今回の山形の自転車旅では、初めて知ったことがたくさんあり、いかに故郷のことに無知だったかを思い知った。
山形市について旧友の家を訪ねると、「いっしょに飯でも食おう」と誘われ、付いていったらそこは「四山楼」という料亭だった。料亭なるものに初めて入って洒落た料理を食べていると、そこに入ってきたのは芸者さん。
えっ、山形に花柳界があったのか!? 知らなかった。
というわけで、昼間から舞妓さんの踊りを見ながらワインを飲んでいい気持ちに。
聞けば旧友は廃れゆく山形の花柳界の伝統を守っていこうという活動をしているという。山形市の6軒あった料亭は、ここ数年で3軒となり、現在山形市の芸妓は5人、舞妓は2人にまで減った。それでも、山形には、小菊さんという、98歳の日本最高齢の現役芸妓もがんばっているそうだ。
酒田市にも花柳界があるという。こちらは北前船で関西と結ばれていた土地柄、京都風で、江戸風の山形市とは着物の着方から踊りまで違うのだという。
最高齢現役芸妓、小菊さんに一度会ってみたいな。
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中国共産党大会は習近平の個人崇拝が際立つ形で終わり、習主席は異例の3期目が確実になった。
習体制になってからの10年は、一方での経済、科学技術、軍事、スポーツなどあらゆる分野における中国のすさまじい発展と、他方での自由の抑圧とりわけ言論統制の強化が同時に見られた。
ゼロコロナ政策の実態は、一つの都市を刑務所にしたのかと思わせるほど市民の行動を制限している。以下は18歳で四川から上海に来て専門学校に通い、卒業後も上海で働く会社員女性(26)のケース。
《たまたま友人宅にいたときに、上海は突如ロックダウンに突入した。そのまま、まったく外に出られない生活になり、気分は落ち込んだ。
病院に行くことができずに亡くなった高齢者、絶望して自殺した市民、そうしたニュースを見ては、友人が寝た後に一人で涙を流した。そして、「これまでにないほど、自分の人生について考えた」。
封鎖が解除され、徐々に日常が戻っていくのも、悲劇が風化するようでつらかった。あれから半年を迎えようとしている今、表向きは活気を取り戻しているが、かつての自由な上海は幻のように感じる。
感染対策アプリによる移動履歴のチェックが徹底され、行き先は政府に筒抜けだ。出張で上海を離れれば、現地の防疫当局から直接電話がかかってきて、「どこから来たのか」「何しに来たのか」などと聞かれる。「まるで取り調べ。プライバシーなど何もない」とため息が出る。(略)総書記の習近平は3期目続投が確実視されている。女性は将来に悲観的だ。
「できるなら中国から逃げたい。中国を北朝鮮みたいだと言う人もいるけど、独裁が強まる中国はもう『西朝鮮』になっている」》(朝日新聞20日朝刊「上海からの予言」(下))
各地で感染が拡大した9月上旬には、都市封鎖や移動制限は49都市の約2億9170万人、中国人の5人に1人に及んだ。ロックダウンは経済も傷つけ、4~6月の失業率は全国で最高の12.5%を記録。解除後に300万人が上海を離れたという。
方方『武漢日記』は、筆者が「売国度」とネットで攻撃され、発信を削除されても武漢の実情を伝え続けた記録だが、彼女の日常生活の描写から、親戚との親密な絆、隣人や友人同士の細やかな助け合いなどの中国庶民の人間関係がうかがえて、心温まるものを感じた。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20201016
方方氏は共産党による感染事実の隠ぺいなど多くの理不尽を批判、追及する一方で、感染者数に一喜一憂しながら、力を合わせてコロナ禍を乗り切ろうと努力する医療関係者や庶民については同胞として暖かい目線で描いている。多くの市民は、当局による厳しい規制に協力する姿勢であったようだ。私も当時は、中国のやり方には他の国がまねできない強引さがあるが、あれはあれで一つのやり方だろうと思っていた。
ところが、2年後の上海のロックダウンになると、人々の受け止め方は違ってきている。習指導部のメンツを保つためのコロナ撲滅運動に、明らかな人権侵害を感じ、不満を訴えているようだ。
言論統制の強化は、放送や新聞・出版だけでなくネット上でも「異論」に接することが困難になり、異論を持つ人の存在すら抹殺しようとするところまでになっている。
今回の共産党大会でも、改革を訴える市民運動や汚職への抗議行動など社会の安定を脅かすものは取り締まり対象になるとされる。習近平自身が汚職撲滅をかかげながら、市民らが自発的に行動するのはダメだというのだ。
NHK「国際報道」が先日特集した元人権派弁護士のケースには慄然とさせられた。
元人権派弁護士の常瑋平さん。不当な立ち退き問題などで市民の弁護を担当してきたが、当局にたびたび拘束され拷問を受けてきた。
拷問を受けて身体に異常が出たとSNSに動画を投稿した6日後、常さんは逮捕され弁護士資格を剥奪されるとともに国家政権転覆罪で起訴される。
妻の陳紫娟さんは夫との面会が許されず2年以上安否を知ることもできないでいる。陳さんはSNSで拘束は不当だと訴えてきたが、当局によって陳さんの中国国内のアカウントは発信しても他の人が見れないように規制されている。さらに当局による厳しい監視も続く。ことし7月、夫の初公判の知らせを受け、裁判所に車で向かったところ、途中で警察の車両に囲まれ、裁判所には行けなかった。
日常的な監視だけでなく、職場へのいやがらせもあり、同僚の目の前で犯罪者のように扱われるなど「卑劣な手段をたくさん用います」と陳さんはいう。
外国のSNSを通じて夫の情報を発信しつづけている陳さんは厳しい状況のなかでも発信を続けていくという。
「公平と正義のために声をあげることが許されないこの国の未来は、もっと悪くなるとしか思えません」(陳さん)
中国共産党は「法による統治」=「法治」を推し進めるとしているが、資格を剥奪される人権弁護士は増え続けているという。
拘束された弁護士の弁護などを担当していた余文生さん。
4年前、子どもを学校に送ろうと家を出たところ警察に取り囲まれ拘束されたが、その数日前には弁護士資格を剥奪されていた。「国家と政権の転覆を煽った罪」で起訴され、懲役4年の判決を受けた。
今年3月に刑務所から出所したが、長期間劣悪な環境で取り調べをうけ、利き腕の右手が思うように動かなくなったという。
余さんは資格を剥奪された弁護士のリストを見せてくれた。習主席が共産党のトップについてからの10年で少なくとも40人の人権弁護士が弁護士資格を失っている。
余さんは経済的に厳しいなかでも周りの人たちの相談に乗り、人々の権利を守っていきたいと考えている。
「いま実際に恐怖が人々の心に立ち込めています。このような状況が続けば未来を想像できません」と余さんは憂えている。
最近では、中国本土で逮捕された香港の民主活動家を弁護しようとした弁護士が資格を剥奪され当局の監視下に置かれている。微妙な事案については、弁護士が委縮する傾向も見られるという。
「法治」といっても、法律自体が民衆の自由を抑圧する手段になっている現状は、権力の恣意を防ぐという本来の意味での「法の支配」とはまったく異なる。
一定の所得水準になれば、自動的に民主主義が根付くなどという「理論」が流行ったこともあるが、中国では国が富裕になればなるほど自由が抑圧される事態が続いている。