収容所から強盗指示―なんでもありのフィリピン

 コスパのいいアルバイト」として強盗をやるという時代になったのか・・・。

 狛江市の事件をふくむ、関東など各地で相次いでいる強盗事件。このグループが特殊詐欺も行っていて、被害額が約35億円に上ることがわかったという。警視庁と18道府県警が末端メンバーら約70人を逮捕。強盗事件同様、SNSの「闇バイト」で加わったメンバーもいた。

 これらの犯罪を、フィリピンで逮捕されて収容所に入れられている人物が直接指示したことが注目されている。

 一昨日のTBS「報道特集」。村瀬キャスターが、フィリピンの入国管理事務所のバクタン(Bacutan)収容所にいる今村磨人(きよと)容疑者を直撃していた。今村はシラをきるばかりだったという。

 彼の暮らしぶりは―月々6万円でVIPルームに居住、職員に賄賂をわたして携帯を使い、特殊詐欺の犯行中もライブで、「逃げろ」とか「叩け」(強盗の隠語)などと指示を出していたという。詐欺でだまし取ったお金は、部下にフィリピンに送金させ、収容所職員が銀行から降ろして今村に届けている。

今村容疑者。VIPルームの個室から携帯で日本に詐欺をもちかけているところ。(TBS報道特集より)

 

他の人たちはエアコンもない共同の大部屋で裸ですごす


 2019年、日本からの要請で、特殊詐欺フループ36人が逮捕され収容された。36人は去年7月、全員の強制送還が終わったが、今村容疑者は、札幌時代の友人ではやり指示役の渡辺優樹容疑者とともにまだ送還されていない。フィリピンの友人に頼んで告訴させ、裁判中は送還されないようにしているという。

収容所内では薬物も「自由」に使われている(報道特集より)

収容所内からの指示では、さかんに「叩け」(強盗の隠語)と指示していた(報道特集より)


 その当時、同じ収容所にいた人が撮影した映像を「報道特集」は20年12月に流していた。今村容疑者は、他の被収容者にマッサージをさせたり、薬物を私用するなど好き勝手に「生活」していた様子が映っている。

 実は、3年前、同じ収容所にいた人が日本の恋人に「収容所内で、日本の仲間に命令して強盗などをやらせていることを日本の警察に伝えてくれ」と連絡があった。警察に連絡したが、証拠がないとして相手にされなかったという。このときしっかり対応していれば、その後の被害は防げたかもしれない。

 フィリピンでは、収容所の中で勝手なことができるのか?!と多くの人は驚いたと思うが、フィリピン滞在4年の私が、その実態の一部を紹介しよう。
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 私は、戦後最大の拳銃の密輸事件で逮捕され強制送還を控えていた「拳銃密輸王」にフィリピン入管の収容所の中で暴行を受けケガをしたことがある。収容所の中で、である。日本では考えられないシチュエーションだが、あの国ではなんでもあり、だ。

 TBSに「拳銃密輸犯」のインタビュー取材を依頼された私は、収容所のなかにビデオカメラを持ち込んで本人への直撃を試みた。こういう取材も、多少の「ワイロ」で可能である。

 当時の私はまだフィリピン事情に疎く、収容されている「密輸犯」が、まさか手錠もされずに「自由に」行動していて、この野郎!と殴りかかってくるとはツユ思っていなかった。

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私を殴った「拳銃密輸犯」金田仁氏は、日本で刑期をつとめたあと再びフィリピンに住み、ビジネスマンとして成功をおさめた。そして、その金田氏と和解するという、不思議なめぐりあわせをも経験した。

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 フィリピンの刑務所はとてもおもしろくて、マニラシティジェイル(マニラ市刑務所)では、4棟の収容棟を主要な四つのマフィアが仕切っており、定期的にマフィア対抗バスケットボール大会もあって、トロフィーが飾られていた。

 また、奥さんや恋人が泊っていくことも可能で、刑務所内で小さな子ども(明らかにその人が収監されている間に生まれた)を可愛がっている囚人もいた。同性愛者同士は別の部屋に住まわせたり、マフィアはある意味「人道的」配慮もしていた。

 刑務所内の囚人がこうした「自由」を享受できるのは、看守が囚人と「つるんで」いるからなのだが、その主な理由はお金で、マフィアに看守が買収されていることにある。もう一つの理由は、それぞれの棟に「自治」を与えることで、マフィアのご機嫌をとろうとするからである。刑務所内ではときに大規模なマフィア同士の抗争や暴動で死者が出たりする。看守としては、お前たちの棟はお前たちに仕切らせるから、あまり面倒を起こさないでくれよ、というわけである。刑務所長も、自分の任期中はなんとかおとなしくしていてほしいので「自由」を黙認する。

 その後、私はフィリピンの囚人をドナーとする国家犯罪ともいうべき腎臓移植スキャンダルをスクープしたが、それは、長期刑の囚人が収監されているモンテンルパ刑務所の中にカメラを持ち込み、「自由に」取材できたおかげである。

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 この取材のせいで、私はガンマンに狙われてフィリピンから逃げるという、まるでドラマのような展開になる。

 当時の私はむちゃくちゃだったな。


 ずいぶん昔だが、地平線会議という冒険者たちの集まりで、フィリピンの裏社会について報告したことがある。

 ここに紹介するのは、私の報告をジャーナリストの樫田秀樹さんがまとめてくれた文章。樫田さんとは、マレーシアの熱帯雨林伐採問題の取材で入っていった、サラワク州ボルネオ島)の奥地の集落で出会った因縁がある。
http://www.chiheisen.net/_hokokukai/_hk96/hkrp9610.html


フィリピンの裏舞台~高世仁
  1996.10.29/アジア会館

●1989年7月のことだった。ボルネオ島の熱帯林で、私が先住民とその生活を共にしていた村に、弁護士を中心とした日本人の調査団がやってきた。その中に、ぷっくりとした色白の、一見オカマにもてそうな男性がいた。それが高世さんだった。熱帯林伐採の取材に来たのだ。

●どこでもそうだが、いわゆる『被害者』に話を聞くときは注意がいる。ついつい、ありもしない話で事実を誇張してしまうからだ。弁護士の先生たちは村に来ていきなり話し合いに入った。一番まずいパターンだ。村人は先生たちの意図に応えようと、大袈裟な話のオンパレードをサービスした -みんな栄養不足だ、ボートを作る木もない、魚も一匹もいなくなった、伐採が始まってから子供に皮膚病が…、木材会社の人間の首を切ってやりたい! うーん…。

●先生たちは実際、帰国後に「先住民はこんなに困っているのです」との報告書を作成したらしい。一人だけ違っていたのが高世さんだった。話し合いの翌朝に私のところに来てこう言った -「ねっ、聞きたいんだけどさ,この人たちは本当に困ってんの?」。おっ、つきあえるぞ、この人とは!

●高世さんの取材はきわめて的確だ。表面的な事象ではなく、なにが問題の本質かを見抜く目を持っている。今までのスクープは、囚人腎臓売買、北方領土一番乗り、サハリン残留韓国朝鮮婦人、アウンサウン・スーチーへのインタビュー、そしてスーパーK(高世さんの独断場)。話もうまい。特に興味深く聞かせてもらったのが、3年間駐在していたフィリピンの裏話だった。

●火災保険目当てで自分のホテルに放火するオーナー(高世さんの同僚が巻き込まれた)、葬儀屋からのリベート欲しさに死体確保に血眼になる消防士(消火はしない)、弁護士も裁判官もカネ次第、事前に賄賂を払えばその場で答えを教えてくれる自動車免許試験、大学の卒論だって雑貨屋で販売、恨みをかえば、警官、入管グルで投獄の憂き目にあう…。

●檻の中にいるはずの囚人が、最低2週間の病院での安静が必要な腎臓摘出手術を受けている。ここを取材するうちに,高世さんは、刑務所の中がきれいに四つにギャング団の支配下に分かれていて、その一つ「シゲシゲスプートニク」(行け行け!スプートニク号)と知り合い、奇妙な親交を深めることになる。

●人を閉じこめておく場所の刑務所が実はギャングの総本山。人を殺すために外出して、2、3日後にまた戻る。何でもありのフィリピン。しかし、高世さんは、腎臓問題が日比両国の国会で問題になるにいたり、命を狙われることになる。その情報をつかんだその日に国外脱出。

●「でもね、フィリピンには善人と悪人との境目がないんだよね。そのへん歩いてる奴が人を殺している。かといって、貧しいものでも生きていける相互扶助は必ずある。誰でも決して過去を問われずに生きていける。フィリピンは目茶苦茶だけど好きなんだよね」

●高世さんは最後に、アジア各国で実施された『自分が幸せかと思うか』のアンケート結果を発表してくれた。フィリピンが断突で90%以上。最低が日本だった。母親は子育てに疲弊し、障害者や老人は施設に隔離され、サラリーマンは時間に追われる。フィリピンが無秩序の中の秩序とすれば、日本は秩序の中の無秩序の国かもしれない。

●だが高世さんは6年前、私の報告会を聞くために地平線会議に参加したのをきっかけに嫁さんをみつけたという幸せ者である(4回目のデートでプロポーズ)。

●来年は是非北朝鮮の話を聞かせていただきたい。[樫田秀樹]

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以下は、報告会についての感想

高世さんの報告をかいつまんでお話しします。

高世さんが取材を行ったフィリピンの裏社会でうごめくギャング団と警察の関係や、フィリピンの医療グループとの日本国内ではできない肝移植をめぐる日本の医療界の間をうごめく不明瞭なお金の正体を追った事を中心に、自ら命を追われた経験や、これからの取材先についての報告でした。

今回はスライドは使わず、テレビ番組を収録したビデオを見ながらの報告という形ながら、操作面でちょっと戸惑いつつも、あの手のドキュメンタリー番組らしく、おどろおどろしいナレーションとBGMでフィリピンの現実(しかし実際は高世さんからのもっとどろどろした現実の話の補足を受けながら)が展開されていました。

犯罪の90%は、警官が関与している事。
募集される警官は経歴は問わず、じゃぱゆきさんが課長を努めている事実もある。
肝臓提供者は善意となっているが、実際は囚人がお金で臓器を売っている事実。
マニラでは4大ギャングがあり、囚人は全員どこかへ所属しなければならない。
警官があまりにも信頼性がなくなっている現在、ガードマンという職種が大金持ちや地位の高い人の身の回りを守る私設警察のような位置にあるようです。警察がまた犯罪に走る理由としては、給料が極めて安く、ワイロや恐喝でそれを補っているのもあるようです。

会場に来られていたフィリピン人の方(武田さんのお知り合い)が頷いたり、ご自分の出身の島での現実の話をされたりして、これもまたノンフィクションのフィリピンの民族文化とでもいうのか、混沌とした社会をしみじみ感じされてくれるものでした。

世界で行った、自国の満足度調査という国民の意識調査では、フィリピンが極めて高かった、との事です。90%程度だったと聴きます。逆に、日本は40%にも満たない、精神的に不満足度の高い国民だという事。なんだか納得できるような、できないような。(^^;)警官がグルとギャングがグルになって、犯罪の限りをつくして日中から人が平気で殺されるような物騒な国にしては、この満足度というのが不思議な数字なのかもしれません。タイなんかも同じ方向だそうです。

高世さんが臓器移植をめぐって刑務所に取材に行かれた時、その4大ギャングの中のシゲシゲ団の組長と仲良くなった、という話がとても楽しかったですね。でも、現実には緊迫感があったシーンもあったようですが、話がうまく、それを「カジュアル」という表現をされて、そのシゲシゲという名前はフィリピン語では「いけいけ」という意味だとか、その団を表す入れ墨がまるで子供のラクガキのような絵柄だとかいうのもその「カジュアル」という表現にピッタリでした。

ドロドロした、という中に、そのようなフィリピンの民族文化という世界が、とてもその緊迫感を感じさせなかったり、反面極めてアジア的な冷酷な所があったりというのがよく感じれたような気がします。

冒険、旅とはまた違ったジャーナリズムの地平線報告会でした。(^^)