・自民党はコロナそっちのけだ。
・・・・・・・
 9日、香港で天安門事件の記念館に警察の捜索が入った。

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六四記念館に捜索に入り展示物を持ち出す警察(NHKニュースより)

 1989年6月4日の天安門事件の犠牲者の遺品などを収集し、市民団体が運営してきた「六四記念館」に香港警察が捜索に入り、展示パネルや写真などを押収した。記念館は6月に当局によって閉鎖されていたが、今回の捜索で事実上解体されることになる。

 捜索と同時に、記念館を運営してきた支連会=「香港市民支援愛国民主運動連合会」の李卓人代表ら幹部3人と団体は、国家政権の転覆を図ったとして、香港国家安全維持法違反の罪で起訴された。支連会は記念館の運営に加え、数万人規模の集会を開くなど、民主化運動で中心的な役割を果たしてきた。(NHKニュースより)

 中国本土では、天安門事件のことはネット検索すらできないタブーである。香港でも人々の記憶から事件が抹消されようとしている。

 李卓人さんについては以下

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 また香港では、きょう10日、区議会の議員に対し政府に忠誠を尽くすよう宣誓させる新たな措置が始まった。

 区議選では民主派が地滑り的勝利で8割超の議席を得たが、宣誓に反する行為があったとみなされると、議員資格が剥奪されるうえ刑事罰が科されるため、6月以降、民主派の半数以上に当たるおよそ270人が辞職し議会を去った。

 香港では「愛国者による統治」を進めるためとして、中国の習近平指導部によって選挙制度が変更されたのに伴い、区議会議員は香港政府への忠誠を尽くすよう宣誓することが求められている。

 今回の宣誓の対象となる211人の中からさらに50人程度が議員資格を失う可能性があるという。(NHKニュースより)

 辞職した元区議・林兆彬氏は、
「資格をはく奪されるリスク、議員報酬を返還し破産するリスク、国家安全維持法で逮捕されるリスクもあり、状況は悪化している。政府の悪いところを指摘するだけで、違法行為になるかもしれない」と語る。(NNNニュースより)

 民主化運動は、徹底して締め上げられようとしている。日本を含む海外からの息の長い支援が求められる。

ワクチンで集団免疫は困難

 東京や大阪など19都道府県で緊急事態宣言が延長されるのを受けて、夕方、菅首相が記者会見を行った。
 総裁選不出馬についても触れたが、我々が知りたい具体的な話はなかった。新型コロナ関連では、「全国各地で、感染者はようやく減少傾向をたどっているが、重症者数は依然として高い水準が続いている」と当たり前の指摘をしたあと、ワクチン接種の実績を誇った。

 気になるのは、菅首相が唯一の切り札としてきたワクチン接種だけではコロナを収束させられないことが明らかになってきたことだ。

 政府の新型コロナ対策分科会が今月3日にまとめた提言でも―
「全ての希望者がワクチン接種を終えたとしても、社会全体が守られるという意味での集団免疫の獲得は困難」とされている。

 そのいい例がイスラエルだ。
 ワクチン接種では世界の先頭を走ってきたイスラエルでは、4月ごろにはいち早く社会と経済を再開させて、市民が日常生活を楽しんでいる様子が報じられていた。そのイスラエルでデルタ株が感染爆発、9月4日までの1週間では人口当たりの感染症例が世界最多となったという。1日の感染者が2万人を超えた日もある。

 

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朝日新聞より


当初はワクチン接種が人口の6割ほどに達すれば、集団免疫ができると考えられていたが、そうではなかった。
 イスラエル保健省の発表によると、従来株に対する感染リスクを90%近く下げるとされた米ファイザー製ワクチンの効果が、デルタ株に対しては64%に下がったという。

 いまイスラエルでは追加で3回目のワクチンを打つ「ブースター接種」を進めている。イスラエル政府は先月29日、3回目接種を12歳以上の国民にも実施すると発表した。ブースター接種の効果を世界中が注視している。

 9月3日、キューバが12歳以上への新型コロナウイルスワクチン接種を開始し、6日には2歳以上への接種を始めたとのニュースが流れた。12歳未満への集団接種は世界で初めて。

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キューバでは2歳以上に国産ワクチン接種開始(AFP)

 キューバはワクチンは輸入せず、自国で開発するという方針で、接種するのは2種の国産ワクチンだ

 キューバが4種のコロナワクチンを開発中というのは知っていたが、すでに国産ワクチンの接種を実際に進めていることに驚いた。

 調べると、キューバ政府は6月、3回接種型の「アブダラ」が、後期臨床試験で92.28%の有効性を示したと発表していた。

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キューバの国産ワクチン

 

 アメリカからの厳しい制裁の下、経済危機に苦しむキューバでは、通常の医薬品も事欠くありさまだなのだが、歯を食いしばってワクチンを開発したのだなと感心した。

 実はキューバは医療を重視している。ゲバラ医学生だったし、その娘は小児科医になった。

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 医療水準が高く、バイオテクノロジーも進んでいて、「肺がんワクチン」なども開発している。

 新型コロナワクチンも独自の作用機序で、いま実用化されている「アブダラ」と「ソベラナ」は3回接種型、開発中の「マムビサ」というワクチンは鼻孔にスプレーするユニークなものだ。
 キューバの国産ワクチンはいずれも世界保健機関(WHO)による承認は受けていないが、多くの国から引きあいがあるという。キューバ政府は貧困国には無償でワクチンを供与するといっている。

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ワクチン接種をゲバラが見下ろすシュールな映像(NTV)


 キューバの奮闘ぶりを見るにつけ、日本のワクチン開発の出遅れが残念だ。この出遅れは日本の厚生行政からくると指摘されている。

 新型コロナウイルスは今後も変異しつづけるだろう。するとインフルエンザのような対策になるのではないか。

 たとえば、今年のインフルエンザワクチンは以下の4種の抗原を含むそうだ。
 1)いわゆる新型ブタインフル(A型H1N1) =A/ビクトリア/1/2020(IVR-217)(H1N1)
 2)季節性A型(いわゆるA香港型)(A型H3N2)=A/タスマニア/503/2020(IVR-221)(H3N2)
 3)季節性B型=B/プーケット/3073/2013(山形系統) 
 4)季節性B型=B/ビクトリア/705/2018(BVR-11)(ビクトリア系統)
 
 そのうち、新型コロナワクチンも、毎年変異株に応じて開発し、接種していくことになるかもしれない。日本政府はワクチン開発が促進されるよう支援すべきだ。