外国人ホームレスを生む「仮放免」制度

 3月5日は路上生活者の生活を立て直すための雑誌『ビッグイシュー』を応援する音楽イベント「りんりんふぇす」に行ってきた。「りんりん」とは「隣(とな)る人と輪になって」の隣と輪を重ねたもの。

「りんりんふぇす」のフィナーレ(東京・青山の梅窓院の祖師堂にて)

 多彩なステージを楽しんだが、座談会では今の日本の社会的弱者が抱える問題とそれを何とか克服しようと奮闘する人々について学ぶことができた。
(『ビッグイシュー』は内容も充実しているhttps://takase.hatenablog.jp/entry/20200821

座談会で語るティック・タム・チー師

タム・チー師(NHKニュースより)

 ベトナム人尼僧のティック・タム・チー(釈心智)師は、お寺(大恩寺)を在日ベトナム人の駆け込み寺にしていて、さまざまなトラブルを抱えた同胞に支援を行っている。生活困窮者を支援する「つくろい東京ファンド」の稲葉剛さん、僧侶による社会的弱者の支援を行う「ひとさじの会」の吉水岳彦さん「ふぇす」発起人でシンガーソングライターの寺尾沙穂さんらとの座談会で、在留外国人の境遇がとても厳しいことを指摘していた。技能実習生をめぐる諸問題はメディアでも取り上げられるようになってきたが、この欺瞞的な制度自体を廃止して、正規に労働力を受け入れる制度に変えるべきだというのがこの問題にかかわるNGOなどの現場の声になっている。

 スーパーにならぶ総菜や弁当を容器に詰める作業はもちろん、農場での野菜の収穫から病院や高齢者施設の介護まで、いまや外国人の労働なしでは日常の暮らしが回らなくなっている。

 座談会では、今治(いまばり)のタオル製造が多くのベトナム人に担われている実態が紹介された。2019年にはNHKの番組でベトナム人技能実習生が劣悪な労働環境にあることを報じ、「今治タオル工業組合」が責任を重く受け止めるとの声明を出す事態になった。今治のタオルと言えば、中国産に席巻されて風前の灯となった日本の繊維製品のなかで、今も健闘する国産品として賞賛されてきたが、メイドインジャパンであっても、メイドバイジャパニーズとはかぎらない。これが現実なのだ。だったら、労働者として入国し、日本人と同じ扱いで働くような仕組みにすべきだろう。

 

 先週4日のTBS『報道特集』が特集「イタリア人男性の死」で在日外国人が日本でどう扱われているのかを報じていた。

 去年、東京入国管理局施設に収容中、自殺した男性がいる。イタリア人のルカさん(56)。福生市多摩川にかかる橋の下で2年以上ホームレス生活をしていた。

ルカさんは動画でホームレス生活を自撮りしていた(報道特集より)

橋の下に暮していたルカさん(報道特集より)

 ルカさんはイタリアのペルージャ出身で、グラフィックデザイナーやカメラマンをしていた。何度か写真の賞をとったこともある。アジアで暮らしたいと2005年に来日。日本人女性と結婚もして福生市のアパートに住んでいた。

 18年、精神の不調を訴え、心療内科を受診、「妄想性パーソナリティ障害の疑い」と診断される。「コミュニケーションの問題とか色々な矛盾が積み重なり、生活が日本で成り立たない状態だったのでは」と医師。日本人の妻もいなくなったが、ルカさんはイタリアに身寄りもなく帰れなかったという。

 20年に滞在許可を失い、入管施設に収容された。入管は、コロナ禍以降、施設での密を防ぐため、仮放免を積極的に運用。ルカさんも収容を解かれたが、仮放免中は仕事ができず、健康保険も生活保護も使えない。ルカさんはホームレスになり、多摩川の橋の下に寝泊まりしていた。橋で工事が始まり、ルカさんの存在が入管に通報されたらしく、去年10月25日、ルカさんは連行され入管施設に再び収容された。面接に行った人道支援団体の牧師に「私はここで死ぬ」と言ったルカさんは11月18日朝に施設内で自殺しているのが発見された。

コロナ禍で仮放免が増えている(報道特集より)

 収容される前のルカさんを取材し、また支援しようとしたのがイタリア人ジャーナリストのピオ・デミリア(Pio dEmilia)さんだった。先日、本ブログで訃報を紹介した。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20230221

ピオ・デミリアさん(報道特集より)

 これがおそらくピオ・デミリアさんが生前日本メディアに登場する最後になったと思う。デミリアさんによると、ルカさんはイタリアに戻る気はなかったので、イタリア大使館は何もできなかった。ここからはルカさんと日本政府の問題になる。

「収容を解かれても仕事ができないというのでは、犯罪を起こすしかなくなる。仮放免のシステムは変えるべきだ。」とデミリアさんは言い、怒りを含んだ声で「頭のいい人でしたよ。ITエンジニアやデザイナーをしていて。そんな人がこんなふうに亡くなるのは、納得できないです」と語っていた。

ピオ・デミリアさん

 番組に登場したもう一人の在留外国人は、チリ出身のクラウディオ・ペニャさん(62)国際的なコンテストで優勝したこともある一流の料理人だ。

ペニャさん

 日本のレストランで働いていたが、11年の大震災をきっかけに身元保証人が日本を出国して連絡がとれなくなった。ペニャさんは在留資格を失い、収容されることになった。計4年半の収容生活はとても苦しかったという。はじめ10人部屋に入れられ、トイレに行くもの監視される生活に、自尊心も砕かれた。いま仮放免になって3年たつが、働けないので、家賃、携帯代などはボランティアや教会から支援を受けるしかない。

 「僕はプロのコックさんで、仕事ができる。自分のお金を作りたい。僕は(今)自分で何もできない。(人間ではなく)モノみたい」だという。長期収容で精神がやられ、パニックになって泣いたり、自殺したくなったりするという。

 ペニャさんにはチリに帰れない理由がある。1973年、チリの社会主義を目指していたアジェンデ政権を軍部がクーデターがで倒し、ペニャさんの父親は、軍部の左翼狩りに協力せざるをえなかったという。その後、父親は軍の虐殺行為を証言したところ、軍部の息のかかった勢力から「裏切者」と狙われ、ペニャさん自身、拉致されて暴行・拷問を受けた。家族は今も隠れ住んでおり、とても危険で帰れないというのだ。難民申請をしているが、認定率は0.7%で、望みは薄い。

ペニャさんが暴行・拷問を受けたときを描いた絵

報道特集より

 「りんりんふぇす」の共催団体の「つくろい東京ファンド」によれば仮放免者の急増で、外国人のホームレスが増えているという。これまでは本国の親族から送金してもらったり、外国籍のコミュニティの中で支え合ってなんとかやってきたのが、そのコミュニティ自身が困窮化して支えきれなくなっている。仮放免が何の解決にもなっていないことが明らかだ。

大澤さん

 「帰りたくでも帰れない人がいる。難民だったり、日本生まれ日本育ちのお子さんだったり。そういう現実を直視して、できることを考えないといけない。」(つくろい東京ファンド 大澤優真さん)

 国連の自由権規約委員会は、日本の仮放免制度について、「仮放免者の対応に懸念」を表明し、「収入を得られるよう制度を改善すべき」と勧告している。

 結婚や仕事で滞在許可を得て日本で暮らしているうち、離婚や失業という、日本人も遭遇する人生につきもののトラブルで不法滞在に転落し、生死を左右される事態になるというのは理不尽だ。

 また、例えばクルド人であれば、英国やカナダならすぐに難民として認定されるのに、たまたま日本に逃げてきたら認定されず(去年初めて1件だけ認定された)、入管施設に刑務所以下の境遇で長期収容され人生の時間を浪費するばかりか心身を病むことになる。

 いま、自民党が国会に上程を予定する入管法の「改正案」は、仮放免の改善策を全くもりこんでいないばかりか、難民申請を3回して認定されなかったら強制送還を可能にするという、とんでもない内容だ。

 入管法改正の動向に注目しよう。