幸せの指標3−幸せを科学する

『科学』は、岩波書店が発行している。
「小誌は、科学界と社会を結ぶ雑誌として1931年に石原純寺田寅彦らによって創刊されて以来、科学の進展と、科学と社会の間で起こるさまざまな問題を見つめてまいりました」(岩波のホームページ)。80年の歴史を持つすごい雑誌である。
3月号の特集「幸福の感じ方・測り方」は8人の論文が載っていて、いずれも面白い。読んでいる人は多くないと思うので、一部を要約して紹介したい。
まずトップの「幸せを科学することは可能か」(大石繁宏氏)より;
幸せは、ギリシア哲学以来の人類の永遠のテーマだ。アリストテレスは、人生の最終目的は幸せ以外にありえないとし、他の目標はすべて、究極的には幸せを達成することへの手段でしかないと論じた。ただ、それは「実験やデータ」をもとにした「科学」ではなかった。
幸せの科学的研究としては、哲学的テーマを実証的に検証していく学問としての心理学が主導的な役割を果たしてきた。ただし、幸せの自己報告への猜疑心が強まり、表に現れる行動しか研究対象にしないという行動主義がアメリカ心理学で主流になってからの一時期、幸せ研究は廃れた。その後、80年代半ばから本格的に実証的研究が行われるようになり、今や幸せは心理学で最も盛んな研究分野の一つになった。
一方、経済学の幸せ研究の歴史は心理学より長い。ベンサムとミルは、国民の幸福感を最大化することが国家の目標であるべきであり、功利主義の原点は幸福感を最大化することにあるとした。しかし、初期の心理学同様、自己報告にもとづく幸福感には懐疑的で、通貨に換算できる「豊かさ」、つまり収入や国民総生産が基本概念になった。
60年代後半から、国民総生産のような指標が本当の豊かさの指標としては不十分だと指摘されるようになり、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)や主観的な豊かさの研究が盛んになっていく。ここ10年、幸せ研究は経済学に急速に浸透するに至った。

幸せについての研究には、こうした歴史的・社会的背景があった。
欧米人を対象とした代表的な研究結果としては;
「人生の満足度」に対する「年収」との相関係数は、0.10~0.20 と意外に低い。
ただし、これは一定以上の年収についてであり、貧困状態では幸せになりにくいとの結果になる。
「人生の満足度」と「仕事」への満足度との相関係数は、0.35。
英国の国民調査では年収の上昇より昇進(ステイタスの上昇)の方が幸福感に好影響を及ぼす。人に認められる方が幸せに関係するらしい。
健康」との相関係数は0.28。
興味深いことに、「客観的健康」は主観的幸福感と相関していないという結果に、しばしばなるという。
結婚生活への満足度」と「人生全般の満足度」との相関係数は0.51と非常に高い。
アフリカのマサイ族や米国のアーミッシュなど物質的にあまり恵まれていない人々が、米国の大富豪とほぼ同じ程度、人生の満足度が高いとの結果も報告されている。また、いざという時に頼れる人がいるという回答者の割合の多い国が、人生満足度の平均値が高い。(07年ギャロップ社の135カ国対象の国民調査)
さらに、被験者にお金を与え、自分のためにそのお金を使う群と他人のために使う群に分けてその後の幸福感を測定するという実験では、後者の方が幸福感が高い結果が出たという。
幸せにおいては対人関係が中核的な位置を占めているようである。(つづく)