大坂なおみのメッセージをどう受け取るか

 きのうまで富山県に行っていた。

 つれあいの両親が富山出身で、数年ぶりに義父母のお墓参りをしてきた。ついでに、これまで行く機会がなかった立山黒部アルペンルートを訪ねて、すばらしい自然に触れることができた。

 初めて行って感心したのは、ケーブルカー、バスを乗り継いで標高2450mの立山室堂(むろどう)まで行けてしまうこと。そこで高山の絶景や動植物が見られるのだから、観光地として人気が出るのは当然だ。海外からのツアー客も多く、去年のインバウンド客は24万人(うち台湾からが12万5千人)もあった。ちなみに山形県は県全体でインバウンド客が12万人だから、立山黒部の人気の大きさが分かる。

 室堂の山荘に泊まったのだが、今年はコロナ禍でインバウンドは全滅、夏の観光シーズンにもかかわらずガラガラだった。

 ここは大宝元年(701年)開山で、神仏習合山岳信仰の修行場の伝統があり、地名にも浄土山、弥陀ヶ原、称名滝、大日岳などそれらしいものが並ぶ。極楽と地獄の両方が見えると信じられたそうで、たしかに優しさと厳しさがあり、しかもともに実に美しい。

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雪渓の見える雄山からの雄大な風景。地球の創造まで思いが広がっていく

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極楽のような優しさも

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「地獄谷」の荒涼とした風景も

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近年、火山ガス濃度が上がって下には降りられない

 室堂だけを散歩しても感動的なのだが、せっかくなので、今回は3003mの雄山(おやま)まで登った。山荘がそもそも2450mだから標高で500mと少しだけ登ればよい。若い女性や団塊の世代のグループが多く、まあ登山というよりハイキングといった感じだ。高度が上がるにつれ、スケールの大きな自然の美しさに圧倒された。

 欲を出してさらに修験者(山伏)が使っていたという、ぐるりと尾根をめぐる「大走り」コースを進んだ。ところが長い急な下り坂で、激しい土砂降りにあい、道に雨水が流れ込み「沢」になった。どんどん水量が増して大きな石がゴロゴロと流れ、危険な状態に。地図を見たら「急坂足元悪し」「悪天候時、沢増水注意」と書いてあった。 

 「沢」となった道をよろけて何度も転びそうになりながら雷鳥沢まで下山したときには疲労困憊だった。

 山形には鳥海山や月山、蔵王山など日本百名山に六座もあるのに、私は登山をやったことがない。取材で山に行ったといえば、日航機が墜ちた御巣鷹の尾根、北朝鮮と中国国境の白頭山(2,744m)くらいか。3000m超のところは初めてで、いい経験になった。年寄りの冷や水と言われない程度に今後も山登りを楽しみたい。
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 テニスの全米オープン女子シングルスで2年ぶりに優勝した大坂なおみが、人種差別への抗議を訴えて高く評価されている

 世界から注目される大舞台、コート上のプレイだけでもものすごいプレッシャーだったろうに、たった一人で差別撤廃のメッセージを送り続けたのすごい。ほんとうに尊敬に値する。かっこいい。
 彼女は、もともとは「シャイ」だったというが、今回の行動で心に強い芯ができたように見える。

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決勝の日(大坂のツイッターより)

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決勝までに6人、計7人の名前を書いたマスクをつけた(TBSより)

 決勝に登場した時つけたマスクには「TAMIR RICE」と書かれていた。
 タミル・ライスさんは当時12歳。2014年11月、オハイオ州の公園でおもちゃの銃で遊んでいたところ通報され、現場に駆けつけた警察官が、到着してすぐに発砲。ライスさんは死亡し警官は不起訴になった。

 

 ニューヨーク・タイムズ紙のデビッド・ワルドステイン記者(57)は、アスリートが政治的発言をできるようになった社会の変化を指摘し、大坂の覚悟に支持を示した

news.goo.ne.jp

 《私は、ニューヨークのスポーツ記者として、今回の大坂なおみの行動を支持する。5月にミネアポリスで起きたジョージ・フロイドさんの死は、NBAをはじめ、複数の競技のプロアスリートたちの目を覚ました。声を出すべきだと。そして、団結の輪が広がった。全米オープンという世界中が注目する舞台だったことが大きい。テニス好きな子供たちにも伝わった。子供はスポーツヒーローの言うことは夢中になって聞く。影響力は大きい。

 かつてアスリートが、人種問題が絡んだ政治的発言をすることは大きなリスクがあった。1960年代、ムハマド・アリは徴兵を拒否し収監された。68年メキシコ五輪の表彰台で黒い手袋をして拳を突き上げたトミー・スミスとジョン・カーロスは、五輪から追放された。しかし、今はそうではない。多人種国家で、さまざまな異なる考え方が混在する米国でも、多くの人がなおみの行動を支持している。もし早々と負けていれば、ここまで話題にならなかっただろう。優勝してチャンピオンになったから、メッセージが脚光を浴びた。
(略)
 今回、なおみが黒人犠牲者の名前が入った7つのマスクをつけたことは、日本でも報道されたと聞く。スポーツの場で政治的発言をすれば、当然、批判の声もある。それでも、彼女は母親の母国である日本の人たちにもこの問題を考えてほしかったのではないか。

 NBAはリーグとして、黒人差別に対する一連の抗議行動を支持するなど、時代は変わりつつある。セリーナ・ウィリアムズの後を継ぐ女子テニス界のけん引者は、今回のことで、米国スポーツ界でよりリスペクトされる存在になったと思う。》

 

 アメリカはじめ海外では、新たな「英雄」の出現とみなされている。

 一方、日本では、大坂なおみへの激しいバッシングが見られた。

 以下、すこし長いが、ライターの堂本かおる氏の記事から。

 《「感情を揺さぶられた1週間でした」

 8月26日、大坂なおみ選手はその3日前にウィスコンシン州で起こった警官による黒人男性銃撃事件への抗議として、ニューヨークで開催中だったエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝戦を棄権すると表明した。翌日、主催者側がBLMムーヴメントに賛同して試合の延期を決定したことにより大坂選手は棄権を取り消し、28日に設定された試合に臨んだ。

 大坂選手は試合には勝ったものの、試合中に左太ももの裏を痛めた。上記はそれを理由に決勝戦辞退を決めた29日の言葉だ。


 銃撃事件とそれに対する抗議デモが全米各地で起き、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)などの試合ボイコットが表明された。アメリカ中が揺れていた。その渦中にあって自分は黒人としてどう振る舞うべきか。迷い、悩み、決断し、支援と同時に批判もされた辛い一週間だったに違いない

 当初の棄権表明に対し、日本では凄まじい批判、非難が巻き起こった。批判にはあらゆる理由がみられたが、顕著だったのは「日本人なのに黒人問題を理由に棄権することが理解できない」という、国籍と人種を混同したものだった

 大坂選手を巡る国籍と人種の混同、および多重アイデンティティへの無理解は、2019年に起きた日清のCM騒動の際にもみられた。アニメ化された大坂選手の肌が本人よりはるかに白く塗られていた件だ。

 あの時も「日本人」には国籍、人種民族、言語、出生地、生育地などの組み合わせが無数にあり、大坂選手であれば「日本人」「黒人」「アメリカ人」「ハイチ人」「アジア人」「ミックス(ハーフ)」など多種のアイデンティティを持っているであろうことが盛んに語られた。

 もっとも、実際に大坂選手が上記の、または上記以外のどれを、幾つ、自身のアイデンティティとしているのか、それは本人のみが知ることだ。また、多重アイデンティティを持つ人はおかれた場面により、どれが最も強く出るかが変わる。

 今回、度重なる黒人への警察暴力事件に、大坂選手の黒人としてのアイデンティティが強く反応したことは言うまでもない。棄権を伝えるメッセージの中で「私はアスリートである前に黒人女性」と明言。棄権を取り消し、試合会場に臨む際には、振り上げた拳のイラストに「Black Lives Matter」と書かれた黒いTシャツを着ていた。

 このように今回の一連の言動の中で大坂選手は自身を「黒人」であるとしたが、「日本人ではない」とは一度も口にしていない。黒人であることと日本人であることは並存するからだ。
 「日本人なのに」に次いで見られたのが、「スポーツに政治を持ち込むな」「プロなら仕事を全うしろ」「周囲に迷惑をかけるな」だった。これらは人種差別の深刻さを理解しない者が、社会的に不利な立場にあるマイノリティの主張を和を乱すものと捉え、歯を食いしばって耐えろ、そうすれば乗り越えられると精神論で諭すものだ。オーソリティ(権威や権力)に逆らえない付和雷同社会に生き、教え込まれた勤勉文化を最も尊いものとする自身の姿を省みる余地は、そこには見られない。

 アメリカとて平時は上記3つのどれもが当たり前である。特に巨額の収入を得る代償として成績が振るわなければ解雇やランク外となるスポーツ選手は「仕事の全う」に全力を注ぐ。ただし、それは「時と場合による」のである。

 人種差別はプロ意識以前の、人間の在り方そのものに関わる問題であり、特に警察による黒人への暴力は命を奪い取るものだ。同胞が次々と命を落としていく中、「プロだから」「ファンへの迷惑になるから」と声を上げず、社会改革を訴えないアスリートは、では、スポーツ・ファンに一体何を伝えようとしているのか。(以下略)》(文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/40013

 勇気をもって主張しても少数なら「出る杭は打たれる」で叩かれ、「寄らば大樹」とばかり大勢になびく今の日本の風潮が、今回の自民党総裁選や急激な自民党支持率の回復にもみられるように思う。

 優勝後のインタビューで7つのマスクについて聞かれると、大坂なおみは「あなたが受け取ったメッセージは何でしたか?メッセージをあなた方がどのように受け取ったかに興味があります。話し合いが起きれば良いと。USオープン会場の外で起きていることについては詳しくないですが、より多くの人がこのことを語る(きっかけになる)といいと思います」と語ったという。

 これは、ワルドステイン記者も指摘しているように、日本人を意識して答えているのではないかと思えてならない。

 私たちは大坂なおみのメッセージをどう受け取ったのだろうか?