ウクライナでは北東部ハルキウ、東部ドンバスへのロシア軍の激しい攻撃が続き、都市住民や民間インフラへの空襲で被害が拡大している。
ついにゼレンスキー大統領はロシア領内への攻撃を認めるよう訴えた。ハルキウ州への攻撃について「欧米側は供与した兵器をロシア国内への攻撃に使用することを認めていない」と言及したうえで、「国境地帯の防衛にはロシア国内の軍事目標を兵器で攻撃することが不可欠だ」と訴えた。
ミサイルが飛んでくる基地を叩かないと被害は増えるばかりだ。
意外に知られていないが、ウクライナは欧米からロシア領内への攻撃を禁じられ、手足をしばられたまま防戦一方の戦いを強いられている。国産のドローンなら文句をいわれる筋合いはないと、たまにロシア領内の石油施設などをゲリラ的に攻撃しているが。
この要請に対してイギリスやデンマークは、ここまできたらロシア領内攻撃を認めようと言い始めたが、アメリカはまだ「ダメ!」という態度。
ロシアは戦術核兵器の演習をやって欧米を脅す。「おれたちを『刺激』すると核兵器使っちゃうぞ。それがいやなら、ウクライナをしっかり押さえろ」と。第二段階の演習にはベラルーシも参加するという。アメリカはこれでさらに腰が引けるのか。
先日紹介した『マリウポリの20日間』のマリウポリ陥落から2年経つ。あの包囲戦でロシア軍が無差別攻撃をしたため市民2万人以上が命を落としたとされている。また多くの兵士や市民がロシア軍の捕虜となった。8千人以上が捕虜生活を強いられていると推定される。その家族たちが身内の釈放を訴える集会があった。
ある兵士は妻と二人の幼い息子を残して捕虜になったが、今どこにいるか無事かどうかも分からない。妻は、夫が捕虜になったあと乳がんが見つかり、いま体中の骨に転移して病床にある。親族は、妻が生きているうちに兵士に帰還してほしいと心から願っている。一人ひとりの事情を知ると、戦争の残酷さがよくわかる。
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『朝日新聞』の土曜に配達される「Be」。「悩みのるつぼ」という人生相談コーナーがある。私は人生相談を読むのが好きで、以前、経済学者の金子勝が名回答者としてこのコーナーにいて、読むのが楽しみだった。金子さんの回答集は本になって出版されている。
最近、タレントの野沢直子が回答者として登場している。18日が彼女の担当だった。
質問は―
「50代の会社員です。不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたび、怒りに燃えて困っています。
ロシアの軍事侵攻、イスラエルのガザへの攻撃―最近では、アメリカ大統領選の報道。(略)絶望的な気分になり、夜も眠れません。
憂えたところで何をするという手立てもなく、だったら新聞報道など見なければよいのですが、社会問題から目を背けるようで気が引けます。(略)海の向こうのことなど気にせず、このまま自分の生活を平穏に送ることだけ考えればよいのでしょうが、汚い人間の醜い行為がどうにも許せない性格が災いして割り切れません。(略)どのように気持ちを保っていけばよいか、アドバイスいただけると助かります。」
50代で真剣にウクライナやガザのことを心配している。とてもまじめな人なのだろう。
野沢直子はこの問いにどう答えたか。
「このお悩みを読んで、まず最初に思ったことは、そんなに心配なさっているのなら実際に戦場に出向いて最前線で戦ってくればいいのにな、ということです。
まあ仮に戦場に行くのは無理でも、実際あなたが心配している国に出向いて、あなたがニュースで観ていることはどこまでが真実なのか確かめてくるというのはいかがでしょうか。(略)
あなたがそこまで心配しているなら、その地に行って自分の目で確かめてくるべきだと思います。(略)人間とはないものねだりな生き物で、あまり幸せだと『心配の種』が欲しくなってくるのだと思います。失礼ですが、それなのではないでしょうか。
世の中が醜くなるかどうかは誰にもわかりません。そんなことを嘆く前に、今自分が幸せなことに感謝して自分の周りにいる人たちを大切にしましょう。(略)」
この回答に愕然とした。
戦争や民主主義の破壊など世界の不条理が心配でたまらないという悩みへの回答者に野沢直子をあてる人選のミスマッチもさることながら、「そんなに心配なら、自分で戦場に行って最前線で戦ってくれば」という野沢の答えに、憤りと情けなさがこみ上げた。
さらに驚いたのが、神田大介という朝日新聞社員(朝日新聞ポッドキャストチーフパーソナリティ)が「すごい!」、野沢の「才能を見抜き、依頼した記者もすごい」と大はしゃぎしていることだ。
さらに、もっと衝撃的だったのは、朝日新聞編集委員の藤田直央氏が、野沢の回答ぶりに出したコメント。
「野沢さんの回答、ぶっ飛んでいうようで重いです。そこまでしなくても、沖縄に行かれて、本土ではまれな米軍基地と隣り合わせの生活をご覧になればどうでしょう。相談者の方がそこで「不正義や理不尽」を感じたなら、同じ日本人として声を上げるという「手立て」があります。
あ、この相談者の方はそうした境遇の方なのかもしれませんね。そうでしたら誠に失礼しました。」
野沢の回答、どこが「重い」のか? ガザやウクライナまで行かなくても沖縄に行ったら珍しい米軍基地と一緒の暮らしも見れるよ。あ、相談者はひょっとして沖縄の人?これまた失礼、、と相談者をバカにし、沖縄を見下げたコメントに呆れた。編集委員ですよ、この方。
これがSNSでワッと広がり、前川喜平さんが「朝日新聞読むのもうやめようかな」と反応した。以下ARCTVのIn Focus(尾形×望月)【前川喜平/「朝日新聞を読むの、もう止めようかな」/朝日新聞編集委員や記者、愛読者を中傷】⚪︎5/21 The News⚫︎スピンオフより。
前川さん、よほど腹に据えかねたようで、なんでこんな人が編集委員になったのか、前から朝日がおかしいと思っていたが、ほんとにおかしくなっているのが分かる、と厳しく非難した。以下、前川さんのコメントの一部を引用する。
「人間は自分のために生きてるって考え方ですよね。他者のことをそんなに考えるなんて、お前らおかしいでしょって。他の人のことをそんなに心配する必要ないよ君、っていう。野沢さんの回答はまさにそういう回答で。もうそんな他人のことなんか考えないで、自分のまわりのことだけ考えてなさいっていうアドバイスですよね。
でも、人間というのは、あのガザの悲劇見て、たまらないわけですよね。子どもたちが次々と殺されていくっていう。それに対して世界中の人が、おかしい、やめろ、って声出してるときに、そんなこと言ったって変わらないんだから、言ったって無駄だという話でしょ。」
「この相談者の気持ち、よーくわかりますよ。
私だったら、学生と一緒にデモしましょうよとかね、この気持ちをぶつける場所をさがせばいくらもあるよ、とかね。こんどは五月二十何日かに、ガザの虐殺反対という高齢者のデモがある。
こういうアドバイスならあるんだけど。我々は微力であるけれど無力じゃないと。声を上げることで政治を変えられるし国際関係だって変えられるんだと。」
「ガザの子どもたちに対して、ほんとに人間としてどうかと思うよ、このコメントは。この感覚はどこかで感じた感覚だなと思ったら、杉田水脈だね、近いね。」
前川さんの意見に同感する。
本ブログで何度も書いてきたが、今の日本人はきわめて利己主義的になっていて、自分の損得しか考えない。他の人の不幸など自分とは関係ないし、国が困っている人を助ける必要もないと考える人が多い。
他者に共感したり連帯したりできなければ、みんなで良い世の中を作っていこうという気持ちにならないし、当然投票なんかに行かない、デモにも参加しない、となる。
殺伐たる社会になっている。たぶん野沢直子の回答に共感する人はたくさんいるのだろう。朝日の記者や論説委員までが「すごい」というのだから。この「すごい」という意味は、日ごろ僕たち朝日の社員が考えていて立場上言えないことを野沢さんがストレートに言ってくれて「すごい」ということではないか。とすれば、ほんとに朝日新聞ヤバいよ。
最後に、ジャーナリスト、記者の役割は、普通の人がなかなか行けないところに、いわば読者の代わりに行って、取材した情報を届けることだ。その情報を読んで読者はいろいろ考えたり心配したりする。ウクライナやガザに心を痛めるこの相談者は、新聞にとって、とてもありがたい最良の読者ではないか。それなのに読者に対して「あんた、自分で行けばいいだろ」と言うのでは、新聞記者はいらなくなる。つまり、新聞が自らの存在意義を否定しているわけである。