モンゴル人インジナーシさんの「語りかけてくる写真」

 モンゴル人写真家、インジナーシ・ボルさんの写真展「MEETING HIGH」(新宿OM SYSTEMギャラリー)はすばらしかった。

 日本在住のモンゴル人は「モンゴルには高いビルが建っていますか?」「馬に乗って学校に通うのですか?」などとよく聞かれるという。この写真展では、多くの人がもつモンゴルのイメージがひっくり返されるだろう。モンゴルの今を深く,鋭く写し取っているのだが、同時に日本はじめ世界に共通する時代の先端をもなまなましく示しているように感じられた。つまり、一方で異質なものへのカルチャーショックがありながら、日本の自分たちと同じような悲しみや実存的な悩みに向き合う姿を見せられ、やはり世界は一つながりであることを確認する。

煙草を手に思い詰めた表情で涙を見せる女性。
「10年間、私と同じクラスで学んだ同級生。彼女は私に『自分自身のことがわからない」と言った。ウランバートル、2016年」(写真キャプションより) 私がもっとも惹きつけられた一枚。

ウランバートルの「粛清犠牲者の碑」の前で遊ぶ少年。モンゴルでは1922~39年で人口の8~13%が弾圧されて命を落したという。「この碑には『モンゴルは死刑制度の無い国』と書かれていた」(写真キャプションより)

酒に酔い、落ちていたガラスの破片で腕を切ろうとする男と泣いてとめる妻(ウランバートル

100人の馬頭琴奏者の演奏で100頭の馬が走る。ザブハン県の式典にて

ウランバートルのラッパー。「Rapper 113」別名「サソリ」。2022年

若者の生態を撮った写真がおもしろい。ヘッドバンギング(ロック(ヘビメタ?)コンサートで音楽に合わせて首を激しく上下に降る動作)の若者たち。ウランバートル、2016年

モンゴルの既存のイメージが崩されていく

マンホールに捨てられた空き瓶を回収する人。「モンゴルはminingが国の主要産業ですが、この人は独自のminingをやっているのです」(インジナーシさん)

ポートレート写真もすばらしい。彼は猟師で、遭遇したクマと格闘したという伝説をもつ。モンゴルには森林に覆われた地域もあり、そこでは狩猟が暮らしをささえる。

「最初に私の注意を引いたのは彼の手だった」(キャプションより)フブスグル県、2017年

零下30度のなか新年を迎える市民ら。ウランバートル、2017年

「彼がこの部屋で過ごした6回目の春。2017年」。ここは学校の寮。周辺100キロにほとんど人が住まないこの地方では子どもは寮生活をする。この日、その年初めて雨が降って、他の子どもたちはみな雨にあたりながらはしゃいでいたが、この子一人が部屋から外を見ていたという。いろんなことを想像させる一枚。

冬休みを前に親は寮から子どもたちを引き取って家に向かう。フヴスグル、2017年

社会の変化が激しく、世代間の違いも大きいという

写真集GLIMPSE OF US

インジナーシさん35歳と初めての写真集GLIMPSE OF US

 5日(土)14時からのインジナーシさんのトークイベントでは、モンゴル社会が激変するなかで、政治家や富豪の不正や汚職が蔓延し、貧富の極端な差が大きくなっている現状を批判しながら、生きにくい世の中でこそ「美」を求めていくことが大事だと語った。目指す作品は、「語りかけてくる写真」だそうだ。

 いまモンゴルでは家庭崩壊が珍しくなく、インジナーシさんも、幼いころから貧困と継父によるDVで心と体を傷つけられてきた。彼の写真からは人の悲しみによりそう深い愛が伝わってくるが、そんな生い立ちも関係しているのか。すごい写真家が出てきたものだと感心した。

 実はインジナーシさんを知ったのは、友人が彼の苦境を見て救援活動を始めたことからだった。

 日本のある出版社が彼の写真集を出すことになり、彼は去年2月に来日した。ところが、その後、急に出版が取り止めになり、梯子を外された形になった彼は精神的に落ち込み、滞在費も尽きて大事な愛機ハッセルブラッドをお金に換えるところまで追い詰められた。そこで友人の西夏奈子さんというモンゴルの専門家が、身銭を切って彼の写真集GRIMPS OF US自費出版し、写真展を企画・実行したというわけである。

 写真集は名のあるデザイナーの手になるもので5500円。これが35歳の彼の最初の写真集になる。日本でトラブルの末に写真集デビューなんて、いいじゃないか。これもご縁である。

 写真展は4月14日(月)まで。12日(土)にもインジナーシさんのトークがある。

 この写真展と写真集、ほんとうにお勧めです。写真集をご希望の方は以下へ。
https://nomad-z.com/glimpseofus/