ウクライナ戦争:勝利と平和のあいだで2

 ウクライナではロシアの攻撃によって日々人命が失われ、国土が破壊されているが、戦争は科学研究へも甚大な影響を与えている。ITなどの分野で優秀な人材を輩出し続けてきたが、およそ8万人とされる研究者たちがいま窮地に立たされているという。

半導体物理学研究所では戦時下で予算が半額に減らされた。科学は急速に発展しているので、「わずか数か月の停滞でも危険だ」という。(NHK国際報道1月25日)

チョールノビリ(チェルノブイリ原発にある原子力発電所安全問題研究所は一時ロシア兵に占拠され、機材設備などがメチャメチャに破壊されたり無住まれたりした。いまだにごく一部しか修復できていない。

この研究所では、原発事故後の環境中の放射性物資地の影響や拡散状況の変化という重要な研究を行っていた。博士の研究テーマは放射能が微生物の進化に与える影響だという。(国際報道)

20年以上南部の歴史を研究してきた教授。ロシア軍の侵攻で住んでいた町は占領され、数千点の書籍・資料を放置したまま避難した。戦争が長引くほど女性は海外に出て、男性は徴兵される。教授は研究者が失われることを危惧する。

 研究施設などの破壊、資料の散逸さらには人材の流出など二重三重の危機が襲っているという。この分野で日本に何ができるのか、考えたい。
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 ウクライナの戦争を撮影した香港出身のクレ・カオルさんの写真展(2022年夏)を観に行ったときのこと。私は、重傷を負ってベッドに横たわる兵士にレンズを向けた一枚に引き付けられた。この写真のキャプションに《(2022年)5月上旬、ドニプロ。イジューム戦線で、タンク攻撃で負傷した兵士。「あなたにとって平和とは何か」を聞くと、負傷した腕をあげて、перемога!!(勝利!)と答えた》とある。

 これを観ていた私のすぐ横に、中学生と小学高学年と思しき子どもを連れたお母さんがいて、子どもにこう言った。

「日本が攻められたら、お前たちはすぐ逃げていいんだからね」と。

 写真に写る兵士の決然とした表情とお母さんの言葉とのギャップに戸惑ったあの瞬間が、今も鮮明に思い出される。

takase.hatenablog.jp


 私もこの日本の空気の中で生きているので、そのお母さんの気持ちもわからないではない。しかし、侵略に対して無抵抗が当然と多くの人が考えれば、国の安全保障はそもそもなりたたなくなる。無抵抗と非暴力はまったく異なり、インドのガンディーを例に引くまでもなく、非暴力の激しい抵抗は歴史上にたくさんある

 また、無抵抗でいいというのは、一人の人間の生き方としてどうなのか。どんな理不尽にも声を上げず、奴隷のように屈して生きることでいいのか。
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 さて、ウクライナに即時停戦を要求することが侵略者のロシアを利すると前回書いた。ではパレスチナについてはどうか。これについては私は「即時停戦を」と何度も本ブログで書いている。

 この点について、藤原帰一千葉大学特任教授がウクライナパレスチナを挙げ、「暴力を終わらせるために何ができるだろうか」との問いに以下のように論じている。

《私はウクライナについては、ロシアとウクライナとの停戦ではなく、ウクライナへの軍事・経済支援を強化し、侵攻したロシアを排除することが必要であると考える。他方ガザについては、イスラエルのラファ攻撃だけでなく、ガザ攻撃のすべてとヨルダン川西岸への入植の即時停止が必要だと考える。

 一方では軍事支援、他方では即時停戦を求めるのだから矛盾しているように見える。だが、国家の防衛ではなく、民間人、一般市民の生命を防衛するという視点から見れば、この選択に矛盾はない。

 ロシアによるウクライナ侵攻は主権国家の領土に対する侵略であるとともに、軍人と文民を区別することなく、ロシア軍兵士の犠牲さえ顧慮せずに殺傷する、国際人道法に反する攻撃である。メリトポリでもアウジーイウカでも大量爆撃によって街が廃墟にされてしまった。

 現状では2022年の侵攻開始時よりもロシアの支配地域が拡大した。この状況で停戦を求めるなら、ロシアの勢力拡大ばかりか一般市民に対する攻撃と強圧的支配を容認することになる。ここで必要なのはロシア政府の暴力への反撃であり、侵略者を排除する国際的連帯である。ウクライナへの軍事支援は国家主権の擁護であるとともに、ウクライナに住む一般市民の生命を守る選択である。

 ではガザについてはどうか。イスラム組織ハマスイスラエル攻撃は一般市民への無差別攻撃であり、まさに排除されるべき暴力である。だが、ネタニヤフ政権によるガザ攻撃は、ハマスの攻撃をはるかに上回る規模における一般市民への殺傷だ。国家主体ではないハマスは国際人道法の適用外だとかガザ攻撃がジェノサイドに該当するかなどという議論は国際法上の概念の問題に過ぎない。イスラエルのガザ攻撃は、文字通り直ちに、停止しなければならない。》

《起こってしまった戦争の終結は難しい。これまでの戦争でもアフガニスタンイラク、そしてシリアで、民間人への無差別攻撃が放置された。だが、過去の誤りを繰り返してはならない。一般市民を犠牲とする戦争を一刻も早く変えなければならない。

 市民の命を守る選択をせよという訴えである。
 ウクライナには支援を!
 イスラエルには停戦を!

 

ウクライナ戦争:勝利と平和のあいだで

 はじめにお知らせです。

 終わりが見えない戦争をウクライナの人たちはどう受け止めているのか。現地とZOOMで結んで直接ウクライナ人の話を聞いてみませんか。

 2月27日(火)よる8時から、去年の取材で知り合ったウクライナの若者、マックスとのZOOM交流会を行います。

 ロシアの侵略時、マックスは19歳、ITを学ぶ大学生でした。衝撃を受け、自分は何をすべきか模索した結果、休学してロシアとの戦いを支援する活動に入りました。

 週2回は砲弾がいつ落ちるか分からない前線近くを回って、避難できずにいる高齢者の生活を支えます。何度も死にそうな目にあいながら、Tik Tokでカンパを訴え活動を続けています。

 なぜ強大なロシアへの抵抗をやめないのか? 死ぬのは怖くないのか? 人生の目的とは? 日本は何ができるのか?・・「何でも聞いて」とマックス。彼とは英語で会話して私が通訳します。希望者は私までご連絡くださればZOOM招待を送ります。なお、ZOOMでは必ず顔出しでご参加ください。 


 ロシアによるウクライナ侵略から2年がたつ。

ロシア軍による大虐殺のあったブチャの最近の映像。当時の地獄のような光景からようやく元に戻った通りを見てほっとさせられた。ただ、こうして再建された地域は街のごく一部で、ほとんどのところは復興に手が付けられていない。(NHKニュースより)

ロシアによる占領で破壊されつくしたブチャ(22年)

 前線に膨大な物量と兵員を投入するロシア軍に対して不利な状況に立たされているウクライナ軍。また、連日さらされる空襲の恐怖、増え続ける命の犠牲、失業や避難生活で進む貧困化で疲れ切った市民たち。この現実を前に「もういいかげんウクライナも矛を納めて停戦すればいいのに、占領された地域はロシアに譲って・・」と停戦を主張する声が高まっているようだ。

 このさい、ウクライナの戦いをどう受け止めればよいのか、原則的な立場を確認しておきたい。

 ロシアの侵略が始まって1カ月半たった一昨年4月10日、NHKがニュースで、日本在住のウクライナの子どもらが語学や文化を学ぶ東京都内の「日曜学校」に、ロシアの侵攻を受けてウクライナから避難してきた人が参加したことを紹介し。その中で、ザポリージャから日本に避難してきたという女性が登場した。彼女の音声つきの映像に「今は大変だけど 平和になるように祈っている」と日本語字幕が付いた

22年4月10日のNHKニュース

 その翻訳がおかしいとクレームが寄せられ、朝日新聞が確認したところ、音声ではロシア語とウクライナ語を交えて私たちが勝つと願っています。ウクライナに栄光あれ」と語っていたという。

 「勝利」を「平和」に変え、ウクライナに栄光あれ」というウクライナ人の愛国的な決まり言葉も削除し、まったく異なるニュアンスのコメントに改ざんしたのである。戦うことはいけないことだから、「平和」を願っていますという発言でないと困る、と番組担当者は思ったのだろう。

 指摘を受けてNHKは、見逃し配信サービスの「NHKプラス」で放送5日後から「翻訳をより的確な表現に改めました」と明記した上で「いまは大変ですが勝利を希望しています ウクライナに栄光を」との字幕に変えた。いかにも日本的な「事件」だった。

 「あらゆる戦争は悪」が絶対の正義と思う日本人は多い。とくにいわゆるリベラル派においては多数派だろう。

 ここに、それに反対するリベラル派を紹介しよう。
 まずは報道写真家の中村梧郎さん。代表作『母は枯葉剤を浴びた』で、ベトナム戦争で米軍が使用した枯葉剤の被害を告発した。九条の会」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めているからバリバリの護憲派でもある。私は40年前からお付き合いさせていただいている。

 中村さんは最新刊『記者狙撃~ベトナム戦争ウクライナで、1979年に起きた中国のベトナム侵略の取材中に中国軍による狙撃で『赤旗』特派員・高野功氏が殺された事件を検証している。高野氏と一緒に現場にいた中村さんの筆致はリアルで引き込まれるが、この本ではウクライナ戦争に対する見方もかなりのページを使って論じられている。おそらく護憲派」の人たちの「正義の戦争はない」論にむけてこの部分を書いたと推測する。

 中村さんはベトナム戦争アメリカの侵略への抵抗戦争と見ており、その同じ構図がロシアの侵略に対するウクライナの戦いにあるとする侵略戦争と防衛戦争を同列に扱うなというのだ。以下、本書から抜粋。

《長期化するウクライナ侵攻について、「ゼレンスキーが武器を要求するから犠牲者が増えるのだ。ウクライナは戦争をやめるべき」と主張する見解も拡がった。それは、とりもなおさずロシアを擁護し、彼らの侵略を免罪する役割を果した。これは、侵略戦争とそれに対する抵抗戦争を同列に扱って「どちらにも反対」という考え方に立っている。だが、侵略を行う側は、自らの軍事的優位を背景に「俺の言うことを聞け」とばかりに軍隊を侵入させる。そして領土の割譲も迫る。防衛する側は必死の抵抗で国と国民を守るしかない。ここで糾弾されるべきは侵略戦争であり、それへの抵抗はあくまで正義の防衛戦争であるということだ。侵略とそれに対する抵抗を同列のものと見てはならない。対等な戦争ではないのだ。

 ウクライナ政府は、家族と国土を守り抜くための武器が欲しいのだ、と一貫して求めてきた。敵国を侵略して占領するための兵器はいらないとも言っている。防衛・抵抗戦争を続ける側のまともな要求である。》

「戦争反対」「平和を守れ」という善意のスローガンは、しばしば戦争をしているどちらも怪しからんという理解に陥りがちだ。だがこうしたケンカ両成敗論は、必死で抵抗戦争を続ける側にあきらめを強い、侵略した側が“やり得”となることにつながってしまうアメリカやNATOが背後でうごめいているにせよ、侵略戦争」には断固反対、「抵抗戦争」は断固支持、の原則に立ち帰って考えなければならないのではないか。攻撃され犠牲となり続けているウクライナの民衆がかわいそうだ、だからすぐに停戦せよ、という善意の運動も起きている。だが、同じ要求を掲げているのがロシアなのである。》

自衛隊統合幕僚学校でも教えている伊勢崎賢治・東京外大名誉教授は、長周新聞2022年12月30日号でこう述べている。

「・・・たった1m、2mの『勝った』『負けた』のために何万人も死ぬわけだ。停戦が一日でも早ければ何千人もの命が救える。こんなちっぽけな領土争いのために、なぜ一般市民が死ななければならないのか。日本の護憲派にこそ、そういう考えを持ってもらいたい」

 つまり、犠牲を減らすために早く停戦に応じよ、わずかな土地だ、占領された地域はそのまま認めればいいではないか、という見解である。

 これはロシアが掲げている要求そのものである。何千人もの一般市民の命が奪われるのはロシアのミサイル攻撃や砲撃によるものだ。それを免罪し、ウクライナ側が停戦に応じないから犠牲者が増える、悪いのはウクライナ側という理屈になっているではないか。日本の護憲派はこうした考えを持て、とも主張していう。》

《国土を奪われ、住民を見境なく殺され続けているウクライナにとって、抵抗戦争の終結は、ロシアが侵略以前の位置に戻ることによってしか実現しないはずである。

 5月半ば、東京新聞ウクライナでの停戦を呼びかける意見広告が出た。戦争そのものに反対し、平和こそ大事だと考える人々が名前を連ねた。善意の広告資金もカンパした。だがなぜか引っかかるのは、この広告の趣旨がロシアの言う代理戦争論に拠っている点である。

 「今やNATO諸国が供与した兵器が戦争の趨勢を左右するに至り、代理戦争の様相を呈している・・・」という説明である。やはり代理戦争論なのだ。東京新聞の「こちら特報部」(6月4日)ではインタビューに答えて「既に中国が停戦を提案している。これにインドはじめ中立の立場をとるグローバルサウスの国々も仲裁に加わることができないか」。「…欧米からのウクライナの兵器供給を停止、あるいは大幅に縮小するとか、大胆な譲歩のカードが必要です」と主張している。これは中国が出した提案と一致している。戦争犠牲者を減らすためにという建前を掲げつつ、ロシア軍の占領地からの撤退は一言も言わず、ウクライナに譲歩せよと求めているのである。この意見広告は、やはりロシアだけが喜ぶ提案となってしまっているのではあるまいか。》(以上P223~230から)

Ceasefire Nowの意見広告

 なお、この意見広告のクラウドファンディング呼びかけ人には、伊勢崎賢治上野千鶴子内田樹加藤登紀子金平茂紀姜尚中高村薫田中優子田原総一朗(ジャーナリスト)/暉峻淑子/西谷修/吉岡忍/和田春樹といった錚々たるリベラル派が並ぶ。酒井啓子氏、田中優子氏など尊敬する人もこれに加わっていたのはちょっとショックだった。大学時代からの友人の水島朝穂の名もあった。
 中村梧郎さんもこれにカンパしてしまったらしい。

 「こちら特報部」のインタビューに答えて上記のコメントをしているのは伊勢崎氏である。

 ベトナム人民の抵抗の実態を現地で取材した中村梧郎さんにとって、侵略者を追い返すことこそが平和を達成する道であることは自明の理なのである。だから、いますぐ停戦をという要求は侵略者側を利することを意味するのだ。

 では、パレスチナの事態はどうなのか。
 「今すぐ停戦を!」は間違っているのか?
 パレスチナウクライナとの違いは何か?

(つづく)

ナワリヌイ氏の妻が闘争宣言

 死亡が伝えられたナワリヌイ氏の妻、ユリアさんがナワリヌイ氏のyoutubeプーチン体制に対して闘い続けようと訴えた。

闘い続けよう・・とユリアさん。英訳のキャプション付き。

 プーチンは夫を殺すことで、私たちの希望と自由と未来を抹殺することをねらったのだ・・
 闘い続けよう、諦めないで。私は恐れない。あなた方も何ものをも恐れないようでほしい

 8分半の映像はユリアさんの語りに、過去のナワリヌイ氏の言動や家族写真なども挟み込んまれている。感動した。

ナワリヌイ氏の独房の見取り図。ベッドは壁につけられたままだったので、ベッドで寝ることさえできなかったという。

www.youtube.com

 

 また暗殺か?

《去年、ヘリコプターを操縦してウクライナに亡命したロシア軍兵士の遺体がスペインで発見されました

 ロイター通信によりますと、去年8月、軍用ヘリを操縦してロシア西部クルスク州からウクライナに亡命した操縦士、マクシム・クズミノフさんの遺体が、今月13日にスペイン南部の地下駐車場で発見されました。

 スペイン当局は、遺体は銃弾で蜂の巣状になっていたとしていて、死亡した経緯を調べています。

 タス通信によりますと、これについてSVR=ロシア対外情報庁のナルイシキン長官は、「この裏切り者の犯罪者は汚く恐ろしい犯罪を計画した瞬間から道徳的にはすでに死んでいた」と話したということです。》TBSニュース

 外国まで追いかけて主権侵害しても暗殺することを繰り返してきたプーチン政権。まさにスターリン時代だな。

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 「マスゴミ」などと侮蔑されることもあるマスメディアだが、その影響力で原発の「安全基準」という表現を「規制基準」に変えた例がある。

 私の大学時代からの友人で東京新聞の記者だった鈴木賀津彦さんJCJ(日本ジャーナリスト会議)会員向けに送ったメールを紹介したい。

《もう10年前になりますが、鈴木は、原発の「安全基準」という言い方の変更に関わりました。その時のことを振り返って、「実質的負担はゼロ」などと気軽に政府が詭弁を使い横行する今、問題を曖昧にする言葉のトリックを許さず、不正確なものは訂正していくことが求まられていると思います。

 原発事故後、規制委が「安全基準の見直し」をしていたことに対し、東京新聞の読者から

「安全基準という言い方は、それを守れば安全だということになり問題だ」という疑問が寄せられ、東京新聞の取材班は「規制基準」という言葉に改めました。

 この東京新聞の変更が、規制委の田中委員長らも動かし、規制委員会が「規制基準」と言い換えることにしたのです。田中委員長の時の規制委員会は当時、このようにまともな感覚だったのです。

 また、当時は「汚染水」という言葉は誤解を生むので、「ヒバク水」にしてはどうかという意見もありました。それが今や、汚染水も使わなくなり、「処理水」という表現がまかり通っています。》

2013年2月14日付『東京新聞

2013年4月11日付


 『東京新聞』よくやったな。読者の疑問を大事にしてここまでやったという実践は、これから新聞が活性化していく方法をも示唆していると思う。

 ジャーナリスト青木理さんが、18日放送の「サンデーモーニング」で「今回の自民党の調査報告書でキックバックされた、僕らが『裏金』と言っているのを何て書いているかご存じですか。『還付金』なんですよ!」と語っていた。激怒すべき話なのだが、あまりのばかばかしさに笑ってしまった。

 自民党は15日、安倍派や二階派の議員ら計91人に聞き取り調査した報告書を発表。派閥のパーティー券販売でノルマ超過分が派閥からキックバックされたものを「還付方式」、ノルマ分超過分を中抜きしたものを「留保方式」と表現しているという。

 正確に表現する言葉は大事だ。とりわけ今の自公政権のごまかし体質をしっかり追求するために。

 

 

イスラエルはラファへの攻撃をやめよ

 盛山文科相「交代させるべきだ」78% 毎日新聞調査

 当然だ。どいつもこいつも・・・。

 ここまでくるともう岸田総理が一番悪いということになる。

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 ナワリヌイ氏(47)が亡くなったとの報に驚く。

 プーチン政権への批判を続け、刑務所に収監されていたナワリヌイ氏が「散歩のあと気分が悪くなり、医師が蘇生措置を行ったものの死亡が確認された」と16日、当局が発表した。

 ナワリヌイ氏は2020年、毒殺未遂でドイツで治療を受けたあと、過去の経済事件を理由に逮捕され、北極圏にあるヤマロ・ネネツ自治管区の刑務所に収監されていた。

「もしあなたが殺されたら」との問いにナワリヌイ氏はこう答えた。まるで遺言のように(映画『ナワリヌイ』より)

 ロシアでは来月、大統領選挙が行われるが、ナワリヌイ氏は支援団体を通じて、プーチン氏以外の候補者に投票するよう呼びかけるなど、収監後も反政権の活動を続けていた。追悼の動きがロシア各地で起きたが、人権団体OVDインフォによると36都市で計401人に上る市民が拘束されたという。

 彼を描いた映画『ナワリヌイ』はロシアの暗部をえぐる素晴らしい出来だった。

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 ナワリヌイ氏については、ドイツのメルケル首相プーチン大統領を同じ壇上に置いて、「ナワリヌイ氏の釈放を要求する」と言ったのが忘れがたい。日本の政治家にはこの度胸はないだろう。そもそも彼の死亡の報に日本政府は何もコメントしていない。

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 政権批判をするだけで命を奪われ、その死を追悼するだけで警察に捕まるロシアの体制。戦時下でも大っぴらに政権批判できるウクライナとの違いは際立つ。

 このままではプーチン政権の暴走に歯止めをかけようとする人は出てこないのではないか。どこへ行くのかロシア。
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 イスラエルはガザ最南部ラファへの攻撃をやめろ、との声が世界中で高まっている。

18日新宿でガザへの攻撃をやめよと声をあげる人々(毎日新聞

 ガザの人口220万人のうち半数以上の140万人がここに避難しているが、イスラエル空爆をすでに始め、地上部隊を投入しようとしている。北から避難してきてどん詰まりの場所に溜まった100万人超の大集団に地上軍が襲いかかれば、どんな悲惨な事態になるか想像もつかない。まるで羊かなにかを追い込むように人々を移動させて、大虐殺を行おうとするのか。

 南部ハンユニスでは15日、南部最大のナセル病院がイスラエル軍に攻撃された

 ナセル病院はガザ地区でなお機能している最大の病院。国際的な非政府組織(NGO)の国境なき医師団(MSF)によると、イスラエル軍は未明にナセル病院に対する攻撃を開始。イスラエル軍から医療スタッフは避難する義務はないと伝えられていたにもかかわらず、患者を残して病院から退避しなければならなかったとしている。襲撃で患者・医師らが数人死傷、停電で酸素が供給できず、患者5人が死亡したという。

病院への攻撃で煙に包まれる院内。(サンデーモーニングより)

この子は「家族全員がテントにいたとき砲弾が降ってきた」という。犠牲者の半数近くが子どもだ。(サンデーモーニングより)

ラファでは空爆による虐殺がすでに始まっている(サンデーモーニング

ガザ北部から追い立てられるように南部へと着の身着のまま逃れた人々。ガソリンが不足するので馬車が重宝されるという(サンデーモーニング

南部のどん詰まりラファは超巨大キャンプに。ここに地上軍が攻撃すれば過去に例を見ない惨劇になると多くのNGOが憂慮する(サンデーモーニング

 どこに逃げても砲爆撃が襲ってくる。避難した先では寝るところも水さえない極限の暮らし。逃げ場のない4カ月の末、故郷の実家(もし破壊されていなかったら)に戻ろうとする人も出ている。
 そうした人たちも次々に無差別攻撃で命を落としている。

6歳のヒンド・ラジャブちゃんから赤新月社に助けを求める電話がかかってきた。イスラエル軍から攻撃を受けているらしい。電話がつながっている3時間ずっと救援を訴え、赤新月社イスラエル軍と救急隊の安全を保障するよう調整したという(サンモニ)

電話口から銃声と爆発音が聞こえ通信が途絶えた。ヒンドちゃんはこの車から親族5人とともに遺体で発見された。避難生活を送っていた一家が故郷のガザ市に戻ろうとしていた(サンモニ)

近くに破壊された救急車と隊員2人の遺体が発見された(サンモニ)

 国際人道法は、軍事攻撃に際しては、民間人と戦闘員を区別すること、民間人への被害を最小限に抑えるために実行可能なあらゆる予防措置を講じることを求めている.

 それをあからさまに無視して、医療機関、救急車まで攻撃するイスラエル軍。正気なのか?

 国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)は18日までに、昨年10月7日から始まった戦闘でガザにある医療関連施設の84%が何らかの被害を被ったと報告した。

 国連人道問題調整事務所(OCHA)は15日に、損傷を受けた学校は総数の79%に当たる約392校とし、重大な被害を受けたり、破壊されたりした学校は141校と伝えた。

 各国政府首脳は相次いでイスラエルのネタニヤフ首相に直接電話でラファ攻撃をやめるよう談判したり、戦闘を糾弾する厳しいメッセージを発したりしている。

 わが岸田総理はといえば、ヨルダンのハサウネ首相と会談し、「ガザ地区での危機的な人道状況や、事態が周辺地域に波及することで情勢がいっそう不安定化することに深刻な懸念を示しました」だと。なにをおいてもイスラエルの攻撃をやめさせるための断固とした行動と発信を。

プーチンの戦争目的は変わっていない

 近所の白梅が開いた。春の訪れが近く感じられる。

 焼酎を吞む日々なれど燗酒を今宵は飲まん「舟唄」思い (観音寺市 篠原俊則)

 コンビニでするめを買ってワンカップ今日はそれだけ亜紀さんしのぶ (大和郡山市 四方 護)

 舟唄を聴くしんしんと冬があり (越谷市 新井高四郎)

 11日の朝日歌壇、俳壇とも八代亜紀追悼の作が多かった。八代亜紀はとくにファンというほどではなかったが、音程が私にはちょうど合っていて、カラオケでは「もう一度会いたい」と「舟唄」を歌っていた。

 訃報におどろき彼女の歌をあらためて聴いてみた。弱い女が、すがって、捨てられて、泣いて、、というド演歌も多いが、「故郷へ・・」、「昭和の歌でも聴きながら」、「心をつなぐ10円玉」など色恋からは離れた歌にほろりとさせられた。

 八代亜紀追悼と並んで、こんな短歌も。

 「この下に人間がいます」と張紙し倒壊家屋の側で待つ家族 (防府市 山口正子)

 戦禍にて生後三日で逝きし子のたった三日も人生と呼ぶのか アメリカ 大竹幾久子)

 これが悲喜こもごもの世の中というものか。
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 ウクライナ戦争をめぐって動きがあった。

 まずゼレンスキー大統領が軍幹部を刷新するとして、ザルジニー総司令官を更迭した。いま内外の問題が山積しているなか、国民から最も信頼されるリーダーをはずすというのはかなりリスクがあり、今後が心配だ。

 ロシアではプーチン大統領に、トランプ氏の「同志」とされる米FOXニュースの元キャスター、タッカー・カールソン氏が2時間にわたってインタビューした。米欧や日本を含む「非友好国」からの単独取材は初めて。

 ここでプーチン氏は余裕たっぷりに2時間自説を語った。
 ウクライナ侵攻の「目的」は「あらゆる種類のネオナチの動きを禁止する」ことで、それは「まだ達成されていない」。「(欧米は)戦場でロシアに戦略的敗北を与えようとしてきたが、実現は難しいと理解しつつあるようだ」。「それに気づいたなら、彼らは次に何をすべきか考えねばならない。我々は対話の準備が出来ている」。そして米国に対して「本当に戦闘をやめさせたいのなら、武器の供給をやめる必要がある。そうすれば数週間で終わるだろう」と述べた。

 カールソン氏はFOXニュースの自分の番組で「米国はウクライナではなくロシアの側につくべきだ」などとロシア寄りの発言を繰り返し、トランプ大統領への支持を前面に打ち出してきたことでも知られる。プーチンの「数週間で・・・」の言葉は、トランプ氏の「大統領になれば24時間で戦争を終わらせられる」などという主張と響き合う。

 米上院では7日、ウクライナ支援を盛り込んだ法案の審議を始めるための採決が否決された。これはウクライナイスラエルへの追加支援とメキシコ国境からの不法移民対策を抱き合わせで盛り込み、妥協の末できた法案で、事前に与野党の交渉で合意していた。ところがトランプ氏が強く反対したため、当初賛成していた多くの共和党議員が反対に回って否決された。トランプ氏はウクライナ支援だけは認めないので、もめ続けることになる。

 カールソン氏のインタビューは、プーチン氏とトランプ氏の思惑が一致して西側のウクライナ支援の世論を掘り崩そうという意図だろう。ますますトランプに注意しなければならない状況だ。なにか謀略が裏で進行しているような、気持ち悪い気配。
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 6日の『朝日新聞』のオピニオン&フォーラム「戦争の語られ方」に作家の佐藤優が登場しておかしなことを語っている。プーチンの戦争目的が変わったし、ウクライナが負けるのは自明のことだから即時停戦すべしというのだ。

6日の朝日新聞朝刊

「(略)ウクライナが目標を達成できないことは相当の人がわかってきている。ならば一刻も早くこの戦争をやめるところにいくべきですが、そこはなかなかメディアが踏み込まない。今までさんざんあおってきたからです」

「これ(戦争)は2期に分かれると思います。境目は2022年9月30日にロシアがウクライナ東部ドネツク州など4州の併合を宣言したこと。それまでロシア側は、ウクライナ東部に住むロシア系住民の処遇をめぐる地域紛争との主張でした。他方、西側連合の考え方は民主主義対独裁。その意味で非対称な戦争でした」

「ところが4州併合によってロシアの目標があいまいになってしまった。と同時に双方が価値観戦争にしてしまった。終わりなき戦いです。価値観戦争は」

「一方で、プーチン大統領は勝敗ラインを明確にしなくなった。実効支配の領域が少しでも多ければ、当初目的は達成できたという形でいつでも停戦できるということです。(略)」

 

 私は年末のプーチン演説について

「14日に開かれたプーチン大統領の年末恒例の大記者会見では、笑顔でジョークをまじえ余裕しゃくしゃくの姿があった。ウクライナ侵攻の目的を聴かれたプーチンは、「我々の目的は変わらない。ウクライナの非ナチ化、非軍事化、中立化だ」と答えたが、これは侵攻時の「目的」そのまま。ロシアは侵攻をやめる気がまったくない。」と書いた。

takase.hatenablog.jp


 先のカールソン氏とのインタビューでも、戦争目的が変わっていないことは明白だ。

 この佐藤氏の妄論について東野篤子氏が一刀両断。

東野氏のXより

《この産経新聞の記事(https://sankei.com/article/20240205-P6NE46NBKVPZFFG3WWLBKUPQDQ/)と、朝日新聞佐藤優氏のインタビュー(https://digital.asahi.com/articles/ASS254H0PS25UPQJ004.html)がほぼ時を同じくして掲載されていますが、両記事を並べて佐藤氏とプーチンの実際の発言とを比較すると、

 プーチン氏(産経記事)は「戦争目的は変っていない(非ナチ化、非軍事化、中立化)」であると明言し、佐藤氏(朝日記事)は「実効支配の領域が開戦時より少しでも多ければ、当初目的は達成できたという形でいつでも停戦できるということです」と述べています。

 佐藤氏はこれまで「一般人には読み解けないロシアの意図を、独自の情報源を通じて受取り日本に伝達する」役割を自認してきた方です。プーチンの意図が読めていないわけはないでしょう。プーチンが停戦の意図を持っているかのような主張は、コメントプラスで駒木さんが指摘なさっているように、控えめに言ってもミスリーディングです
そうであればこの佐藤氏の主張は、侵略の成果をなにひとつ損なうことなくロシアに与えるようウクライナに迫ること、そしてさらにロシアの意向に沿った停戦の許容を日本の言論空間に浸透させることが趣旨とみるのが自然でしょう。》

駒木明義氏のコメント


 そのとおり。そして佐藤氏の意見は、小泉悠氏のいう「が」の出てくる議論の典型だろう。

 なお、産経新聞の記事には以下のような記述がある。

《(前略)プーチン氏は先月16日、ウクライナのゼレンスキー政権が対露交渉を否定していることについて「彼らが交渉したくないならそれでいい。だが、ウクライナ軍の反攻は失敗し、主導権は完全に露軍に移った」と主張。「このままではウクライナは取り返しのつかない深刻な打撃を受けるだろうが、それは彼らの責任だ」と述べ、ウクライナは早期に降伏すべきだとの考えを示した。

 さらにウクライナ全土からの露軍の撤退を前提とするウクライナの停戦条件を「法外な要求だ」と批判。「戦利品をロシアに放棄させようとする試みは不可能だ」とし、占領地域を返還しない意思を明確にした。

 プーチン氏は同1日にも「紛争をできるだけ早く終わらせることを望んでいるが、それはロシアの条件に従う限りでだ」と譲歩に応じない考えを強調した。

 プーチン氏はこの日、ロシアの考える停戦条件には言及しなかった。ただ、プーチン氏は昨年12月、侵攻当初からロシアの目標は「変わっていない」とし、具体的にはウクライナの親欧米派勢力の排除を意味する「非ナチス化」や、北大西洋条約機構NATO)加盟断念を指す「非軍事化」「中立化」だと説明。停戦にはウクライナがこれらの要求に応じることが必要だとプーチン氏が考えていることは明白だ。

 米シンクタンク「戦争研究所」も、プーチン氏の最終目標はウクライナを欧米から引き離し、ロシアの勢力圏下に置くことだと一貫して分析している。(以下略)》

 侵略戦争で獲得した領土は「戦利品」だというプーチン氏は、いったいいつの時代の頭を持っているのか。

 東野篤子氏の4原則、支持します。

ウクライナにいかなる問題があろうとも、軍事侵攻という手段を用いたロシアに明らかな非がある」

「侵略を受けたウクライナは支援されて然るべし」

「非難は侵略された側ではなく、侵略した側に対して行うべき」

「すべてはウクライナ国民の主権と意思と選択の問題」

小泉悠氏「ウクライナ戦争をめぐる『が』について」3

 5日は東京でもかなりの雪が降り、7日朝、畑に出ると一面の雪景色。雪をのけると下にはホトケノザがびっしり生えていた。立春である。

雪の下にはホトケノザ

寒さのなかブロッコリーが育ってきている

 最近の新聞から。

 米軍基地がPFAS(有機フッ素化合物)汚染をもたらしているが、在日米軍は県の立入調査に応じないなど植民地のような屈辱的な扱い。本国や欧州では対策費まで米軍が持って積極的に対応しているというのに。私が住む東京・国分寺市の住民のPFASの血中濃度は高く、このあたりではこの問題への関心が高い。横田基地でもPFAS漏れ事故があったので、その影響ではと推測されている。

6日の朝日新聞朝刊

 先日本ブログに書いた、ジャーナリスト安田純平さんの旅券発給を外務省が拒否したことをめぐる裁判について、朝日新聞の社説が載った。外相が裁量権を逸脱した点だけに絞っているのは問題を狭めているが、社説で取り上げたことは画期的。政府が立場の弱いフリーランスを狙って報道を封じようとしていることに対して、新聞、テレビなどの企業メディアはジャーナリズム全体への攻撃とみなして闘う必要がある。これを機にもっと声を上げてほしい。

朝日6日社説

 松元ヒロが夕刊に大きく出ていた。天皇家を揶揄するなど、ネタが危なすぎて「テレビで会えない芸人」と呼ばれる。私は4回ライブに行ったが毎回捧腹絶倒、また見たくなる。立川談志の言葉がいい。「俺はテレビに出てる芸人をサラリーマン芸人と呼ぶ。テレビの仕事をクビになるようなことは言わないからだ。昔の芸人は、他の人が言えないことでも言った。松元ヒロは芸人です。お前を芸人と認めます」。

朝日8日の夕刊

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 小泉悠氏が、雑誌『世界』23年10月号への寄稿の続き。なおこの論考執筆時は肩書が「東大先端科学技術センター講師」となっていたが、12月1日めでたく昇格して現在は准教授である。

類型3 2014年以降のウクライナを取り巻く状況に関する「複雑さ」

《マイダン革命において暴力的な事態が発生したこと、これがウクライナ東部ドンバス地方のロシア系住民に脅威感を与えたことなどについては、さまざまな立場から議論の対象とする余地がある。 

 しかし、この種の議論はしばしば「マイダン革命はアメリカが扇動した人為的なクーデターであった」、「マイダン革命の結果として成立したポロシェンコ政権や後任のゼレンスキー政権はネオナチ思想に毒されている」、「ゼレンスキー政権がドンバスのロシア系住民を虐殺している」といったロシア側のナラティブと容易に結びつく。これらは「ウクライナの非ナチ化」を戦争の大義として掲げたロシア側の言い分をほぼ無条件に肯定するものとなりがちであるが、そもそもこれらの主張はほぼ事実無根である。ゼレンスキー大統領やその閣僚たちにネオナチ思想の影響を見出すことは現実的に極めて困難であるし、ドンバスの紛争地域における民間人の死者数は開戦直前の2021年時点で25人と過去最低に過ぎなかった(国連人権高等弁務官事務所のデータに基づく)。しかも、このうち13人は地雷に関連する死である上、残る12人がなんらかの意図的な「虐殺」であるという客観的な証拠はない。マイダン革命でロシアの意にそわない政権が成立した結果、ロシアがドンバスに軍隊や武器を送り込んで戦闘が発生し、人々が巻き添えになっているというごくシンプルな事実が存在するだけである。

 公正を期すために述べると、2014-15年のドンバス紛争ではウクライナが極右勢力を取り込んで親露派武装勢力との戦いに投入し、その間に民間人や捕虜に対する残虐行為が行われたことは客観的事実である。ただ、残虐行為の報告件数は新露派武装勢力側のほうが多い。また、これらの事例は2014-15年に集中して発生しているものであり、2022年にロシアがウクライナに攻め込むことをなんら正当化するものではない。》

 ロシアはウクライナへの軍事侵攻の理由づけの一つに、ウクライナ在住のロシア系住民の保護を挙げており、この議論に関係する。

 ついで小泉氏は、類型2の議論で出ていた、侵攻の最大の理由づけであるNATOの東方拡大への懸念」も、「客観的事実としては大変に怪しい」と疑問を呈する。

《2008年にウクライナジョージアNATO加盟問題が持ち上がった際、ロシアが抱いたであろう懸念は理解できるものの、現実には欧州諸国はロシアの懸念を受け入れて加盟行動計画(MAP)の発出を思いとどまるよう当時のブッシュ政権を説得していたからである。その後、ジョージアウクライナNATO加盟問題は事実上棚上げされたままであって、2021年に成立したバイデン米政権も頑なにウクライナNATO加盟の言質を与えてこなかった。開戦前のウクライナアメリカの極超音速ミサイルが配備されてモスクワを脅かすような状況が存在していなかったことは明らかである。

 また、ロシアのウクライナ侵略が始まると、それまで中立を貫いてきた北欧のフィンランドスウェーデンNATOに加盟申請を行ったが、これに対してロシアはほとんど目立った対応を行っていない。1340キロメートルに及ぶフィンランドとロシアの陸上国境には北方艦隊軍管区の2個旅団が配備されているだけというガラ空き状態であり、フィンランド国境から弾道ミサイル搭載原潜(SSBN)の母港であるセヴェロモルスクからも、160キロメートルほどでしかない。そもそも実現の目処さえ立っていなかったウクライナNATO加盟がロシアを侵略に駆り立てたというなら、今頃ロシアが北欧に侵攻していてもおかしくないということになろう。

 にもかかわらず、プーチン大統領は「二国がNATOに加盟してもアメリカの戦闘部隊が常駐しなければとよい」という極めて真っ当な対応で済ませているのだから、安全保障をめぐる「複雑さ」を受け入れるにしても、どうもチグハグの感が拭えない。
 北欧へのNATO拡大という事態に対してロシアが何もしていないわけではない。2022年12月、ロシアのショイグ国防相は、「ロシア北西部の軍事的安全保障を強化するため」として兵力を開戦前の1,5倍にあたる150万人に強化することを提案し、翌2023年3月にはプーチン大統領ベラルーシへの戦術核兵器配備の意向を表明した(今年7月には実際に核弾頭を搬入したとされている)。これはまさに前述した「抑止の信憑性を高めるように自国の軍事態勢を改善」する行いであり、ロシアに認められた正当な自衛権の範囲内と捉えられよう。別の言い方をすれば、ウクライナNATO加盟をロシアが真に恐れていたのだとしても(実際、恐れていただろう)、許されるのはここまでである。》

 以上、類型3におけるロシアの「ナラティブ」も片付き、いよいよ結論に向かう。
(つづく)

小泉悠氏「ウクライナ戦争をめぐる『が』について」2

 ウクライナの海軍の司令官が、欧米諸国が供与する射程の長いミサイルをロシア領内に向けた攻撃に使うことができれば、軍事侵攻を続けるロシアとの戦いに早期に勝利できると述べ、柔軟な運用を認めるよう訴えた

ウクライナ海軍のネイジュパパ司令官がイギリスのテレビ局、スカイニュースとのインタビューで述べた(NHK国際報道より)

 これだけだと意味が分からないだろう。

 ウクライナは連日、ミサイルや無人機で全土を攻撃されているが、それらはロシア本土の基地から発射される。だからロシアにある基地を叩く(敵基地攻撃)ことが必要になるのだが、それができない

 欧米からロシア本土への攻撃を止められているからだ欧米は、核戦争あるいは第三次世界大戦になるから「ロシアを刺激するな」ウクライナに言い渡し、長距離ミサイルなど本当に効果的な兵器を供与しないできた。つまりウクライナは相手を殴れないボクサーの如く、手足を縛られたままロシアと戦っているのだ。

 しかし、発射基地、または兵站基地などロシア本土の軍事施設を攻撃できなければ、防衛一方の不利な戦いを強いられ、兵士と市民の犠牲が増えるばかりだ。

 去年からようやくアメリカが射程の長い地対地ミサイルATACMSを供与しているが、供与されたのは最大射程が半分近く(モスクワにはとうてい届かない程度)に抑えられたものだった。

 司令官は、欧米諸国が供与する射程の長いミサイルを使った攻撃についての質問に軍が必要な戦闘能力を持ち、敵のインフラ施設を破壊する能力を持つほど、勝利は近くなる」と答え、ロシア領内の拠点を攻撃できれば早期に勝利できると主張し、柔軟な運用を認めるよう訴えた。手足を縛らないでくれとアピールしたのだ。

 去年6月に開始されたウクライナの反転攻勢が「不成功」に終わったとされているが、ウクライナの人々は、その責任はタイムリーに必要な兵器をウクライナに供与することを渋った欧米にあるととらえている。私も同意見で、現地を取材して、欧米はウクライナを勝たせようとしていないと感じた。「核を使うぞ」とロシアは脅すが、それにおびえることがむしろロシアをつけあがらせることになる。

Don't escalate. Time was lost and the lives of our most experienced warriors was lost 欧米の「ロシアを刺激するな」「戦闘をエスカレートさせるな」が大きな足枷になって、ウクライナの犠牲を増やしているとゼレンスキー大統領(国際報道1月17日放送より)。これはウクライナ国民の共通の思いだ。

・・・・・・・

 類型2冷戦後の歴史に関する「複雑さ」について。

 ここでは「安全保障屋」、「軍事屋」としての小泉悠氏の面目躍如といった感じで論が進んでいく。

《仮に筆者がロシア軍参謀本部に勤務する軍人であるなら、NATOの東方拡大は到底受け入れ難いと考えるだろう。ことにウクライナはロシアと長大な国境を接し、しかもモスクワまでの最短地点は450キロメートルほどでしかない。開戦当時、プーチン大統領はこのような地政学的観点から「ウクライナアメリカの極超音速ミサイルが配備されればモスクワまで数分で届いてしまう」と訴えた。だが、それでも予防攻撃は許されないというのが現在の世界の秩序を基礎づけるルール、人類の叡智が産んだ秩序である。

 ならばアメリカのイラク戦争はどうだったのだ、という反論もあろうが、筆者はこのアメリカによる戦争にも明確に反対である。たとえイラク大量破壊兵器開発計画が事実であったとしても許されないものであったと考えるし、そもそも大量破壊兵器自体が存在していなかった。またイランや北朝鮮はほぼ間違いなく大量破壊兵器保有ないしその前段階にあるが、これに対して米国やイスラエル予防攻撃を仕掛けることには反対である。ロシアとの原子力協定で核分裂物質の生産を増強している中国は、今後10年ほどで核弾頭の配備数を2倍(中国の自己申告)から3倍(アメリカの見積もり)に増やそうとしているが、これも先手を打って中国を叩くべしという論拠にはならない。

 もちろん、この種の軍事的な論理はわからないではない。というよりも、筆者は基本的に「そちら側」の人間ではあるのだが、実力行使に至るまでには何段階もの手段を講じうる。核兵器が問題であるというならば核軍備管理を模索できないのか。それもダメならば抑止の信憑性を高めるように自国の軍事態勢を改善したり同盟を強化したりすることはできないか。せめて危機事態において核使用を回避しうるホットラインを設けられないか。こうした手を尽くした上で自国が真に存亡の危機に立ったとき、初めて軍事力を用いるという選択肢が真剣に考慮されるべきである。ロシア自身も、イラク、イラン、北朝鮮等の大量破壊兵器開発問題に関しては対話による解決策を訴えてきた側であった。

 ところが、今回の戦争において、ロシアはこのような努力を払っていない。ウクライナ周辺に軍隊を集結させて圧力をかける一方、開戦前年の12月になって「NATO旧ソ連諸国には拡大させない」との要求を米国に突きつけたが、拒絶にあったという経緯である。それからおよそわずか2カ月でロシアはウクライナへの侵略に及んだのであって、戦争回避のためにあらゆる努力を払ったとは到底言い難い。

 また、ウクライナが第二次ミンスク合意(ドンバス紛争解決のために2015年に結ばれた合意)を履行しようとしないことにロシアが不満を持っていたことも事実ではあるが、それではロシアが合意履行のための交渉に真摯に取り組んでいたかと言えばやはりそうでもない。開戦直前には、ウクライナのゼレンスキー政権が第二次ミンスク合意履行に向けた妥協姿勢をドイツのショルツ首相に伝達し、ロシアのラヴロフ外相も交渉継続の余地ありと主張したにもかかわらず、プーチンが一顧だにしなかったことからもこの点は明らかであろう。

 一人の安全保障屋として言わせていただくならば、ロシアは自国の安全を保障するための手を尽くさず、いきなり暴力を振るうという「手抜き」で今回の戦争に及んだというふうに見えるのである。》

 小泉氏の専門分野だけに、極力抑えた筆致で書いている。実力行使の前に対話などの手を尽くせという指摘は、日本の安全保障論議のときにも重要な点である。