戦争取材の意味―「マリウポリの20日間」を観る

 マリウポリ20日間』の全国上映が始まった。

 すばらしい映画で、多くの人に観てほしい。ロシア軍が攻め込んでに包囲されるなか、ウクライナ侵攻の実態を命がけで伝え続けたAP取材班の映像で構成され、ウクライナ映画史上はじめてのアカデミー賞受賞作品となった。

 最初から終わりまで、映像が描く戦争のリアルに圧倒された。また、戦争の現場になぜジャーナリストがいなければならないかが誰にも分かるように説かれており、この作品の第二テーマと言えるだろう。

 ウクライナ東部のドネツクマリウポリは、ロシアが侵攻した2022年2月24日から激戦となり、最後は兵糧攻めにされながら5月20日ウクライナ軍降伏まで抵抗し続けた。

人口40万人の町の90%が破壊されたという(写真はNHKBSの番組より)

 ロシア軍が攻め込んでくるとジャーナリストはほとんど町から避難したが、AP通信(米国の通信社)取材班(ウクライナ人スタッフ)はそのまま残って取材を続けた

 はじめ市民たちはロシア軍は民間人を標的にしないだろうと自宅に留まっていたが、住宅地が砲爆撃を受ける。住民はパニックになるが、町が包囲されはじめ、逃げ場を失っていく。

 病院には次々に民間人の犠牲者が運び込まれる。幼い子どもたちが次つぎに息を引き取る。サッカー中に爆撃を受けた少年も。泣き崩れる親たち。

ロシア軍は緒戦からクラスター弾を市街地に落としていたことが分かる

 瀕死の負傷者が次々に運び込まれ、医師がカメラに叫ぶ「これを撮影しろ!そしてプーチンに見せろ!」と。鎮痛剤も切れ、治療に呻き声をあげる患者・・目をそむけたくなるシーンがつづく。廊下には負傷した人とその家族や行き場所を失った市民があふれる。

遺体が病院の外にまで置かれている

 通信施設が破壊され、テレビやネット、電話も切れてロシアのラジオ放送しか聞けなくなり、まともな情報が入らなくなる。最後の消防署が攻撃され消火活動もストップ。撮影を拒絶しカメラに向かって罵る人。商店に押し入って略奪する市民たちとそれに憤慨して怒鳴る兵士。「戦争はX線だ、人間の内部を見せる」という医師の言葉が印象的だ。取材スタッフもウクライナ人だが、同胞を美化したり英雄視したりせずにリアルに記録していく。

 正確な情報が発信され現場に届かないと人々はパニックになってしまう。これは取材者が戦場にいなければならない、一つの重要な理由である。

多くの死。その中で新たな命が生まれる。仮死状態で生まれた赤ちゃんがついに産声を上げると、医療スタッフが泣いた。

 この映画には私たちが当時観た映像がたくさん登場する。爆撃された産科病院のシーンは日本を含む世界に大きな衝撃を与えた。病院を攻撃するという戦争犯罪にあたる残虐行為を暴いたからだ。

産科病院が爆撃され、赤ちゃんを抱いて泣く母親。

この妊婦は、致命傷を負って、胎児とともに亡くなった。先に胎児が死んだことを知り「殺して」と叫んで息絶えたという。

彼女は役者で、全部が映画のセットで撮影されたとロシアが主張。

 ロシアはこれをフェイクニュースだとして、外相から軍の報道官、ニュースまでもが「反論」した。歴史に残る醜態である。なお、映画ではあの妊婦たちのその後も追っている。

テレビニュースで「フェイクニュース」だと放送。

外相までが「当時この産科病院はウクライナの過激派に占拠され、妊婦や看護師らは皆現場から排除されていた」と主張。

おなじみのロシア軍報道官。「あの空爆とされるものは演出された徴発行為だ」

 記録する者がいなければ、戦火の中にあるマリウポリで何が起きたのかを私たちは知ることができなかった。侵略者ロシアはどんなことでもできる。情報が発信されなければ、ロシアはそれらを隠蔽してなかったことにできるのだ。取材者が現場に立つべき最大の理由であり、AP取材班の存在がいかに重要だったかがわかる。

 ロシア軍がついに市内に突入、APが詰めていた病院にも戦車が迫る。ネットも電話も切れて映像を送れなくなった取材班は、映像素材を送る方法を模索する。そこで、市民と兵士が取材スタッフをロシア軍の包囲を突破して脱出させるという危険極まりない行動に出る。「マリウポリで起きたことを世界に知らせてくれてありがとう」と感謝しながら。

脱出行はまさに命がけだった。ハラハラさせられた。

 命懸けで脱出させた理由を、一人の警察官が取材スタッフにこう告げた。

「もしロシア側があなたたちを捕えれば、あなたたちは、カメラの前に立たされて、今まで撮影したものは全てウソだと言わされます。マリウポリでのあなたたちの尽力や取材の全てが無駄になってしまうのです」

 戦争取材の意味、報道とは何かをあらためて考えさせる。今年一番のおすすめ映画です。

 なお、とくに危険地に取材スタッフを派遣しない日本の企業メディアの関係者は、じっくり観て反省してもらいたい。

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