「よくやった」を二つ。一つ目は―
テレビがパリ五輪での日本選手の活躍ぶりを一日中伝えるなか、五輪の報道を無視するというのは斎藤幸平・東大准教授だ。29日、「ボイコットしてる。全然観てないですね」とTBSニュース23の生放送のスタジオで言ったのだ。理由は「スポーツウォッシュに加担したくない」から。
「行き過ぎた商業主義が嫌いというのもあるんだけど、今回いちばん私が理由にしているのは、スポーツウォッシュに加担したくないから。やっぱりイスラエルの問題ですね。ロシアは戦争を理由に出ることができないわけですね。ところが、国際司法裁判所が、イスラエルがやってることはジェノサイドであり、占領政策自体も国際法違反だと勧告しているにもかかわらず、国際社会であるとかオリンピック協会というものがイスラエルの参加を認めているというダブルスタンダードがあると。
これでみんなが盛りあがって平和の祭典良かったねとみんながなってしまったら、パレスチナの人たち、ガザの人たちが忘れられてしまって、このジェノサイドを覚えてる人たちがいないってことに私は少しでも抵抗したいなって思って観ないようにしている」。
29日の「ニュース23」は(私は観ていないが)、冒頭から、「総合馬術団体で、92年ぶりに銅メダルを獲得したことを速報で伝えるなど、五輪一色。前日に行われたスケートボード女子ストリートで金銀独占した吉沢恋と赤間凜音のインタビューをたっぷり届けた」。
その流れで小川彩佳キャスターから感想を聞かれた斎藤氏が「ボイコット」してると答えたわけだが、よく言った!
ちなみに私も五輪放送はボイコットしているが、左翼のDS(ダブルスタンダード)論者はどうしてるんだろう。ウクライナの代表が五輪に出るのもNGだと当然ボイコットか?
二つ目の「よくやった」は―
7月31日、長崎市の鈴木史朗市長は被爆79年となる8月9日の平和祈念式典に、イスラエル代表を招待しないことを明らかにした。
理由は「式典での不測の事態のリスク」だそうだが、ギラッド・コーヘン・イスラエル駐日大使に「被爆地の市民は心を痛めている」と即時停戦を求める書簡を送っていたという。ロシアとベラルーシについては、ウクライナ侵攻が始まった2022年から招待していない。
これが一貫した態度であり、長崎市長を応援したい。
ところが、同じ被爆地の広島市は、8月6日の平和記念式典に、ロシアとベラルーシの代表を招待しない一方、イスラエルは招待する方針だ。ダブルスタンダードはやめてほしい。
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おとこわり。7月末までに10万字の原稿を仕上げなくてはならず、このところ本ブログをだいぶサボってしまい失礼しました。
前回(7月13日)のつづき。
「マイダン革命」は、「米国の『レジーム・チェンジ』」、つまりアメリカが「マイダン革命」を引き起こしたとする一部のリベラル派がいる。
マイダン革命とは―
2013年11月、当時のヤヌコーヴィチ大統領が、予定されていたEUとの連合協定の署名を突如キャンセル。これに怒った市民がキーウの独立広場(マイダン)に集まって抗議した11月21日に始まり、治安部隊との流血の衝突を経て、翌年2014年2月22日に大統領がロシアに逃亡したことで起きた政変を指す。
ウクライナで最も寒い時期、3カ月もの期間連日、多い日は10万人もが広場(マイダン)に泊まり込みながら抗議行動を続けたこの運動を、アメリカの陰謀に帰するのはとてもできないはずだが、DS(ダブルスタンダード)論者は、自説を裏付ける証拠として、当時のヌーランド米国防次官補の言動を引き合いに出す。
《2014年2月4日、ヌーランドとジェフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使の間で2014年1月28日に交わされた電話の録音がYouTubeで公開された。ヌーランドとパイアットは、次のウクライナ政府に誰が入るべきか、あるいは入るべきでないと考えるか、また、さまざまなウクライナの政治家について意見を交わした。ヌーランドはパイアットに、アルセニー・ヤツェニュクがウクライナの次期首相になる最有力候補だろうと語った。ヌーランドは、政治的解決にはEUではなく国連が関与すべきだと提案し、「EUなんてクソくらえだ」と付け加えた・・》
「次のウクライナ政府」の人事をしかも次期首相をあれこれ語っていた。そして実際に、彼女が名を挙げたヤツェニュクは、この革命後に樹立された政権の首相になっている。これはアメリカが政治過程を支配している証拠だ。
この「いかにも」という解釈は、しかしまったくの誤解だった。
この会話は、ヤヌコーヴィチ大統領を下ろした後の政権構想を議論しているのではない。2013年11月下旬から始まった抗議行動は、11月30日に警察特殊部隊が抗議者を暴力的に弾圧したところから、政権打倒に目標が転化。激しい衝突が繰り返され、収拾がつかない事態に陥った。この状況を憂慮したEUやアメリカは、ヤヌコーヴィチ政権に抗議者たちとの和解を促しはじめた。
2月20日にはフランス、ドイツ、ポーランドの外相がキーウに入り、ヤヌコーヴィチ大統領や野党指導者と長時間の会談を行った結果、翌21日、野党が入った国民連合政権を作ること、憲法を改正すること、来年3月の大統領選挙を年内に前倒しすることなどの合意が成立する。
先のヌーランドの電話は、この妥協案合意のずっと前に、ヤヌコーヴィチ大統領の下に組閣される予定の国民連合政権の人事についての会話であって、ヤヌコーヴィチ政権打倒の謀議ではない。そして彼女が挙げたアルセニー・ヤツェニュクという人物は、野党指導者の中では行政手腕がもっともすぐれていると衆目の一致する人物で、いわば「順当な」人選だった。
三国の外相が政府と野党を仲介して成立したこの合意は、しかし、広場の抗議者に拒否された。彼らはヤヌコーヴィチが政権の座にとどまることを認めなかった。広場の抗議者たちはどの政治勢力の影響も受けない自立した運動を展開していたのである。
ウクライナの国民的作家、アンドレイ・クルコフはマイダンの抗議者たちが、野党指導者をも拒否する「無党派」ぶりを『ウクライナ日記』(ホーム社)に書いている。
「各都市のマイダン(抗議行動)は、政党旗を掲げた政治家たちを追い払っている。」「各都市の『マイダン』はすべて、自然発生的に誕生したもので、どの政党にも組織されていないのは誰の眼にも明らかだ。なのにいずれの野党も、マイダンの主宰者たろうとあがいている。無党派のユーロマイダン。たしかにいままでになかったことだ」。(注P38)
マイダン革命については、アメリカの謀略説以外に、「極右勢力による武力クーデター」との見方をとるDS論者もいる。
しかし、政権転覆に武力は使われておらず、大統領が逃亡した後も、立法府である最高会議が正常に機能し続け、与野党議員の参加する投票による信任を得て合法的に親内閣が承認されている。「武力クーデター」説もためにする虚論である。
(つづく)