大竹英洋『ノースウッズ―生命を与える大地』に土門拳賞

 バイデン政権発足後はじめての米中外交トップ会談―米側はブリンケン国務長官とサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)、中国側は楊潔篪(ようけっち)・共産党政治局員、王毅国務委員兼外相―、すごかったな。

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 アンカレジでの18日の初顔合わせからまるで喧嘩。

《人権や安全保障、貿易などで国際ルールの順守を求める米国に対し、中国は「内政干渉だ」と激しく反論。非難の応酬は記者団に公開された状態で、冒頭から1時間以上続く異例の展開となった。
 ブリンケン氏は「新疆ウイグル自治区や香港、台湾を巡る中国の行動、同盟国への経済的威圧などへの深い懸念について話し合いたい。これらは世界の安定を維持するルールに基づく秩序を脅かしている」と口火を切り、「米中だけでなく地域全体、世界の人々に関係している」と指摘した。
 楊氏はウイグルや香港、台湾は内政問題だと反論した上で、米国こそが差別など国内の人種問題を解決すべきだと攻撃した。さらに中国共産党は国民の支持を得ていると主張し、「米国は世界の代表でなく、圧倒的多数の国は米国の価値観を認めていない」と批判。王氏も「中国の内政に干渉する覇権的慣行は米国の悪癖だ。放棄を求める」と訴えた。》(東京新聞
 
 中国側はいつもの「内政不干渉」論から逆襲。
 「米国に存在する人権問題は根の深い問題だ。黒人への虐殺はずいぶん前からある」
 「米国の多くの国民は、自国の民主主義に信頼を寄せていない」
 事実の一部ではある。ただ、米国では「ブラックライブズマター」のように、公然と声を挙げ、政府を批判し追及する権利がある。そこが大きな、そして決定的な違いだ。

 中国は2020年代GDPで米国を上回るのはほぼ確実だし、コロナ禍を克服することができた唯一の主要国として、強い自信を持つ。これから中国を牽制し行動を変えさせるのは至難の業だろう。

 米国内の外交専門家のあいだでは、台湾をめぐって武力衝突が起きる可能性がかつてなく高まっているという認識が広がっているという。
 今後、米国から日本に対して、台湾問題への関与を強めよとの要求が大きくなってくるだろう。他人事ではない。菅政権の外交力が試される。
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 第40回土門拳賞が大竹英洋(ひでひろ)さん(46)に決まった。受賞対象となったのは写真集『ノースウッズ―生命を与える大地―』(クレヴィス)。

 すばらしい写真集である。

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 《大竹氏は、アメリカとカナダの国境付近から北極圏にかけて広がる湖水地方・ノースウッズを訪ね歩き、原生林の動植物などの豊かな生態系と人との関わり、自然現象を20年かけて記録した。(略)
 受賞作は、広大な原生林に生息するさまざまな野生動物や草木とオーロラ、山火事などの自然現象、そして、現在までこの地で狩猟採集を営んできた先住民の暮らしに思いを巡らし、太古から人と自然の物語が紡がれてきたノースウッズで、自然と共生する人間のあり方を美しい写真と淡々とつづられた文章で模索している。完成度のみならず、全世界がパンデミックに襲われ、地球規模の温暖化対策が叫ばれ求められている今、この作品には大きな意義があると高く評価された。》(毎日新聞

mainichi.jp

 都会で育った大竹さんは、ワンダーフォーゲルで自然のなかで過ごすことに新鮮な喜びを感じた。
 「そして、電気も水道もないキャンプ生活に身を置くと、都市の便利な暮らしが異質に感じられた。ぼくたち人間はいったい何者なのか。この先どこへ向かおうとしているのか。そんなことを考えるようになり、このままずっと旅を続けて思索を深めたいと願った。自然の奥を旅して、その先に見えてくることを伝えたい。そして、人間と自然とのつながりについて、人々と共に考えてゆきたい。その手段として選んだのが「カメラ」という道具だった。」(North Woods あとがき)
 
 何を被写体にすべきか迷っていたある夜、まるでお告げでもあるかのようなオオカミの鮮明な夢をみた。
 図書館で写真家ジム・ブランデンバーグのオオカミの写真集を見て、弟子入りしようと、いきなり彼が住むという「ノースウッズ」へ。

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ブランデンバーグの写真集

 弟子入りはかなわなかったが、極地な探検家ウィル・スティーガーさらに熟練のカヌーイスト、ウェイン・ルイスに会い師事したことが大竹さんの人生を決めた。

 無数の湖のある広大な大地を一人カヌーで旅し暮らす技、動物たちと接する作法、写真の技術を一歩一歩会得しながら20年。先住民のアニシナベにも自然のなかで生きる知恵を学んだ。その集大成がこの写真集だ。
 ここにはさわやかな「哲学」が感じられる。

 賞の選者の梯久美子氏が評するとおり、「人間が叡智をもって折り合い、共存してきた自然の姿がここにはある」。

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(上記毎日新聞記事より)

 写真家として身を立てるには、もちろん苦悩もあったという。

 「情報も少ない異国の地で、警戒心の強い野生動物の撮影は困難を極めた。作品として発表できる写真が思うように増えないストレスから、心身に不調をきたしたこともある。
 失意の淵にいた頃、馴染みとなった喫茶店平均律のマスターが「店で写真展でもしないか?」と声をかけてくれた。その展示が福音館書店の編集者の目にとまり写真絵本の出版につながった。それを機にカナダへ1年半移り住んで撮影を再開。帰国してからも、数カ月から半年をかけて毎年のように通い続けた。」(受賞の言葉より)

 およそ1年半前、私は「地平線会議」の報告会で大竹さんの話を聞き、20年にわたる奥地への単独行に感銘を受けるとともに、オオカミの夢を皮切りに、すなおに信じることに向かって進むと、人と出会い、人生がこんなふうに展開して行くのかと、彼の生き方に惹かれた。

 大竹さんは「人は顔を向けた方へ進む」という言葉を大事にしているという。
 「たとえ遠回りをしてでも、コンパスを胸に、遠い目標へ向けて、これからも旅を続けたい」という大竹さん。
 これからも納得する道を歩んでください。受賞おめでとうございます。

 なお大竹さんは「そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ」(あすなろ書房)で第7回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。カラフトフクロウの子育てを捉えた作品で2018年日経ナショナルジオグラフィック写真賞 ネイチャー部門最優秀賞受賞。

 受賞作品展がニコンプラザ東京 THE GALLERY(4月27日~5月10日)と、ニコンプラザ大阪 THE GALLERY(5月27日~6月9日)で開催される予定。

 今回の土門拳賞の最終選考には、石川真生氏の写真展「大琉球写真絵巻2020」(那覇市民ギャラリー)、公文健太郎氏の「光の地形」(平凡社)、渋谷敦志氏の「今日という日を摘み取れ」(サウダージ・ブックス)、山田脩二氏の「日本村 1960-2020」(平凡社)が残ったという。
 渋谷さんも頑張っている。健闘を祈ります。

 土門拳賞といえば、鬼海弘雄さんが去年まで選者だった。10月に亡くなって半年近くになる。受賞のニュースに鬼海さんを寂しく思い出した。