戦争とアイデンティティ

 うちに泊まりにきた長野の旧友が信濃毎日新聞を置いていった。見ると一面トップがリニア新幹線工事に疑問を投げかける特集だ。

信毎6月29日付一面

社会面

 商業新聞がここまではっきりと批判的な記事を書くのは珍しい。リニア新幹線は国策のプロジェクトで、多くのマスコミは批判を抑えている。JRは有力な広告主でもあり民放テレビや雑誌でも忖度がはたらく。

 

takase.hatenablog.jp

リニア新幹線へはいろいろな角度からの批判があるが、私は主に経営的に大赤字になるのが目に見えていて国力を削ぐことになるという点で反対だ。

 ともあれ、このまま進めさせてはならないので、他の地方紙もがんばってほしい。
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 連日の猛暑は記録づくめで、節電要請が常態化している。テレビでは「節電のためスタジオをいつもより暗くしています」などとお断りが流れる。

 いまウクライナ戦争の影響で、食糧やエネルギーの供給が逼迫しているが、これについても選挙戦でしっかり示してほしい。

 日本のエネルギー自給率は1割ちょっとしかない。安全保障政策ではいの一番に取り上げるべき問題だ。

これでは万が一の事態にお手上げになる


 1960年頃は石炭と水力が主な電力源で、自給率は6割ほどあったが、石油・ガスそしてウラニウムの輸入を増やした結果2014年には6.4%まで下がった。今は自然エネルギーが増えて自給率がようやく1割を超えるようになった段階だ。

 欧州などでは選挙の主な争点にエネルギー転換と気候変動、(本当の意味の)SDGsの政策が上がるが、日本ではそれが全くない。この問題は次の有望産業をどう育てるかということに直結している。つまりは、次世代の働き口をどう確保するのかだ。いま乗り遅れると大変なことになるのだが・・・。
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 ウクライナ戦争に関する情報では、市民たちの声に考えさせられることが多い。

 ETV特集ウクライナ危機~市民たちの30年」(4月30日)に登場したウクライナ市民が「ウクライナ人がここまで一丸となったのは初めての経験です」と語っていた。これに似た表現を何度か聞いたが、これは危機にさらされた国の運命を自分の運命に重ね合わせているからだ。ロシアとの戦いが、ウクライナ人としてのアイデンティティを強め、愛国心を高めている。

ETV特集より

幼い娘が(誰かに指示されることなく)描いた絵。彼は「栄光は皇帝や独裁者にではなく、ウクライナの国に向けられたものです」と続けた。愛国心の出発点を示唆する

 これは闘う香港の市民たちやクーデターに抵抗するミャンマーの人々と共通する。

 香港の市民たちが、民主化運動に参加することで、香港人としてのアイデンティティと一体感をもち、集会で出たゴミをみんなで片付け合ったりしていたのを思い出す。彼らは「こんなに自分が香港を愛していることに気付いて自分でも驚いている」と語っていた。中国共産党が押し付ける「愛国教育」には激しく反対して闘っていた。何が本当の愛国心なのかを考えさせられる。

2014年マイダン革命に参加した若者。この闘いで、ウクライナ人としてのアイデンティティ、仲間意識が一気に強まった

 ETV特集では、16歳まで日本で育ち今はキーウからyoutubeウクライナの情況を発信しているボグダンさん(35歳)が流暢な日本語で心境を語ってくれた。翻訳と違って、細かいニュアンスも伝わってきた。

ボグダン・パルホメンコさん

「『ロシアを怒らせた』という表現が、僕たちからすると分からないんですよ。だって僕らは別にロシアの資産じゃない。ペットでもないですよね。ロシアの属国でもないわけですよね。独立国家じゃないですか。
 『怒らせた』?、何を怒らせたんですか。だって、僕らは91年に独立したわけじゃないですか。」

 さらに
「国民全体がボランティア。それがウクライナの強さ。だからロシアに負けない。正しい方向に進んでいるんだなということを毎日感じながら前進してます。」

 まっすぐにこう言い切れるのはすごいなと思う。

 ロシアがウクライナ侵攻に踏み切ったのにはウクライナにも「落ち度」がある、もっとうまく立ち回ってロシアを怒らせないやり方もあったのではないかという意見の人に聞かせたい言葉だ。これって、レイプされる側にも「落ち度」があるというのに近いのでは。

 国際情勢の変化を一つのメカニズムと捉えて分析することは学問的にも、今後の教訓を得る上でも重要だと思う。ただ、それはもう少し距離感をもって眺められるときにやればよいと私は思っている。今はとりあえずウクライナ支援に心を寄せよう。

 同じ番組で、フィンランドにいるロシア人留学生の女性も登場。ロシアに帰っているときにウクライナ侵攻が起き、このままだと外国に行けなくなると思って急いでロシアを出国してフィンランドに来たという。

フィンランドに留学しているロシア人学生。ロシアを捨ててきたという

 ロシアでは、ウクライナとは逆に、国家や民族などの価値観から離れ行く若者も多いようだ。

 戦争は両国の国民のアイデンティティにそれぞれ大きな影響を与えている。
(つづく)