2011年8月、当時私が代表を務めていた制作会社「ジン・ネット」はTBS報道特集で「神社が止めた津波」という特集を制作した。
「震災モノ」としては異色の特集だったが、好評だった。この企画はひょんなことから生まれた。
「ジン・ネット」に一時籍を置いていた熊谷航という男がいた。テレビ業界は自分に向かないと彼は2年ほどで会社を辞めて、故郷の福島市に戻った。抜群の取材力をもつ男だったので残念だった。その彼が、久しぶりに上京し、私を訪ねて来て、居酒屋で飲んでいた。
彼が「ひょっとして、神様って、いるんじゃないかと思うことがあります」と言う。
東日本大震災のあと、熊谷は土木学会の依頼で、津波の被害を調査したが、そこで不思議なことに気づいた。津波がどこまで到達したかを見るため、浸水線をたどると、なぜか神社が現れる。それが1回や2回ではない。神社のすぐ前まで波がひたひたと押し寄せた、そういう場所がとにかく多かったという。
熊谷は、休みの日を使って、福島県の沿岸部、新地町から相馬市、南相馬市までの神社、82社を訪れ、浸水図に照合した。すると、多くの神社がきれいに浸水線の上に並んだ。

高すぎもせず、また津波に飲み込まれることもない、ぎりぎりのところに神社は建てられていた。彼の自作の地図を見せてもらって、私も驚愕した。この理由を知りたい。これが出発点だった。
そして取材の結果、古い神社ほど、浸水線上にある傾向が分かった。
東日本大震災のときの津波の浸水線は、9世紀(平安前期)の貞観地震(貞観11年5月26日、西暦869年)のそれにほぼ重なるとされる。つまり、貞観の津波の浸水線に神社が建てられたのではないかと推測される。
地震工学の権威、東北大学の今村文彦教授にも取材すると、神社が津波を免れる現象についてこう語った。
「ギリギリのとこにあるってことは、やはり過去、そこまで津波がきていて、で、その一帯被害を受けたんだけども、その境界のちょっと陸側に関しては、被害がなかったと。つまり、安全な場所であったと。で、そこに神社等を建立したと思っています」
神社は、津波の被害をギリギリで避ける場所、つまり浸水線に沿って建てられてきた。津波を後世に伝えるランドマークとしてそこに建てられたのではないだろうか。この仮説を検証すべく取材を重ね、ほぼその結論で番組を作った。
そして、取材にあたった熊谷とディレクターの吉田和史と私の三人で本を書いた。題して『神社は警告する―古代から伝わる神社のメッセージ』(講談社)。このあと、熊谷も私も神社関係から講演などを頼まれ、一時は「神社に詳しいジャーナリスト」(笑)と見られたことがあった。

NHKのタモリの番組で、前方後円墳が弥生時代の大津波のランドマークだったらしいと知り、同じ発想なのだな、と感動した。神に関わる設置物なら後世まで容易に位置がかわることはない。古墳も神社も、「みんな、自然災害を忘れちゃいけないよ」と私たち子孫に教えてくれているのだ。
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あの原発事故から15年たつが、いまだに原子力規制委員会を中心に、当時の対応や原因についての調査が続いている。多くのメディアに、事故前から、事故が起きた場合の核燃料の壊れ方とその影響について研究していた前規制委員長の更田豊志氏のインタビューが掲載されている。

彼は日本の現状に厳しい目を向ける。
「なぜイチエフ(福島第一原発)の事故対策があんなにグダグダで、避難時に多くの人命を失ってしまったのか。結局、欧米の事故から学んでいなかったし、教訓が生かされていなかった。十分に学んでいれば、状況はかなり違っていただろうと思います」
1979年の米スリーマイル島(TMI)原発事故後、米国はあらゆる事故のシナリオに備えようというマインドになった。また、チェルノブイリ原発事故以降、ヨーロッパは緊急時の対応を見直した。
「しかし、日本にはチェルノブイリもTMIも『対岸の火事』で、学ぶことに失敗したのだと思います」
―なぜでしょうか。
「TMIの時は『日本の運転員は優秀だから』、チェルノブイリの時は『あんな原子炉型は日本にないから』と言って、違いを言い訳にしていたのだと思います」
「今も衝撃的なのは、チェルノブイリ事故後に原子力安全委員会の懇談会がまとめた報告書です。当時トップレベルの専門家が参加して議論したのに、日本の原発はすでに十分に安全だという趣旨の記述が並んでいます」
「その後、安全委は(核燃料が溶ける『メルトダウン:のような』)苛酷事故対策を義務づけず、電力会社の自主的な対応に委ね、イチエフでの東電の自主対策も不十分でした。悔やんでも悔やみきれません」
―新規制基準が2013年にでき、各地で原発が再稼働しています。
「事故の衝撃が薄れてきたんじゃないか、という恐怖感は強くあります」
―なぜですか。
「新規制基準が『世界最高水準』などと呼ばれて、過剰に喧伝されているからです」
―何が問題ですか。
「対策を改善する機会が失われる可能性があります。多くの人が関心を持つことでかけているものが見つかるはずです」
実は、2022年5月に、事故原発にあらたな発見があった。1号機の原子炉直下の入り口に初めて遠隔操作ロボットが入ったさい、台座のコンクリートが焼失しむき出しの鉄筋が映し出されたのだった。

事故から10年以上経って「想定外」の事態が見つかったのである。メルトダウンによって起こりうる様々な現象が国内外で研究されながらこのパターンは考えられてこなかったという。もう15年も経つのに、事故のメカニズム自体に、まだ解き明かされない謎が残っていることに驚く。

更田氏は福島の事故調査を続ける意義をこう強調した。
「TMIやチェルノブイリから学ぶことに、私たちは失敗した。自国の事故から学べなかったら、最悪だ」
世界で日本人だけが持つとかいう(ほんとか?)「日本人らしさ」の気質を「すごい!」と自画自賛するのはいいかげんにして、まず震災の記憶の風化に抵し、悲劇を繰り返さぬ努力を続けることが大事だ。
それこそが、古墳や神社をランドマークにした、私たちのご先祖の知恵を受け継ぐことになるのだろう。