孤立しても屈しない武漢の活動家

 5日で横田滋さんが亡くなって1年を迎えた。先日、早紀江さんから1周忌のお便りをいただいて、もうそんなになるのかと感慨深かった。

 きのう、早紀江さんが報道各社のオンライン取材に応じた。

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 滋さんの遺骨を納骨せずに自宅に置いている理由を早紀江さんはこう語った。
 「納骨はいつでもできる。お父さんはめぐみちゃんを抱きしめたいと思って頑張ってきた。早くめぐみちゃんが帰ってきて、お父さんには会えなかったけど、遺骨を抱きしめてあげてほしい。それを願っている」。
 切なく、悲しい。

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遺骨は自宅に置いてある

 季節はいやおうなく過ぎていく。滋さんの病室にあった鉢植えが花を咲かせた。めぐみさんの弟の哲也さんが、滋さんのお見舞いにと持ってきてベッドの前にいつも置いてあったのを、滋さんが亡くなったあと大きなプランターに植え替えたら真っ赤な花が咲き始めたという。

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仲睦まじい滋さん生前のショット(TBS)

 めぐみさんも花が大好きだった。

 早紀江さんはオンライン取材に、「お父さんが亡くなっても何も動かない1年が過ぎていく」と進展がみえない状況に焦りをにじませたという。
  
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 6月4日は香港ではじめて、天安門事件の追悼集会が開かれなかった。去年も集会は不許可だったが、大勢の人々が政府の意向を無視して集まった。それが今回は、警官隊が会場の公園を封鎖するなどして物理的に集会を開けなくした。

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去年の香港の6月4日集会

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今年

 中国本土では全国で治安当局が厳しい監視態勢を取って警戒。何事もなく過ぎた。

 NHK武漢在住の張毅さん(55)を取材していた。

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 去年のちょうど今頃このブログで紹介した人だ。

takase.hatenablog.jp

 1989年は、武漢でも民主化運動が盛んで、街の一部を若者が占拠するほどだったという。運動に参加した張さんは、天安門事件後拘束され、2年間投獄されている。

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89年当時の張さん

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罪状は学生を扇動したというもの

 今も自宅には監視カメラが取り付けられ、しばしば警察がやってきてSNSの内容に警告し圧力をかけるという。それでも張さんは、去年のコロナ感染への当局の対応に疑問を投げかけるなど、闘いをやめていない。

 武漢で最初期に警鐘を鳴らした医師を当局は処分し、その医師は直後に亡くなった。コロナ感染の実態を独自に取材した仲間のジャーナリストは拘束された。

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市民ジャーナリストの陳秋実さんは、武漢の状況を独自取材してSNSで発信し拘束された。泣きながら拘束が迫っていると訴える姿から、当局への恐怖が伝わってくる

 張さんは取材にこう語っている。
武漢新型コロナウイルスの本当の状況を伝えたために仲間たちは捕まったのです」
多くの人は自分の身の安全を考えて要領よく生きようとしています。長い時間と紆余曲折を経ながらも民主化や自由への渇望はより強固なものとなっています

 当局に睨まれている張さんは、6月4日がくると毎年、警官に伴われて武漢市外に一時「隔離」させられるという。

 いま中国では、中国がコロナ感染を世界でいち早く抑え込み、ダントツの経済成長を遂げていることを受けて、若者の愛国心が急上昇しているという。

 民主化への動きは完全に封じ込められたように見えるが、張さんのように孤立しながらも抵抗をやめない市民の存在に励まされる。加油