ロシア全面侵攻3年によせて

 ロシアがウクライナに全面侵攻して3年が経つ。

 ここに来て、トランプ米大統領ウクライナの頭越しにプーチン大統領と「停戦」を図ろうとしている。しかもロシア側の言い分をほぼ丸のみにして

「そこそこ成功したコメディアンだったゼレンスキー大統領は、アメリカを説得して3,500億ドルを勝てない戦争のために費やさせた」とも。なおこの金額は根拠がなく、実際の支援額はこの半分以下。NHK国際報道より

22日の「ウエークアップ」にウクライナに住む写真家、尾崎孝史さんがライブ出演。現地では疲弊感が極まっているとリポート。尾崎さんはかつて私が働いていたに日本電波ニュース社に所属していた。

現在の前線での一時停戦を2割の人が支持するようになっている。ただし、これは恒久的な国境ではなく今後交渉で取り戻す前提(NHK国際報道より)




 まず、ロシアには停戦を急ぐ理由がない。

 ロシア兵の死者数はウクライナ側の数倍に及ぶが、モスクワやサンクトペテルブルクなどの都市部では戦争の影を感じないで暮らすことができる。ウクライナのように連日ミサイル攻撃にさらされるわけでもなく、前線で死んでいく多くの兵士は都会ではなく貧しい辺境の地や囚人から徴集されている。ロシア軍は物量作戦でじりじりと支配地を拡大し、軍需産業はフル回転で好景気を支えている。政府への異論は完全に封じられ、プーチン体制はとりあえず磐石である。

 とにかく早く停戦をと焦るトランプ氏は、停戦を急ぐ必要のないロシアに足元を見られ、プーチン氏にすり寄らざるを得ない。その結果、トランプ氏は、戦争を始めたのがウクライナ側で、4%の支持率しかない無能な「独裁者」であるゼレンスキー大統領に長引く戦争の責任をおわせるに至っている。ロシアの偽情報の世界に完全に取り込まれてしまった。この戦争がロシアによる一方的な侵略であること、民間人の大量虐殺と拷問、レイプなどの戦争犯罪、病院や学校、発電所などの民生用インフラの破壊などには目をつぶるトランプ氏の言動に、ウクライナ国民は大きな不安と絶望を感じているという。

 そもそもロシアの目的は領土や資源の獲得ではない。全面侵攻開始にあたってプーチン氏は「ウクライナの領土の占領は計画にない」としていた。
 またNATOの東進やウクライナにおけるロシア系住民の「ジェノサイド」を阻止するためでもない。当時ウクライナNATOに加盟する現実的可能性はなく、侵攻後にフィンランドスウェーデンNATOに新たに加盟してもロシアが強い反応は見せることはなかった。「ジェノサイド」とのロシアの主張は、侵攻前、東部の紛争地での民間人の犠牲者は国連によると過去最低で、大量虐殺の事実はないと否定されている。

 この侵略の目的は、「ウクライナはロシアの一部」(プーチン氏)との主張のもと、ウクライナを「属国化」することである。従って、ウクライナの将来の安全を確実に保証しなければ、ロシアは「属国化」という目標の達成をめざして再侵略する可能性がきわめて高い。

 ウクライナを属国化しようとするロシアのプーチン氏とロシアからの独立を守りたいウクライナには埋めがたい溝がある。ただ、ロシアがウクライナを属国化しようと既存の国境を越えて武力攻撃をすることは明白な国連憲章の根本原則を踏みにじる行為である。この侵略の責任を問うことなく、ウクライナを丸腰でロシアに差し出すかのような「停戦」を進めるなら、力のある国は弱い国を征服してよいとお墨付きを与えることになり、将来の世界秩序にとって破壊的な影響を与えるだろう。

 それにしてもウクライナの苦悩は想像に余りある。理不尽な条件での「停戦」を呑まなければ支援を止めるぞとアメリカはウクライナを脅しにかかっている。支援が止められれば、ただでさえ劣勢を強いられているウクライナは抵抗を継続できなくなる可能性があり、事実上の降伏を迫られる。こんな「停戦」はまともな停戦とは言えない。

 1938年9月、ドイツのミュンヘンで、英(チェンバレン)、仏(ダラディエ)、伊(ムッソリーニ)、独(ヒトラー)四カ国の首脳が出席したミュンヘン会談が開かれた。ドイツ系住民が多数を占めるチェコスロバキア・ズデーテンのドイツへの帰属を主張したヒトラーの要求を、英・仏は、これ以上の領土要求を行わないことを条件に全面的に認め、ミュンヘン協定が結ばれた。当事者のチェコスロヴァキアの代表は招かれなかった。これはヒトラードイツの増長を招き、第二次世界大戦を引き起こす結果となった。デジャブのようである。

 現状を備忘録として記しておこう。

ウクライナの被害】

兵士の死者 46,000人(2月16日時点、ゼ大統領の発言)

民間人の死者 12,654人(2月21日時点、国連ウクライナ人権監視団)(これは確認できた限りで、全体のごく一部。ロシアに占領されている地域などは不明)負傷者は29,000人超

行方不明者 62,948人(2月3日時点、ウクライナ内務省次官の発言)

子どもの死者 670人以上(2月、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR))(確認できた限りで全体のごく一部)

家族や保護者の同意なしにロシアに連れ去られた子ども 19,500人以上(2月時点、ウクライナ政府)

国外に避難した難民 690万6,500人(2月19日時点、UNHCR)

国内避難民 370万人

住宅の被害 約200万軒(昨年3月時点、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR))

破壊・損傷を受けた教育施設1,600以上(2月21日時点、ユニセフ

破壊・損傷を受けた保健医療施設約790(同上)

 

【ロシア側の被害】

兵士の死者 95,026人(2月公表の英BBCとロシアの独立系メディア「メディアゾナ」による独自調査。地方当局の発表や墓地の調査などで名前が判明した死者のみのデータ。「実際の45~65%に過ぎない」と専門家が指摘