飯塚繁雄さんの逝去によせて2

 最近の国際ニュースでは中国の動きばかりが気になる。

 19日に行われた香港立法会でのインチキ選挙で、ほぼ全議席親中派議員で占められた。
 これまでは定数75で、うち市民が選べる「地区直選」議員が35、業界団体が選ぶ「職能別」が35で、一昨年の民主派の勢いからいえば、75の多数を取る可能性が十分あった。ところが、2020年9月に開催予定だった選挙をコロナウイルス感染拡大を理由に1年延期。中国はその間に選挙制度を大きく変更した。
 「地区直選」が20に減らされ、「職能別」が30となり、新設の「選挙委員」枠(行政長官を選ぶ1500人の親中派選挙委員会から選ばれる)が最多の40で、計90が定員となった。「地区直選」枠でさえ、選挙委員会が「国家への忠誠心」に問題があると判断すれば立候補できない。民主派は完全に締め出されたのだ。
 これでは選挙に希望を託せない。投票率30,2%と前回(58.28%)から半減したのは、せめてもの市民の抵抗だろう。

 倉田徹・立教大教授は「これまで民主派が抵抗して廃案に追い込んできた法律や政策が次々と復活するはずだ。立法会が開会すると、2003年の50万人デモ後に政府が撤回した国家安全条例が審議されるだろう。すでに国安法があるのに、機密の窃取などで別の罰則が加えられる。また、大規模な反対運動で失敗に終わった愛国教育の導入も審議されるだろう。立法会は、こうした政府の法案を次々と通す存在になる」という。立法会が、政府に承認印を押すだけの「ゴムスタンプ化」すると倉田氏は指摘する。(朝日新聞

 先日、香港大学に設置されていた天安門事件の犠牲者を追悼する像を、大学が「法律違反となるリスクを避けるため」として、みずから撤去した。

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香港大学の像(NHKニュースより)

 これは、天安門事件の犠牲者をモチーフに、デンマーク人の芸術家が制作した苦悩に満ちた人の顔を積み重ねた高さ8メートルの像。1998年から香港大学の構内に設置され、事件の真相究明を求める市民団体や学生たちが毎年、像の前で追悼行事を行ってきた。

 24日には、香港中文大学の「民主の女神」像も大学が突然撤去したという。これも天安門事件の記憶を引き継ぐための設置されたものだった。

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「民主の女神」像。一昨年9月2日、香港中文大学を取材したさいのスナップ

 さらに、嶺南大学にあった天安門事件の彫刻も撤去され、壁に描かれた民主の女神像の絵は灰色に塗りつぶされたという。
 天安門事件がタブー化され、市民生活における表現の自由も、本土並みになったといえる。


 香港では、国家安全維持法による摘発が相次ぐ中、自主規制の動きがますます広がっている。
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 「飯塚繁雄さんの逝去によせて」のつづき。

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2003年4月、ジュネーブ国連人権高等弁務官セルジオ・デメロ氏に拉致被害の実態を訴える飯塚繁雄さん(手前右)

 北朝鮮による日本人拉致が広く知られるようになったのは、田口八重子さんのケースが最初だった。

 マスコミ報道としては、1977年の久米裕さんが失踪した「宇出津事件」に関する『朝日新聞』(松村崇夫記者)の記事、また80年の『産経新聞』(阿部雅美記者)による3組の「アベック拉致」疑惑記事があるが、残念ながらいずれも反響は大きくなかった。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20160319 

 85年6月には、韓国で原敕晁(ただあき)さんに成りすました北朝鮮工作員辛光洙(シングァンス)が逮捕され、原さんの拉致が発覚。韓国捜査機関がはっきりと日本人拉致を発表した。これは日本でも報道されたのだが、その扱いは今から見ると驚くほど小さかった。

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辛は日本人、原敕晁に成りすまして韓国に入った(辛の顔写真のついた原さん名義の運転免許証)

 87年、乗員乗客115人が犠牲になった「大韓航空機爆破事件」は、83年の「ラングーン(アウンサン廟)爆破テロ事件」とともに世界を震撼させた北朝鮮による国際テロだった。

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アブダビから韓国に移送された金賢姫

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金賢姫は、日本人化の先生、李恩恵は拉致された日本人だと証言した

 その爆破実行犯は、蜂谷真一・真由美の日本旅券を持つ父娘を装った二人連れで、アブダビで拘束されそうになったとき、二人は毒物で自殺を図った。年配の男性の方は死亡したが、若い女性は蘇生し、韓国に身柄を送られ、金正日からの爆破指令を暴露する。
 この娘役の金賢姫(キムヒョンヒ)は、日本人として振舞うための訓練を李恩恵(リウネ)という日本から拉致されてきたと思われる女性から受けていたと証言、大きな注目を浴びる。爆破テロと拉致というおどろおどろしい組み合わせはメディアでもセンセーショナルに取り上げられた。91年に李恩恵田口八重子さんと特定されたことと飯塚家を巻き込んだ騒動については前回書いたとおりだ。

 これが北朝鮮による日本人拉致が、日本の多くの人に知られる始まりと言っていいだろう。

 その後、日朝間の交渉の場で、日本側が田口八重子さんのことを持ち出すと、北朝鮮は「大韓航空機爆破事件」自体が「でっちあげ」で、金賢姫李恩恵北朝鮮には存在しないとして激しく抗議し、席を立った。
 この飛行機爆破は、アメリカが北朝鮮を「テロ支援国家」に指定する理由になったもので、北朝鮮としては絶対に認めたくない事件だ。

 私たちは田口八重子さん拉致事件の取材を、金賢姫北朝鮮の人間だというイロハの事実の証明からはじめた。金賢姫北朝鮮工作員であることは確実だった。(当たり前だが)

takase.hatenablog.jp

  2002年の小泉訪朝のさい、北朝鮮が認めた拉致被害者のなかに八重子さんが入っていたことがとても意外だった。

 田口八重子李恩恵であり、それを認めれば、金賢姫北朝鮮工作員として爆破事件を起こしたことの責任が問われることになる。北朝鮮は韓国に公式に謝罪し、115人の遺族への慰謝料を支払わなければならないだろう。だから、北朝鮮は、八重子さんだけは拉致を認めず、隠しておくだろうと思ったのだ。

 北朝鮮から日本政府への説明によると、北朝鮮田口八重子さんが北朝鮮に入ったことは認めた上で、すでに死亡しているとし、八重子さんは「李恩恵ではない」としている。北朝鮮は今も大韓航空機爆破事件は「でっちあげ」とのスタンスを変えていない。

 北朝鮮が八重子さんを生きて日本に帰せば、彼女が金賢姫を訓練した「李恩恵」であることがバレてしまう。つまり、北朝鮮が八重子さんを生きて日本に帰すには、大韓航空機爆破事件をやりましたと認めることが前提となる。

 10年ほど前、金賢姫は「国と家族を裏切った」と北朝鮮出身だと認める表現を使った北朝鮮の人間がいたというニュースがあったが、その後、北朝鮮が事件と金賢姫李恩恵の存在を認めたという情報はない。
https://takase.hatenablog.jp/entry/20100730

 金賢姫には同じ女性工作員のエリートで金スッキというライバルがいた。二人は中国語の研修で一緒にマカオに派遣され互いに切磋琢磨させられていた。日本人化教育では、金賢姫の教育係が田口八重子さんで、スッキは横田めぐみさんが担当させられた。最終的に大韓航空機爆破の任務を与えられたのは金賢姫だった。
https://takase.hatenablog.jp/entry/2015100

 日本人拉致被害者たちは自分が拉致されるという悲劇に加えて、北朝鮮のテロへの協力までさせられるという二重三重の苦しみを強いられたのだ。
 そして、工作機関の最高機密である国際テロの準備に深くかかわる立場に置かれた田口八重子さんと横田めぐみさんの奪還は非常に難しく、あの国の体制に大きな変化が必要だと思う。
(つづく)