自己責任と国民の保護とは

takase222015-02-11

きのうは、東京は寒かった。
外のバケツに張った氷が厚すぎて、柄杓でいくら叩いても割れない。
夜、帰宅しようと御茶ノ水駅まで行くと、駅前交差点で一人の若い女性がギターで弾き語りしている。村上紗由里とマイクスタンドにかいてある。
ここで演奏するミュージシャンは他にもいるが、火曜はいつもこの女性だ。一曲終わると、近くで待ち合わせ中の人たちから拍手がおこる。
夢を追うものと、それを温かく見守るもの。
ちょっと微笑ましい風景だ。

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今朝の朝日朝刊の川柳は、バラエティ豊かだ。

総理なら取り上げられぬパスポート (東京都 後藤克好)
むしろ旗織る音消えて山眠る    (京都府 小山三香)
第三の矢で全中を撃ち落とす    (長崎県 前田一笑)
道徳で教えよまずは後始末     (岐阜県 桑原宣彰)
春節を催事に入れる百貨店     (神奈川県 赤木不二男)
スゴクねえ選挙るってと少女A   (神奈川県 小畑秀樹)
赤い実を残さず食べるヒヨのバカ  (東京都 鈴木了一)

1句はカメラマンの旅券返納命令を、2句はすなおな民草を、3句はTPPへの布石で農協解体の狙い。4句が高浜原発許可、5句は中国人が上客の現実、6句が18歳選挙権を詠んでいる。
うまいなと感心。しかも勉強になる。
7句、ヒヨドリはほんとに赤い実が好きだ。うちの千両もブルーベリーもみなはだかにされてしまった。
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さて、日本人人質事件をめぐって、いくつか気になる「空気」が広がっている。
例えば、《「自己責任」だから国家が助けなくてよい》

これについては、8日に朝日新聞に掲載された長谷部恭男・早稲田大教授と、杉田敦・法政大教授の対談で話題にしている。

【杉田】 邦人人質事件を受けて、まず原則としておさえておきたいのは、近代国家には自国民を保護する義務があるということです。

【長谷部】 はい。これは国民国家である以上「ある」としか言いようがなく、あり方は国によって違います。

【杉田】 後藤健二さんに対し、外務省は3回、注意喚起をしていたそうです。ネット上などでは、危険を知りつつ行ったのだから自己責任だ、家族が国家に助けを求めるのはおかしいという言説が根強くあります。

【長谷部】 自己責任ではあるでしょう。後藤さん自身もそう言いのこしています。ただし、自己責任であろうと、国民国家は自国民を保護しないといけない。

【杉田】 火事が起きたら、失火でも放火でも原因に関係なく消防は消火活動をする。それと一緒ですね。

【長谷部】 そうです。急性アルコール中毒になった人がいたとして、自分の意思で飲んだのだから救急車は出さないという話になるのか。ならないでしょう。

【杉田】 日本では個人の自由よりも国や組織の都合、理念よりもコストが重視されがちです。オバマ米大統領の声明には「後藤さんは報道を通じ、勇気を持ってシリアの人々の窮状を外部の世界に伝えようとした」とあるが、日本の首相の声明にはその種のくだりはない。自民党高村正彦副総裁は「どんなに使命感があったとしても蛮勇というべきもの」と発言しました。

【長谷部】 危険はあるが、それを上回る何かがあると思うから行く。そう判断するのは個人の自由で、尊重されるべきです。尊重するからこそ、結果については自己責任だと言えます。

【杉田】 ところがいま、目的はどうあれ、政府が危険と言った所に行くのは悪いという空気が広がっている。日本社会での自己責任とは、自主性の尊重ではなく、個人が勝手に判断すること自体がけしからんと。お上の言う通りに行動し、迷惑をかけるなという点に主眼が置かれています。
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こういう考え方でいいと思う。

一昨年1月にアルジェリアで人質事件が起きた。
アルカイダ武装組織が、天然ガス精製プラントを襲撃し、外国人を含む数百人を拘束。日本人10人を含む8か国37人の外国人が死亡した。
民間企業はリスク管理をしながら営利を目的として活動するわけで、こういう場合も「自己責任」といえるのではないか。危険地だとの情報があるなか、「仕事」をしている最中に危害を加えられた点で、取材という「仕事」をしていた後藤氏と同じともいえる。

私は、海外で日本人が拉致されたいくつもの事件にかかわったことがある。
1986年のフィリピンで起きた三井物産マニラ支店長誘拐事件、そして1989年の三井物産ビエンチャン事務所長拉致事件は、アジアで起きた商社トップの誘拐事件として知られている。
私は事件当時、この二つの町に滞在していて、両人とも面識があった。
マニラ支店長には、事件直前にある番組でインタビューしており、ビエンチャン事務所長とは、拉致の前日か二日前に、「近いうちメシでもご一緒しましょう」と再会を約していた。思えば、できすぎたほどのめぐり合わせである。「お前が犯人じゃないのか」とよくからかわれたものだ。
私は、二つの事件とも、どこよりも初動が速く、スクープを連発することができた。取材の醍醐味を存分に味わった思い出の事件だ。
そのほか、フィリピンでイスラム武装勢力に誘拐・監禁されたフリーカメラマンの事件、また私がプロデュースしていた常岡浩介さんのアフガンでの拉致事件にもかかわりをもった。
どんなときも国家は国民を保護すべきなのだが、実際は、大企業の役員とフリーのジャーナリストでは国家の力の入れ方が違う。
建前と実際が違うことは知っているのだが、今はその建前までも投げ捨てようとしているように見えるのが、心配である。