最近、反戦、憲法などをテーマにしたデモ、集会が相次いで行われている。
先日、私もその一つに出向いて、若者、それも明らかに“活動家”ではない人たちが、コンサート会場のようにペンライトを手に集まっている光景に驚いたことを本ブログに書いた。


こうしたデモを呼びかけた一人はK-POPの押し活をする若者で、国際情勢が落ち着いていないと活動自体ができなくなると思ったという。アメリカとイスラエルによるイラン攻撃も始まり、「1時間後に世界がどうなるか分からない」という不安に背中を押され、反戦スタンディングデモをSNSで呼びかけた。
近年の「きな臭さ」がこうした若者を行動させるまでになったということだ。その感覚は、単に「周辺国の脅威が増した」というだけではなく、日本の安全保障政策そのものが、戦後の「専守防衛」から大きく転換しつつあることへの戸惑いや不安と結びついている。最近のニュースからひろってみると―
防衛費の大幅増額(GDP比2%目標)
南西諸島への自衛隊配備拡大
長射程ミサイル配備
「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有
武器輸出三原則の実質的転換
日米軍事一体化の深化
台湾有事を強く意識した政策
民間・自治体を巻き込む「国民保護」体制
サイバー・宇宙・電磁波分野の軍事化
防衛産業育成政策
憲法9条解釈の変化の積み重ね
などがある。
これらは単なる「防衛力強化」というより、「日本が実際に戦争当事者になる可能性」を具体的に想起させる政策である。
たとえばミサイル配備を例にとると、日本政府は熊本県の健軍駐屯地に長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」を配備した。stand-offは「距離を置く」という意味で、遠くから相手の基地や艦艇を攻撃できる。改良型12式地対艦ミサイルは射程1000キロ級で、中国沿岸や北朝鮮を射程に収めるとされる。
「日本が攻撃される前提」ではなく「相手領域を攻撃する能力」を持つことになる。これは戦後の「専守防衛」から大きく転換しつつあることを象徴している。
そして高市首相が国会で不用意に語った「台湾有事は日本有事」が追い打ちをかけた。これまでは、日本が戦争に巻き込まれることには現実感がなかった。しかし現在は、日本政府が「有事」を前提に具体的な制度や装備を整えている。「時代は変わってしまった」のである。
さらに国民の不安感を強めているのは、「何のために、どこまでやるのか」を政府が十分説明していないことだ。
たとえば、反撃能力はどの条件で使うのか、台湾有事で日本はどこまで関与するのか、ミサイル基地が攻撃対象になる可能性、防衛費増額の財源、米軍との指揮統制の実態などなど。とくに米軍との軍事的一体化が進む一方で、その具体的な運用実態はブラックボックス化している。
つまり、いま私たちを不安にしているのは、中国・ロシア・北朝鮮という外部環境の悪化に日本自身の安全保障政策の急転換があり、さらにその転換への社会的合意が形成されていないことが重なって生まれている。
こうした状況下で、トランプ大統領の自衛隊派遣要請は、高市首相のトランプ擦り寄り姿勢と相まって「戦争に巻き込まれる」不安を掻き立てている。
私たちの若い頃は、デモや集会に行くことへの抵抗感は今ほどなかった。今は多くの若者は、街頭で抗議や要求の声を挙げることは特殊な人だけが行なう「望ましくない行動」とみているようだ。
しかし、デモや集会は憲法上の権利であり、合法的な意見表明の手段である。政治を「肌感覚」で自分事として捉え、街頭に出ることは、むしろ望ましい民主主義の実践だと思う。この動きを見守りたい。