スパイ防止法をめぐる北村滋×小泉悠対談

 高市内閣では「スパイ防止法」制定への動きが急ピッチで進んでいる。

 高まる情報戦の重要性と自由弾圧の危険性などを論拠に賛否の議論が闘わされている。そんななか、『週刊現代』が北村滋と小泉悠という異色の取り合わせで、「結局、スパイ防止法は必要なんですか?北村滋×小泉悠が徹底的に語る『日本のスパイ対策の実態』」と題する対談を掲載した。

  北村滋氏といえば、警察官僚として長く情報畑を歩み、内閣情報官、国家安全保障局長などを歴任した、日本の安全保障・危機管理における情報のプロである。安倍晋三氏に重用され、安倍の懐刀と言われたこともあった。

北村氏

小泉氏


 小泉悠氏は、ロシアの安全保障・軍事問題を専門とし、その深い知見とユーモアを交えた解説で知られる、私の尊敬する軍事アナリストである。

 

gendai.media

 

 近年の情報戦の特徴としては、単に情報を盗み取るだけでなく、世論誘導の比重が高くかっているという。以下、引用。

北村 怖いのは昨今、SNSなどのネットを使った世論誘導が常態化していることです。

 ネットが生まれる前は、マスコミの幹部や政治家などに働きかけて世論を誘導しようとしていたから、大変な労力がかかったわけですが……。

小泉 実際に戦後、ソ連のスパイは朝日から産経まで幅広い新聞社の記者に接触し、取り込もうとしていました。

北村 有名なのは、'70年代に日本で活動していたKGBレフチェンコです。アメリカに亡命した後、'82年の米議会の秘密聴聞会で、日本の世論を誘導しようと画策していたことを暴露しました。

 より最近では、中国大使館の一等書記官で、'12年に警視庁が出頭要請を出した李春光がいます。

 李春光松下政経塾に入り、東大の付属機関で研究員をした後、農水省に食い込んで機密文書を閲覧していました。当時、各国がTPP(環太平洋パートナーシップ)協定の締結に向けて準備を進める中、政財界の要人に次々と接触し、日本がTPP条約交渉に参加するのを阻止しようとしていたのです。

小泉 ロシアの世論工作は、偽情報を広めるだけでなく、相手国の世論が荒れるように、多くの人が最も頭にくる話題を投げ込んでいくのが得意です。さらには情報を流すだけでなく、たとえば外国人・難民と地元民の小競り合いを偽装したりして、社会不安を煽るわけです。

・・・・

 そして話は「スパイ防止法」に入る。

小泉 最終的に、国家として重要になるのは、集めた情報を総覧して政策に活かすことですね。その点、日本には情報を専門に扱う組織がなく遅れをとっているとよく言われますが、いかがでしょうか。

北村 たしかに、戦後の日本には情報収集を専らにする機関は存在しませんでしたが、だからといって情報機関がなかったわけではない。諸々の情報を集めて分析する内調(内閣情報調査室)の人員は約200人強ですが。これを情報分析に特化した機関と考えれば我が国の規模からすると、むしろ手厚い陣容だと言えます

小泉 確かにそうですね。内閣衛星センターは10機の情報収集衛星を運用しています

北村 じつは先進国の中でも、自前の偵察衛星をこれだけ多く運用しているのは、アメリカと日本だけです。多分、北朝鮮の軍事的な動向も一定限度、把握は可能でしょう。

 高市首相は国家情報局の創設を検討していますが、今の日本に必要なのは大きな組織よりも、各省庁から内閣がきちんと情報を共有してもらう仕組みだと私は思います

小泉 スパイ防止法についてはいかがですか。

北村 日本にはすでに、私が成立に関わった特定秘密保護法と、重要経済安保情報保護活用法がありますから、スパイを取り締まる法規がないわけではありません。

 ただ、法律が濫用されないよう、行為の要件を厳しく絞りましたから、その立証が極めて困難です。不正行為をもう少し手前の段階で取り締まることができる条項があってもよいかもしれません。

 アメリカのFBI(連邦捜査局)関係者に聞くと、諸外国ではかなり厳しくスパイを取り締まっていて、終身刑を含む重罰を科する国も多い。反面、日本では最高でも拘禁刑10年ですから、罰則も一つの検討すべき課題でしょう。

小泉 スパイ防止法をつくるなら、もう少し実効的にするべきだろうと私も思います

 本当かどうかはわかりませんが、プーチンは子供の頃にスパイ映画を見て、「100万人の軍隊でもできないことを、スパイはたった1人でやってのけるんだ」と感動し、KGBを志したと語っています。

北村 戦前、ゾルゲは我が国の命運につながる情報を収集して本国に打電していた。したがって、彼はソ連では英雄です。スパイが大きな脅威になりうることを、もっと日本人も認識しなければならないのかもしれませんね。

・・・・

 北村氏が「スパイ防止法」を積極的に推進する立場かと思ったら、非常に冷静でむしろ慎重といってもよい議論をしているのが印象的である。

 偵察衛星を10個も運用しているのは日本とアメリカくらいというのは意外だった。やはり、まずは実態を知ることが大事だと思った。