遅れるウクライナへの軍事支援2

 英公共放送BBCは17日、ロシアがウクライナに全面侵攻を始めてから死亡したロシア兵が5万人を超えたと報じた。(一方、ゼレンスキー大統領は2月、ウクライナ軍の死者は3万1千人と発表している)

 これはロシアという国家と軍の本質、また戦術の特徴、そしてなぜ今ウクライナの前線でロシア軍が前進できるのかまで分かる非常に優れた報道だった。

 BBCとロシアの独立系メディア「メディアゾナ」がロシア国内70カ所の軍人墓地にある墓を数え、航空写真や当局の発表、新聞やソーシャルメディアも独自に調べ、確認できたかぎりでの死者数だという。

お墓で一つひとつ数えて確認していったという(BBCより)

航空写真で墓の面積が2倍になるのが分かる

BBCより

 ロシア政府が犠牲をいとわず多数の兵士を送り込む、いわゆる「肉ひき器」作戦を推し進めた侵攻2年目の12カ月間では、死者数が1年目より25%多い2万7300人以上が死亡した。

1年目はほとんど職業軍人。2年目は軍務に慣れていない受刑者などが大量に投入されたことがはっきりわかる(BBCより)


 BBCは東部ドネツク州のバフムートやアウジーイウカでの戦闘を通じ、ロシア側の死者数が急増したと分析。また、侵攻前は軍と無関係だった戦死者が4割に上るという。

 この「肉ひき器」作戦の要は刑務所の受刑者の部隊。前線での6か月と引き換えに自由の身になれる。BBCは受刑者1000人以上について軍務についてから死亡するまでの期間を調べた。するとなんと半数以上が前線に着いて12週間以内に死亡!!している。

受刑者を大量にリクルート

前線に着いてから死亡までの期間。衝撃的だ

 「肉ひき器」作戦はこうだ。まず受刑者部隊がしゃにむに前進しウクライナ軍の陣地を攻撃する。ウクライナ兵は姿を現わして交戦せざるを得ない。すると後ろに控えた「真の部隊」が弱体化したウクライナ軍の陣地に攻撃できる。

 こうやってロシアは2月にウクライナの防衛拠点の一つ、アウジーイウカを占拠した。ふつうの軍隊ならば、こんな作戦は犠牲の多い、割に合わないものなのだが、今のロシア軍では効果的な戦術とされている。ロシア軍はこの方式でこれからも攻勢をかけてくるだろうと見られている。

 なんと非人道的な国家であり軍隊なのだろうか。

 BBCは5万人という数字は公的に確認できるだけで、実際はこの2倍になる可能性もあるという

 ソ連が1979年にアフガニスタンに侵攻した戦争では、89年に撤退に追い込まれるまでの10年でソ連側は1万4000人以上が戦死した。そして直後にソ連は崩壊した。アフガニスタン侵攻と比べれば、2年で5万人超の死者というのはすさまじい。(ちなみにベトナム戦争で死亡した米兵は5万8千人超)

 ただしプーチンは、刑務所だけでなく貧困地区や少数民族から多くの兵士を募集している。犠牲の多さが大都市のロシア人にどこまで響くか。

 昨年末、アメリカの諜報機関は、ロシア軍の死傷者が31万5千人に達したとしていたが、ロシアはここ数カ月、ウクライナで戦略的軍事的優位を得ており、ますますロシアに有利な方向に向かっていると見られている。

 

 ロシアにはいくつもの優位点がある

 まずは中国の支援で制裁を逃れることができている戦車・ミサイル製造のための超小型電子部品の9割、弾道ミサイル製造のための工作機械の7割を中国から輸入できている。中国から軍事利用の可能性のある製品の輸出が22年以降3倍以上に増加しているという。(米国家情報長官室 年次脅威評価)

 ロシア国内の軍需工場での増産が急ピッチで進んでいるうえに、北朝鮮、イランからミサイルはじめ兵器弾薬を入手できている。

 これに対して、ウクライナへの外国からの軍事支援が弱まっている。

 「ウクライナが待ち焦がれる欧州からのF16戦闘機 約束は45機 当面の納入は6機か」。

朝日新聞4月14日(日)

 これはニューヨークタイムズ(3月11日)の一面に載った軍事・外交のベテラン記者、Lara Jakesの記事を朝日新聞(4月14日)が翻訳したもの。結論はF16が実践配備されるのは7月になり、しかも少数だろうというもの。

F16

 NATOのF16供与には混乱と混迷があるという。

 「ウクライナの当局者たちは、大砲、防空ミサイル、戦車といった一連の最新兵器の提供に抵抗する欧米の姿勢をくつがえしてきたが、ジェット戦闘機が勝利に必要な最後の主要兵器だと語っていた。バイデン政権はしぶしぶながら、ウクライナの要求に折れ、同盟国がF16を提供することを認めた」。ウクライナに押されて、はじめは渋っていたNATOが供与に踏み切ったのだった。供与するのは、各国が次世代戦闘機に買い替える上でいらなくなる「おふる」のF16。

 問題は、操縦できるパイロットだったソ連式の機体と戦術とは違う技量が求められる。パイロットは英語の勉強も含めて10カ月の訓練を経る必要があり、デンマーク、英国、米国で12人が訓練中だ。通常は数年かかる座学、シミュレーション、飛行訓練をぎゅっと圧縮してやっている。

 訓練は昨年8月、デンマーク南部の空軍基地で始まったが、語学力や西側式の飛行技術の知識が不足していたため、進捗が遅れた。飛行準備が整ったのは1月になってからだった。

 また、F16の機体の問題もある。これまで、デンマーク、オランダ、ノルウエー、ベルギーが、小規模の3個飛行隊に十分な約45機をウクライナに送ると約束している。デンマークは今春の終わりに最初の6機、さらに13機を年内から2025年にかけて送る予定だ。他の国々は納入時期を決めていない。オランダはウクライナの受け入れ準備が整うまで自国で機体を保有しておくという。

 機体を適切に整備できるのかという問題もある。

 兵器の供与とは、外交上のかけ引きから人材育成、メンテナンスまで、けっこう大変なことだなというのが粘り強い取材でよくわかる記事だ。

 軍事専門家によれば、最大45機のF16(しかも最新型ではない)では戦局を決定的に変える「ゲームチェンジャー」にはならないだろうという。ただ、兵器弾薬が不足、あるいは枯渇の危機にあるウクライナでは、少数であってもF16は有益だと見られる。

 F16はロシア軍の航空優勢を減じ、短・中距離ミサイルを搭載して空から地上軍の支援に力を発揮するだろう。

 ウクライナの戦争に関するイギリスとアメリカの優れた調査報道。日本のジャーナリズムも見習わなくては。