テレビから消されたコメディアン

 ドキュメンタリー映画『アイアム・ア・コメディアン テレビから、消えた男』の試写会に行った。とても良かった。7月6日から「ユーロスペース」他で全国順次公開される。この映画、お勧めです。

 公式サイトの紹介―
「テレビに居場所を失った村本大輔は劇場、ライブに活路を見出し、自分の笑い《スタンダップコメディ》を追求する。

 本場アメリカへの武者修行、韓国での出会い、パンデミックの苦悩、知られざる家族との関係。世間から忘れ去られた芸人の真実に『東京クルドの新鋭ドキュメンタリスト日向史有が迫った3年間の記録」
https://www.iamacomedian.jp/

 数々の賞を総なめにし、実力も人気もあったお笑いコンビウーマンラッシュアワー。テレビにも引っ張りだこになり、年間200~250本の番組に出ていたのが、ある時から一気に激減する。安倍政権時代でメディアへの締め付けが進んだと想像するが、ネットでもしばしば炎上。2019年には出演番組わずか1本、完全に干された

 村本大輔はライブに居場所を見出すが、そこにコロナ禍がやってきて、公演が軒並み中止に。次々に襲いかかる試練に「暗い夜こそ星が見える」と立ち向かう姿は感動的で心から共感した。

 特に印象に残ったのは、「世界のコメディアンになる」と日本を飛び出してアメリカでスンダップコメディに挑戦する姿。勉強はまったくできず高校中退の彼が、英語の語りで笑いをとろうというのだ。ダメ出しにも腐らず、必死にくらいついてストーリーを組み立てる。赤ペンで添削を繰り返したカンペには胸が詰まった。

アメリカのスタンダップ劇場に出演。堂々とやり切って笑いをとっていた

添削を繰り返したカンペ

 お笑いで世の中を変えるとの志を持ち続け、父親の死までを笑いのネタにし、ステージが終ると一人涙を流す姿に、彼は日本の誇るべきコメディアンだと確信した。声を出して笑い、泣かされた。すごいやつだなと心底感心しながら見終わると、彼のヒューマンストーリーのうらに、通奏低音のようにわが祖国日本はこれでいいのかとの問いが流れていたことに気づかされる。

苦しんでいる人たちを笑いで一瞬でも幸せにしたい。3.11の被災地を訪れる村本には哲学がある。

 先日、このブログでミャンマー軍に指名手配された売れっ子の映画監督が、潜伏しながら作った映画『夜明けへの道』を紹介したが、彼とともに有名な俳優や歌手なども民主派勢力に合流してジャングルで戦っている。

 日本以外の国では、社会的に影響力のある人は、むしろ積極的に社会問題について発言することが期待されているという。日本では芸能人もスポーツ選手も社会的、政治的発言を控えるが、これは他者への連帯感の欠如でもある。結局は自分の損得だけ考えて生きろというのがこの日本の社会の風潮であり、権力は人びとにそうしむけている。

 私の大好な松元ヒロ「テレビで会えない芸人」だが、こういう人はちゃんとした哲学を持っている。どの文化でも、政治風刺は本来笑いのイロハだし、ここを忘れると芸能自体がやせ細っていくはずなんだが。最近のテレビは薄っぺらで・・。村本大輔もテレビに出てるのは、オレのようなお笑い(本物のコメディアン)はいないと言ってたな。

 監督の日向史有さんは、もともとはテレビのディレクターで、番組を膨らませて『東京クルドという名作ドキュメンタリー映画を作っている。

takase.hatenablog.jp

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  今回の映画は2019年から取材を始めたものの、テレビ番組への企画売込みが厳しく、発表の場をyoutubeからはじめてここまでに至ったという。粘り勝ちである。日本の排除、忖度体質を映し出す村本大輔という素材に目をつけたのもいいし、テレビから干されて韓国、アメリカに出て行き、コロナでライブ公演を閉ざされて、父親が死んで・・・と節目節目をしっかりドキュメントしながら彼の内面、哲学に迫っていく取材がすばらしい。ぜひ多くの人に見て欲しい映画だ。