日曜、このかん作業をさぼっていた畑に出たら、作物が大きく育っていてすごい量の収穫を持ち帰った。
食べきれないので近所におすそ分け。野菜を他人にあげるというのは、とてもうれしい。
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きょうは都心に出た。
まず企画展「大隈重信とチベット・モンゴル」を観に早稲田大学歴史館へ。
19世紀末から20世紀はじめにかけてチベット・モンゴル地域へ向かった探検家たちを大隈は後援した。交わされた書簡などが展示され、立派な資料集も無料でいただける。ロシアの南下への対抗という国策で派遣された「工作員」だった成田安輝、東本願寺から仏教徒としての連帯を使命として派遣された寺本婉雅や、日本人の起源を求めた人類学者、鳥居龍蔵らの書簡のほか、『西蔵旅行記』の河口慧海の肉筆の書も。世界の多くの探検家が、それぞれの国家の後ろ盾を得ながら、厳格な鎖国政策を採るチベットに潜入一番乗りを競った時代。当時の日本人探検家の多士済々ぶりはすごい。
昼になったので、古い食堂「メルシー」へ。ラーメン450円。シンプルで実にうまい。
40年ほど前、ここのラーメンをミニコミ誌に紹介したことがあった。コロナで学生の姿は少ないが、この店は繁盛している。
午後は東京地裁へ。
ジャーナリスト安田純平さんが、外務省から旅券の発給を拒否されたのは「外国への移動の自由を保障する憲法に違反する」として、国に発給などを求めて提訴した裁判の口頭弁論があった。
安田さんはシリアでの拘束中に旅券を奪われ、帰国後の19年1月に再発行を申請したが、外務省は19年7月10日付でる旅券を発給しないと通知した。
訴状は以下で見られます。また支援も受けつけています。
https://www.call4.jp/file/pdf/202008/086a42ea04c8c8c18322a843e23bcf77.pdf
5年前、シリアに取材に行こうとしたフリーカメラマンの杉本祐一さんが旅券返納命令を受けて旅券を取り上げられた。
また去年の2月には、ジャーナリスト常岡浩介さんが出国しようと空港に行ったら旅券返納命令が出て旅券を取り上げられている。
ジャーナリスト、それもフリーランスが立て続けに旅券を取り上げられるという異常事態になっている。
何とか踏ん張って裁判に勝たないと・・・。市民のみなさんには、関心を持ち続けていただきたい。
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久しぶりにタイの北朝鮮による拉致被害者についての報道に接した。
NHKBS1「国際報道2020」。この番組は中国共産党のウイグル弾圧など他局がやらないニュースをしっかり取り上げてよくやっている。スタジオの3人も好感が持てる。
アノーチャー・パンジョイさんは1955年生まれ。実家はタイ北部のチェンマイ郊外で、マカオに出稼ぎに行っていた1978年に突然失踪した。23歳だった。
消息が分かったのは27年後の2005年、日本人拉致被害者の曽我ひとみさんの夫、チャールズ・ジェンキンズ氏が、「マカオで拉致され、北朝鮮で元米兵と結婚したタイ人女性がいる。9年間同じアパートで暮らしていた」と証言し、一緒に写った写真も示した。その女性はアノーチャーさんと判明、メディアでも注目された。
ジェンキンズ氏によると、アノーチャーさんは、北朝鮮にいた元米兵4人のうちの一人、アブシャー氏と結婚した。アブシャー氏は1983年に死亡。その数年後、ジェンキンズ氏がアノーチャーさんと会った時、まもなくドイツ人男性と再婚すると言ったという。
ジェンキンズ氏は2007年9月、バンコク北朝鮮人権状況国際会議「拉致と難民」に参加、ここでもアノーチャーさんについての証言を行っている。
タイは北朝鮮と国交があり、アノーチャーさんの消息を問い合わせたが、「該当する人物はいない」との回答で、タイ政府はそれ以上追及することなく、今に至っている。この問題で北朝鮮との関係を損ねたくないようだ。タイ国内での関心も低く、進展はない。
当時はアノーチャーさんの兄のスカムさんが主に活動していたが、5年前、スカムさんがアノーチャーさんとの再会がかなわぬまま病気で亡くなり、今はその息子(アノーチャーさんの甥)のバンジョンさん(51)が活動を引き継いでいる。
私は2007年12月にバンジョンさんが来日したさい、お会いしている。
アノーチャーさんの家は当時のままで、彼女の服もそっくり残してある。バンジョンさんは、交流のあった横田滋さんの死を悼み、滋さんの遺志を励みにしていきたいというが、問題は活動を引き継ぐ人がいないこと。
娘のニローポンさん(27)に、アノーチャーは私たちの家族だから決して見捨てないでほしいと思いを伝えた。ニローポンさんは、「父の思いはわかっています。父は祖父(スカムさん)から活動を託されました。私も父の活動を引き継ぎます」と語った。
日本だけでなく、タイでも拉致問題の進展がないまま時間が過ぎている。
先日の『アナザーストーリーズ』で、めぐみさんの二人の弟、拓也さん、哲也さんが運動を引き継ぐ決意を語っていたが、本来、被害者家族が代を継いで運動をするなどあってはならない。
ニローポンさんの決意に頼もしさも感じる一方で、悲しい思いを禁じえなかった。