小さきあたまの骨あつまれり

 広島での平和記念式典での石破首相の挨拶は心がこもっていた。
 核兵器禁止条約に言及しないのは批判されるべきだが、ちゃんと自分の言葉で語っていた。おそらく原稿は自分で書いたのだろう。
 こんな当たり前のことに感心してしまうのは、これまでの首相の挨拶があまりに酷かったからで、「石破辞めるな」の声が起きる理由は、その比較考量にもありそうだ。

NHK中継

 以下、毎日新聞より

 「『コピペ』など心ないメッセージが続いていた中で、本人の言葉で語った、主体的に出したメッセージだと感じた」

 政治学者で高千穂大教授の五野井郁夫さんも、過去の首相あいさつとの違いを強調する。
 一つは、自身が訪れた際に見たもの、感じた思いを盛り込んでいる点だ。

 石破首相は「2年前の9月、広島平和記念資料館を、改装後初めて訪問しました」と述べ、「黒焦げになった無辜(むこ)の人々。4000度の熱線により一瞬にして影となった石(中略)夢や未来が瞬時に容赦なく奪われたことに言葉を失いました」と続けた。

 「本人が見た細かな描写も盛り込まれていて、被爆者の問題に心を砕いているという印象を受けた」

 また、結びでは、歌人正田篠枝さんの短歌を2度にわたって読み上げた。

 「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」

 この短歌は、歌集「さんげ」に収録されており、平和記念公園そばの「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」にも刻まれている。

 「官僚任せのお決まりのパッケージではなく、原爆の悲惨さを正しく伝えるという意味で適した表現だったのではないか」

 平和記念式典での首相あいさつは、度々批判されてきた。

 2020年の安倍晋三首相のあいさつは、広島と長崎でほぼ同じ「コピペ」であることが発覚した。18、19年も極めて類似する内容だった。

 21年の広島市の平和記念式典では、当時の菅義偉首相があいさつの一部を読み飛ばしたこともあった。

 後に「原稿がのりでくっついて剥がれなかった」と釈明している。

 22年には、岸田文雄首相も安倍首相同様に、広島、長崎でほぼ同じ内容のあいさつを述べた。

 「毎年同じなので、あまり聞いていなかった」

 当時、取材に応じた被爆者団体の関係者は首相あいさつの感想をそう述べている。

 五野井さんは、過去3人の首相あいさつを酷評する。

 「被爆体験を人ごととして捉えていて、緊張感が感じられない。人の心が通っていないものだった」

 実際、3人の首相のあいさつには、原爆の惨禍に関する自分なりの思いや具体的な描写などは見られない。

 ただ、石破首相のあいさつも、「核なき世界」の実現へ向けた日本政府の取り組みに関しては、従来の立場を踏襲している。

 「非核三原則を堅持しながら、『核兵器のない世界』に向けた国際社会の取り組みを主導することは、唯一の被爆国である我が国の使命です」

 「核兵器不拡散条約(NPT)体制の下、『核戦争ない世界』、そして『核兵器のない世界』の実現に向け、全力で取り組んでまいります」

 過去3人の首相あいさつにも同様の文言は盛り込まれている。また、核兵器禁止条約には石破首相も言及しなかった。
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9日、長崎新聞が平和企画

nagasaki-np-heiwa.com

 

長崎は地獄だった。

街のあちこちに
黒焦げの死体が転がっている。
腐臭が漂い、
ハエがうるさくたかっている。
すでに死亡した母親の
おっぱいを吸う赤ん坊。
「水をくれ」と叫ぶ声もむなしく
死んでいく人たち。
川は人や馬の死体でいっぱい。
まだ生きている重傷者にウジがわく。

地獄。
地獄絵。
生き地獄。
あの日の長崎の様子を、
多くの被爆者が
「地獄」
と表現している。
地獄を体験した人たちは、
核の力に頼ることを許さない。

被爆80年の節目を迎える今日、
被爆者の証言を読んでほしい。
あの夏の長崎を想像してほしい。
知ることが、地獄を遠ざける。
私たちはそう信じて、
被爆者の言葉を伝え続ける。