プーチンのサハリンⅡ「接収」命令

 岸田文雄総理、NATO首脳会議に日本の総理として初めて参加してロシア制裁に足並みを揃える姿勢を明らかにし、さらに日本の防衛力を5年以内に抜本的に強化することを表明した。

NATO首脳会議に参加した岸田総理

 これへの報復としてロシアが放ったのが「サハリンⅡ」の「接収」命令だ。

プーチン大統領は6月30日、日本の商社も出資するロシア極東の液化天然ガス(LNG)・石油開発事業「サハリン2」の運営を、新たに設立するロシア企業に譲渡するよう命令する大統領令に署名したウクライナ侵攻をめぐり対ロ制裁を強める日本への対抗措置とみられ、日本側が事業の権益を失う恐れが出てきた》(朝日新聞

大統領令は、日本の三井物産三菱商事が出資する現在の運営会社「サハリンエナジー」の資産を、露側が設立する新会社に引き継がせるとしている。外国企業は新法人の株主として参画できるが、露側が示す条件に同意する必要がある。受け入れなければ、サハリン2からの撤退を余儀なくされる。》(産経新聞

 ロシアが提示する条件ですべての資産、運営権をロシア側に引き渡せというもので、事実上の「接収」命令だ。

 これに関連してプーチンの過去をひもとくと、まずは1990年から96年までサンクトペテルブルクの改革派市長のサプチャークを支えた時代にさかのぼる。

 プーチンは副市長・対外経済委員会議長として、外国の金融機関や企業を誘致してサンクトを西側に開かれた窓にした。だがプーチンは経済自由化一辺倒ではなかった。

 とりわけ2000年に大統領に就任してからはエネルギー産業の国有化に舵を切った

 ユコス事件」という有名な事件がある。

 ユコスはロシア国内の石油生産量の20%を占める最大級の民間企業だったが、03年10月、「石油王」と呼ばれたカリスマ的オリガルヒ(新興財閥)、ユコスCEOのホドルコフスキーが、所得税法人税等の脱税及び横領容疑によりロシア政府に逮捕された。ユコスは破産に追い込まれ、その主要な子会社はプーチン側近が会長をつとめる国営企業に買収されたのだった。欧州議会はホドルコフスキーの逮捕は不当だと抗議するも、プーチンは事実上の国有化を押し切った。

 これを皮切りに、石油・ガスなどのエネルギー産業が次々に国営企業支配下に置かれるようになった。その直後、原油価格が急騰したが(1998年の1バレル10ドル以下から08年には一時140ドル超に)、これがプーチンの独裁化を後押ししたといわれる。

 「サハリンⅡ」というのは、1990年代に結ばれた生産物分与計画(PSA)で、米国と日本の企業に生産、加工、販売のすべての権限が与えられた。要は日米の民間企業がすべてを仕切るプロジェクトで、ロシアで初めてとなる液化天然ガスLNG)生産プラント建設やサハリン島を縦断するパイプライン建設も含むものだった。


 ところが06年、ロシア政府は、サハリンⅡが環境を破壊しているとの口実で、国営天然ガス独占企業「ガスプロム」の参画を提案。結果的に株式の過半数ガスプロムが習得することになった。事実上のプロジェクト乗っ取りである

2009年4月に「サハリンII」で産出した液化天然ガスが初めて日本に到着した。

 実は、プーチンサンクトペテルブルク時代に、ある論文で博士号をとっている。

 「市場関係形成という条件下での地域における鉱物原料の基盤再生について「の戦略的計画策定 サンクトペテルブルクレニングラード州」という長い表題の論文だ。

 この内容を簡単にいうと―

「国家に十分な資金がなく、管理したり計画したりする余裕がない最初の段階では。そうした能力をもつ企業に鉱物資源の管理を任せるべきだが、その後、国に余裕ができた段階で、調整役としての役割を強化すべきだ」というもの。

 サハリンⅡの「ガスプロム」による乗っ取りはまさにこの論文を地で行くものだったが、今回の運営譲渡命令までいくと、外国企業は危なくてロシアに投資できなくなるだろう。

 プーチンという人物は、手段を選ばないから、何を仕掛けてくるかわからない。これからが問題だ。

 こういう時代だからこそ、エネルギー自給率を抜本的に高める方策を採らなければならない。

(上記プーチンの論文等については朝日新聞国際報道部『プーチンの実像』(朝日新聞出版2015年)を参考にした)