トランプ次期政権に懸念を募らせる大晦日

 今年も暮れゆく。年ごとに一年がはやく過ぎるように感じる。

うちのすぐ近くの橋から見た富士の夕焼け(12月3日)

 今年の世界の出来事でもっとも衝撃的だったのは、米大統領選におけるトランプ氏の勝利だ。議会選挙でも上院下院とも共和党が多数になり、トリプル・レッド(大統領・上院・下院がみな赤をシンポルカラーとする共和党がとること)を達成、第一期トランプ政権よりトランプ氏のやりたいことを前面に出してくるだろう。現に、氏が指名する次期政権の高官はみなトランプ氏個人に忠誠を誓う「お友だち」で固めている。

 国際秩序の維持が破綻に瀕するいま、トランプ氏の極端な「アメリカ・ファースト」が致命的な打撃にならないか。グリーンランドを米国が保有するだのパナマ運河を米国に返還させるなど、正気とも思えない施策をぶち上げてもいる。

 国際機関に対する忌避、無視も甚だしい。

 トランプ第一次政権では、ユネスコを脱退、国連人権理事会からは脱退。UNRWA国連パレスチナ難民救済事業機関)の拠出金を凍結。さらにWHOは供出金停止して脱退方針をかかげた。おそらくこれは繰り返されるだろう。さらにICC国際刑事裁判所についてトランプ氏は関係者に制裁を科すとまで言っている。これはICCイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出したことをトランプ氏が激怒したからだ。

 UNRWAユネスコパレスチナ寄り、WHOは中国寄りというのがトランプ氏の言い分だが、UNRWAについては、イスラエルが来月から活動を禁止する法律を施行する。医療も食糧配布も状況がいっそう危機的になることが懸念される。

 さらに、トランプ次期政権は国連諸機関への協力を断つだけでなく、同様の姿勢を同盟国に要求する可能性がある。例えば日本はICCの最大拠出国(15%)で所長には赤根智子判事が就任しているが、トランプ氏が「イスラエルの安全を脅かすICCへの制裁に同調せよ」と圧力をかけてくる可能性は十分にある。

赤根智子ICC所長(NHKより)

 トランプ次期政権に備えるとは、すり寄って歓心を買うことではなく、日本がめざす国家像を見据えて米国の都合に左右されないスタンスを確立することではないか。来年は日本にとってほんとうの試練の年になりそうだ。

 私にとっては、とても収穫の多い、すばらしい一年だった。私にしかできないような世の中への貢献の仕方がほぼ見つかった。ただ、それはやることを増やし、困難なことも増えることを意味する。でもそれをどたばたもがきながら追及していきたい。好きでやっているのだから。

 大晦日のきょう、近くの有名な蛇神社、東京・立川市の矢川弁財天に行く。思いなしか狛蛇が笑っているように見えた。来年は良い年にできそうな気がする。

矢川弁財天は蛇神社

狛蛇が笑っているように見えませんか

 紅白は高橋真梨子を久しぶりに観る。私より4つ上だが、まだ女の爽やかな色気を感じさせるのがうれしい。

 今年も拙ブログを読んでいただき、ありがとうございました。みなさん、良いお年を。
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『ウクライナはなぜ戦い続けるのか』発売!

 先週、ウクライナはなぜ戦い続けるのか ジャーナリストが戦場で見た市民と愛国』旬報社)が発売になりました

 ご関心あれば書店で手に取ってご覧ください。できればお買い求めください。去年のウクライナ取材の経費がまだ回収できておらず、この出版でなんとかしたいと思っているので、よろしくお願いします。

 この本は、ウクライナ戦争の取材記だが、私たち日本人の価値観を問い直したいという問題意識で書いた。拙著の「はじめに」にはこんな文章を載せている。

 

《侵略したロシアにではなくウクライナ側に「停戦せよ」と要求して“問題”になったのが『通販生活』2023年冬号の表紙だった。銃をかまえるウクライナ兵を猫がたしなめている。

通販生活』2023年冬号の表紙

 プーチンの侵略に断じて屈しない ウクライナの人びと。

がんばれ、がんばれ、がんばれ。守れ、守れ、守れ。

殺せ、殺せ、殺せ。殺されろ、殺されろ、殺されろ。

人間のケンカは「守れ」が 「殺し合い」になってしまうのか。

ボクたちのケンカは せいぜい怪我くらいで停戦するけど。

見習ってください。停戦してください。


 これにウクライナ大使館が抗議し、発行元のカタログハウスが、ロシアのウクライナ侵攻を猫のケンカに例えたことについて「不適切な言葉で表現した」と謝罪する顛末となった。しかし、これは言葉の表現の問題ではない。侵略もそれへの抵抗も「ケンカ」として同列にみなし、侵略されている側に停戦せよと迫っていることが問題なのだ。

 日本では、侵略であろうと侵略への抵抗であろうと、戦うことはすべて悪と考える人が少なくない。しかし、この日本的価値観で、ウクライナの戦争を正しく認識することができるのだろうか。疑問が募っていった。(略)

 ウクライナ人も命を失うのはもちろん怖いし避けたいはずだ。「兵役のがれ」のため、不法な手段を使って国外に逃げる人がいることは社会問題にもなっている。それでも多くの国民が国に踏みとどまって軍事大国ロシアに抵抗しつづけるのはなぜなのか。

 私はジャーナリストとしてその答えを知りたいと思い、ウクライナへと向かった。》

 

 ウクライナ戦争の「即時停戦」論にみえる日本左翼のダブルスタンダードへの疑問もこれに関係している。

takase.hatenablog.jp

 さらには、私たちにとって生きて死ぬ意味とは、という大きな問題につながっていくのだが、それをこれから追究しつづけようと思う。

 と、大ぶろしきを広げてしまったが、日本人への問題提起として書いた本である。多くの人に読んでもらって感想を聞きたい。

韓国民の「国を守る気概」

自民党折り鶴よりもカネのツル (埼玉県 兵藤新太郎)

憲法を急に大事にする自民 (埼玉県 恵村順一郎

裸足で逃げ出す「表現の自由 (東京都 上田幸孝)
               12日の朝日川柳より

 政治資金規正法の再改正をめぐる議論。衆院予算委で、企業献金憲法第21条の表現の自由で、これを禁じることはこれに「抵触する」と石破首相。

 13日の参院予算委員会では企業・団体献金に関して、憲法違反まで持ち出してまで企業献金を守ろうとしている」(立憲・杉尾秀哉氏)と問われ、「違反するとまでは申しません。そこは言い方が足りなかったと思う。少なくとも、憲法21条との関連は法律学上、議論されなければならないと考えている」と首相。のらりくらり。

 「政策決定をめぐる献金の影響は否定しがたいと思う」(立憲・石垣のり子氏)とずばり聞かれて、「お金をもらったので国策に反する意思・政策決定をするような者は自民党にはいない」(首相)との答弁。冗談でしょ。苦笑するしかない。

「お金をもらったので国策に反する意思・政策決定をするような者は自民党にはおりません」だと。真顔で言うんですか、それを・・(NHKニュース)

 自民派閥の裏金問題で、「単なる(政治資金報告書への)記載ミスという認識なのか」(石垣氏)との質問には、「法に定められたように載せず、国民に判断する材料を与えなかったことは極めて重大なことだ。それはミスによるものが多く、故意でやろうとしたとは私は現在、認識していない」(首相)と単なるミスだと結論づけた。

 旧安倍派の元会計責任者、松本淳一郎氏政治資金規正法違反で有罪確定)が自身の刑事裁判で、2022年8月の派閥幹部会合でパーティー券収入の還流再開が決まったと証言し、判決文でも事実認定されているではないか。石破総理がここまで腰砕けになるとは。やはり自民党ではダメということだな。

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 韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領を弾劾する議案が14日、国会で可決された。大統領の職務が停止され、今後、憲法裁判所が、弾劾が妥当かどうかを判断することになるが、ユン大統領は「決してあきらめない」との談話を発表した。

 今回の韓国の事態を私は驚嘆しながら見ている。一つは、民主主義的な手続きで選ばれたリーダーが、民主主義を自ら破壊する行動をとる可能性を目の当たりにしたことの驚きだ。

 ユン大統領は、いつもYouTubeばかり見ていたといい、右翼的なYouTuberに影響されたと報じられている。ユン大統領が演説で「国会が犯罪者集団の巣窟になった」「破廉恥な従北反国家勢力を一挙に取り除く」などYouTuberが使う表現をなぞっていることについて、元自衛隊陸将の松村五郎氏は、民主主義国家の元首がインターネットの世界のなかで情報のエコーチェンバーに自分が乗って誤った決断をするということは初めてだという。(14日「報道特集」)

 エコーチェンバー現象とは、自分と似た意見や思想を持った人々の集まる空間(電子掲示板やSNSなど)内でコミュニケーションが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることによって、それらが世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込んでしまう現象。日本の最近のおかしな選挙結果も、これが影響しているのだろう。

 ヒトラープーチンも選挙で権力についたことで、民主主義から独裁が生まれる可能性は分かっているつもりだったが、隣国でそれが起きたことはやはりショックだった。

 先のエコーチェンバー現象などを見ると、選挙で指導者として不適な人が選ばれる可能性だけでなく、選ばれたあとで「おかしく」なる場合もあることを見せつけられた。指導者が理性的な判断ができなければ、例えば、核抑止を含むぎりぎりの外交的な駆け引きも、各国が合理的な判断に基づいて行動することが前提で機能するのであって、それが崩れれば本当に核戦争が起きてしまう。我々はきわめて危うい綱渡りをしているのではないか。

韓国の市民の直接行動は何度も政治を変えてきた(NNN)14日

 一方で、民主主義を守ろうとする韓国の国民の力に感銘を受けた戒厳令発令を知ってすぐに国会に駆けつけ、国会を制圧しようとする軍部隊に対峙した。「死ぬ覚悟で来た」という市民の姿に、これこそが真の「国を守る気概」だと思った。この気概は日本の我々に決定的に欠けているものだ。

たくさんの子どもたちが親に連れられて集会に参加している。これは民主主義のOJTになるだろう。すばらしい(NNN14日)

ノリは軽いが、厳寒のなか何時間も地面に座って抗議する根性もすごい(NNN14日)

 また、国会制圧を命じられた軍が、抵抗する市民に暴力を用いず、事実上上からの命令をサボタージュしたことも大きい。平井久志氏(共同通信客員論説委員)は「国民に銃や警棒を向けた軍人や警察官が歴史の裁きを受けるという社会教育が、韓国の中で定着してきている」と論評している。市民も軍も歴史に学んでいるのだ。

「民主主義の法治国家の軍人として全ての過ちの責任を取り、自ら罪を認めて、愛する軍を離れます。国民の皆様に厳粛な思いで深くお詫びします」と顔と名前、所属をさらし涙ながらにカメラの前で謝罪する軍人。軍が権力ではなく民衆の方を向いている。(報道特集14日)

 日を追うごとに大規模な街頭集会が開かれ、連日まるでKpopのコンサートのノリで、市民が政治を身近に感じていることを示した。そしてその市民の声が、与党議員まで弾劾賛成に回らせたのである。結局は民衆が民主主義を守るしかないという、教科書のイロハのようなことを実地に見ることができた。

 日本の国づくりへの教訓にしなければならない。

シリア解放を喜ぶ

 韓国で戒厳令発令とその失敗による大統領弾劾の動きが進行中のなか、シリアでは反体制勢力が電撃的に全土を掌握し、アサド大統領がロシアに亡命した。まさに激動の年末を迎えている。

SSJのXより

SSJのXより

 シリア民衆の闘いを支援してきたNPO法人Stand with Syria Japan (SSJ)の声明を紹介したい。国際社会がシリアを見放す中を活動してきて今を迎えた感慨が伝わってくる。これからの統治の安定を危ぶむ声もあるが、きょうのところは、シリアの人々の歓びに寄り添いたい。どう見てもこれは残虐な圧制からの「解放」なのだから。

 

 ついにシリアの首都ダマスカスが解放されました。アサド大統領は国外に逃亡したとの情報。これはシリアにおいて、親子2代半世紀に渡って市民を抑圧し、虐殺してきた独裁政権が打倒され、自由、平等、尊厳、正義というシリア人の尊い悲願が達成された歴史的瞬間です。

 今、全世界のシリア人は広場に繰り出し、祖国が解放された喜びを噛み締め、歓喜の声をあげています。SSJは長年シリアにおける自由、平等、尊厳を求めて立ち上がった市民に寄り添ってきたNPO 法人として、全世界のシリア人に対して、最大の祝意と敬意を表明します。

 今日の歴史的勝利は11月27日からの反体制派の進撃だけによって成し遂げられたのではありません。54年の間、父の代から2代続く恐怖独裁政権下で静かに虐殺されてきた人々を含む、シリア市民の自由で民主的な国への希求とそれに向けた絶え間ない努力によって成し遂げられたのです。

 特に2011年のシリア危機以降、平和的にデモを行っていた市民はアサド政権によって弾圧され、少なくとも20万人以上が虐殺され、13万人以上が強制的に拉致され、1万5千人以上が拷問によって殺害されました。また、人口の半分以上の1300万人以上が家を追われ、600万人以上が難民として国外に強制的に追われました。国際社会は14年に及ぶ間シリアで起きてきたジェノサイドを看過し、シリアの人びとを見捨てて来たのです。シリア人が失ったものはあまりにも大きいものでした。しかし、彼らは尊いシリア革命の達成のため、たとえ世界から無視をされても、誰もアサド・ロシア・イランによる虐殺を止めなくても、それでも自由で民主的なシリアという国の実現を諦めずに、今日に至るまで民衆革命を続けて来たのです。まさに今日、シリア人の悲願が形になったのであり、我々も言葉では表せない感情に満たされています。

 しかし、シリア革命はまだ終わっていません。アサド政権の打倒はあくまで通過点(※最も重要な通過点)です。国連安保理決議2254が規定するように公平な選挙が行われ、シリア人による民主的な政権が樹立され、国民による国民のための再建が行われ、数えきれない戦争犯罪及び人道に対する罪を引き起こしたバッシャール・アル=アサド前大統領、及び、アサド政権関係者が訴追され、被害者とその家族に正義がもたらされるまで、SSJはシリアの民衆と共に闘い続けます。シリアはようやくスタートラインに立ちました。

 最後に、今日という歴史的な日ーー祖国シリアの解放のために尊い命を捧げた全てのシリア人に哀悼の誠を捧げます。そして、どんな逆境の中でも、どんな屈辱の中でも決して諦めることのなかった全てのシリア人と共に、私たちの心はあります。アサド政権完全崩壊、心からおめでとうございます。

2024年12月8日
NPO法人Stand with Syria Japan (SSJ) 
東京・ベルリン・イドリブ職員一同

中村哲医師の命日によせて

陽だまりで 何を語らう 菊のむれ 
        中村哲医師の一句

ペシャワール会カレンダー12月

 12月4日は、中村哲医師が亡くなって5年だった。

 2019年12月4日の朝、アフガニスタン東部のジャララバード市内で、灌漑作業地に向かう途中、何者かに銃撃され、中村医師と運転手や護衛のアフガン人5人が命を落とした。享年73だった。

 3日の朝日新聞天声人語」が中村医師を取り上げた。

 《22年前に初めて会ったとき、「途上国のあらゆる悩みが集まったのがアフガンです」と言っていた。貧困、紛争、難民。これらの根源には「干ばつがある」とも。
当時は米同時多発テロの翌年で、世界の注目は米政権が掲げる「対テロ戦争」にあった。米英軍のアフガン空爆タリバン政権が崩壊し、東京でアフガン復興の支援会議が開かれた。国際政治が声高に語られるなかで聞いた干ばつの話に、虚をつかれたのを思い出す。》

 中村医師の書いたり話したりしたものからは、ものごとの本質をバシッとつかむ力が並外れていることがわかる。貧困、紛争、難民・・・と問題がいくつも並列されるが、その根源が干ばつだと指摘されて、当時は記者だったコラムの筆者は「虚を突かれた」。

 中村医師が何と闘ったかというと、戦争ではなく、地球温暖化だったのである。中村医師が立ち上げた灌漑プロジェクトによって、人々が水を得て畑を耕し、家族と食事をとれる村落がよみがえった状態を「平和」と中村さんは言ったのだ。

 中村さんは戦争に反対した平和主義者といった政治的な文脈で語られることが多いので意外に思われるのだが、「干ばつ」が彼を動かし、大規模灌漑を成功させ、最後はそのために斃れたと言ってよい。

takase.hatenablog.jp

 

takase.hatenablog.jp

 

 私が中村医師の「平和論」を要約するならば、「干ばつで人がばたばた死んでいくときに戦争どころじゃないだろ!」となる。あくまでも「干ばつ」をどうするかが先なのだ。中村さんは2000年以降、地球温暖化との闘いの最前線にいたのである。SDGsなんて言葉が出る前から。

 中村さんが強調したのが、「命を愛惜し、身を削って弱者に与える配慮、自然に対する謙虚さ」である。

 ウクライナ戦争で世界的に温暖化対策が弱まり、米国大統領選の結果に象徴される何とかファースト、自分だけ、自国だけの利益を優先する風潮が強まるいま、中村哲医師の志はいっそう輝いて見える。

 4日、アフガニスタンの中村医師のプロジェクト地では日本からペシャワール会の代表者らの列席のもと記念式典が行われた。その前日には、新たな水路の通水式があった。中村医師は生前、「後継者は?」と聞かれ、「私の後継者は用水路」と答えたという。中村医師亡き後も、現地の人々とペシャワール会が次つぎに新たな水路を拓き、農村振興事業を受け継いでいるのはすばらしい。テレビニュースでは、2年前に現地でお会いした懐かしい顔も散見された。

日テレより3日の式典

NHK国際報道

中村医師の薫陶を受けたディダール技師(NHK国際報道)


 さらに、中村医師の支援の原点であるらい病(ハンセン病)診療を再開する検討を始めたとのニュース。中村医師はもともと84年5月にパキスタンペシャワールの病院に赴任してらい病の治療を担当したのが支援活動の始まりだった。パキスタンでは多くのらい患者がいたが、これを専門に診る医師はほとんどいなかった。らい患者地域と山奥の無医村が重なることから、国境を越えて山岳地域に次々に診療所を設立。難民キャンプでは巡回診療を行い、そこで出会った若者を診療スタッフに養成していった。

朝日新聞4日朝刊

 しかし、2001年に同時多発テロを口実に米国などが対テロ戦争を開始、タリバン政権が倒れると治安が悪化し行政が混乱、山岳地帯の最大6カ所あった診療所は5カ所を手放した。

 2000年の大干ばつ以降は、水を求めて大河クナール河から用水路で灌漑を行う事業に注力し、一昨年私が訪問した診療所は維持されていたが、奥地のらい病患者には手が届いていなかった。今年1月に地方政府から協力要請があり、治安が回復したことから、巡回診療を検討しているという

 6日の朝日新聞夕刊は、東京・立川市拘置所で、中村医師の『希望の一滴』を課題本にして受刑者の読書会が開かれたとの記事を載せている。こういう取り組みが受刑者らが生き方を振り返る機会になっているという。ちなみにこの本は、中村医師の地元福岡の「西日本新聞」への寄稿をまとめたもので、とても心に染みる。中村医師の本はこうした読書会に最適だと思う。中村医師の「己が何のために生きているかと問うことは徒労である。人は人のために働いて支え合い、人のために死ぬ」という生き方をどう捉えるか。受刑者に限らず、誰もが深く考えさせられる。

6日夕刊一面

 この読書会の進行役は「刑務所での取材経験が豊富なジャーナリストの大塚敦子さんと、自ら30年以上読書会を続けてきた翻訳家の向井和美さん」と記事にあった。懐かしい名前。大塚さんは1986年のフィリピン2月革命の取材でたまたま知り合った。若い元気のいい女性カメラマンで、記憶がおぼろだがミンダナオ島の危険な取材を共にしたはずだ。

 「刑事施設での読書会は、海外でも事例がある。現地で取材を重ねた大塚さんによると、米国のほか、英国で少なくとも60以上、カナダでは36の刑務所で実施され、運営はNPOなどが担うという」とある。

 来年6月には懲役刑が廃止され、更生と社会復帰を重視する拘禁刑が導入されるという。少しづつだが、受刑者の受け入れを進める方向に動いているのは好ましい。

韓国市民とメディアが阻止した戒厳令

 韓国でとんでもないことが起きた。

韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は3日午後10時半ごろ、緊急の談話を発表した。国会での野党の行為について「内乱を企てる明白な反国家行為だ」と指弾し、「非常戒厳を宣布する」と表明した。しかし韓国国会は4日未明に開いた本会議で、戒厳令の解除を要求する決議案を可決。戒厳令は約2時間半で事実上、効力を失った。

NHKニュースより

抗議する市民たちNHKニュースより

 戒厳令を受けて発足した「戒厳司令部」は3日、「国会と地方議会、全ての政党活動と集会、デモを禁じる」との布告を出した。司令部の命令で、兵士らが国会議事堂に突入した。だが尹氏は4日午前4時半ごろ、「憲政秩序を崩壊させる反国家勢力に立ち向かう救国の意志で非常戒厳を宣布したが、国会から戒厳令解除の要求があったため軍を撤収させた」との談話を出し、宣布から約6時間後、閣議で正式に戒厳令を解除した。

 国会周辺には多くの市民が集まり、戒厳令の撤回を求めて叫んだほか、兵士らの国会突入を阻止しようと小競り合いになる場面もあった。

 韓国メディアによると、戒厳令は1979年10月、当時の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件を受けて宣言されて以来、45年ぶり。》(毎日新聞

 尹大統領の今回の行動にはよく分からない点も多い。
《「何の利点があると思って行ったのか。韓国史上最も不可解な出来事だ」
 今回の尹氏の判断について聞くと韓国のベテラン政治記者らは口をそろえる。その「勝算」のなさ、野党勢力北朝鮮の影響下にあるかのように描写した3日夜の談話の奇妙さ、いずれも韓国内でも「理解できない」との声が相次ぐ。》(毎日新聞

 今回の事態について、星川淳さんがFBでコメント―
《韓国の戒厳令騒ぎ、一番頼りになるのは在日か在韓かを問わず、現地情報をしっかり把握・咀嚼して発信してくれる人たち。戒厳令が発せられた時点ですでに国会内に国会議員半数以上が陣取っていて、それにさらに阻止線を破った議員たちも合流し、2時間以内(だったか)に同じく憲法で保障された戒厳令無効化決議を成立させたことを、日本のニュースではほとんど取り上げない。また、たちまち国会へ駆けつけた市民の動きも素早かったし、力強かった市民革命をやり遂げた社会から学ぶべきものは多い!

 韓国の市民の民主主義にかんする”感度“はすばらしい。

 以下のSNSでの指摘にも考えさせられた。

戒厳令を受けて出動した軍の兵が携えていた拳銃の弾倉は空で、自動小銃も模擬弾倉だった。仮に今の自衛隊が同じ立場となったら、司令官はこうした矜持を示せるだろうか?》
https://x.com/I_hate_camp/status/1864004541185986901


《クーデターが一夜にして終わったことから、杜撰な計画だとか茶番だとか冷笑する声が出てきている。そうではなく、市民とメディアが戒厳令に全く従わなかったから、国会議員たちが封鎖を突破して議会に集合できた。権力者の策謀を一夜にして潰えさせる韓国の民主主義の力をきちんと評価するべき》

https://x.com/hokusyu1982/status/1864068040310276458

0時半すぎにすでに国会前で軍を阻止するために集まった市民(毎日新聞

 近年、韓国、台湾などの民衆の意識の高さを見せつけられ、学ぶべきことが多いと感じる。ひるがえってわが日本は、と考えるとお寒い限りだ。日本が劣化しているのは経済だけではない。なんとか立て直さなくては。

 メディアが権力と闘わず、市民が悪政に声を挙げず、軍隊(自衛隊)内の人権意識、憲法順守精神は希薄な日本。同じことが起きれば阻止されることもなくすんなり戒厳令が敷かれるだろう。

 憲法に非常事態条項を入れるという議論をやる場合、今回の事態を教訓にすべきだ。それと同時に、日本のメディアにかかわる人たちと市民の意識をどう変えていくかを考えなくては

『ウクライナはなぜ戦い続けるのか』予約販売開始

 去年ウクライナを取材した成果をウクライナはなぜ戦い続けるのか~ジャーナリストが戦場で見た市民と愛国』旬報社)にまとめました。

旬報社 1870円(税込)12月12日発売予定


 ロシアの全面侵攻からもうすぐ3年。ロシアが民間インフラを狙って人々の暮しを破壊し続けるなか、ウクライナでは兵士だけでなく銃後の市民もやれることを見つけて抵抗を続けています。

 ウクライナを旅するあいだ自問したのは「もしウクライナが日本なら、自分はどうするのか?」でした。本書では、ウクライナの戦う姿から、私たち日本人の戦争と平和、国家と国民にかんする価値観を問い直してみました。

 アマゾンで予約販売が始まりましたので、ご関心ある方はお求めください。

 

 私は昨年、戦争下のウクライナを訪れ、市民や兵士の置かれた状況を見てきました。

 前線では物量に勝るロシア軍の攻撃を兵士らが懸命に食い止め、市民がカンパやクラウドファンディングで武器や必要な装備を調達して直接、部隊に届けていました。音楽家やコメディアンも前線の兵士を慰問するなど、市民一人ひとりが得意な技能や可能な活動で祖国の抵抗戦争に貢献しようとしていました。

 もし他国から侵略されたら「あなたは進んで自国のために戦いますか」と77の国・地域で調査したところ、全体では「はい(戦う)」が64.4%、、「いいえ(戦わない)」が27.8%でした。日本は「はい」が最下位でわずか13.2%、「いいえ」が48.6%と各国のなかで突出しています。また、「わからない」が38.1%と、これも世界一。

 日本に住む私たちの多くが、国の運命など自分とは「関係ない」と思っているということなのでしょう。日本では「愛国心」が戦前の軍国主義を想起させるとして忌み嫌われてきました。しかし私たちは、このままの価値観で、混迷の時代を生きてよいのでしょうか。また、人として生きる意味、死ぬ意味を自覚できるでしょうか。

 ウクライナで感銘を受けたのは、市民が自発的にロシアへの抵抗を続けていたことです。ある青年は私に「政府なんかあてにしないで、祖国に自分のできる限りの貢献をする」と言いました。彼にとって祖国とは「政府」ではなく、自分と家族や友人、愛する郷里と同胞、そこに根付く文化や伝統のすべてを意味します。人々は祖国のために生きることに、さらには祖国のために死ぬことにも意味を見いだしていました。

 私たちにとって「国」とは何か。

 ウクライナで私は、日本人の平和と戦争、国家と国民、人の生き死にの意味について考えさせられました。