小泉悠氏「ウクライナ戦争をめぐる『が』について」3

 5日は東京でもかなりの雪が降り、7日朝、畑に出ると一面の雪景色。雪をのけると下にはホトケノザがびっしり生えていた。立春である。

雪の下にはホトケノザ

寒さのなかブロッコリーが育ってきている

 最近の新聞から。

 米軍基地がPFAS(有機フッ素化合物)汚染をもたらしているが、在日米軍は県の立入調査に応じないなど植民地のような屈辱的な扱い。本国や欧州では対策費まで米軍が持って積極的に対応しているというのに。私が住む東京・国分寺市の住民のPFASの血中濃度は高く、このあたりではこの問題への関心が高い。横田基地でもPFAS漏れ事故があったので、その影響ではと推測されている。

6日の朝日新聞朝刊

 先日本ブログに書いた、ジャーナリスト安田純平さんの旅券発給を外務省が拒否したことをめぐる裁判について、朝日新聞の社説が載った。外相が裁量権を逸脱した点だけに絞っているのは問題を狭めているが、社説で取り上げたことは画期的。政府が立場の弱いフリーランスを狙って報道を封じようとしていることに対して、新聞、テレビなどの企業メディアはジャーナリズム全体への攻撃とみなして闘う必要がある。これを機にもっと声を上げてほしい。

朝日6日社説

 松元ヒロが夕刊に大きく出ていた。天皇家を揶揄するなど、ネタが危なすぎて「テレビで会えない芸人」と呼ばれる。私は4回ライブに行ったが毎回捧腹絶倒、また見たくなる。立川談志の言葉がいい。「俺はテレビに出てる芸人をサラリーマン芸人と呼ぶ。テレビの仕事をクビになるようなことは言わないからだ。昔の芸人は、他の人が言えないことでも言った。松元ヒロは芸人です。お前を芸人と認めます」。

朝日8日の夕刊

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 小泉悠氏が、雑誌『世界』23年10月号への寄稿の続き。なおこの論考執筆時は肩書が「東大先端科学技術センター講師」となっていたが、12月1日めでたく昇格して現在は准教授である。

類型3 2014年以降のウクライナを取り巻く状況に関する「複雑さ」

《マイダン革命において暴力的な事態が発生したこと、これがウクライナ東部ドンバス地方のロシア系住民に脅威感を与えたことなどについては、さまざまな立場から議論の対象とする余地がある。 

 しかし、この種の議論はしばしば「マイダン革命はアメリカが扇動した人為的なクーデターであった」、「マイダン革命の結果として成立したポロシェンコ政権や後任のゼレンスキー政権はネオナチ思想に毒されている」、「ゼレンスキー政権がドンバスのロシア系住民を虐殺している」といったロシア側のナラティブと容易に結びつく。これらは「ウクライナの非ナチ化」を戦争の大義として掲げたロシア側の言い分をほぼ無条件に肯定するものとなりがちであるが、そもそもこれらの主張はほぼ事実無根である。ゼレンスキー大統領やその閣僚たちにネオナチ思想の影響を見出すことは現実的に極めて困難であるし、ドンバスの紛争地域における民間人の死者数は開戦直前の2021年時点で25人と過去最低に過ぎなかった(国連人権高等弁務官事務所のデータに基づく)。しかも、このうち13人は地雷に関連する死である上、残る12人がなんらかの意図的な「虐殺」であるという客観的な証拠はない。マイダン革命でロシアの意にそわない政権が成立した結果、ロシアがドンバスに軍隊や武器を送り込んで戦闘が発生し、人々が巻き添えになっているというごくシンプルな事実が存在するだけである。

 公正を期すために述べると、2014-15年のドンバス紛争ではウクライナが極右勢力を取り込んで親露派武装勢力との戦いに投入し、その間に民間人や捕虜に対する残虐行為が行われたことは客観的事実である。ただ、残虐行為の報告件数は新露派武装勢力側のほうが多い。また、これらの事例は2014-15年に集中して発生しているものであり、2022年にロシアがウクライナに攻め込むことをなんら正当化するものではない。》

 ロシアはウクライナへの軍事侵攻の理由づけの一つに、ウクライナ在住のロシア系住民の保護を挙げており、この議論に関係する。

 ついで小泉氏は、類型2の議論で出ていた、侵攻の最大の理由づけであるNATOの東方拡大への懸念」も、「客観的事実としては大変に怪しい」と疑問を呈する。

《2008年にウクライナジョージアNATO加盟問題が持ち上がった際、ロシアが抱いたであろう懸念は理解できるものの、現実には欧州諸国はロシアの懸念を受け入れて加盟行動計画(MAP)の発出を思いとどまるよう当時のブッシュ政権を説得していたからである。その後、ジョージアウクライナNATO加盟問題は事実上棚上げされたままであって、2021年に成立したバイデン米政権も頑なにウクライナNATO加盟の言質を与えてこなかった。開戦前のウクライナアメリカの極超音速ミサイルが配備されてモスクワを脅かすような状況が存在していなかったことは明らかである。

 また、ロシアのウクライナ侵略が始まると、それまで中立を貫いてきた北欧のフィンランドスウェーデンNATOに加盟申請を行ったが、これに対してロシアはほとんど目立った対応を行っていない。1340キロメートルに及ぶフィンランドとロシアの陸上国境には北方艦隊軍管区の2個旅団が配備されているだけというガラ空き状態であり、フィンランド国境から弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)の母港であるセヴェロモルスクからも、160キロメートルほどでしかない。そもそも実現の目処さえ立っていなかったウクライナNATO加盟がロシアを侵略に駆り立てたというなら、今頃ロシアが北欧に侵攻していてもおかしくないということになろう。

 にもかかわらず、プーチン大統領は「二国がNATOに加盟してもアメリカの戦闘部隊が常駐しなければとよい」という極めて真っ当な対応で済ませているのだから、安全保障をめぐる「複雑さ」を受け入れるにしても、どうもチグハグの感が拭えない。
 北欧へのNATO拡大という事態に対してロシアが何もしていないわけではない。2022年12月、ロシアのショイグ国防相は、「ロシア北西部の軍事的安全保障を強化するため」として兵力を開戦前の1,5倍にあたる150万人に強化することを提案し、翌2023年3月にはプーチン大統領ベラルーシへの戦術核兵器配備の意向を表明した(今年7月には実際に核弾頭を搬入したとされている)。これはまさに前述した「抑止の信憑性を高めるように自国の軍事態勢を改善」する行いであり、ロシアに認められた正当な自衛権の範囲内と捉えられよう。別の言い方をすれば、ウクライナNATO加盟をロシアが真に恐れていたのだとしても(実際、恐れていただろう)、許されるのはここまでである。》

 以上、類型3におけるロシアの「ナラティブ」も片付き、いよいよ結論に向かう。
(つづく)