北朝鮮はそんなにすごいのか2

1975年、カンボジアポルポト政権の支配下に置かれた。
権力を握ったポルポト派は、首都プノンペンから住民を農村に強制移住させ、家族を解体し、年齢・性で分けられた労働キャンプで生活させた。旧政府の軍人・警察官・官僚はもとより、医者・教師・エンジニアなどの知識人そして外国人は見つかりしだい処刑された。
ポト派の権力掌握直後から難民が命からがら国外に逃れてきて、恐るべき「革命」の実態を証言しはじめた。だが、はじめはその内容があまりに極端でにわかに信じがたいこともあり、大虐殺がほんとうに起きているかどうかの論争があった。
日本にも虐殺説に強力に反対した人々がいて、はじめはそちらの方が優勢に思えたことを覚えている。というのは、長くカンボジアに滞在した「専門家」といわれる人ほど、虐殺の可能性を否定する傾向があったからだ。
カンボジア人はおとなしく心優しい人々で、互いに殺しあうなど信じられないというのだった。
現地の言葉をマスターし、歴史を学び、深く人々と交じり合い、食べものや歌、文学などの文化を愛してきた人ほど、無意識に、ひいきの引き倒しになるのだろう。専門家には落とし穴があるのだなと思わされたものだ。
今では、人類史に残る大虐殺があったことは明らかになっており、その規模が議論されているだけだ。虐殺についての第一人者、エール大学のベン・キアナン教授は、ポト派時代に170万人(人口の2割強)が死亡したと推計している。
さて06年、北朝鮮は世界をおどろかせた。
7月、北朝鮮は「テポドン2」を発射し、つづく10月にはついに核実験を行なったのだ。
当時の新聞をみれば分るが、大型ミサイル発射の兆候が見られるとの情報が出たとき、専門家の多くは「発射はない」と予想した。
もしいま大型ミサイルを発射すれば、アメリカだけでなく中国をも怒らせ、中国、韓国などからの援助もなくなる。北朝鮮はそんなバカなことをするはずがないという理由だ。つまり、北朝鮮は理性的に損得を計算するはずだというのだ。
しかし、実際は「テポドン2」はじめ7発もミサイルを乱射した。北朝鮮はつづいて核実験の予告をしたが、ここでも外した専門家がいた。
「影武者」説を否定する石丸次郎氏は、「サンデー毎日」に重村教授について以下の厳しい指摘をしている。
《06年10月の核実験を「2、3年はやらない」とテレビで公言していたが外した。その数日後には、核実験をやった理由を、その年夏に水害で200万?の作物が流されて食糧危機に陥り、援助が欲しくてやったという趣旨の、トンチンカンな分析をテレビで連発。最近では専門家の間で「ハズシの重村センセ」と陰口されるほどだった。》http://aoinomama13.seesaa.net/article/105951524.html
重村教授の「影武者」説は、予測が外れる⇒北朝鮮の動きがおかしい⇒金正日の判断力がおかしい⇒本物の金正日ではないというふうに発想されたものと思われる。
それはともかく、ミサイル発射と核実験ののち、結果としては、アメリカは一転して対北朝鮮融和策に転換。6カ国協議も回りだしたかに見えた。すると、北朝鮮瀬戸際外交は「成功」したことになったのだ。
あれ?じゃあ、ミサイルを撃っても、撃たずに自制しても、どっちにしても北朝鮮は「クレバー」だということになってしまうではないか?
かくして、北朝鮮は何をやっても「外交上手」「したたか」という評価がつきまとうことになる。やっぱり将軍様は、英明な指導者であらせられるのだ。
本当に北朝鮮はそんなに「すごい」のだろうか。
(つづく)